さよなら
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水遊びをした砂浜。
お肉の薬草巻きを二人で肩を並べて食べながら、夕暮れの海を眺めていた。
「きれいだねー!砂浜から眺める夕日ってこんなにきれいだったんだ!空から見るよりずっときれいだよ!」
「僕もこんな気分で海を見たのは初めてかもしれない。本当に、きれいだ……」
「えー?でも記憶はまだもどってないんでしょ?」
「きっと記憶が戻った後、もっと大人になってからも、この夕日が一番綺麗だったと思うんじゃないかな。好きな友達と一緒にいっぱい遊んで、美味しいものを食べて、笑って、手を繋いで……きっとこんなに幸せなことって無いと思う」
「えへへ……そうだね!私もそう思う!あーあ、これがずっと続けばいいのになー!」
「……ごめん。でも俺、行かなきゃいけないんだ」
「え?」
立ち上がった彼は、いつもよりも大人びて見えた。そして何故か、ゆっくりと海の中に向かって歩いていく。
「エリアス!危ないよ!?海に入るなら服を脱ごうよ!」
「ハンナ」
振り向いた彼は、私が知ってる彼じゃなかった。もっとずっと大人で、髪も長くなってた。だけど……あの、綺麗な瞳だけはそのままで、まっすぐに私を見つめてくれている。
「俺、ハンナと出会えて本当に良かった。あの日、最初に出会ったのがハンナじゃなかったら、きっと魔族が憎いまま王都に向かってたと思う。ハンナのおかげで、俺はもう一度この世界を信じてみようって思えたんだ」
「……エリアス、だよね?」
「きっとこれから先、いっぱい辛いこともあると思う。笑った分と同じくらい、泣きたいこともいっぱいあるかもしれない。……だけど……お願いだ」
青年の姿をしたエリアスは、くしゃりと顔を歪めながら必死に笑顔を作ろうとしてる。泣いてるのに、笑おうとしている。
「死なないで、ハンナ。君は僕の、一番大事な女の子なんだ……!この気持ちに、嘘はない……!君と過ごした日々を、僕は絶対に忘れない!」
「エリアス!?」
「……さよなら」
それだけ言うと、彼は海の中に消えて行った。私は何故か、一歩も動くことが出来なかった。
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「待って!!」
次の瞬間、目の前に見えたのは木造の天井だった。
「……あれ?ここは?」
「おお、気がついたか」
聞き覚えのある優しい声は、私と同じで魔族らしさが薄くて、兄妹であることを感じさせる。
「え、兄さん?じゃあ、ここは2つ目の村……?」
「ボロボロのお前を、エリアスに似た青年が運んできたんだ。丸一日寝てたから心配したぞ」
「そうだ!エリアスはどこ!?」
私は全身に包帯が巻かれていることも気にならなかった。背中がすごく痛いけど、そんなことよりエリアスがここにいないことの方が重要だった。……すごく嫌な予感がする。
「……その青年から、これをお前に渡すように言われた」
でもウィレムは答えてくれなくて、その代わりに見覚えのあるものを2つ手渡してきた。
「塩と……お鍋……!?」
それは、彼が持っていた方の薬草に包まれた塩と、お鍋として愛用していた銅兜だった。
「大事に使ってほしいと言っていた。きっとハンナなら大丈夫だからと――ハンナ!待て!」
私はすぐに体を起こして、お鍋と塩を手提げ袋に入れると、小屋から飛び出した。
「行かなきゃ!きっと怪我した私を置いて、一人でオウトに向かったんでしょ!?危ないよ!魔王様に捕まったらどうなるかわかんないよ!」
「だとしても、お前のその体じゃ!?」
「一人なら飛んで行けるもん!」
「なっ!?よせ!!」
私は助走をつけてから思い切り跳んで、翼を広げた。
「え!?きゃあ!!」
……つもりだった。
「……そんな」
私の背中から、白い翼が消えていた。あの火球によって、根本から焼き切れてしまったらしい。
「だから言ったんだ!その体じゃもう飛んでいけないだろ!」
「〜〜っ、だったら走ればいい!そのために足があるんでしょ!!」
「何だって!?無茶だ、ハンナ!ハンナー!!」
私は身体強化の魔法を足にかけて、強引に体を走らせた。目指すはオウトの図書館。きっと彼は、全ての記憶を取り戻すためにあそこを目指すはず。
3つ目の村はすぐに見えてきた。でも足は一切緩めない。私の持久力は、人間に付き添って歩き続けてきたおかげで強くなっていた。
「ん?何!?おい、あの、白い反逆者が!!」
「どいてよ!!……邪魔をするなぁ!!」
「うおおっ!?このスピードは一体!?ま、待て!うわあ!」
3つ目の村の門を塞いでいた門番を風魔法で蹴散らしながら、オウトへ続く森道を駆けた。
「きゃっ!」
まだ万全じゃない体で無茶したせいか、砂利道で転んで膝が削られてしまった。でも、私にはエリアスから教わった魔法がある。すりむいた膝を水魔法でよく洗ってから、薬草を巻きつけた。これで、すぐに血は止まるはず。
応急処置を済ませてから、また走った。頭の中では今までの旅のことばかりが流れては消えていく。エリアスと初めて出会った時のことや、一緒に焼いたお肉を食べたこと、毛皮に包まって寝たこと、物語を話したこと、海でのこと、お鍋を取ってきたときのこと。
彼と手を繋いで歩いたこと。
「エリアスっ……!ずっと一緒にいたいって、言ったじゃないかっ……!ずっとトモダチでいようって言ったじゃないか!まだ魔法だって、ちゃんと教えてないのに!待ってて、エリアス!私があなたを守るから!魔族からも!魔王様からも!世界からも!絶対!!」
膝に貼った薬草の裏から、一筋の血が流れ落ちていった。
まるで、今はまだ流せない涙のように。
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