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妖しの魔鏡  作者: 悠志
7/21

七 情報

 日曜日の午後一時。

 俺と秋崎妹と浅沼は、鬼熊に今回の事件についていろいろ聞くため図書館に来ていた。


「全員来ているな?」

「あぁ」

「えぇ」

「来てやったぜ」


 全員来た事を確認すると、俺達はそれぞれ席について本題に入った。俺達がそれぞれ質問をして、それに鬼熊が正直に答えるという形である。


「ここまで関わってしまった以上、三人とももう後戻りは出来ない。その代り、私が知りうる情報は提供する」


 今まで鬼熊が、今回の事件について何も語らなかったのは、余計な混乱を避ける事と、魔物退治に支障をきたす様な事態を避ける為の二つの理由があった。

 前者は言うまでも無く、悪の感情と恐怖を糧にしている魔物に力を与えないようにする為に、出来るだけ情報を規制させる必要があった。伝統を重んじる人達は特に怖がり、それによって何か行動を起こさせないようにする為でもある。

 だが、観光化に賛成している人はこの話を信じてはくれず、それが後者の理由にも繋がる。今の世の中、魔物伝説はもはや作り話の域に達しており、余計な邪魔が入ってしまう可能性も出てくる。特に町長が、こんな事を容認する訳がない。

 だから鬼熊は、誰にもこの事を話さなかったのだ。だが、俺達は見てしまった。ワームホールから人の腕や足が落ちてくる瞬間を、魔物が俺達を捕食しようとする瞬間を。

 それを知ってしまった為、俺達は鬼熊から魔物についていろいろ話を聞く事が出来るようになり、今に至っている。

 まずは、秋崎妹から質問を投げかけた。


「早速だけど、私と澤村君が見たあのワームホールはなんなの?」


 ずっと気になっていた、例のワームホール。まずは、それからいくか。


「分かりやすく言うと。あの空間の内側は、魔鏡の胃袋だ」

「胃袋!?」

「声がでかいぞ」


 伝説の魔物は「魔鏡」と呼ばれていて、鏡を通して俺達を監視し、自分の空間におびき寄せて襲う化け物だという事が分かった。

 詳しく聞くと、あのワームホールは魔鏡が食った人間を喰いちぎり、自分のエネルギーに変換させる所だそうだ。更なる恐怖を食らうため、わざと腕と足を残して皆の目につきやすい所に放り出すのだそうだ。

 何とも悪趣味で、卑劣な化け物だな。


「あれ以降、あの胃袋が出現しなくなったのは、あんた達に見られていた事に気付いて、見えなくしたと思う」

「やっぱり、気付かれていたか」


 考えてみれば、周辺住民はもちろん警察もその存在に気付かなかったのは、全員が魔鏡の作り出した空間の外にいたからなのだと思う。俺と秋崎妹に見えたのは、魔鏡の作り出した空間内にいたからなのだろう。

 だが、俺達に見られてしまった事で更に警戒されてしまったみたいだ。そのせいで、更に見つけ出すのが困難になってしまったので、鬼熊には申し訳ない事をしてしまった。

 次に質問をしたのは、浅沼だった。


「じゃあ、どうしてあんな風に封印する必要があったんだ?」

「祠を見えなくさせるような封印か?」

「ああ。そんな事したら、誰だってその魔鏡の存在を信じられなくなるぞ」


 確かに、魔鏡の事を後世に伝えたいのなら封印の祠を見えなくさせる意味が分からない。それだと、時代と共に風化していき作り話として扱われてしまう。

 だが、それにもちゃんと理由があった。

 魔鏡の封印してある祠を見えなくさせたのは、魔鏡の妖力があまりにも強すぎる為人間がその誘惑に誘われないようにする為であった。

 魔鏡自体の封印は簡単だが、妖力はわずかながら外に漏れてしまう為、魔鏡本体と祠、そして祠を見えなくさせるという三重の封印にする必要があった。あの不可視の封印は、俺達から見えなくさせるだけでなく、人間や他の生き物や妖怪があれに触れられない様にする効果もあった。

 他の妖怪には影響はなくても、人間みたいに弱い生き物だと悪い影響を受け、今回の様に封印を解いてしまう恐れがあるからだ。

 その為、鬼熊の曽祖父は周りに柵ではなく金網のフェンスで囲い、誰もあの更地に近づけさせないようにしたのだ。

 ここまで話を聞いた後、今度は俺が鬼熊に質問をした。


「その魔鏡は、なんで復活してしまったのだ?一体誰が封印を解いたんだ?」

「分からん!」


 キッパリ言ったな!おい!


「憶測でしかないが、相当強い悪の感情を持った誰かがフェンスを開けて、わずかに漏れた妖気に脳が同調してあの空間に入ってしまったのだろう」

「そんなこと可能なのか?」

「悪の感情は、どの人間の中にも必ずある。いかに不可視の封印を施しても、それが恐ろしく強いと入り込むことは可能だ」


 だからフェンスで囲ったのだろうけど、町長が視察に何度も訪れ、その上調査団が頻繁に出入りするようになったせいで鍵が閉められなくなり、今回の様な事件が起こったのだろう。

 その話を聞いた後、浅沼が小さく手を上げて聞いてきた。


「悪の感情って、そもそもどんなんものなんだ?何で人間は必ず持っているって言いきれるんだ」


 そこからかよ。高校生にもなったんだから、それくらい理解しろってんだよ。

 そんな浅沼のアホ質問にも、鬼熊は答えてくれた。


「『憎しみ』『怒り』『嫉妬』『傲慢』『強欲』など、たくさんある。人間には感情というものがあるから、この世に生きている人間全員がそういった感情を持っている」


 そりゃそうだよな。人間には、良い部分があれば、それと同じくらい悪い部分が存在する。自分は清廉潔白だという人もいるが、そんな人間はこの世には存在しない。


「特に、あんたやクラスの連中が澤村にやっている、特定の人間に対する差別や虐めは最悪で、魔鏡に一番狙われやすい悪の感情なんだ。うちの学校の生徒が必ず一人犠牲になっているのは、それが関係しているからだよ」

「互いに差別し、貶め、罵り合い、特定の人間をいないものとしてみなすのは、この世界では人間だけだもの」


 確かに、人間には他の動物にはない感情がたくさんある。鬼熊がさっきあげた、「憎しみ」や「怒り」や「嫉妬」は膨れ上がると争いの火種にもなる。

 俺が学校に取り残されたあの日、多くの生徒が俺を犠牲にする事で事態が終息すると勝手に思い込んでいた。そこを魔鏡に狙われてしまったのだろう。あの時の犠牲者が最も多かったのはそのせいだったのか。


「つまり、それらの感情がものすごく強いやつが封印を解いたというのか?」

「実際に見たわけじゃないから断定できないが、それで間違いないと思う。空間を解く前に、何者かが入り込んだ痕跡があった」

「あったんだ」


 まぁ、フェンスが開いていた時点で誰もが自由に出入りが可能だから、不可能ではないわな。


「問題は、誰が魔鏡を持っているかだ。千年前はすぐに持ち主を特定できたそうだけど、今はどの一般家庭にも鏡があるから特定するのが困難になっているの。鏡に限らず、ガラスや水面でも姿を映せるものがあると何処からでも現れるから」


 つまり、それらが捜査の妨げになってしまっているのだな。


「特に女子は、二人に一人は手鏡を持っているから特定するのが余計に困難になる」

「確かに、お姉ちゃんも手鏡を常に持ち歩いていたわ」

「お前はどうなんだ?」

「持っていない」


 おいおい。お前等本当に一卵性双生児なのか?学力と評判を重視する姉と、喧嘩っ早くて男勝りな妹。双子なのにどうしてこんなに違うんだ?

 だが、それは今置いておいて。俺は鬼熊に一番気になることを聞いた。


「ちなみに、魔鏡を持っている人間と、そうでない人間は見分けることはできるのか?今この中で、持っていそうなやつはいるのか?」


 魔鏡を持っている奴と、そうじゃない奴の見分け方は、今後の事を考えると知っておいた方がいいと思う。鬼熊の捜査の手助けも出来る。


「パッと見では無理。おそらく裸を見ても特定できない。普通の人間を全く変わりないから」


 そりゃそう簡単には見分けられないよな。


「だが、特徴を見極めるのは簡単だ。ちなみに、澤村と秋崎妹は持っていないと断定できる」

「どうしてなのだ?なんで、澤村は違うって言いきれるのだ?」


 浅沼が、その回答に一番食らいついた。俺が持っていないのがそんなに信じられないのか?まぁ、あの学校の連中を一番恨んでいるのは俺だから、疑うのも無理ないか。もちろん持っていないけど。

 その疑問に、鬼熊は淡々と答えた。


「二人とも、血を流したから」

「「「はぁ?」」」


 普通すぎる回答だ。当然、浅沼がそれで納得できるはずがない。だって、俺や秋崎妹だって納得していないんだから。


「血を流したから何だって言うのだ?」


 浅沼の問い詰めた直後、鬼熊は前触れもなく親指の先を噛み切り、俺達の目の前で血を垂らした。俺達は訳が分からず、言葉を発せなかった。

 そして、血を流すから違うという理由を話した。


「魔鏡の持ち主は、同時に魔鏡の最初の犠牲者でもある」

「だから何だ?」


 俺と秋崎妹はここまでの話を聞いて何となく察したが、浅沼だけは未だのその理由が分からないでいた。


「食われた死者からは血は出ない。例え、体を真二つにされても、首を切られても」

「あっ!?」


 つまり、そういう事だ。魔鏡を持っている奴は血を流さない。その理由は、人は既に魔鏡に食われて死んでいるから。


「まぁ、見分けられる特徴はそれだけで、それ以外は普通の人間と全く見分けがつかず父でさえ特定できない位だ」

「マジかよ」

「言い伝えでは、魔鏡の持ち主は常に魔鏡を出しているのではなく、身体の中に埋め込んでいて、たまに外に出して手に取る程度だ」


 おいおい。それじゃ、特定するのは無理に等しいぞ。鏡がたくさんあると言う以前に。


「話を戻すが、澤村は魔鏡が作った空間の破片で頬を切り、血を流した。だから、持ち主じゃない」


 俺はあの時の状況を思い出しながら、ガーゼが貼られている左頬に手を添えた。


「そういえばあの時、どうして目を塞がなくちゃいけなかったのだ?」


 素朴な疑問だな、浅沼。でも確かに、すごく気になるな。


「破片が目に入らない様にする為」


 これに対する鬼熊の回答は、あまりにも普通すぎた。


「澤村君は納得したけど、どうして私も持っていないって断定できたの?そりゃ、持ってないけど」


 確かに、どこで秋崎妹は違うって判断したのだ。

 鬼熊は、その理由をサラリと答えた。


「トイレで××××を取り換えている時」

「んな!?」


 ‥‥‥‥‥‥‥‥なるほど。それ以上は聞かない方がいいか。


「ちょっと!いつ見たのよ!」

「昨日。式神を使って」


 真っ赤になって抗議する秋崎妹と、表情一つ変えずにサラリという鬼熊。

 ん?ちょっと待て!


「鬼熊、お前式神が使えるのか?」

「当然よ。時間にして一時間しか使えないけど」

「何でなんだ?」

「今の世の俗気を、長い間浴びせないようにする為。俗気に長時間触れると、式神の魂は荒んでいき危険な存在になってしまうから」


 式神を使った捜査には時間制限が設けられているのか。今の俗気は、式神に悪い影響を与えてしまう程汚れているのだな。そりゃ、なかなか見つからない訳だ。


「じゃあ、式神が見たものをお前も見ることができるのか?」

「継続して使えないのが欠点だが、見ることができる」


 という事は、ある程度持っている人間とそうでない人間は分かるのだな。


「まぁ、怪我をして血を流す機会なんて滅多にないし、部活で怪我をしない限りは不可能に近い。今現在特定できたのは、澤村達も含めて数人程度だ」


 少ないな。まぁこれだけ厳戒態勢が整われていれば無理もないか。しかも、うちの学校は現在全部活動が停止している状態にあるから。


「じゃあ、鏡美高校の生徒では?」

「まだ、澤村と秋崎妹しか特定できていない。その前はもう少しいたが、皆魔鏡に食われてしまった」

「てことは、お姉ちゃんもまだ怪しんだね」


 たった二人か。今回の事件で町民の二割が犠牲になったが、それでもかなりの数の人が住んでいる。覚えるのも大変なのに、その中から人一人を探すのだからすごく大変なのだろう。

 しかも、式神を使った調査は一時間しか使えない。外出規制も厳しくなっている為、迂闊に外にも出られない。

 これでは魔鏡の思う壺だ。

 数秒ほど沈黙して、秋崎妹が手を挙げて質問した。


「なに?」

「そもそも、魔鏡って一体何なのですか?」


 忘れていたが、それが一番の疑問だ。そもそも魔鏡はどうやって誕生したのか?退治した陰陽師の子孫なら、それを知っているだろう。


「元は、古い鏡が化けた付喪神の一種」

「付喪神って、神様なのか!?」


 コクッと鬼熊は頷いた。

 という事は、魔鏡は元々神様だったのかよ。


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