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妖しの魔鏡  作者: 悠志
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四 生贄

 町民五人が惨殺された翌日。

 俺と両親は、居間でテレビの朝のニュースを見ていた。ちょうど、昨日の事件の事が取り上げられていた。その上今朝も、昨日と同様の事件が再び起きたというのだ。


「鏡美高校のグラウンドに、新たに三人の遺体が。一体どうなってんだ?」


 昨日五人も殺されたというのに、今日新たに三人が殺されたというのだ。三人のうち一人は、うちの学校の女子生徒で残り二人はその女子生徒の両親であった。

 遺体は昨日と同様で、腕と足しか残っておらず、うち足一本には昨日と同様の鋭い牙で喰いちぎられた跡があった。

 俺達生徒には、昨日から警察が二十四時間体制で監視されており、各家庭に三人がローテーションで配備されていた。これにより、犯行を行うのは不可能である。

 そんな中で、一体どうやって女子生徒一人を攫って殺害したのだ。そもそもどうやって家の中に侵入し、一家族全員を殺したのだろうか。結局警察も、完全にお手上げ状態であった。

 殺された女子生徒の事は、学校に来てすぐ先生から聞いた。


「殺害された生徒は、2年D組の池谷陽子さんです」


 後輩か。全然面識のない生徒だな。

 今回の事件で俺を疑う連中は、さすがにいないようだが。だが、なぜかみんな、俺を睨むのだ。

 そのうち三人のヒソヒソ話が、俺と秋崎妹と神田の耳に入った。


「アイツが生霊とかを送り込んで、皆を殺したんじゃないの」

「それか秘かに熊を飼い慣らしていたとか」

「まぁ、俺達を殺したいと思っている相手はアイツ以外にいないからな」


 内容を聞いて俺達は、ほぼ同じタイミングで深く溜息を吐いて呆れた。

 生霊って、バカバカしい。熊を飼い慣らすって、一体どうやってだ?というより、この辺りに熊はいないし、ツキノワグマでは何な風にはならないって。


「放って置きなさい。気にするだけ馬鹿馬鹿しいから」

「それ以前に、私達の家は二十四時間体制で警察の人が監視していたから、犯行は無理だと思うけど」


 秋崎妹と神田もこう言っているし、聞き流すとするか。

 まぁ確かに、昨日殺された二人なら殺したいと思う動機がないわけではないが、何の関わりも面識もない後輩を殺そうと思うわけがない。それに、俺に人一人の体を引きちぎる力なんてないぞ。言って情けなく思うが、俺の身体能力は人並みレベルだぞ。

 それに、俺だったら金属バットでフルボッコにするって。それもそれで問題があるが。


「警察も、猛獣の仕業ではないかって言っていたし、今回の事件にお父さんも物凄く怒っていたわ」

「観光化を計画する町長様としては、今回の事件は町の信用を損ねるものだからな」


 皮肉っぽく帰してしまったが、神田の父親には気の毒だと思っている。それを理解しているのか、神田は肩をすくめて笑ってくれた。


「にしても、ここの警察って全然役に立たっていないわね。熊はいないって向こうも知ってるし、この町に動物が飼育されている施設は何処にもないのにどうやって?」

「同感」


 学校内だけでなく、町全体がこの連続殺人事件に怯えているというのに、この町の警察は何的外れな憶測を立ててばかりいる。他の町だったら、熊や動物園から逃げだした猛獣という線もあるが(そもそもありえない)、この町に限ってそれはないって。素人の俺でもわかるぞ。

 そんな中、浅沼を筆頭に怯えきった生徒達は、俺を取り囲んでとんでもない事を切り出してきた。


「おい澤村、お前がこの学校に残って殺人鬼をどうにかしろよ」

「お前が犠牲になれば、この連続殺人事件もきっと納まるぞ」

「そうね。そもそもあんたはこのクラス‥‥‥いいえ、この世界でいらない存在なのよ」

「だからお前が殺されれば、絶対に止まるぞ」

「言いだしっぺの委員長は、今先生達に申請しに行っているわよ」

「ほぉ――――」


 コイツ等の意図が読めた。

 要は、俺にその連続殺人鬼の生贄になれと言うのか。しかも、提案したのは秋崎姉か。あの臆病者なら、自分の支持率を更に上げて、事件を止めたとなれば株も爆上がりときた。臆病なくせに、自己顕示欲が人一倍強いからな。

 怒鳴りそうになった俺の代わりに掴みかかったのは、秋崎妹であった。


「っざけんじゃねぇぞ!テメェ等ただ厄介払いがしたいだけだろうが!何処までクズなんだよ!」

「うるせぇ!もしかしたら殺人鬼も、この世の害悪である澤村を探しに村中を彷徨っているかもしれねぇじゃん!だったら、いけにえに差し出せば事件も収まるに決まってる!」

「人間の風上にも置けない最低な発想ね!アンタ等はただ、あのクソ町長に反発して自分が差別のターゲットになるのを恐れているだけじゃない!」


 秋崎妹の最後の言葉に、クラス全員が一斉に沈黙した。どうやら図星みたいだな。神田も、自分の父親の考えそうなことをある程度予測していたのか、反論出来ないでいた。

 沈黙を破る様に浅沼が、震えた声で秋崎妹に言った。


「と、とにかく!これは決定事項なんだよ!そんなに言うなら、秋崎も残れば良いじゃん!」


 流石に今の言葉は容認出来ず、俺は勢いよく立ち上がって浅沼の襟首を掴みあげて拳を高く上げて殴ろうとした。


「やめなさい!」


 浅沼を殴る直前に、教室の角で頬杖をついていた鬼熊が大きな声を上げて制止させた。意外な人物の制止に、俺も含め全員が一斉に静まり返った。


「こんな生贄じみた真似をしたって無意味だよ。そんな事をしても、今日の犠牲者がとんでもない数になるだけで逆効果になるだけだ。やめた方がいい」


 衝撃的な内容に、秋崎妹と浅沼が放心状態となった。鬼熊言葉は、まるでこの事件の全容を把握しているかのような言い回しであった。信じた訳ではないが、もしそれが本当だとしたら大変なことになる。

 けれど、当然ながら他のクラスメイトは誰も一昨日転校してきたばかりの鬼熊の話しを信じようとはしなかった。


「何よ!知った風に言って!」

「コイツはこの世の悪だ!死ねばこの町は平和になるのは確実なんだよ!」

「そうだ!これは、俺達の問題だ!部外者は黙ってろ!」


 クラスの約半数が、鬼熊の忠告を無視してあくまでこの事件を納める為だと言って聞かなかった。その瞳は、逆らったら自分が酷い目に遭うという恐怖心が滲んで見えた。ここまで来ると、怒りを通り越して哀れみを感じてしまう。

 全く聞こうとしないクラスメイトに、鬼熊は大きく溜め息を吐きながら授業の準備をした。その時、小声で何か吐き捨てたようだが、口の動きで何となく何て言ったのか分かった。


「警告はしたぞ」


 鬼熊杏。一体、何者なのだ?

 その日の放課後、俺は一階の廊下に寝泊まりさせられる羽目になった。俺を一人にするのは心配だという事で、秋崎妹も一緒に泊ってくれる事になった。神田は流石に、あのクソ町長が許してくれるわけがなかったので、そのまま帰宅する事になった。

 学校の全生徒は、これで連続殺人が納まると完全に信じ切ってしまい歓喜に溢れた。

 そして迎えた、放課後。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 暗くなり、辺りは静まり返り帰った頃。

 俺は廊下に胡坐をかいて座りながら、コンビニで買ったおにぎりを食べていた。付添いの秋崎妹も、隣でサンドイッチを食べていた。


「それにしても、クラスの連中ったら何を考えているのかしら?」

「皆恐怖でパニックになっているのだろう。殺人鬼はもちろん、町長にも怯えている。分からなくもないがな」


 尤も、アイツ等が一番恐れているのは殺人鬼ではなく町長の方なんだろうけど。

 噂でしかないが、神田の父親は周りにいる他の議員にありもしない冤罪を吹っ掛けて、自分が町長になる様に裏で暗躍していたという。中には、暴力団と結託して他の有力議員を脅迫して黙らせたのだという、なんとも眉唾物の噂まで出回っている程だ。


「まったく。こんな馬鹿げたことをしている暇があったら、隣町から応援を頼んで調査を行った方が良いのに」

「どうせあのクソ町長の事だから、他の町にこの町の醜態を晒して品位を下げるような事をしたくないのでしょう。馬鹿らしい」

「そういえば今日の朝、鬼熊さんはどうしてあんなことを言ったのかしら?」

「さぁな」


 何であんな事を言ったのか、何故最後にあんな事を呟いたのか。鬼熊は一体、この事件の事を何処まで知っているというのだ?


「でも意外だった。ガラの悪そうなヤンキー女って感じなのに、あんな風に言うなんて」

「ヤンキー女って、秋崎妹みたいに?」

「誰がヤンキー女ですって?自覚あるけど」

「自覚あるんか」


 そんな他愛もない話をした後、俺達はグラウンドに目を凝らして誰か来ないかジッと眺めた。


「気味が悪いくらいに静かね」

「怖いのか?秋崎妹」

「ばっ、馬鹿言わないでよ!つか、秋崎妹って言うな」

「へいへい」


 だが、誰もいない夜の学校は明かり一つ存在せず、耳鳴りが聞こえるくらいに静寂に包まれていた。たまに壁からギシギシと音が鳴るが、それが逆に不気味さを醸し出していた。

 出来る事なら、何事もない事を祈るばかりだ。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その二時間前。

 学校の害虫である澤村を殺人鬼の生贄に捧げたことで、連続殺人が止まると信じ込んだB組の男女合わせて十人の生徒達は遅くまで遊びまわっていた。


「これでこの町は平和になるな」

「あぁ、澤村さえいなくなればこの世界は平和になる」

「これでようやく、連続殺人が終わる」

「犯人もきっと、自首してくれる」


 根拠のない会話で盛り上がっていると、急に外灯の明かりが消えて真っ暗になった。だが、二~三秒ほどですぐに点灯したので大して気にも留めなかった。


「ふぅ、ビビったぁ‥‥‥」

「何よあんた、ひょっとした怖かったの?」

「そりゃあ、いきなり外灯が消えれば」

「まっ、この町の外灯ももう古いから」


 なんてワイワイ騒ぎながら歩いていると、彼等の間を何かがすり抜けていくのを感じた。


「何だ?今の」

「ちょっと、やめてよ」

「脅かそうとしても無駄だぞ」


 違和感を覚えた男子生徒が、何気に後ろを振り向くある異変に気付いた。


「おい。三神は何処に一旦だ?」

『え?』


 男子生徒に言われて慌てて人数を確認すると、やはりいつの間にか三神という男子生徒がいなくなっていたのだ。


「おい、どうなってんだ?」

「三神君は何処に行ったのよ」

「おい三神!悪ふざけはやめてさっさと出て来いよ!」


 皆でいなくなった男子生徒を探していると、更に驚愕の事実が分かった。


「‥‥‥嘘だろ‥‥‥今度は佐野さんと戸倉さんがいなくなったぞ!」

『えぇ!?』


 今度は女子生徒二人が姿を消したというので、慌てて人数を確認してみたら確かにその二人の女子生徒はいなくなっていた。


「おいおい。なんだよ、これ!」

「おかしいわよ!さっきまで10人揃っていたはずなのに!」


 混乱する彼等はだんだん怖くなり、全員で警察署まで走っていくことにした。

 すると突然、彼等が向かう先の街灯が奥から順に消えていき真っ暗になった。

 彼等は恐怖を押し殺して、ひたすら走っていった。

 走っていくうちに、奥から微かに光が見えた。

 その光に向かって、彼等は一心不乱に走っていった。

 果てしなく遠くに感じた光に何とかたどり着き、生徒の一人が人数を確認すると、とんでもないことが分かった。


「おい、これで全員なのか?」

「たった、3人‥‥‥?」

「おいおい、ここ一本道だったぜ!冗談じゃねぇぞ!」


 なんと、暗闇の中を走っている間に一気に五人もいなくなってしまったのだ。

 気が動転した彼等は、暗闇に向かって吠えた。


「ふざけるな!お前への生贄なら学校に用意してある!殺すのならソイツだけを殺せよ!」

「やめて!来ないで!」

「頼むから助けてくれ!生贄ならある!ソイツで終わりにしてくれよ!」


 だが、当然ながら返ってくる言葉もなく、住宅街にいるはずなのに明かりもなく人気もない。

 三人は一ヶ所に固まって、辺りを警戒した。女生徒はスマホで警察に通報しようとしたが、電波が届かず繋がらなかった。


「お前等、そこにいるよな?」

「ええ。どうして電話が繋がらないの?」

「大丈夫。まだいるぞ」


 どのくらい時間が経ったのか。三人は互いに背中を合わせながら、お互いの存在を確かめ合うという行為を何度も繰り返した。


「まだいるか?」

「いるわ」

「もう、いないのか?」


 怯えきった三人は、それ以外喋ることができなかった。


「今いる?」

「ええ」

「俺もっ‥‥‥!?」


 男子生徒の返事が終わる前に、二人の背中から男子生徒が上に引きずり込まれるのを感じ、反射的に上を向いた。


「なんだ?」

「ちょっと、どこに行ったのよ?」


 しかし、上には男子生徒の姿はおろか人のいた痕跡すらなく、あったのは外灯とカーブミラーだけであった。

 二人はしばらく、そのカーブミラーをジッと眺めた。

 すると、その鏡が血のように真っ赤に染まりそこからどす黒い触手が伸びてきた。


「うわあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!」

「だれかあぁぁああぁぁぁぁああぁ!」


 二人は触手に体を巻かれ、真っ赤な鏡の中に引きずり込まれてしまった。

 外灯が点いた時に、彼等の姿は何処にもなかった。


旧字の4以降が分かりませんでしたので、ここからは普通の漢数字になるます。

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