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恋が成就すると終わってしまう世界の話

作者: 水無月 黒

 昔々、とある王国に一人のお姫様がいました。

 このお姫様には一つの夢がありました。それは、

 「素敵な恋愛をして、恋人と結ばれること。」

 年頃の乙女ならば珍しくもない夢ではありますが、叶うことはまずないでしょう。

 彼女は王女なのです。政略結婚とまではいかなくても、その婚姻には常に政治が付きまといます。

 それでなくてもこの国、いえこの世界では恋愛結婚は少数派です。恋愛は自由でも、結婚となるとなかなか自由にはなりません。

 だから、特に身分の高い者が大恋愛の末に結婚することは非常に稀で、物語として語り継がれるほどです。

 それ故に、少女たちは憧れます。物語のような恋愛に。

 このお姫様もまた、恋に恋する乙女でした。


 そして月日は流れ。

 お姫様は、いまだに独り身でした。

 恋人どころか、男性の知人もほとんどいません。

 男性は徹底的に排除され、筋金入りの箱入り娘となっておりました。

 「でも、ほとんど軟禁状態なのはちょっと酷いと思うの。」

 お姫様も少々不貞腐れ気味でした。

 何しろ、外部から訪れる男性は完全にシャットアウト。のみならず、お姫様が出会いを求めて自ら出歩くことも厳しく禁止されていました。

 このお姫様が自由に移動できるのは王城のごく限られた範囲のみでした。

 「それは仕方ありません。姫様の恋が成就したら、この世界が終わってしまうのですから。」

 答えたのは、お姫様に常に付き従う――あるいはお姫様を常に監視している――中年の女性、メイド長でした。


 昔々、世界は多くの人々で溢れていました。

 人々は幾つもの国を作り、大層栄えていました。

 栄え過ぎて、人同士で相争い、国同士で戦争を始めるくらいでした。

 そんな人々の傲りを戒めようと、神様は考えたのかもしれません。

 ある時から、世界に魔物が出現するようになりました。

 魔物は普通の獣よりも強くて狂暴、人を見ると容赦なく襲い掛かってきました。

 けれども、最初の内は魔物の脅威を真面目に考える人はほとんどいませんでした。

 人類には国と国との戦争で鍛えられた、強い強い騎士様がいました。

 狂暴な魔物といえども、騎士団の前には敵ではないと誰もが思っていました。

 なかには魔物を戦争に利用することを考える者さえいました。

 しかし、倒しても倒しても魔物の数は減りません。

 むしろ、時間が経つにつれ魔物はどんどん数を増やしていきました。

 もはや人間同士で争っている場合ではない。そう気が付いた時にはもう手遅れでした。

 まず、長年戦争を続けていて疲弊した二国が魔物の群れに蹂躙されて消滅しました。

 残った国々が慌てて同盟を結び、魔物に対抗しましたが、さらに数を増した魔物に押される一方でした。

 各国自慢の騎士団も一人また一人と倒れて行き、劣勢を覆す手立てがありませんでした。


 このままではやがて人類は滅びる。

 世界の終わりが誰の目からも明白になった時、とある王国が国に伝わる秘宝を使用することを決めました。

 その秘宝は、「神様にお願いして、どんな願いも一つだけ叶えてくれる」と云われていました。

 この国の国王は代々賢明であったといえるでしょう。

 数々の国難や野心のためにただ一つの願いを使ってしまうこともなく、また他国や願いを悪用しようとする者に狙われないように秘宝の存在を秘匿し守り通したのです。

 こうして、まさにこの時のために伝えられてきた秘宝が役目を果たす時が来ました。

 あとは願うだけでした。「魔物の脅威から人類を救ってください」と。

 しかし、最後の最後で手違いが生じました。

 秘宝によって叶えられた願いは、魔物からの人類の救済ではなく、お姫様の乙女の夢だったのです。

 こうして人類最後の希望は潰えました。

 魔物の攻勢はどんどんと強まり、耐えきれなくなった国から順に滅びて行きました。

 そして最後に、お姫様の願いだけが残りました。


 秘宝によって叶えられたお姫様の願いは、「素敵な恋愛をして、恋人と結ばれること。」

 けれども、この時点でお姫様に意中の人はいませんでした。これでは願いを叶えようがありません。

 しかしそこは神様に叶えてもらう願いです。それでもちゃんと叶うように考えられていました。

 まず、この日からお姫様は歳を取ることも、事故や病気で死ぬこともなくなりました。

 恋人と結ばれるその日までは適齢期を維持するようになったのです。

 また、この王国だけは魔物の襲撃を受けることなく、人々は安定して生活することができました。

 お姫様の恋人が現れ、「素敵な恋愛」を行うためには必要不可欠な環境でした。

 全てはお姫様の願いを叶えるための措置でした。

 もしもお姫様が恋人と結ばれる日が来れば、願いの効果は無くなるでしょう。

 そうなれば、王国にも無数の魔物が入り込み、今度こそ完膚なきまでに人類は滅びるでしょう。

 逆に、お姫様が恋愛をせず、恋人と結ばれなければずっと現状維持です。

 こうして、お姫様は有無を言わさず恋愛禁止となったのでした。

 それから長い年月が流れました。


 「う、う、うー。それでも恋愛くらいしてみたいです。」

 お姫様は肉体だけでなく精神の成長も止まってしまっていました。

 ずっと思春期で恋愛脳のお姫様に、恋愛禁止はとても辛いことでした。

 「全ては今を生きる国民のためです。王族の務めとして耐えてください。」

 メイド長はにべもありません。

 この国でお姫様の立場は微妙です。

 人類を救う機会を潰したとして非難する者もいます。

 国を支える存在として敬意を払う者もいます。

 恋愛禁止に同情する者もいます。

 しかし、いずれにしても、国のため生き残った人のため、お姫様には今のままでいてもらうしかありません。

 「はぁ、私はいつまで我慢し続ければよいのでしょうか?」

 「そうですね、魔物が完全にいなくなるか、魔物から国を守れるだけの戦力が揃うまでではないでしょうか。」

 実のところ、魔物溢れる国外に打って出て、人の世界を取り戻そうと考える者もそれなりにいるのです。

 何かの拍子に姫の恋愛が成就してしまったり、姫が恋人と結ばれなくても願いの効力が消えてしまう可能性が無いとは言い切れません。

 今はまだ無理ですが、武器を改良したり、戦い方を工夫したり、魔物の生態を調査したりと様々な努力をしている人がいるのです。

 「そうですね! いずれ魔物に負けない騎士団ができれば……そして素敵な騎士様と……グヘヘェ……」

 最後はちょっと、乙女にあるまじき表情になってしまいましたが、恋愛脳のお姫様に唯一許されているのが妄想に耽ることだけなのです。このくらいはご容赦いただきたい。


 深夜、お姫様はこっそりと寝室を抜け出していました。

 「フ、フ、フ、私が何時までもおとなしく我慢していると思ったら、大間違いです。恋することもできない世界なんて何の意味があるのでしょう。」

 肉体的にも精神的にも若いままのお姫様ですが、もうずいぶん長いこと生きています。メイド長よりもずっと長い間生きて、その間恋愛を我慢し続けていたのです。もう我慢の限界はとっくに超えていました。

 むしろ、精神が未熟なままでこらえ性の無いお姫様が、よく今まで持ったといえるでしょう。

 お姫様が向かったのは、王城の今は使われていない一室でした。

 「殿方がやって来ても、私が出かけて行こうとしても止められる。けれども、魔法で直接召喚すれば止めようがないでしょう。」

 部屋の中には、お姫様がコツコツと時間をかけて準備した魔法陣と儀式装置一式が隠されていました。

 このお姫様、意外と地味な努力を頑張ります。

 「この国に古来より伝わっていたのは、秘宝だけではないのです。」

 勇者召喚。どこか他所の世界から勇者となる人物を呼び寄せる。それが太古よりこの国の王家に伝わる秘儀であり、お姫様が今行おうとしていることでした。

 因みに、魔物対策で勇者召喚を使用しなかったのは、魔物の大群に対して勇者一人召喚したところで多勢に無勢で無駄死にさせるだけなのが目に見えていたからでした。

 その秘儀を、このお姫様は出会いのためだけに実行しようとしていました。

 しかしその時、突然部屋のドアが勢いよく開かれました。

 「姫様、そこまでです! これ以上の暴挙は許しませんよ!」

 メイド長以下、十人ほどのメイドが雪崩れ込んできます。

 「見つかってしまいましたか。でももう遅いです! 勇者召喚の秘儀は発動しました。さあ、おいで下さい勇者様!」

 すると、部屋の中に落雷でもしたかのような強い光と轟音が轟き、強風が吹き荒れました。

 それらが収まった時、部屋の中央には一人の男性が佇んでいました。

 「こ、これが勇者様!?」

 メイド達は驚愕しました。

 完全に秘匿されていた秘宝と異なり、勇者召喚の秘儀は存在くらいは知られています。しかし、当然ながら実物を見るのは初めてでした。

 ――小太り

 ――団子鼻

 ――ニキビ面

 ――瓶底眼鏡

 ――貧弱そうな生白い肌

 (これはないわ!!)

 メイド達の思いは完全に一致しました。

 「勇者様、なんて素敵なの!」

 しかし、お姫様だけは反応が違いました。元々そういう嗜好だったのか、長年の恋愛禁止で何かがおかしくなったのか、勇者様に一目惚れしてしまいました。

 「はっ、しまった!!」

 勇者様の登場に度肝を抜かれて呆然としていたメイド長が我に返ると焦りました。

 お姫様は同性のメイド長から見ても大層可愛らしいお方です。厳重に男子禁制を貫いてきた理由もそこにあります。

 いかに勇者様といえども、このように女性に縁の無さそうな男性が、お姫様に言い寄られて平然としていられるはずかありません。

 「勇者様! どうか結婚を前提に私と付き合ってください。」

 お姫様の発言も何段階かすっ飛ばしまくっていますが、思いは伝わったことでしょう。

 メイド長の顔面が蒼白になります。

 後から事情を話して勇者様にお付き合いを思いとどまってもらうことは可能かもしれません。

 しかし、一度恋心に火のついたお姫様は、恋する乙女のパワーであらゆる障害を突破しかねません。

 ここは、お姫様が恋愛をして結ばれるための世界なのです。


 さて、いきなり異世界に召喚され、さらには突然の告白を受けて呆然としていた勇者様ですが、即座に状況を把握しました。このあたりはさすがに勇者様です。

 お姫様の様子に真面目な告白であると察し、勇者様も真摯な態度でお姫様を真正面に見据えて口を開きました。

 「すみません。僕の好みでないので、お断りします。」

 外見からの予想を覆す爽やかなイケメンボイスとはきはきとした喋り方で、勇者様はきっぱりと断りました。

 一瞬で失恋したお姫様は真っ白になって固まってしまいました。

 メイド長は、お姫様を慰めて良いものか判断に悩みました。


 こうして、召喚された勇者様はたった一言で世界を救ったのでした。

 (お姫様以外は)めでたし、めでたし。


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