六 復活
5限目が終わり、あと一時間で授業が終わるという時に、浅沼がいきなり教壇に立って大声で言い出した。
「おい皆聞いてくれ!今日の十三時に、町内会主催のお祓いが行われたって情報があったぜ!しかも、その動画が配信されているぞ!」
クラスが騒然とし、全員が一斉にスマホで動画を見た。そんな浅沼を、俺と秋崎妹と神田は生暖かい目で見ていた。
「どうやってその情報を得たのだ?」
「どうせ授業中にケータイいじって見つけたのでしょう」
「そういえば浅沼君、先生の目を盗んでスマホを見ていた気がします」
まさにその通りだったみたいで、浅沼は皆が授業の遅れを取り戻そうとしていた中、一人スマホをいじって今回の事件の情報について検索をしていたようだ。
俺と秋崎妹と神田は、特に興味があるわけではないが一応スマホの動画アプリを開いた。
そこには確かに、鏡美町の町内会会長と務めている六十代の男性を中心に、お祓いで有名な祓い屋が役所の駐車場でお祓いをやっている様子が映された。時刻は、今日の十三時。
《みなさん、これで一連の奇妙な連続殺人も終わります。こちらの方は、日本各地であらゆる霊を払ってきた一流の祓い屋さんです。では先生、早速お願いいたします》
《はい。この町には、確かに強力な霊気を感じます。私も、今まで感じたことのないくらいに》
《でも、貴方様にお任せすれば大丈夫でございますよね》
《もちろんです。私が来たからには、もう大丈夫です》
祓い屋の強気な発言に、後ろの席の鬼熊は溜め息を吐きながら首を横に振った。
「力は本物。だが、それではあれに打ち勝つことはできない」
小声でボソッと呟いたと同時に、お祓いが始まった。
お祓いは順調に行われていった。しかし、始まって僅か三分後にお祓いの場となっている役所の駐車場に異変が起きた。
周りに止まっていた車が激しく揺れ始め、祓い屋が気をこめ始めた時、揺れていた車が強い突風に飛ばされるかのように飛んで行った。しかし、それでも怪現象は収まらず、飛ばされている車のうち一台が祓い屋の頭上に落下し下敷きになってしまった。当然、祓い屋は即死。その後も怪現象は収まらず、激しく取り乱す町内会会長をアップに、動画は終わった。
お祓いは、失敗に終わった。
「おそらく、どこかのバカが流したフェイク映像だろう」
普通はそう思う筈。
だけど、今回の事件で完全に怯えきった生徒達の落胆は激しかった。うまくいっただろうという皆の期待を、見事に裏切るような展開であった。
教室が失意に陥る中、俺と秋崎妹は小声でさっきの動画について話した。
「どう思う?」
「やっぱり、あのワームホールの主が、もとい伝説上の戯言だと思っていた魔物が復活したのかしら?」
「かもしれない」
その後二人は、その魔物について更に調べる為、放課後一緒に図書館に行く約束をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後
俺は6限の後に秋崎妹と一緒に図書館に行こうと思っていた。だが、クラスの掃除当番の連中に教室掃除を押し付けられてしまった。仕方なく俺と秋崎妹と、秋崎妹にカツアゲされた浅沼と一緒に掃除を終わらせた。
正確には浅沼は、前半は全く手伝わなかったが、秋崎妹に五~六発ぶん殴られて後半はしぶしぶ手伝った。そもそも、今日の掃除当番の一人が浅沼だったのでそれを秋崎妹が逃がす訳がなかった。
結局、掃除が終わったのは日が傾いた時であった。
「チェッ!なんでこんなに遅くなっちまったのだ」
「「お前のせいだ」」
愚痴をこぼす浅沼の背中に、俺と秋崎妹は同時に蹴りを一発入れた。
その時、階段の陰から長い赤髪をなびかせながら鬼熊が現れた。
「鬼熊」
「どうしたの、鬼熊さん?」
鬼熊は何もしゃべらず、ゆっくりこっちに近づいてきた。
「なんだ?俺等になんか用か?」
俺が問い詰めると、鬼熊はそっと口を開いた。
「お前等、一体何を隠している」
「なっ!?」
「私の目は誤魔化せない」
こいつ、一体何を言っているのだ?
そんな鬼熊の言葉を聞いた浅沼は、またも馬鹿げた発言をしてきた。
「やっぱりお前の仕業だったのか、澤村!?この連続殺人、全部お前のせいか!」
やっぱりこいつは、底抜けのバカだ。
「お前なぁ」
「来るな人殺し!さっさとこの町から、いや、この世界からいなくなれよ!」
完全に怯えきっているな。
そんな浅沼に秋崎妹が掴みかかろうとした時、鬼熊が罵るかのように鼻で笑った。その後、意味深な事を言ってきた。
「そんなこと言っていると」
「死ぬぞ」
鬼熊の、「死ぬぞ」という言葉に、俺達は一斉に言葉を失った。浅沼は、鬼熊の方を見てその訳を目で訴えていた。
鬼熊は、淡々と続きを語った。
「あれは、人間の悪の感情に激しく反応し、それから生まれる恐怖を好んでいる。特にこの町は最悪だ。町長は傲慢だし、町内でも観光化の賛成派と反対派が衝突している。この学校に至っては、特定の生徒を差別し、死んでほしいと願っている。だから、差別を受けている生徒よりも、差別している連中がより狙われる」
「何言ってんだ?訳がわかんねぇよ」
浅沼の奴、かなり取り乱しているな。
ちょっと待て!今の話し、確か昼休みに秋崎妹から聞いたぞ。
その瞬間、教室の扉がバタッと音を立ててひとりでに閉まり、小さくゴオォという、獣のうなり声のような不気味な音が廊下に鳴り響いた。
「何が起こっているのだ?」
「うわあぁあぁぁぁぁぁ!」
俺達が周りを見ようとすると、いきなり浅沼の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、ドス黒い触手に巻かれた浅沼の姿があった。触手は、廊下の奥に続いていた。
「助けてくれぇ!」
「嘘だろ‥‥‥!」
「何よ、あれ‥‥‥!」
訳が分からないぞ!何なんだ、あの触手は!一体、どこから伸びているのだ!四~五メートル先に壁があるのに、果てしなく遠く見える。どうなっているのだ!
浅沼が引き込まれそうになると、鬼熊がいきなり走り出してチェーンでぶら下げている長方形の箱からクナイを取り出し、浅沼に巻きついている触手にしがみ付いて突き刺した。
クナイを突き刺された触手は、鬼熊を突き落とすと同時に浅沼を離した。助かった浅沼は、思い切り尻餅をついた。
「イテテ‥‥‥でも、助かった‥‥‥」
「無事か?」
俺が浅沼の所に駆け寄ろうとした時、今度は秋崎妹の悲鳴が聞こえた。
「きゃああぁぁぁぁああぁぁ!」
秋崎妹も、先程の浅沼と同様に黒い触手に身体を巻かれていた。
「何よこれ!」
「秋崎妹!」
引き込まれる前に秋崎妹の手を掴んだが、力が強すぎる為一緒に引き込まれそうになった。
「なんて力だ!」
秋崎妹と俺は、引き込まれそうになった。
その時鬼熊は、今度は反対側の箱からお札を取り出し、それを触手目掛けて投げた。お札は、まるで吸い寄せられるかのように触手に貼り付いた。お札を貼られた瞬間、そこから電撃の様な物が発生し、触手はまるで苦しんでいるかのようにもがきながら秋崎妹を離した。
助かった秋崎妹を、俺は正面から抱くようにしてキャッチした。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとう」
でも、互いに安全を確認している場合ではなかった。
すぐに俺達は、鬼熊の所に行った。鬼熊は、目で周りの状況の確認をした。
「鬼熊?」
「三人とも、私の傍から離れるな。あと、目もしっかり瞑っとけ」
指示通り俺達は、鬼熊のすぐ後ろに固まり、目を瞑った。十数秒間の沈黙の末、鬼熊は何か呪文のようなものを唱えた。
呪文を唱え終えた瞬間、俺達の周りからガラスが激しく割れるようなパリンッという大きな音が鳴り響いた。
同時に、頬で何かを切ったのを感じた俺は、チラッと目を開けてみた。そこで俺は、自分の目を疑った。
(なんだ、これは!?)
そこには、俺達が普段見慣れている学校の廊下が鏡の破片のように飛び散り、その隙間から赤黒い空間が広がっていた。どうやら、その飛び散った破片で頬を切ったのだろう。
冗談じゃないぞ!俺達はさっきまで、通い慣れている学校の廊下にいたぞ!一体何が起こっているというのだ!
赤黒い空間は、スゥッという音と一緒に五~六秒ほどで消えていった。直後に、いつもの学校の廊下が広がっていた。
俺が目を完全に開いたのと同時に、秋崎妹も目を開いた。浅沼はまだ瞑ったまま、未だに怯えていた。
「おい!もう開けても大丈夫か!?おい、もう大丈夫か!?」
「開かなきゃ何も見えないだろ」
鬼熊の冷静な突っ込みに、浅沼は慌てて目を開いた。
「チッ!」
鬼熊は舌打ちをして、右足を強く床に踏みつけた。
「どうした?」
「逃げられた!逃げ足の速いヤツだ!」
歯を強く噛みしめた鬼熊は、速足で階段に向かいそのまま降りて行った。
「おい!待てよ!」
俺と秋崎妹も、鬼熊の後を追っていき、状況が分からない浅沼もなんとなくついてきた。
下駄箱で靴に履き替えた鬼熊は、まっすぐある場所に向かっていった。その行く先は、なんとなく想像がついた。
後を追っていると、鬼熊は急に立ち止まりこっちに振り返った。俺達は、すごく焦った。
「何でついてくるのよ」
「そんなことを言ったって、俺達だってお前から聞きたいことがあるのだよ!」
この町で起きている現象の事について、例のドス黒い触手について、あの赤黒い空間の事についてなど、聞きたいことは山ほどあるのだぞ!
「私達には、知る権利があるわ!」
「もう、何が何だかわかんねぇぞ!」
秋崎妹と浅沼も、俺と同じ意見だ。
鬼熊は数秒考えて、俺達に強く言った。
「後悔するぞ。それでも知りたいか?」
俺と秋崎妹は、躊躇うことなく首を縦に振った。浅沼は、俺達の後になんとなく首を縦に振った。
「‥‥‥ついて来い」
鬼熊は一瞬躊躇ったが、俺達の意思が伝わり一緒に行くことになった。
三十分ほど歩くと、俺達は町の東側にある山の石段の前に立っていた。想像通り、そこは鏡美神社に通じる石段であった。
「ここに何か用か?」
俺が鬼熊に尋ねると、鬼熊は俺達の方を向いて手を出した。
「その前に、お前達が二週間前に見たものを見せろ」
「「!?」」
その言葉を聞いて、俺と秋崎妹は驚愕した。気付いていたのか。例のワームホールの画像と動画を。
「で、誰が持っているの?」
「‥‥‥私よ」
秋崎妹はポケットからスマホを取り出し、例のワームホールの画像と動画を鬼熊に見せた。
「なんだよ。これ?」
初めて見る浅沼は、思わず息を呑んでいた。鬼熊は軽くうなずきながら、一言声に出した。
「早いな‥‥‥」
早いって、どういうことだ!?鬼熊は一体、何に気付いたのだ?
「ソイツの正体を教えてやる。来い」
やっぱり、何か知っている!
俺達は鬼熊に誘導されるがまま、鏡美神社の長い石段を登っていき、赤い鳥居をくぐって神社の中に入った。おっと、鳥居をくぐる前に一礼をしないと。
鏡美神社は、俺達町民にはとても馴染の深い神社で、正月の初詣やお祓いの時には必ず足を運んでいる。
「何か用かい?」
俺達が来たと同時に、宮司の一人が本堂から出てきた。ここ宮司は、町民の誰よりも魔物伝説について詳しいが、決してそれを俺達に話そうとせず代々秘密にしてきたのだ。
宮司は鬼熊の姿を見ると険しい表情を浮かべて、俺達を何所かに案内した。
「こちらです」
宮司に誘導されるままついていくと、そこは神社の裏手のフェンスに囲われた空っぽの更地であった。町民は気味悪がって、ここには誰も近づかない。
「ここで待て」
鬼熊は、そんな更地を囲うフェンスの戸を開き、中に入った。
「何で鍵を閉めないの」
という、愚痴をこぼしながら。
「んなこと言ったってさぁ、こんな何もない所をフェンスで囲っても無駄だから、うちの町長がここを取り壊してスパホテルを建設して人を呼び込もうと言ってくれているんだ」
「これでは困るんだよ」
浅沼にそう言い返した鬼熊は、軽く周りを見渡してから長方形の箱からお札を取り出し、それを更地にヒラヒラと漂わせた。漂わせてすぐにお札が急にピタッと止まり、そこからドーム状に稲妻が走りお札は燃えていった。
すると、稲妻が消えると同時にその場の空間が歪み、ボンヤリと古い木造の祠が姿を現した。
「これは‥‥‥」
俺は思わず息を呑んだ。あの更地の中心に、あの古い祠があったなんて想像もつかなかった。
しかし、祠の扉は開いており、中身は空っぽであった。それを見た鬼熊が、顔を強張らせながら言った。
「やっぱり。でも、どうして?」
「何が?」
全く状況がつかめない俺達に、宮司がその重い口を開いた。
「あの祠は、魔鏡を封印する為に作られた祠です」
「魔鏡?」
「千年前、この地を恐怖のどん底に追いやった魔物の名です」
「「なっ!?」」
鏡美神社に封印されているという噂は聞いていたが、本当にその魔物が封印されていたのだな。名前は、魔鏡。そのままだな。
確信を得た秋崎妹が、宮司に向かって自分の推測を話した。宮司はそれに正直に答えた。
「やっぱり、この一連の事件は全部あの魔物の仕業だったのですね。」
「やり方が、千年前と全く一緒だったからもしかしてとは思っていました。今日彼女が来たことで、それが確信へと変わりました」
あの伝説は、本当の事だったのだな。
今回の連続殺人も、二週間前に見たワームホールも、全部その魔鏡の仕業だったというのだな。となると、あの触手は魔鏡が人間を捕まえて捕食する為の物だったのか。
最後に秋崎妹は、鬼熊について聞いた。ここまで来ると、流石の俺も察しが付く。
「それじゃ、鬼熊さんは」
「ご察しの通り」
宮司は、俺達に鬼熊について話した。
「鬼熊杏殿は、千年前に魔鏡を退治し、ここに封印なさった陰陽師様の子孫なのです」
「「なっ!?」」
秋崎妹はやっぱりと頷いたが、俺と浅沼は絶句した。
鬼熊が、陰陽師!?しかも、魔鏡を退治したあの陰陽師の子孫!