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妖しの魔鏡  作者: 悠志
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五 魔物伝説

 早朝四時。

 学校の廊下で一晩過ごした俺と秋崎妹は、連続殺人鬼が来るのではと思い徹夜でグラウンドを眺めていた。だが、結局誰も来ることなく夜が明けようとしていた。


「眠い」

「結局、誰も来なかったわね」


 5月の前半とはいえ、夜はものすごく寒い。そんな中で寝付けるはずもなく、することもないので連続殺人鬼が来るのを待つことにしたのだ。


「今日は何も起きないのか?」

「そうかもね」


 諦めてゴミをまとめようとした時、グラウンドの方からドスッという妙な音が聞こえた。


「おい」

「私も聞こえた。すぐに動画を回すわ」

「光は押さえろよ。相手に気付かれるから」


 俺と秋崎妹は、恐る恐る窓からグラウンドを眺めた。

 しかしそこには、人の腕が一本グラウンドの真中に無造作に落ちていた。その周囲には、人はおろか獣の気配すら感じられなかった。


「誰もいない」

「もういないのかしら」


 犯人が逃げたのかと思って諦めかけた矢先、上からまた別の腕が落ちてきた。


「え?」

「上から落ちてきた。どういうこと?」

「空から、落ちてきたのか」


 外に天井がある訳もなく、俺達はゆっくり空に目をやった。そこには、我が目を疑うような光景が広がっていた。


「なんだ。あれは?」

「私達は、夢でも見ているの!?」


 あり得ない光景に、俺達は眠気も忘れて言葉を失った。

 グラウンドのすぐ上の空に真っ赤な空間が広がっていて、それはさながらワームホールの様であった。

 その赤いワームホールを見つけた次の瞬間、そのワームホールから人の腕と足が次から次へと落ちていったのだ。その数は、尋常ではなかった。


「おいおい、何だよあれ!?」

「何なの、あの赤いワームホールは!?」


 こんなのあり得ない!非科学的すぎる!

 空に大きな赤いワームホールが開き、そこから人の手足が落ちてきたというのか!?じゃあ何か、一連の事件はすべて宇宙人の仕業だとでもいうのか?だったら、失った胴体と頭と残りの手足はどうしたというのだ?

 ワームホールは二~三分で閉じ、グラウンドには人の腕と足が山のように積まれていた。


「今のワームホール、動画でしっかり撮ったか!?」

「撮ったわ。ついでに写真にも収めたわ。でも、こんなの一体誰が信じるのよ!」

「誰も信じないよな‥‥‥」


 もしかしたら俺達は、とんでもない物を見てしまったのかもしれない。あんなのが犯人だとしたら、俺達に逃げ場はあるのか?

 驚きのあまり俺達は、そのままの態勢で日が昇るまでその場から動くことができなかった。




 その日の朝は、ものすごく慌ただしかった。グラウンドには、とんでもない数の人の腕と足が山積みにされていたからだ。

 警察の調査により、犠牲者百二十人。そのうち、鏡美高校の生徒は五十人もいた。

 これにより、鏡美高校はしばらくの間休校を余儀なくされた。町民には、午後七時以降の外出を極力控えるように言われた。

 この事態に町長である神田の父親は激怒し、この町の警察に何としても犯人を捕まえろと命じた。

言いようのない恐怖が、鏡美町全体を襲った。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 転校してわずか三日目で休校を言い渡され、あっという間にやることが無くなった杏は、借りているアパートの窓から町を見渡していた。


「まったく。この町は、マイナスの気に満ち満ちている。」


 学校では、生徒共が寄って集って一人の生徒を蔑み、死んでもいいなんて思っている。その原因は、この町の町長が自分に反発している人間の子供を町ぐるみで差別するように命令して、自分に逆らうとどうなるのかというのを知らしめるのが狙いであった。


「恐怖政治かってんだ」


 そうじゃなくても、この町の住民は観光化の賛成派と反対派の衝突が激しく、互いに罵り合っている。これだけでもかなり厄介なのに、その上あの町長の馬鹿げた発言であった。この町で一番重要な神社、鏡美神社を取り壊してスパホテルを建設しようと言うのだ。


「正確には、あの神社の裏手にあるあの更地だけど、一般住民にあの場所の重要性が分かる訳がないか」


 やはり時代が、あの神社の重要性を見失い、この町に伝わるあの伝説も風化していっているのかもしれない。


「そのせいで、例のあれを見つけ出すのに苦労している」


 見つけるだけでも一苦労なのに、負の感情を抱いている連中がこんなにいると更に難しくなる。

 それに追い打ちをかけるかのように、町民は午後七時以降の外出が禁止されている。高校生以下に至っては、午後五時以降は外出禁止。当然、部活動も禁止となっている。


「早い所探し出さないと、取り返しがつかなくなるというのに!」


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 二週間の休校の末、鏡美高校の生徒達はようやく学校に登校した。学校を休んでいる間も殺人は起き、三年生に至っては半分の生徒が犠牲になった。B組でも、四十六人いた生徒が二十八人に減っていた。

 だが俺は、どうしてもあの日見たことを話すことができなかった。休校になる前、グラウンドの上空で見た不気味なワームホール。

 あのワームホールについては、あの場で一緒に見た秋崎妹だけで話し合い、いろいろと憶測を立てていた。

 今日の昼休みも、屋上でそのことについて話し合うと今朝電話で話して決めた。神田には悪いが、この事は神田にも内緒にした。

 俺は弁当を持って、秋崎妹と一緒に教室を出た。その様子を、獲物に狙いを定める猛禽のように鋭い眼差しで見る鬼熊が少し気になったが、今はスルーするか。

 その時はちょっとした疑問程度にしか思っておらず、俺と秋崎妹は真っ直ぐ屋上に行った。いつもなら、たくさんの生徒で賑わっている屋上だが、この日は何故か一人見当たらなかった。

 違和感を覚えながらも、俺達はフェンス際にあるベンチに座って弁当を食べた。


「静かだな」

「学校を休んでいる間も、町民が一日三人ずつ殺されているもの。そのうち、この学校の生徒が最低一人必ず入っている。こういうオープンな場所にいるよりは、皆で固まった方がいいって思ったのでしょう」

「だろうな。でも、どうしてここの生徒が狙われるのだ?」

「私にも分からない」


 そこが一番引っかかる点である。

 犠牲になった人達の中には、必ず一人以上この学校の生徒がいる。それによって、この学校をやめて他所の町の学校へと転校させるために逃げ出そうとした人もいたが、そういう人達全員が例の殺人鬼に殺されてしまい、住民は逃げられない恐怖に怯えていた。

 でも、理解できなかった。

 仮に、この学校の生徒に恨みがあったとしても、他の町民までも巻き込む理由が分からない。異常犯じゃない限り。

 今朝のニュースでも、この事態に激怒した町長(神田のお父さん)が、警察に向かって早々に犯人を捕まえるように訴えていた。神田も、すごく心配そうにしていた。

 しかし、だからと言って俺等が二週間前に見たものを公開する事は出来なかった。


「ねぇ、澤村君。やっぱりあれを、警察に届ける?」

「いや、やめた方が良いだろう。あんな物を届けてどうなる。仮に届けたとしても、一体誰が信じるというんだ」

「イタズラと思われるのがオチなのかしら」

「普通そう思うだろな。それが俺の意見ともなれば尚更な」


 しかも、あの辺りに住んでいる人達は誰も見ていないし、見えていなかったようだった。

 あんなに大きくて、血のように真っ赤に空が染まったあの光景を、しかもドスッドスッという大きな音も聞こえていたのに、どうして町民は誰も気付かなかったのだろうか?

 見ていたのは、俺と秋崎妹の二人だけ。警察も、何十人態勢でグラウンドに張り込みをしていたが、結局誰も現れず、日が昇ると当時に遺体がボッと現れたのだという。ワームホールは現れず。

 考えれば考えるほど、分からなくなる。


「ねぇ」

「なんだ?」

「あれ、宇宙人の仕業だと思う?」

「まさか」


 ま、そう思ってしまうのも無理もない。でも、宇宙人にしては殺し方が残虐すぎるし、そもそもワームホールから直接遺体を放り投げて捨てたのだ。それが俺と秋崎妹以外、誰も見えなかったなんておかしすぎる。


「もしくは、祟りかなんかの類?」

「祟りって、それこそ非現実的じゃないか」

「分かってる。でも、それ以外にこの状況説明がつかないわよ」

「うぅ‥‥‥」


 それ以上、何も言い返せなかった。

 秋崎妹の言うとおり、この殺人が人為的行為ではないのは明白だし、町民全員にアリバイがある。すでに、一部の町民の間ではこれは祟りではないかと言われている。

 何も言い返せない俺に、秋崎妹が問いかけてきた。


「ねぇ、この町の伝説は知っているわよね」

「伝説って、千年前の魔物騒動の事か?」

「うん」


 今から千年前、この地に人を食らう凶悪は魔物が現れ、人々が恐怖のどん底に陥った。その魔物はこの地に居座り、特に逃げ出す人を積極的に襲い、誰も逃げ出せない様にさせた。そんな恐怖が二十年も続いた。

 そんな時、一人の陰陽師がこの地を訪れて、その魔物を退治してくれた。

 そして、魔物の恐怖を忘れさせず後世に語り継がせる為に神社を立てて、この地を千年もの長きに渡り守ってきたという。

 鏡美町に住んでいる人達にとっては、子供から大人まで誰もが知っている伝説。

 だが、時代の流れには逆らえず、今の町長はその神社を取り壊して魔物伝説をなかったものにして、町を多くの観光客で賑わう町にしようと計画している。


「あれって確か、鏡の化け物って聞いているぞ」

「知っている。休校している間に、図書館に行っていろいろ調べたの。そしたら、その魔物の特徴が事細かに記されていた資料が見つかったの」


 秋崎妹が言うには、その魔物は食った人間の腕や足をわざと残し、それを一番目立つ所に放り出す事で人々の恐怖を煽ったのだという。その事から、魔物は人間の「恐怖」の感情を好んで襲っていることが窺える。

 まるで、今回の連続殺人事件と一致している部分が多い。確かに、関係ないとも言えない。


「そんなことが書いてあったのか」

「ええ。魔物を退治したと言われている陰陽師が、退治する前にその魔物の事をいろいろと調べた事が記されていたけど、その魔物の正体については詳しく書かれていなかった」

「そうか。誰かが意図的に抹消したか、あるいは知られてはマズいような事だったのか」


 おそらく前者だと思う。千年も前の記述なんてあまり残っている訳がなく、何世代も受け継がれていくうちに忘れられていき、恐怖だけが語り継がれ自然消滅したと考えられる。


「詳しい事は、鏡美神社に行かないとダメか」

「でも、とても大事な資料だから宮司さんが見せてくれるとは思えない」


 そりゃ、貴重な資料を一般公開なんて出来る訳もなく、その資料も相当ボロボロになっているだろうから細心の注意が払われているだろう。

 それ以前に、学者でも何でもない俺達にそんな貴重な資料を見せる馬鹿なんていない。


「完全にお手上げだな」

「仮に魔物が復活したとしても、どうして今なの?そもそも、千年もの間一体何をしていたというの?」

「そうだな‥‥‥」


 結局何の情報も得られないまま、呆気なく昼休みは終わっていった。


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