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schoolwork 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 宿題。おそらく人生で嫌いなワード、ベスト30には入る言葉じゃなかろうか?


 ――30もあったら、とても「ベスト」なんてつけられない?


 いやいや、世の中すべての言葉を集めたら、万じゃきかないと思うよ。あまり使われていない言葉も集めれば、ヘタすると億へ達する可能性も。

 その中で30に食い込めるんだったら、むしろ快挙として扱ってもいいんじゃなかろうか? いや、不名誉なランキングだから快く挙げちゃったら、それはそれで問題かな? 


 できれば耳にしたくない言葉である宿題だけど、どうしてそれをこなすか、君は考えたkとがあるかい?

 授業でおさえておきたいポイントのため。先生の授業配分がまずかったせいの、あおりを受けたため。休みの間も勉強をするという習慣をつけるため……。

 たいそうなお題目は、簡単に用意できるだろう。しかし、本当はもっと別の意味があるんじゃなかろうか?

 僕自身、宿題のとあるルールを破って、妙なことになった経験があってね。聞いてみないかい?



 忘れ物の多かった僕にとって、宿題プリントなどは、学校へ置いてけぼりをくらう最有力候補だった。

 家での勉強が嫌だという、意識の影響も大きい。学校では許されないゲームをやることが許された環境、自宅。そこでは好きなことだけやって、片時もそれ以外のことに時間を割きたくないと、つねづね思っていた。

 そこで僕の身に着けたスキルが、早解き。

 学校へ早くにやってきて、始業のチャイムが鳴る前に、宿題プリントを一から十まで終わらせてしまう作戦に出たんだ。

 まだ小学生の内容。理解できている子なら、秒殺可能な単元だ。ものの数分でケリをつけ、シャーペンをしまったとき、ため息と同時ににじみ出るものがあった。


 ――宿題なんて、こんなもんか。


 相手を軽く見る気持ちだった。


 それ以降の僕は、宿題をすべて持ち帰らず、学校で終わらせるようになっていた。

 残れるときには残り、それが無理なら早く来る。家にいる時間は減るけれど、それらは全部、睡眠の一部から引っ張ってくればいい。

 当時の僕にとって、睡眠の優先順位は下の下だった。疲れたり、夜遅くなったりすると、勝手に訪れてくる厄介者。寝ている間は、何もできなくなってしまうのが嫌いだった。

 ならその時間を、何かをするのにあてた方がいい。僕にとってはそれが、学校でやる宿題になっただけだ。

 そうなると、予告された小テストの準備なども、学校で済ませるようになっていく。漢字テストの直前に、ちょちょっと確認するだけで本番に臨む。

 それをとがめてくるのは、先生ばかり。周りのもみんなも似たり寄ったりで、付け焼き刃での対策にはまる人は、少しずつ増えていったよ。



 そしてある日の英語の時間。

 その回は連休前だったということもあるのか、先生が冊子状にまとめた問題プリントが、一部ずつ手渡される。

 パラパラめくって、20ページほどあるのを確認。これはさすがに分単位で片づけられそうな量じゃない。

 今日の放課後だなと、内心で見通しを立てる僕の前で、先生は教壇へ戻るや黒板にチョークで書きつける。

「homework」のいち単語。大半の板書が白でつづられるなか、こいつだけは黄色で、でかでかと幅を取っていた。


「みんな、宿題っていうのはこの字の通り、homeでするworkのことだからな。学校でやっちゃいかん。それじゃschoolworkじゃないか。

 きちんと、自分の家に帰ってから終わらせろ。それが宿題の本当のやり方なんだから」



 すでに先生も僕のやることは気づいているだろう。そのうえで、釘を刺してきたとしか思えないタイミングだった。

知るものか、と僕は思う。

 どうせやってくるかどうかだけが、評定に関わるはず。だったらそれが学校だろうが、田舎のじいちゃんばあちゃんの家でやろうが、終わらせることが大事なんだ。結果がすべてだ。

 そう持論を展開する僕は、その日も帰りのホームルーム後も、学校へ居残った。

 先の話があった以上、教室へとどまってこなしていては、先生方に強制退去させられかねない。

 僕は教室を離れ、階段下の倉庫へ。ほこり舞う内部の、少し開いたスペースを確保する。

 何度か近辺の掃除係になったとき、見つけた場所だ。使い古しの机とイスが置いてあり、近くに新しい備品が入れられることは、めったにない。

 ちょっとばかし、机やいすの板を止めるねじが緩いものの、それさえ気をつければ教室に置いてあるものと大差はなかった。

 誰も見ていないことを確かめ、倉庫へ潜り込んだ僕はいそいそと、英語の宿題冊子を取り出す。



 この空間に時計はない。

 腕時計を外し、机の端へ。冊子の中身を解きつつ、時間を気にする。

 見たい夕方のテレビ番組があった。なりふり構わぬ全力ダッシュをして、どれほどで家に着くかはすでに計算済み。そのギリギリで切り上げる。

 たとえ未完了でも、連休中は表紙すら見ない腹積もり。できれば今日中に終えて、ムリなら連休明け初日に、早く学校へ来て仕上げる。

 そうと決まれば集中モード。見開き2ページやったら、時計を見ることだけは忘れず、あとは大小26字が成す、英語のボキャブラリーへと潜っていく……。



 予定時間まで30分。冊子はもう3分の2を過ぎた。ここからのスパートで終わるかどうかの瀬戸際だ。揚々と次のページをめくる僕だけど、見るや一気にテンションが下がってしまう。

 紙の汚れがひどい。問題は見えているが、余白部分が余った白じゃなかった。

 ウン十年前の白黒フィルム、いやはげかけのオヤジの頭かもしれない。バーコードのような黒い筋がいくつも張り付き、紙面全体に唐突な夕暮れを提供しているんだ。


 ――ったく、トナーまわりくらいしっかりしとけ。


 頭の中だけ八つ当たり。もくもく問題を解いていくが、そのページから先は、そろいもそろって影絵のような状態。どうやら調子が悪くなった時の印刷にあたって、そのままろくにチェックされないまま配られたらしかった。

 そうこうしているうちに、時間は残り15分を過ぎる。ページにまぶされる黒はなお濃くなってくるが、先生に申し出るのは、強制送還への片道切符。

 一度レールに乗ったなら、駅に着くまで全速前進。青信号はともっている。

 ペースをあげんとする僕の前へ、長文たちがはかったように立ちはだかった。それらを持てる限りの処理能力でこなしていき、冊子残りは四ページ。

 その残り3,4ページを開いたところで、めくった指が紙以外の何かに触れた気がした。


 プチプチのついた緩衝材。その一つを潰したときによく似ていた。

 だが、ページの端にくっついていたそれは、空気だけでなく黄色いシミさえもにじませていた。

 ひとつで済まない。これもまた問題部分だけきれいに避けるも、薄い黄色がかったつぶつぶが紙面のあちらこちらに浮かんでいた。

 にきび、あるいは極小のキノコ。一見した僕が想像したのは、それらだ。

 そして見ている端から、空いているスペースにひとつ、またひとつと、次々生えて頭を出していく。


 ――こいつら、元からいたんじゃないぞ。僕がめくったわずかな間で、こんなに……!


 考える間に、奴らはおのずから勝手に膨らみだす。

 十分に暖められたもちのように、ぷっくり大きくなる奴らは、互いに触れた端から合体。色そのままに、見開いた2ページを土台に大きくなっていく。

 下手にページを閉じるのもまずいと、対応できずにいる僕の前で、ドッジボールほどに育った彼らは、盛大に破裂した。




 気を失っていたらしい。

 ふと目が覚めると、机に突っ伏す自分がいた。倉庫の中ではあったものの、2時間近くが経っていた。番組も余裕でぶっちしている。

 先ほどのことが幻じゃないのは、黄色一面になった見開きが物語っていたよ。しかも僕自身、妙に鼻がむずがゆくて、くしゃみを止められない。

 二発、三発、四発……倉庫の戸でさえ防げるかも微妙な、大きいくしゃみだ。そしてまだおさまる気配もない。

 校舎内にいるならまだしも、ここに隠れているのが先生にばれたら、余計な面倒を負いかねなかった。身支度をととのえ、懸命に口を押さえながらそそくさと昇降口を出ていった。


 宿題は提出日当日の朝、先生に事情を話して、どうにか納得してもらう。あのふくらみについては完全に伏せた。

 けれども以降、僕の鼻はよほどのことがない限り、年中花粉症のごとき状態だ。

 いくつかの耳鼻科で診てもらったけれど、根本的な解決にはいたらず。

 ただ修学旅行とかで、みんなが僕の寝入っているところを見ると、やたら鼻ちょうちんをふくらませるらしいんだ。

 もう顔全体を覆うほどでかくなるんだけど、そいつが弾けると、ついついみんな眠気を誘われて大あくびをしてしまうのだとか。

 

 


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