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魔族らしさと人らしさ

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 旅の中とは思えないとても豪華なお昼ご飯を終えた私達は、兎肉を燻してから蔦で括り、干し肉にするためにそれを腰に吊るしながら、再び歩き始めた。もうこの流れも慣れたもので、私も段々と彼の単語の意味と使い方が分かってきた。


 それと変わったことがもう一つ。彼に倣って私も一緒に歩くようになっていた。飛んだほうが確かに楽なんだけど、今は彼の上じゃなくて、横にいたかったから。


 だけど、順風満帆なだけが旅じゃない。


「あれ……?ハンナ、誰か倒れてるよ?……血だ!怪我してるじゃないか!」


「あ!エリアス待って!魔族にうっかり近付くと危ないよ!」


 大人の魔族がお腹から血を流して倒れていた。直ぐ側には頭を失ったブルホーンが倒れている。ブルホーンは倒される間際にすごく暴れることがあるから、私でも遠くから仕留める。きっとこの人は、油断して近づきすぎちゃったんだ。


「ハンナ、治癒の魔法は使える!?」


 うそ!?人間なのに、怪我した魔族を助けてくれるの!?


「ご、ごめん!あれは高位の魔族じゃないと無理なの!村なら一人二人居たりするけど……」


 この先の村までどれくらいの距離があるのかはわからないし、彼を担いで飛ぶのは、エリアスでもギリギリだったのだから出来そうにない。村に着く前に血が流れすぎて死んじゃうかもしれない。


「……ハンナ!水魔法で彼の傷口と薬草をよく洗って!」


 私は彼の言うとおり、たっぷりの水で傷と薬草を洗い、彼に手渡した。彼は薬草をもみほぐしてから傷口に塗り、服の一部を破いて押し当てたけど、出血が止まらない。


「傷が思ったより深くて薬草だけじゃ止まらないのか……!?くそ!ハンナ、すぐに火を起こして!その後ですぐに冷たい水も出せるようにしておいて!」


 次に彼は、両手に濡れた草を巻いてからナベを掴むと、ナベの尖った部分だけを焚き火に当てた。


「すみません!ちょっと熱いですよ!」


「エリアス!?」


「ぐ、があああああああッッ!!!」


 そしてなんとその先端を、男性の傷口に押し当てた!ジュウッという音を立てて、傷口からの大量出血が止まっていく。しかし一方で、今度は傷口の周りに酷い火傷を負ってしまった。あまりの激痛によってか、男性は気を失ってしまっている。


「エリアス!お水はいつでも出せるよ!」


「よし!とびっきり冷たいやつをお腹に当て続けて!」


 すかさず、私は水魔法と氷魔法を複合させた氷水を傷口に当て続けた。ある程度熱が引いたのを確認したエリアスは、その傷口に薬草を何枚も押し当ててから、男性を背負う。


 人間は……エリアスは、自分より強い魔族を背負って歩くことができるんだね。


 これが、人間なんだ。人間って、なんて凄い種族なんだ。


 私が知ってる物語の謎と違和感が少しずつ解けていく。


 そうか、だから魔王様は……。


「次の村まで急ごう!応急処置だけじゃ助からない!」


「……うん!」




 余裕がなくなった私達は、無言で次の村まで急いだ。男性の汗はすごいけど、呼吸は安定している。油断はできないけど、多分しばらくは保つはずだ。


 黙々と歩いていると、先にエリアスが重い口を開いた。


「ハンナ。今のは焼灼しょうしゃく止血法と言って、あまり良いやり方じゃないんだ」


「そうなの?」


「うん。今回は非常事態だったし、この人が強靭な魔族だからこんな乱暴なやり方でも通用したけど……絶対に怪我したときに自分でやっちゃ駄目だよ。綺麗な肌に、跡ができちゃうから」


 綺麗な肌と言われて、こんな時なのに恥ずかしくなった。嬉しいはずなのに……今までなら嬉しいって言えたのに、今は恥ずかしくて何も言えないのはどうしてなんだろう。


「ぐっ……!こ、ここは……?な、何!?お前らは!?ブルホーンはどうした!?」


「動かないで!傷に障ります!」


「……まさか、お前ら……俺を助けているのか?」


 男性はびっくりしすぎたのか、何も言えなくなった。気持ちはわかる。生まれて10年すれば独立独歩、弱いやつを強いやつが搾取する魔族社会で、誰かを助けるなんて本来なら自殺行為だ。


 例えばこの瞬間、エリアスの背中に大穴が空いてもおかしくない。そんなことはさせないように、先程から魔力を込めっぱなしにしているとはいえ、油断はできないんだ。


 だって、あいつらは私から奪うためなら寝てる間でも襲ってきたのだから。


「エリアスが助けたんだよ。私はエリアスに協力しただけ。魔族なんて本当は助けちゃ駄目なのにさ」


「またハンナはそんなこと言って……」


 苦笑いするエリアスに対して、私はほんの少しだけ不満を滲ませながら釘を差したつもりだったけど、男性の反応は予想以上に大きかった。


「……お、お前は、もしやハンナか!?」


「え?」


 私を知ってるの?でも、私はこの人を知らないんだけど……?


「お前が俺を覚えていないのも無理はない。お前がまだうんと小さい頃に、俺は独り立ちしたからな。だが、その雲のように白い髪と肌、血のように赤い瞳、俺が見間違えるはずがない」


「私の小さい頃を知ってる?お兄さんは、一体……?」




「ウィレムだ、ハンナ。お前の兄だよ」




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「そうか……俺がアルミナを最後に見た時は、まだ赤ん坊の頃だったんだが。事故死、か……」


 妹の前で恥をかかせるなと言った兄は、今はエリアスの肩を借りて歩いている。エリアスは反対したんだけど、魔族としてのプライドが勝ったらしい。


「しかしハンナも俺と同じであの村を出るとはな。お前も王都を目指してるのか?」


「うん。てことは、ウィレムも?」


 兄であっても、独り立ちしたら他人だ。ウィレムもそれを分かってるから、必要以上に妹扱いしてこないし、呼び捨てにされても何も言わないんだと思う。


「ああ、俺も王都を目指していた。色々あって、今はこの先の村で村長をやってる」


「村長!すごいねウィレム!」


 だって村長と言えば、村で一番強いことに他ならない。血の繋がった兄だし、自分のことじゃないのになんだか誇らしくなる。


 その様子を見たウィレムは、驚くような呆れるような、なんとも言えない顔をしている。


「ちゃんとあの二人から魔族教育を受けているはずなのに、簡単に相手を褒めるなんてな。やはりこの人間の影響が大きいか」


「それなんだけど……どうして僕が人間だってすぐわかったんですか?今までの魔族はまるで気付かなかったのに……」


「全て王都に行けばわかる。詳細は俺からは言えないから、自分で確かめろ」


 それは、魔族が命の恩人に対して言える最大の謝意だった。魔族は謝ったりお礼を言ったりすることを恥だと感じるから、これはそのお礼と言えるかどうかのギリギリの言葉を選んでくれたんだと思う。


胸の奥から込み上げる気持ちが止められない。もうウィレムを、他人と同じに見ることが出来なくなった。


「ありがとう、()()()


 だから私も、精一杯の笑顔でお礼を言った。兄をちゃんと兄と呼び慕う。それが私に出来る唯一のことだから。


「……それでいいのか、ハンナ」


「うん。ごめんね、兄さん」


 これが今の私なんだよ、兄さん。もう魔族らしくなくてもいいやって、そう思えてるんだ。エリアスの隣に立てるなら、魔族らしくなくていい。


 魔族らしくなって、エリアスに怖い思いをさせるくらいなら、私は魔族をやめたっていいんだ。


 この時、既に私はあいつらを見返してやろうと考えることをやめていた。エリアスと暮らすオウト生活だけを夢見ていた。




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