洋菓子店 Pumpkin lake 第七話
ここは、町外れにある洋菓子店「Pumpkin lake」
もう随分前からそこにあるお店は、朝から晩までぼんやりとした暖かい灯りが窓から漏れています。
風の噂によると、店主はまだ若い青年で、来店できるのは一日に一組と言うのです。栗毛色した扉にある貼り紙には
「来店時間はお客様の都合の良い時間に。お代は戴きませんが、その代わりに貴方の大切な思いを聞かせてください。」と書いてあります。
その言葉を疑って来店をしない人達もいますが、今日もまた一人、お店の扉を開きました。
いらっしゃいませ。
やぁ、こんにちは。この間はありがとう、孫がお世話になったね。
本日のお客様は、どうやら以前いらっしゃった金メダルの男の子のおじいさまの様です。
にこにことした笑顔が印象的で、足腰もしっかりしてしゃんとした背筋が印象的でした。カーキ色のロングコートに黒のマフラーと黒の手袋、黒のハットはとてもお洒落で似合っています。
店主は彼の言葉を聞くとショーケースの内側からロビーへと出て、深々と頭を下げます。
これはこれは。こちらこそ、この間はありがとうございました。ご自慢のおじいさまだとおっしゃってましたよ。
あー、いや、何だか恥ずかしいな。
今日はその…結婚記念日でね。それで、妻へのプレゼントを選びにここに来たんだが。
彼が少しだけ頬を赤らめるのを、店主は見逃しませんでした。その一瞬の恥じらいと言いますか、そう言う所から長年連れ添っている二人の素敵な姿が店主にも想像できたようです。
店主は、彼と一緒に少しだけ腰を屈めてショーケースの中を覗き込みます。
どれにいたしましょう?
えーと、妻がこの間、みる…ミルフィーユ?が食べたいわと言っていたんだが。あるかい?
ええ、ございますよ、これですね。この苺は朝詰みなのでとても美味しいですよ。
店主が指差したケーキはパイ生地とクリームや苺を交互に重ねて作るものでした。赤く色鮮やかに光る苺は見た目にもみずみずしくふっくらとしています。
彼はそれを見ると一度息を飲んで瞳を大きくし、ハットを深々と被り直してこう言いました。
ああ、そうか…忘れていた。
ん?どうかなさいましたか?
店主はショーケースの内側に戻ると、ろうそくや「結婚記念日おめでとう」と掛かれたプレートを準備しながら問い掛けます。
彼は俯きがちにショーケース内のミルフィーユを眺めながら一人言の様な話を続けました。
確か、妻と初めてケーキを食べに行ったのはデパートの中に新しくできたレストランだったかな。その入り口にあったショーケースにも、こうして飾ってあったよ、本当にこれにそっくりだ。妻はとても目を輝かせて、無邪気に私の腕を掴んで言っていたな、「ねぇ、これがいいわ、絶対美味しいもの」ってね。
店主は静かに準備を終えると、彼が話終えたタイミングでショーケース内から大きなミルフィーユケーキを取り出して箱に詰めました。
それから彼の元へと歩み、手提げを手渡しながら頷きます。
そうやって、鮮明に覚えていらっしゃるのは…きっと奥さまも一緒だと思います。とても大事な想い出なのですね。羨ましいです。
…そうだな、私たちはあの時からずっと両想いだよ。なんてのは妻の前では言えないけど…ありがとう、いただいていくよ。君にも、素敵な奥さんが見つかるといいね。
彼は手提げをしっかりと握りしめ、店主の肩をぽんと力強く叩きました。
さてさて、彼の目尻のしわに、少しだけ涙が乗っていたのは…店主だけの秘密。