表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/12

すごい子と駄目な子と

 --------

「はあ……!はあ……!」


「ハンナ、大丈夫?ちょっと休もうか?」


「だ、大丈夫…!ていうか、なんで、そんなに、元気なの…!?」


 足場の悪い道を長い時間歩くのは、いつも飛んでいる私には結構辛い。住んでた村は大きくなかったので、こんなに歩くことも滅多にない。私はあっという間に息切れして足を引きずってしまうのに、エリアスは平気な顔をしながらスタスタと歩いてしまう。


「はあ……!ひい……!はひい……!」


「あ、あの、ハンナ。翼を使うほうが楽なら、低く飛べば良いんじゃないかな?」


「え?……あ、そうか!」


 私はエリアスのアドバイスに従って、すごく低い位置で浮き続けてみた。地面に翼の風が当たるおかげか、高い位置まで浮こうとするよりずっと楽な気がする。これなら長い距離も一緒に動けそうだ!


「ありがとう、エリアス!頭いいね!」


「そ、そんなことないよ。僕こそありがとう、付き合ってくれて。そばに居てくれるだけで心強いよ」


 うわ、なんだかムズムズする。村で住んでた時は、こんなに褒められたり、嬉しい気持ちがいっぱいになったことはなかった。この子を拾ってよかった!


 だけど、私もなにかしてあげたいな……。


「……あ!そうだ!エリアス!私がエリアスを掴んで飛べばいいんだよ!そうすればオウトまですぐだよ!」


「ぼ、僕を!?でもハンナ、僕を持ったまま飛べるの……?」


「低く飛ぶの、すごく楽なんだ!だからできるかも!やってみようよ!」




 結論から言うと、エリアスを担いだまま飛び上がることは出来なくもなかった。だけど持ち上げるだけで腕と手が痺れるし、翼も二人分強く動かさないといけなくて、ひどく疲れる。これじゃ長く飛ぶことは出来そうにない。


「ぜえ……!ぜはー……!ご、ごめん……ずっとは、無理っぽい……!」


「いいよ、大丈夫だよ!ありがとう、離していいよ!」


 すごく惨めな気分だった。男の子を助けてあげようと思ったのに、実際は男の子に助言されるばかりか、気を使わせてしまっている。


 ……駄目だ、ちょっと泣けてきた。やっぱり私は、弱虫で、弱い魔族なんだ。こんな私がオウトに行っても、搾取されるだけかもしれない。


「顔を上げてよハンナ。どうも僕は長く歩くのが得意みたいなんだ。ほら、全然疲れてないでしょ?お互いに得意なことが違うだけだよ!僕は歩いて、君は飛ぼうよ!」


「……え?」


 お互いに、得意なことが、違う?ううん、飛べる私が、飛べないエリアスを助けられないだけだよ。


「でも……」


「それに僕は、歩くのが好きみたいなんだ。今だって君と一緒に歩いてて楽しい。ハンナだって、飛んでる方が楽しいでしょ?だから気にしないでよ」


 屈託なく笑うエリアスを見て、少しだけ胸が痛くなって、同じくらい胸が暖かくなった。出来ることをしていない、魔族なのに出来ないことを認め、敗北を諦めているような後ろめたさ。それでも構わないと言ってくれる目の前の男の子。


 記憶がないせいかもしれないけど、こんな魔族は見たことがない。きっと、記憶を失う前はもっと素敵だったんだろうな。


「ハンナ、行こうよ!まだ旅は始まったばっかりだよ!」


「あ、うん!」


 これまでの価値観が、少しずつほぐれ落ちていくような気がした。




 私は飛べるけど、エリアスは歩いて向かうわけだから、一つ目の村にも一日では辿り着けない。初日でだいぶ歩いたけど、多分村までは何日かかかるんじゃないかな。


 そろそろ暗くなってくる頃だ。私はエリアスが息を整えてる間に、魔獣を狩って持っていってあげた。彼が魔法を思い出すまでは、私が代わりにやってあげたい。


 でも、獲物を獲ってきただけのことなのに、それを見たエリアスはすごく驚いて歓声を上げた。まるで特別すごいことをしたみたいに。


「す、すごいね……!これ、ハンナが狩ったの!?」


「魔法を使えばエリアスにも出来るよ!!旅の中で教えてあげるね!」


 村では満足に獲物も取れない弱者は無視されるけど、彼は魔法が使えるだけで認めてくれた。それがすごく嬉しい……けど、彼にもちゃんと魔法の使い方を思い出せるように、私も色々教えてあげようと思った。魔法がないとこの先も、特にオウトで暮らす際に大変だ。


 ちなみに獲ってきたのはブルホーンと呼ばれる魔獣で、お腹のお肉が美味しい。私の大好物だ。


「よーし!じゃあ食べようよ、エリアス!」


 私は爪を使ってブルホーンの毛皮を剥いで、肉だけの状態にした。ただ彼は記憶がないせいか、日常風景であるはずの皮剥でちょっと気持ち悪くなったらしい。私も一番最初はそうだったので気持ちはわかる。でもこればかりは慣れてもらわないと、飢え死にしてしまうし、仕方ないよね。


「す……素手で……!?ありがとう、ハンナ。……え、ハンナ!?」


 ん?どうしたんだろう。早く食べないと、お肉が腐っちゃうよ。うん、やっぱりブルホーンのお肉が一番好き。


「生で食べるの!?お腹壊すよ!?」


「なま……?え、でもお肉だよ?」


「そ、そうだけど……うぐっ……!」


 エリアスにそう返すと、彼は一瞬だけ顔をしかめて頭を抱えた。どうしたんだろう……?


「……ハ、ハンナ。火の魔法は使えるよね……?」


「うん、使えるけど……大丈夫?頭痛いの?」


「ううん、平気。それと、僕と一緒に薪を用意してくれる?えっと、これくらいの大きさの木の棒を用意したいんだ。枯れたやつがいい」


 火を焚くつもりかな?何をするつもりかわからなかったけど、きっとエリアスには考えがあるに違いない。私は手近な枯れ木を()()()()()()()()()から、幹や枝を裂いてエリアスが言う大きさに大体揃える。()()()()()()()()()()()()()()()、それを見たエリアスは唖然としていたけど、ちゃんとありがとうって言ってくれた。


 こんなの長く歩くのに比べたら、なんてことない。でも……これが出来ないっぽい彼はどうやってオウトで暮らせていたんだろう。家族みんな、搾取される側だったのかな……?


 彼は作った山盛りの薪を組み上げると、そこへごくごく弱い火魔法で火を付けた。そして火が大きくなった頃になって、なんとエリアスはせっかくのお肉を木の棒に指して火にかざしてしまった!


「エリアス!?せっかく獲ってきたのに燃やしちゃうの!?もったいないよ!」


「違うよ、ハンナ。これは肉を炙っているんだ。こうするとすごく美味しくなるんだよ」


 そんな話は聞いたことがない。食事と言えば、とにかく獲ったその日にハエがたかる前に食べることが一番のはずだ。


 だが、彼が肉を炙っている間はハエが寄ってこない。そればかりか、あまり嗅ぎなれない、美味しそうな?匂いが辺りに漂ってきた。これ、あのお肉から香ってきてるの…?


「こんなもんかな。さあハンナ、食べてみてよ」


 彼は()()()()()()()()()()()を私に手渡すと、もう一本の方は自分で齧り始めた。余程お腹が空いていたのだろう、燃えかけなのに彼はすごく美味しそうに食べている。そんなのを見てると、私までお腹が空いてきてしまった。


 私は生唾を一度飲み込んでから、意を決して齧り付いた。物凄く熱くてびっくりしたけど、あいつらの炎魔法程ではないので我慢できる。いや、それよりも驚いたのは。


「〜〜〜っ!?なにこれ!?すっごい美味しい!!噛むとじゅわってお汁が出てきて、そのお汁も美味しい!!こ、これが同じお肉なの!?」


「良かった、ちゃんと口にあったみたいだね。ハンナのおかげでお肉はいっぱいあるから、どんどん焼こうよ!」


 私は彼に従って次々とお肉を小分けにしていった。その横で彼も木の棒――正確には串と言うらしい――に生肉を刺しては、じっくりと炙っていく。火にあぶられてお汁がポタポタと落ちていくのを見るだけで、どんどんお腹が空いていくような気がした。


 気がつけば、私はいつもの2倍くらいの量を食べ、彼も「久しぶりの食事だったから、いつもより食べ過ぎちゃった」と苦笑いしていた。その笑顔に釣られて私も笑ってしまう。


 ……あれ、笑ったのって、いつぶりだろう?……覚えてない。知らなかった……食事って、楽しいんだ。食事は他の誰かに獲物を盗られないように気をつけながら、なるべく早く食べるものだと思ってたのに。


「エリアス、そういえば記憶は戻ったの?」


「うーん、調理に関してはぼんやりと……フライパンがあれば、もっと色々できるんだけど」


「ふらいぱんって、何?」


「え?……あ、なんだろう。ごめん、単語だけ出てきたけど、よくわかんないや」


 そう笑った彼は、私に対して向き合うと……私の手を握った。爪が当たると危ないのに、彼は気にした様子がない。


「……ありがとう、ハンナ。君のおかげで僕は美味しいお肉を食べることが出来た。君がいなかったら、僕は飢え死にしていたかもしれない。すごく感謝してる」


 ………え?何を言ってるの?


「違うよ、エリアス。私は肉を獲ってきただけ。美味しく焼いたのはエリアス――」


「ううん、違くないよ。僕じゃ君みたいにお肉を獲ってこれなかった。君がいなかったら薪もすぐに手に入らなかったし、火も熾せなかった。何より君が横にいるから、僕は記憶がなくても寂しくないんだ。実を言うと、君に会うまで僕はすごく不安だったんだよ」


 ……私はそんなすごい子じゃない。他の魔族に勝てないし、獲物を獲るのだって実はあまり上手じゃない。木をへし折ることも、火を点けることだって、魔族なら当たり前に用意できる。それこそ、子供にだって。


「ハンナはすごいよ!一緒に旅をしてくれて本当にありがとう!」


 エリアスは変な男の子だ。そんなこと、私は親にだって言われた事はない。握ってくれた手が温かい。温かいのに、寒くないのに、体が震える。


「……ハンナ、どうしたの?」


 私は魔族なのに、皆を傷つけたくない弱虫で、だからきっとお父さんも、お母さんも。


「ちがうよ、エリアス。私、ほんとは弱虫なんだ……」


「ハンナ……?」


「こんなこと、魔族なら皆出来るの。ううん、私よりもっと上手に出来る人もいっぱいいる。私はすごくないの。魔族なのに誰とも戦いたくない弱虫で、弱虫なのにオウトで住みたい、駄目な魔族なんだよ」


 頭が痛い。手に冷たい何かが当たった。ああ、なんてことだ。これは涙だ。魔族が一番流しちゃいけないもの。敗北者の証、駄目な魔族の証。やっぱり私は、あいつらが言うとおりの、駄目な――


「駄目じゃないよ。ハンナは駄目じゃない」


 そんな涙を、エリアスが優しく払ってくれた。気が付けば私の顔は、涙でビショビショになっていた。誰かの前で泣くのは初めてだから、なんだか恥ずかしい。


「たとえ他の誰かが君と同じことが出来るとしても、僕を助けてくれてるのはハンナだよ。それに僕なんて、魔法も使えなければ、火もまともに点けられなくて、空も飛べないすごく弱い魔族だよ。それでも今生きていられるのは、きっとハンナが守ってくれてるからだ。だから、泣かないで。僕は君に本当に感謝してるんだ」


 どうしよう、駄目な涙が止まらない。駄目なことなのに、魔族らしくないのに、流れる涙を止められない。


「ありがとう。ハンナは僕のヒーローだ」


 嬉しい時でも、涙が流れるなんて、知らなかった。




 --------


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ