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婚約破棄された令嬢は幼い恋心に気づく

作者: 香

既存の連載と新規連載の執筆の息抜きで短編が出来上がってしまった。何故だ……!?

ーーーーー

2020.08.04日間 異世界恋愛42位!

2020.08.05日間 異世界恋愛11位!

2020.08.06日間 異世界恋愛8位!

ありがとうございます!


「アイリーン・コンラッド!私はこの時をもって、お前との婚約を破棄し、ジュリア・オデットと婚約する!」


公爵家嫡男のウィリアム・シンフォニアは学園の中庭で婚約者である侯爵令嬢のアイリーン・コンラッドとの婚約破棄を宣言した。


午後の授業が早くに終わり、帰宅前に学園の中庭で友人達とお茶を楽しんでいたところ、婚約者であるウィリアムがジュリアと呼ばれる少女と友人を連れ立ってアイリーンのもとを訪ね婚約を破棄し、腕に抱きついているピンクブロンドで空色の瞳を持つ少女と婚約すると宣言したのだ。


男爵の庶子で引き取られた少女が一年前に貴族のマナーもそこそこに学園へ編入し、数多の男子生徒を手玉に取っているという噂が女子生徒の間で流れていた。


市井の色町の女性がよく使う方法で年頃の男の気を引き、庇護欲を唆る見た目を利用して取り入っているようで、貴族らしくない振る舞い、婚約者のいる男性に対してのボディタッチに上目遣いで潤んだ瞳でのお強請りが男心をくすぐると専らの噂だ。


貴族令嬢が出来ないことを無知という武器を振りかざし、護らせる対象と誤認させて取り入る手慣れた女の手口。


実際に、伯爵や侯爵を継ぐ予定だった男子生徒が籠絡され、婚約者と不仲になり解消に至ったケースがある。その時には、次男がいれば婚約者を挿げ替えるなどして、家同士、醜聞になる話を穏便に済ませるなどしていた。

穏便にすまないケースも多々あるが。


穏便に済ませる事ができていたのは、婚約解消に至るまで人目につくこともなく、今回のように大勢の生徒が残る学園で大声で宣言する事がなかったからだ。


そのような噂話を聞いていたアイリーンは他人事のように受け取っていたが、まさか自分が、誰よりも醜聞になるような状態で婚約を破棄されるなんて思いもしなかった。



(婚約者がいながら他の女と仲良くしておいて婚約破棄だなんて失礼なことしかできないのかしら。こんな男が次期公爵だなんて……本当、顔以外は取り柄がないのね)


と、アイリーンはウィリアムに気づかれぬようため息を吐く。


次期公爵となるウィリアムの能力が乏しいと公爵夫妻は危惧していた。弟に家督を継がせることを考えてはいたが、五歳下の弟を指名することで兄弟間が不仲になり領地内で問題を起こし足を引っ張り面倒ごとを起こす事が想定されたので、幼い頃から才女と噂になっていたアイリーンを婚約者に据え領地経営を任せる予定だった。


「理由を……お伺いしても?」


目を伏せて落ち込んでいると見えるように……正面から見るのではなく、上目遣いで……悲しそうにウィリアムを見つめる。


公爵家からのお願いで婚約したのだから、相応の理由があって破棄などと言っているのだろう。そう、アイリーンは考えて理由を聞いた。


だが、その冷静な声音と態度は裏腹に内心では歓喜が湧き小躍りしたい程だ。思わずニヤけそうになるのを我慢して扇子で口元を隠す。



(我慢……我慢よアイリーン!!今こそ、次期公爵夫人となるべく受けた教育の賜物を……ぐっ……だめ……早く帰ってお父様に伝えたい!婚約破棄の手続きをしたいわ!!あぁ、でも直ぐに誰かと婚約するか修道院へ入る手続きをしないと面倒なことになるわ。逃げる準備も必要ね)



「うっ……そ……それはっ!自分の悪行を覚えていないのか!ここにいるジュリアへ行った数々の嫌がらせ、挙句には階段から突き落としただろう!打ち所が悪ければ死んでいたかもしれないんだぞっ!!!」



一瞬、アイリーンの仕草が可愛らしく見惚れてしまった。少し、頬が朱に染まっている顔をジュリアに見られないように顔を背けている。


ウィリアムが連れ立っている友人、もとい、ジュリアに侍っている男達も擁護するように嫌がらせの証拠となる証言をする。



「ウィル様、侯爵令嬢であるアイリーン様に婚約破棄だなんて……そこまでしなくても!私はただ、謝っていただければいいのです。もう二度と、あのような怖い思いをしなければいいんですから」



先ほどよりも強く腕にしがみつき胸を押しつけてウィリアムに縋り慈悲を与えようとする姿は、彼女に侍っている男達にすれば聖女のように映っているのだろう。


アイリーンとは正反対。


アイリーンはクリーム色の髪にエメラルド色の瞳で優しい色合いだが、猫目のように大きく釣り上がっていることでキツイ印象を与える。女性にしてはスラッと高い背、優秀な成績、幅広い人脈、特に女子生徒達からの人気が高い。


成績が中より下で限られた範囲での人間関係、散漫で人を見下す態度から嫌われがちなウィリアムとも正反対だ。


アイリーンが理由を聞いて溜息をついた、その時……



「アイリーン嬢!」



公爵令息が浮気相手を侍らせ婚約破棄を宣言し侯爵令嬢が対峙している、この傍目には緊迫した状況とは裏腹に軽快に……嬉しそうに声をかける者がいた。


声をかけられた本人……アイリーンは肩をビクリと震わせ声のする方に目を向け……思わず「ひいっ!」と、令嬢らしからぬ声を漏らす。


男の姿を捉え、この場にいる者、ジュリア以外は高位の者への礼をする。が、ジュリアは歓喜し目を輝かせ胸元で寄せるように手を握り男を見つめる。


「あぁ、楽にして構わない」


にこやかに微笑んで楽にするよう伝えた男は、そのままアイリーンの側に寄り手を取り甲に口付けする。


「数日ぶりだね、アイリーン嬢。元気にしていたか?」


「お久しぶりです、アーサー殿下。私は変わりありませんわ、お心遣い感謝します」


この場に現れたのは五歳上で今年二十三歳になる王太子だ。金髪碧眼で左側の髪を撫であげた見た目は、世の女性を虜にする美貌を持っている。


ただいるだけで色香を感じ、その姿を見た令嬢達は頬に手を当て見惚れながら声を漏らす。


「アーサー殿下お久しぶりです。本日はどうされたのですか?」


シンフォニア公爵は王宮で大臣を務めていることから、年に数度、アーサーが主催するお茶会やガーデンパーティーに子息共に招待を受けていた繋がりで、ウィリアムも面識がある。


「学園に興味深い令嬢がいると噂を聞いたから様子を見に来たんだ」


そう、人好きするような微笑みを保ったままウィリアムに言葉を返すが、アイリーンは目が笑っていないアーサーに恐怖を抱く。


思わずアイリーンは一歩後ずさるが、アーサーに手を取られたままだったので直ぐに引き戻された。


「興味深いご令嬢ですか?」


「あぁ、編入したと聞いている。男爵家のご令嬢だとか」


「それなら、ジュリアのことですよ。ご紹介が遅れました、私の隣にいるのがジュリア・オデット男爵令嬢です」


紹介されたジュリアはカーテーシーもせず、アーサーに近寄りアイリーンとは反対側に腕を回す。


「きゃぁ!アーサー殿下にお会いできるなんて、ジュリア嬉しいですぅ〜。以後、お見知り置きを〜」


ジュリアにとってはいつも通り、男性の腕に絡みつき胸を押し当て上目遣いで話しかける。が、アーサーは腕に絡んできたジュリアを引き離した。


「君がジュリア・オデット男爵令嬢か。噂通りだな」


アーサーはジュリアに掴まれた腕が、まるで汚れたかのように手で払う。ジュリアの無礼な行動に、この場にいる生徒達が凍りつく。いや、アーサーから発せられる冷たいオーラに恐怖を感じ動けないでいる。


「噂通りとは?」


良い感じをしなかったウィリアムが、失礼と知りながらも怪訝な顔で問いかける。


「それよりも、君たちは話し合いをしていたのかな?」


「えぇ、今ちょうど、アイリーンに婚約を破棄すると伝えていたところです」


公爵家と侯爵家の婚約は両家のみならず、王家へお伺いを立てて国王陛下の許可を得て結ばれている。にも関わらず、国王陛下の許可を得ずに勝手に婚約を破棄していることを悪びれることなく伝えているウィリアムに頭痛を感じたアイリーンは思わずこめかみを押さえた。



(あぁぁぁもう!あの馬鹿!どうしてアーサー殿下に余計なことをっ!!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!)



こめかみを抑えながらも、一番知られたくない相手に婚約破棄のことが知られてしまったアイリーンは、この後、どう行動するか計画を立て直していた。


そんなアイリーンの心情を知らない二人の男は話を続ける。


「へぇ……アイリーンとの婚約を破棄……ねぇ」


「えぇ、そうです。アイリーンとは婚約を破棄してジュリアと婚約します。ですから、いくら殿下でも噂のご令嬢は譲れませんよ。少し、気付くのが遅かったようですね」


自分はいい女を手にしたのだと信じてやまないウィリアムは、勝ち誇ったような態度を取る。しかし、そのウィリアムとは違いジュリアが予期しないことを発言する。


「ウィル様、お相手は王太子であるアーサー殿下よ?私、アーサー殿下に求められるのなら応えなければいけないと思うの」


「ジュリア!君はなんて心優しいんだ。あの相根の悪いアイリーンへ慈悲を与えるだけではなくアーサー殿下の想いまで汲み取るなんて!!無理することではない、シンフォニア家で君を護ってあげるからね!!」


ウィリアムはジュリアを抱き寄せ頭を撫でる。その姿は相思相愛の恋人同士に見える。


「いや、私はオデット男爵令嬢に興味はないから安心してくれ」


「「えっ?」」


ウィリアムとジュリアはアーサーの言葉に驚き声を上げる。噂のご令嬢に求婚するために学園へ来たのではないのか?という視線を投げる。


「数多の男を手玉に取って貴族関係を壊し損害を与えている令嬢がいる、と、被害報告が出ているんだ」


学園を管理している理事長や王立であることから王宮には、籠絡された息子の親や、執拗に付き纏われるという被害を受けた息子の親から被害の声が相次いでいた。


学園内で男女間で揉めているのかと思いきや、一人の女子生徒が複数の男性と関係を持っていることが解り、この問題を王太子が対応することになったのだ。


「なっ!ジュリアは愛らしいから、冷たい婚約者に嫌気がさしたのでしょう。自分に魅力がないのにジュリアの所為にするなんて酷い言いがかりですよ」


「そうですぅ!わたしっ……わたしっ……皆んなと仲良くしたかったのに……教科書を破られたり水をかけられて辛い思いをしたのは私なのにっ……どうしてっ……」


クスンクスンと涙を流し相手の反応を待っているが、アーサーが慕うことはない。その間も、ウィリアムはジュリアの素晴らしさを話している。


周りで侍っていたのは男爵家子爵家の子息で、アーサーに対して発言するのは恐れ多く感じており黙ったままだ。


それでも容赦なくアーサーは続ける。


「ある程度は私の方でも関係修復や他の婚約者を探してあてがったりしたんだけど被害が多くてね。面倒だから上位の伯爵家と侯爵家は自宅学習に切り替えさせたよ」


あぁそうだったのか。と、アイリーンと友人達は事情を察した。友人は伯爵令嬢や侯爵令嬢で、同等の身分の子息と婚約している。その婚約者達から『今は理由を言えないが自宅学習をすることになった』とだけ聞き、学園にいるのは令嬢や伯爵家でも下位の家柄や子爵家や男爵家の子息だけだ。


ウィリアムにとってはジュリアを取り合う可能性のある高位貴族がいないことで好都合だと考えていたが、登校していない理由を考えることはしていなかった。


ただ、何故か今日は高位貴族の子息も登校している。誰かが仕組んだかのように。


「オデット男爵令嬢も、学園に来ている高位貴族がシンフォニア公爵令息だけだから狙いを定めやすかったでしょ?感謝してよね。君の望む通りの相手と結ばれるようにしてあげる」


「えっ……?いいえ!あの、アーサー殿下が求めるのでしたら……」


アーサーに近寄り腕を触ろうと手を伸ばすと、今度は側に控えていた護衛に腕を取られた。


「いたいっ!やめて!触らないでよ!」


「殿下の許可なく御身に触れないでいただきたい」


「さっきは止めなかったじゃない!!」


「一度目は見逃すようにとのご命令でしたから」


その言葉の後、護衛はジュリアを拘束し女騎士に引き渡した。


「ジュリアッ!!!」


ウィリアムがジュリアに近づこうとするが控えていた騎士に止められる。


「そう言えば階段から突き落とされたんだったかな?」


思い出したかのように話を戻し確認をしたアーサーに、そっと目線を向けてアイリーンは目を瞑る。



(この人は一体……どこから話を聞いていたのかしら)



だから昔から苦手なのだ、と、思い返す。幼い頃から遊び相手として王宮へ行きアーサーと共に過ごした。その時から、どこで聞いたのか、自分の話したことや考えていることがアーサーには筒抜けなのだ。


気づいたら自分に嫌がらせをする令嬢の家が取り潰されていたり、嫌がらせや悪口を言う侍女が王宮からいなくなったりと、アーサーに関わると不思議なことばかり起きていた。


今思えば、すべて、アーサーが手を回していたことだとわかるのだが。裏で動き貴族の家を一つ簡単に取り潰す。

表では誰にも好かれる笑顔を振り撒きながら裏での行いが黒すぎて……一度だけ見かけた黒い笑みと目が合ってからはアーサーを避けるようにしていた。


「三日前の放課後です!ウィルからの寵愛を受けているからって調子に乗るなと押されて……」


女騎士に拘束されながらもジュリアはホロリと涙を流して見せた。


「それは間違い無いか?」


「間違いありません!」


「王族に対して虚偽の報告か」


「嘘ではありませんっ!」


ジュリアは懸命に嘘ではないと伝える。


「オデット男爵令嬢は虚言癖でもあるのか?三日前の放課後と言ったな。その日、アイリーンと友人のご令嬢は王宮に来ていた。王妃との茶会に呼ばれていたな。そうであろう、アイリーン」


突然名を呼ばれて驚くが、確かに、秋の花を見ながらお茶をしましょうと王妃に誘われて王宮へ行った。珍しく友人を連れてきて欲しいと言われたので覚えている。


「はい。王妃様にご招待を受け王宮へ伺いました」



(確かあの日は……アーサー殿下が……)



そこまで考えてハッとする。もしかして、あの時から今日のことまで解っていたのではないか、と。その考えに至りアーサーを見上げると、ニヤリと口の端が上がった。



(もしかして、私、アーサー殿下の掌の上で踊らされていたの?!)



三日前のお茶会では、途中からアーサーが参加した。友人達にも婚約者がいるので、婚約者を探すためではなさそうだったが、アイリーンの友人達と何かを話していた。そう、アイリーンから離れた場所で。



アイリーンが考えに耽っているとジュリアの甲高い声が響いた。その声に意識が戻される。



「う……嘘でしょう?!どうしてアンタが王妃のお茶会の呼ばれているのよ!その日は直ぐに帰ったじゃない!一人で!だから三日前……あっ……」


しまった!という顔をしながらジュリアは口を継ぐんだが、その言葉はアーサーに届いている。


「アイリーンにアリバイがないから三日前が都合良かった?他の日に変える?証言を変えるのは自由だよ。でも、いつに変えてもアイリーンにはアリバイがあるけどね。遠くから私の護衛をつけていたから、いつ、何処で何をしていたのか全て把握しているよ」


アイリーンは自分のアリバイを証言してくれているアーサーに、やはり、恐怖を感じる。その、粘着質的な恐怖を。


「君は王族への虚偽の報告を取り下げる機会があったのに棒に振ったね。しかも、嫌がらせとやらは全て君の自作自演だ。自業自得だね」


その言葉を受けてジュリアは俯き『あと少しで公爵夫人になれたのに』と悔しそうに呟いた。それも『あの女さえいなければアーサー殿下だって私の物だったのに』とまで呟いている。


視線をジュリアからウィリアムへと向けアーサーは睨みつける。

隣にいるアイリーンは生きた心地がしない。逃げたいのに、今は何故かアーサーの手が腰に回されガッチリと抑えられている。



(もう勘弁して……冤罪でもなんでもいいわよっ。早く帰りたい。修道院へ行きたい……!)



ジュリアだけではなくウィリアムにも現実を見せるのだろう。いや、もう、馬鹿は放っておいてあげて欲しいというアイリーンの想いはアーサーには伝わらない。



「家同士の婚約は互いにメリットがあってのことだろう?借金の肩代わり、事業の支援、共同事業や領地経営のコンサル、婚約した時から既に互いに利益が得られるように動いているんだ。君は、その事を忘れたのかな?」


婚約を破棄した家同士でも共同事業や借金の肩代わりなど互いにメリットを見出して、その約束が破られないよう子供同士を結婚させている。


すぐに利益が出るものばかりではない。時間をかけて利益に繋げる、領民の生活を豊かにしていく場合もある。


その最中に婚約が破棄されるような事態が起これば損害が出てもおかしくない。家によっては名前に傷がつくばかりか、娘や息子の次の婚家先を探すのに時間と労力がかかる。


婚約を破棄された令嬢となればなおさらだ。修道院へ行くことになれば家のため、領地のために結婚させることができず膨大な損害が発生する。


ただ、それを自分に都合の良いようにしか捉えることのできない頭の弱い男もいるようだ。


「私達の婚約にはコンラッド家にしかメリットはありませんよ。なんてったって、公爵家と繋がりが持てますし、アイリーンは公爵夫人になれるのですから。私からしたら愛想のない女を妻に迎えるデメリットしかありませんよ」


ウィリアムは自分より出来の良い女が嫌いだった。アイリーンはその典型で、ウィリアムが最も嫌うタイプだ。


女は男の隣で愛想よく笑い、言う事を聞いて身体を差し出せばいいと考えている。自分の欲求を満たしてくれる女の理想がジュリアなのだ。


女らしい大きな柔らかい胸に潤んだ瞳、潤った唇に小さな身体。その全てがウィリアム、いや、男の理想なのだ。


「君にとってのメリットではなく、シンフォニア家のメリットだよ。シンフォニア家の領地経営のためにアイリーン嬢が公爵夫妻に望まれて婚約したんだ。私の婚約者となるはずだったアイリーンを横から掻っ攫ってまでなっ!!!」


最後は語気を強めウィリアムを睨みつけながら言い放った。ウィリアムは、その言葉に目を見開き唖然として声を出せずに交互にアーサーとアイリーンを見る。


「シンフォニア公爵夫妻はコンラッド侯爵夫妻が渋っているにもかかわらず私が不在の時に勝手に婚約承諾書を作り、無理を言ってアイリーンに婚約を承諾させた。あとから知って悔やんだよ。それでも、アイリーンが幸せになるならと身を引いた私は馬鹿だったよ!!!」


「うそ……だろ。アイリーンは公爵夫人の座に執着してジュリアを!!」


「公爵夫人?あぁ、貴族の中では最上位だろうね。だがね、アイリーンは王太子妃、王妃の座が用意されていたんだ。公爵夫人に執着するはずがないだろ、君がオデット男爵令嬢を側においている時にも何度か私との婚約を打診していたのだからね」


「嘘だろ……」


才女と言われている婚約者が、公爵夫人の座が欲しくて醜い嫌がらせをしていた、そう考える事で安心していた。あの女は自分がいなければ公爵夫人にすらなれないのだ、才女と言われていても、所詮はただの女なのだと。


優位に立っていると思っていたのに、自分より高位の男に求められていた。自分との関係はアイリーンが望んだものではなく、両親が家のためにと望んだ婚約だった。王家との繋がりが途絶えたことで、コンラッド家にはデメリットがあった。コンラッド家にメリットはなかったのか?



(いや……コンラッド家にもメリットはあったはず。例え王家との繋がりがなくても公爵家と繋がりができれば商売もしやすかったはずだ)



「言っておくけど、コンラッド家は高額の支度金を請求されて、優秀な娘までとられるんだこらメリットはないからね」


ウィリアムが思案していることに気づいたアーサーは逃げ道を塞ぐ。メリットはシンフォニア家にしかないのだ、と。



(あぁ、そういえばコンラッド家の事業は拡大して収益が大きく両親が金のなる娘だと話していたな……金になるから手放すなと言われていたのに……何故、今まで忘れていたのだろう)



漸くウィリアムは婚約した頃の話を思い出した。アイリーンと結婚するから公爵位を継げることを。その事実を思い出して項垂れる。


「それと、オデット男爵家はもうないから。侯爵家の嫡男への付き纏いで被害報告が出ている。婚約者の伯爵令嬢に危害を加えたとね。それと、伯爵家の嫡男と身体の関係があったようで君と関係を持つ前に『子供ができたかもしれないから責任を取れ』と押しかけていたようだよ。彼の婚約者の家にも。そこは婚約解消になってね、共同事業が中断されて被害が大きいんだ。その損害や他の家にも被害を出しているから領地と財産没収して損害賠償と慰謝料に充てることになった。足りない分はオデット男爵令嬢が働いて返すことだな」


複数の男性と身体の関係を持ち高位貴族の令息には責任を取れと押しかけて金銭を要求、若しくは結婚をするよう迫っていた。


ただ、どの令息も純潔を奪ったわけではないからと拒否していた。純潔を捧げた相手に責任を取らせろと。


「なっ…!どうして私が働かないといけないのよ!!」


黙っていたジュリアは自分が働くことに納得できず言葉を荒く言い放つ。


「君にお似合いの仕事を用意しているから安心するといい」


その顔は笑っているがドス黒い空気を纏っている。隣にいるアイリーンは生きた心地がしない。この男はトコトンやる、地の果てまで追いかけて死ぬほうが楽だと思わせるくらい追い詰めるのだ。


アーサーといると、自分の全てが暴かれるような恥ずかしさと悔しさがある。だから、少し頭の悪い男な所へ嫁いで領地経営など自分の好きなように気ままに暮らしたくてシンフォニア家との婚約に同意した。ここまで馬鹿だとは想定外だったが。


騎士ジュリアを連れて行くよう指示をし、ウィリアムは帰宅命令とシンフォニア公爵とコンラッド侯爵には登城を連絡するよう指示を出したアーサーは、アイリーンに向き直り微笑む。


「これで私たちを邪魔する者がいなくなったね」


「えっ……いや……そのぉ……邪魔だとは思っていませんでしたが……」


笑顔のアーサーとは対照的に目を泳がせるアイリーン。なんとか逃げ道を探すが、生暖かい目でこちらを見る友人、周りの生徒達も見守るような視線を向けていて助けてもらえる気がしない。


「何か言ったかな?」


「何か聞こえまして?」


どう切り抜けるか……考えても策は見当たらない。アーサーの近くにいると鼓動が高鳴る。いつもの自分と違い平常を保てない。病気でもないのにドキドキするのが辛い。


「アイリーンは私のことが嫌い?」


「いいえ」


「それでは、好き?」


「……わかりません」


「私と王女の婚約話はどう思った?」


二年前、アーサーと隣国の王女との婚約話が持ち上がった。隣国の王女がアーサーに一目惚れして既に結ばれた友好条約を持ち出して婚約話を進め国家間で揉めた事があったのだ。


その時アイリーンは僅かながら心に穴が開いたように感じていた。数日ほど、何も手がつかないほどに。



(うっ……確かにあの時は直ぐに祝福の気持ちにはなれなかったけど……)



視線を落として考え込むアイリーンを、アーサーは優しい笑みで包み込む。


「わたしは……領地経営がしたいのです」


「うん」


「領民の声を直接聞いて……皆さんが豊かに生活出来るようにしたい」


「うん」


「私だけを愛して欲しいのです」


「うん」


「だから、側室制度のある王家には嫁ぎたくないのです」


他の女性と愛する夫をシェアすることはアイリーンには考えられなかった。両親のように互いを愛し合う夫婦に憧れている。


夫となる国王からの寵愛を受けるために、他の女を蹴落とすような真似もしたくない。夫とは互いに協力しあって家族になりたい。


「政務に携われば領地よりも大きな、国の経営が出来る」


「はい」


「国のトップに立っても直接、民の声を聞く方法はある。孤児院や学習院、市井に出て話を聞くことだって出来る」


「はい」


「私はアイリーンだけを愛するから側室制度は使わない。不安なら廃止しても構わない」


「えっ……?」


「アイリーンが嫁いでくれるなら、私は何でもする。私と結婚して欲しい。アイリーンを愛している」


アーサーはアイリーンの前に跪き手の甲に口付ける。


「わ……私は……ずっとアーサー殿下から逃げていました。アーサー殿下の想いを知っていたのに、他の女性を側室に迎えるかもしれないと思ったら……捨てられるより怖くて……そんな失礼な女ですよ」


「知っている、それも含めてアイリーンを愛している」


アーサーの心からの笑顔と愛情に自然と涙が零れ落ちる。今まで抑えていた気持ちが溢れる。


「アーサー殿下、私もお慕いしています」


アイリーンは耳まで赤くしてアーサーに想いを告げる。初めて出逢った頃から抱いていた大切な恋心を。

あの胸のザワつきが恋心だと知らず、いや、知ろうとしなかった叶わぬ恋。自分の気持ちを偽ったのに婚約者に心を開く事ができず浮気をされた。


ウィリアムは罰せられたのに、秘密の恋をしていた自分は咎められない不公平さに申し訳ない気持ちになる。


周りで見守っていた生徒達から歓声と拍手が沸き起こる。周りに他の生徒がいる事を忘れていたアイリーンは恥ずかしくなり、抱きしめてくれたアーサーの胸に顔を隠す。


「あぁ!なんて可愛いんだ!レオナルド!アレを持ってこい!アイリーンの気持ちが変わらないうちに!!早くっ!!」


アーサーの側近で宰相候補のレオナルドは一枚の紙を手渡す。


「アイリーン嬢、ここに署名を」


「これは?」


「いいから、ここに署名を」


「あ、はい」


レオナルドに促されるまま一枚の紙に署名する。署名するとレオナルドが回収し、アーサーに見せる。



「よっしゃぁああああああ!!!」



アイリーンの腰に手を回しながら、もう片方の手でガッツポーズをとる。今までにないくらい喜んでいるアーサーに、アイリーンは驚き目を見開く。


周りにいた生徒達も、アーサーの大きな声に驚き静かになる。


紙を見て喜んでいたので、アーサーの見ていた紙を覗き込み驚愕する。


「アーサー殿下!これって……!!!」


「これで私たちは今日から夫婦だっ!!」


「ぇええええええ?!ええ?え?ええっ?!婚約誓約書ではないのですかっ!?」


アイリーンに手渡し署名させたのは婚姻誓約書だった。レオナルドが指で一文字見えないようにしてアイリーンに見せていたのだ。


婚姻誓約書には既に両親の署名入りで国王夫妻も署名していたのを見ると、計画的犯行と考えられる。


目の前でアーサーとアイリーンが婚姻誓約書に署名して夫婦になったのを見届けた生徒達は再び歓声をあげ口々に『おめでとうございます!』と祝福する。


アーサーは、アイリーンを横抱きにして、その声に対して手を挙げ応える。


「さぁ、私の愛しい奥さん、自宅に帰ろう。コンラッド侯爵夫妻からは既に許可を得ているからね。あぁ!今日から一緒に暮らせるなんて夢のようだ!!」


「ちょ……ちょっと!一体いつから計画していたのよ!!私の心の準備は?!」


「夜まで時間はあるから大丈夫!たっぷり準備してくれ!!」


「はいいい!?短い短い!先に婚約!」


「無理だよ。もう夫婦になったんだから先に結婚生活に慣れよう!安心して、全て私が教えてあげるからね!!!」


生徒達の歓声に包まれながらアイリーンはアーサーに抱かれ皆の前を通り学園を後にする。


婚約破棄されて領地か修道院へ逃げて、貴族社会から離れて心穏やかに暮らすはずだった。貴族社会に近寄らなければアーサーのことを意識せずに生活し、心を掻き乱されずに平常心を保ったまま暮らせる。そう夢見ていたのに、愛していると言われ閉じ込めていた想いが溢れ出し見て見ぬ振りが出来なくなった。





騒動が落ち着いた頃、人知れずジュリア・オデット元男爵令嬢は多額の借金を返済するために働いていた。鉱山で働く男達のために昼夜問わず寝台の上で肉体労働が課せられている。あと数年働けば損害賠償と慰謝料の支払いが完了する。大きな勉強代となった。


シンフォニア公爵家は次男が継ぐことになりウィリアムは領地の隅で大人しく過ごしている。失ったものの大きさ、自分の不甲斐なさに気づき失望した。


アイリーンの婚約者として、当たり前のことを何一つしてこなかった。ドレスを贈ることもカードを贈ることさえも。夜会ではファーストダンスすら踊らずアイリーンに恥をかかせ、ダンスを踊る事もできずに壁際にいる姿を見て満足していた。婚約者がいながら夜会では女性を物色し、休憩室に篭り情事を楽しみ、相手の女性さえもアイリーンを下に見ていた。下に見る事で安心していた自分が情けない、と、ウィリアムは今更気づいた。



もちろん、アイリーンはこの事を知らない。






学園の中庭で婚約破棄から王太子の求婚、婚姻誓約書への署名をして夫婦になった二人は半年後、盛大な結婚式を執り行い国民に祝福された。


王太子であるアーサーは幼い頃の恋を実らせる執着を見せつけ、漸く実った恋に浮かれて側近達に惚気て呆れられた。


結婚式までの半年間、王太子妃が懐妊しないよう侍女たちが結束し、寝室へやってくる王太子を追い返していた。


「披露宴が終われば、漸く、アイリーンと本当の夫婦になれる。いつか逃げられるかも知れないと不安で堪らなかった」


「私はもう逃げません。あの頃は恋を知らない子供だったのです。でも……逃げないように愛してくださいね?」





幼いこじれた二人の恋が漸く祝福された。

それにしてもウィリアムとジュリアの扱いが酷い。

罰も酷すぎる。が、ご了承ください。苦情は受け付けません。m(._.)m


お月様では『僕は婚約者を溺愛する』を第二章まで公開中です。秋ごろには、なろうでも連載開始予定!よろしくお願いします!!!



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― 新着の感想 ―
[一言]  あとがきに罰が酷いとありましたが、私は妥当だと思いました。むしろ、ジュリアに関してはもっと苦しめとも思ってしまいます。
[気になる点] 「シンフォニア公爵夫妻はコレット侯爵夫妻が渋っているにもかかわらず(略)」 ヒロインの家はコンラッド侯爵家だったのでは?と読んでいてちょっと混乱しました。 修正忘れでしょうか。
[一言] 執着?溺愛?何だか怖い王子様? でもアイリーンが幸せだと思えるなら、これで良かったのかな? 読ませて頂いて有難うございました。
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