1話 出発
ひょんなことから小国の姫に世話になることとなったセレインは、あくまで客ではなく居候だと主張し、怪我が治った後は自分を拾ってくれた金髪の少女ルイスの付き人であるジュリアンの家事を手伝ったり、庭師や使用人を手伝って日々を過ごしていた。そしてある時、セレインが屋敷の掃除をしていると、ジュリアンを連れてルイスがふと話しかけてくる。
「そういえばもう少し経ったら私ここを出るのよ」
「え?」
突然の話にセレインが困惑していると、ジュリアンが補足してくれる。
「ルイス様は近日、王都の魔法学園に行かれるのです」
「そういうことでしたか」
魔法が存在することに驚いたが、もはやここには自分の知っていることの方が少ない。お退きこそすれ、表に出したりなどはもうしない。ジュリアンの話の邪魔をしないようにする。
「で、本題なのですが、学園にいくにあたりルイス様は学園の寮に住むことになるのです」
「それでこの屋敷を出ていかれるのですね」
「その寮は当然男女別に分けられているのですが」
「当然ですね」
「ルイス様が一人になるのが不安でしょうがないのですが、セレイン様は魔法に興味などはございませんか?」
「行けと」
「無理にとは言いませんが、王立魔法学園はそれはもう巨大な学校で、貴族などは付き人の入寮もみとめられており、魔法の才が無かったり未経験の者でも入学できる科も存在するため、せっかくなので、と」
「一緒に行きましょうよ!」
「ぜひご一緒させてください」
セレイン自身にはEウェアがあり、戦闘力や移動面に問題はないし必要かも分からなかったが、この世界について、ついでに魔法について勉強できる機会を得られるのは非常に都合がよかった。あわよくば魔法が使えたなら儲けものである。
「入学自体はあと1か月くらいあるんだけど、入寮して学園の中とか外とか確認したいから少し早めに行く予定よ!来週には準備を終えておきたいわ!」
「わかりました」
打算的に自分に理由を言い聞かせてみたものの、元々自分がいた場所では学校など行きたくても行けなかった場所だ。行く理由などなくても断る理由もなかった。
「ところでセレイン様、移動は王都からの迎えの馬車ですが、あの謎の装備はどうされますか」
「Eウェアのことなら可能なら持っていきたいわ」
「了解しました、サイズの大きな馬車を用意させておきましょう」
これで万が一何かあっても最悪自分が戦うなり、ルイスを連れて逃げるなりすればいいだろう。セレインの応急処置とEウェアが持つ自己修復機能によって最低限修理は済んでいるので、今でももう使えなくはない。この世界にはEウェアのような機械は存在していないらしく、大破させたり盗まれたりするのだけは気を付けなければいけないが、持ち主の精神にしか感応しないので決して敵にはならない最高の相棒である。
セレインは、見知らぬ世界への不安より、新しい土地への期待の方が上回り、うきうきで準備を進めながら屋敷での残り数日を過ごすのであった。
そしていよいよ、出発の日が訪れる。
「ルイス様、セレイン様、どうかご無事で」
馬車に荷物を詰め込んでいると、屋敷の使用人たちが総出であいさつをしてくれる。中には寂しそうにしているものも少なくなく、ルイスがここで皆に可愛がられていたことが伝わってくる。
「セレインも一緒だし大丈夫よ!何かあったらお手紙送るからね!」
「では、行ってきます。短い間でしたが、お世話になりました」
こうして、ルイスとセレインは王都へ向けて出発していったのであった。
「正直アレね」
「なんですかルイス様」
「暇ね」
「1泊2日で着くらしいですけど、やることもありませんものね」
出発して数時間、まだ全体の半分も進んでいないあたりでルイスが口を開く。セレインは元々新米とはいえ軍に所属していたこともあり、長時間待機することには慣れていたが、天真爛漫な姫様には難しい事のようだった。何も起こらなければそれでいいと思っていたセレインは適当に会話の相手をする。それもセレインにとってはまた楽しかった。そろそろ日も落ち、辺りが暗くなってきたところで馬車を操縦していた御者が話しかけてくる。
「エニスの町に着きました。今日はそろそろ馬を休ませたいのですが」
「ねえ、明日はいつごろに着くの?」
「明日の昼過ぎにはもう着くと思われます」
「それならゆっくりと休むといいわ!」
御者とルイスの会話を聞きながら、今日の夜は何を食べようかと宿のついでに食事について考えるセレインだった。
「屋敷の外で食事なんて久しぶりだわ」
「さすがに王族の姫様になると外出の機会も多くはないんですね」
「他の国の屋敷に招待されることはあるんだけどね」
馬車を降りたセレインとルイスは宿を確保し、食事処を探して街の中を歩いていた。万が一を考えてEウェアの武装のうち携行可能なものだけ懐に忍ばせてはいるが、さすがに使うこともないだろう。
夜なので酒屋が繁盛しているが、自分たちは未成年なので入りづらい。店選びに苦労していると、どこからか声が聞こえてくる。
「なあ嬢ちゃん、ちょっと酒の相手してくれよォ」
「ごめんなさい、人を待っていて・・・」
「待ってる間くらい、いいじゃねえかよ俺らと遊ぼうぜ」
「ねえセレイン、何か聞こえない?」
「ええ、教育上よさそうじゃない感じの声が聞こえてきますね」
セレインはその声が聞こえた方へと足を向ける。
「どうするの?」
「可能なら助けたいと思い」
そう言いながら人や路地の隙間を身ながら歩いていると、路地裏で剣や盾、槍などを背負った3人組に少女が囲まれているのを見つけて途中で口を止めてしまう。
「どうしたのよ」
「めっちゃ強そうな輩が集団でいるんですけど」
「ビビってんじゃないわよ」
「いやあ、ちょっと難しいんじゃないかって」
「何が?」
「加減が」
「しなくていいわよ、助けるのが難しいなんて言うんならあんたを叩くところだったわ」
「しょうがないですね、行ってきますよ」
事なかれ主義のセレインにとっては正直無視したいところではあったのだが、ルイスの手前それはできないし、何よりも見つけてしまったものを無視してしまえるほど腐っても居ない。本来はルイスに万が一がないよう身に着けていた武器に手をかけ、集団に向かっていく。
「お嬢さんの待ち人はあんたらじゃないんだろ?他を当たりなよ」
「あ?なんだコイツ」
「先にヤっちまうか?」
低めの凄んだ声と強めの語調で威嚇しようとしてみたが、酔った屈強な男どもはそんなもの屁ともしない。3人ともがこちらに向いた隙に少女が逃げれば、自分も逃げてしまえばよかったのだがどうやら少女は腰を抜かしており、男たちとセレインを挟む形でルイスがいるので連れて行ってもらうのも難しい。威嚇が通用するとも思っていなかったセレインは口調を元に戻す。
「しょうがない。姫様との食事の前に運動でもしましょうか」
セレインは懐に手を突っ込む。
「本気でやろうってのか?馬鹿な奴だ」
男の一人が剣を抜き、振りかぶる。振り上げられた剣が振り下ろされることはなかった。セレインが拳銃で剣の柄を打ち抜き、弾き飛ばしたのだ。
「なんだコイツ、何をしやがった!」
「・・・魔法が本当にあるから科学がここまで進歩していないんだね」
ふと思ったことを呟きながら、男との距離を詰める。腹部に手を押し当て、手首に仕込んであったスタンガンを起動する。
「ああああああ!」
男の一人がビクビクと痙攣しながら気を失い、倒れる。
「あなたたちも倒しちゃうとこいつを連れて帰る役がいなくなるから帰ってもらえると嬉しいんだけどな」
「クソッ、覚えてろよ」
残りの二人に向けてそういい放つと、屈強な男たちは情けない背中を向け仲間を背負い立ち去る。ようやく一息ついたところで、セレインは鋭い殺意に気付きその場でしゃがむ。すると、セレインの首があった場所に剣筋が走り、セレインの背筋が凍る。
「これは、何があったんでしょうか?」
立ち上がり振り向くと、こちらの首に刀を突き付けて鋭い眼光を走らせる軍服の女性がそこに立っていた。
「ま、待ってくださいセツナさん~」
腰を抜かしていた少女が立ち上がり、口を開く。
「お嬢、無事でしたか」
「はやく刀を下ろしなさい!その人たちが助けてくれたんですよ!」
「っ!」
すると凄まじい素早さで刀を鞘に納める。諦めて両手を上げて目を閉じていたセレインだったが、そのまま殺されることはなかった。
「なに情けない顔してるのセレイン、目を開けなさいよ」
笑いながらルイスが近寄ってくる。
「いやもう殺されるものかと辞世の句をですね」
「うちのセツナさんが本当に申し訳ございません!」
軽口をたたいていると、先ほどの少女が刀を持つセツナとよばれた女性の頭を掴み、自分と一緒に下げさせる。
「セツナさんはちょっと早とちりなところがあって・・・」
「それならそうと早く言ってくれれば・・・いや、本当に済まないことをした」
「ルイス様が無事なら私は別にいいですよ」
「そういうわけにも・・・そうだ、お食事はお済ですか?」
助けた少女はアオイと名乗った。彼女の家が有名な招待性の食事処だったらしく、非常においしい夕食にありつくことができた。
「ところでこの辺りでは見受けられない方ですが、本日はどこからいらっしゃいましたの?」
「私たちはミスト市国から参りました」
「ずいぶん遠い地からなのですね、一体何をしに?」
「王立魔法学園に入学するルイス様の付き人枠をいただきまして」
「あら、セレインさんとルイスさんも魔法学園に?」
「も、というと」
「実は私もなんですよ」
巨大な学園とは聞いていたが、まさか同じ学校に入学する仲間と道中で出くわすとは。また学園生活が始まるのが楽しみになったセレインであった。