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妖しの魔鏡  作者: 悠志
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参 町の伝説

「ただいま」


 学校から帰る途中、俺は両親が経営している軽食屋に顔を出した。いつもなら仕事終わりの人達で賑わっているのだが、町長が脅迫に似た命令でこの店に来ないように言いつけたせいで、今では客があまり入らなくなっていた。

 町長の意志に反対している人達が来てくれるお陰で、店はギリギリ何とかなっているが、正直言って厳しいだろうな。


「おかえり、琢磨」

「おかえり。ちょうどお客さんもいないから、夕食何か食べる?」

「じゃあ、親子丼」


 適当に席に座った俺は、頬杖をつきながら鞄から参考書を取り出して広げていた。


「勉強熱心ね。これでうちの店も大丈夫ね」

「勝手な事を言うな。こんな町を出て他所で働く為に勉強してんだ」


 そもそも、この二人のせいで俺がこんな目に遭っているというのに、この二人はいつまでも古臭い言い伝えを信じて神社の取り壊しを反対し続けている。

 そんな俺の言葉に、母が険しい表情でこの町に伝わっている伝説を俺に話し始めた。といっても、何度も聞いているからもう耳タコであった。

 この鏡美町には、千年前から伝わる恐ろしい伝説がある。要約すると、妖怪伝説である。




――――――今から千年前――――――


 かつてこの町(当時は村)に、人間を無差別に食らう危険な魔物が現れ、人々を恐怖のどん底に陥った。その魔物は、なんでも鏡にまつわる魔物だと言われている。

 人々の中には魔物から逃れる為に、村から逃げ出そうとした人もいたが、結局その魔物によって食われてしまい、村人は誰一人として逃げ出す事が出来なかった。

 人々は怯え、鏡のある所には近づかないようにして対処していた。しかし、年を重ねる毎に水面からも襲い掛かってくるようになり、もはや生きていくことも苦しくなっていった。

 その魔物による恐怖が二十年も続いたある日、一人の陰陽師がこの町に訪れた。念入りに調べた後、陰陽師は見事魔物を退治した。

 退治した魔物は、今もこの町の何所かに封印されていると言われていて、その魔物の事を忘れないようにする為に陰陽師は東の山の頂上に神社を建てる様に指示を出し、建設にも携わってくれた。




 これが、この町に伝わる妖怪伝説である。その神社は鏡美神社と呼ばれ、この町の名前の由来にもなっている。

 しかし、時がその伝説を薄れさせ、更なる土地開発を行って多くの観光客を呼んで町を潤わせるべきだと言われるようになり、それが今の町長になってより顕著なものとなった。その行動力は素直に褒めるが、非合法なやり方も多く町民の意見は真っ二つに割れている状況であった。

 その原因となっているのが、神社の裏手にある周囲四メートル四方の何もない更地があり、それを囲むようにフェンスがかけられている場所がある。

 俺達は、何となくその場所に近づこうとせず、一部の住民からは魔物はそこに封印されていると言われている。だが、実際はそれらしい場所も足跡は何処にもなく、歴史学者の間では住民の恐怖から生まれた作り話ではないかと言われ、笑っている人も中にはいる。

 そんな無駄な土地を所有するような神社に存在価値はないと、神田の父である町長が強く宣言し、鏡美神社を取り壊してスパホテルを建設して、観光客を呼び込もうと言いだした。

 町の伝統を守る為に、俺の両親を筆頭にホテル建設反対派の人間が、ほぼ毎日役場に行って反対運動を行っているというのだ。


「分かるでしょ。あの町長はこの町の伝統を蔑ろに、神社を取り壊そうとしているのよ。神社とこの町の伝統を守る為に、私とお父さんは立ち上がっているのよ」

「はいはい。ご立派な事で」


 正直言って、俺はどうでも良かった。伝統を守ろうが、取り壊してホテルを建設しようが。

 だが、親のエゴのせいで、俺は町ぐるみで酷い差別を受ける羽目になった。学校でも俺は一方的に悪者にされ、町に出れば町長を支持する連中から罵声を浴びせられ、時には石を投げられる事もあった。

 ハッキリ言って迷惑だ。

 そんな母親のお小言にも近い話を聞き流しながら、俺は親子丼を黙々と食べていった。

 親子丼を食べ終えると、俺はすぐに店の裏にある自宅へと帰り、二階にある自分の部屋の真ん中に鞄を放り投げ、そのままベッドにダイブをした。


「何時までこんな事を続ける気なんだ」


 終わりの見えない地獄に、俺は毎日苛立ちを感じていた。何で俺が、こんな目に遭わなければいけないんだ。

 そんな気持ちを抱えたまま、俺は風呂に入り、上がってしばらく休んだ後歯を磨いて床に就いた。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の日の朝。

 この日、町全体が騒然としていた。うちのクラスの男子が二人、昨日の夕方から今朝に掛けて行方が分からなくなり、同様の事件が町で二件も発生し三名が行方不明となった。

 しかし、行方不明になっていた五名は早朝に遺体となって発見された。学校のグラウンドで。

 しかもその遺体は、腕一本だけや足一本だけという状態で、他の身体の一部に関しては現在も捜索が続けられていた。

 午前中は警察の人が来て、教師と生徒全員一人一人に対して事情聴取をしていた為、全員がうんざりしていた。

 俺と秋崎妹と神田も、ついさっき事情聴取を終えたばかりであった。


「ッタク、かったりぃ」

「まったくよ。なんで私達が、事情聴取されなきゃいけないのよ」

「仕方ないわよ、大事件なんだし」

「はぁ‥‥‥」


 俺だけじゃなく、全員が憔悴し切った顔でぐったりしていた。結果だけ言うと、全員にアリバイがあった。

 俺は昨日、学校を出てまっすぐ家に帰り、夕食を食べた後は部屋でゴロゴロしていたし、その後も外出はしなかった。

 秋崎妹は、昨日学校を出た後はゲーセンで二時間ほど遊んだ後、まっすぐ家に帰ってそれ以降外出しなかった。

 秋崎姉も、学校が終わったらすぐに自宅に帰って勉強をしていたそうで、その後は秋崎妹と同じだ。尤も、あの姉妹は高校に入ってから殆ど話さなくなっている為、お互いに何をしていたかまでは把握していなかったようだ。

 神田もその日は真っ直ぐ家に帰り、外出する事も無かったのだという。

 そんな訳で、結局学校関係者全員にはアリバイがあった訳だ。

 そもそも、五人の遺体は切り刻まれたのではなく、何かに引き裂かれたという状態の為、誰がどう見ても人為的犯行ではない事は明白。

 おまけに、発見された遺体の一部には鋭い牙で喰いちぎられた跡があったという。


「熊にでも襲われたのかしら?」

「五人いっぺんに?あり得ないだろ」

「第一、この辺りの山には熊はいないわよ、秋崎さん。イノシシや毒蛇、オオスズメバチならいるけど」

「分かってるわよ。言ってみただけ」


 まぁ、更に奥に行けば熊がいるかもしれないが、この辺りに出てくる熊はツキノワグマである。臆病なツキノワグマが、自分から人間に近づいて襲い掛かってくる可能性はかなり低く、そもそも木の実等を主食としている為、人を襲って食べるなんて考えられない。そもそもツキノワグマでは、あんな惨い状態にはならない。


「じゃあ、野犬?」

「野犬に人を喰いちぎる力はないぞ」


 それ以前に、クラスメイトの二人以外は俺等とは何のつながりもないし、山の中に入る用事もないだろう。

 こんな出来事があったせいか、この日はこのまますぐに帰宅するように言われ、家から一歩も出ないように指示された。

 先生達や警察に見送られながら、俺達は家に帰って行った。

 だが、この時俺達は想像していなかった。この時から始まった、恐怖の日々に。


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