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妖しの魔鏡  作者: 悠志
20/21

弐十 決着

 蜘蛛の胴体の下半身、両腕のない人間の男性のボディー、その背中にドス黒い触手が六本、そして毛のない狼の頭。大きさはおよそ3メートル半。


「とうとうなってしまったか」


 コイツが、千年間にこの地を恐怖のどん底に陥れた最悪の魔物、魔鏡。

 そんな魔鏡のおぞましい姿を、グラウンドの塀の陰からまるで待っていたかのようにカメラを持った地元のテレビ局の人達が一斉に出てきた。その数はおよそ五十人。

 おそらく、町の騒ぎを聞いて駆けつけてきたのだろう。逃げ行く人から、鬼熊がこの学校に入っていった事を聞いてここに来たと思う。今回の鬼熊は、すごく目立つ格好をしているから。


「これは現実に起こっていることなのでしょうか!神田町長の愛娘が、世にも恐ろしい化け物へと変貌していきました!」

「私達が目撃しているのは決して映画の撮影や捏造などではありません!」

「今回の町の騒動を聞き、我々は危険を承知で取材に向かいました!」


 何バカなことをしているのだ!これでは魔鏡に餌を与えに来たも同然だ!

 そんな人達に向かって鬼熊は、怒鳴る様にしていった。


「お前等何やってんだ!そんなことをしているヒマがあったらさっさと鏡美神社に避難しろ!」


 だが、魔鏡はこんなまたとない好機を逃さず、塀の向こうのテレビ関係者たちに向けて触手を伸ばした。捕まった六人のテレビ関係者は、瞬く間に引き寄せられわずか十秒で捕まった六人は食われてしまった。周りに大量の血をまき散らしながら。


「大人一人を一飲みに‥‥‥」

「それでいて、まったく食欲が衰えないなんて‥‥‥」


 プロ根性と言うものなのだろうか、それでもあいつ等は逃げようとはせずにひたすらカメラを回し続けていた。

 そんなまたとない餌に、魔鏡は再び触手を伸ばしていった。


「させない!」


 鬼熊は、新しい犠牲者が出る前に鬼切丸を抜いて突っ込んでいった。


「二人は下がっていろ!」


 俺と清美は、鬼熊の指示通りグラウンドの端まで行って鬼熊と魔鏡との戦いを見守った。

 俺達にとっておきのアイテムを預けたまま、妖獣態へと姿を変えた魔鏡に鬼熊は戦いを挑みに行った。触手が新たに誰かを捕まえる前に、鬼熊はクナイを魔鏡に向けた投げた。

 しかしクナイは魔鏡に刺さる事無く、金属同士がぶつかる音を鳴らして弾いてしまった。

 だが、魔鏡の気を引く事には成功したみたいで、襲い掛かってくる触手をかわしながら、鬼熊は鬼切丸で魔鏡の胴体を攻撃した。

 しかし、鬼切丸が当たった部分はカキンッという鈍い音を響かせて、痕はついたものの大したダメージを与える事はできなかった。


「クソ!なんて丈夫な体なんだ!」


 そんな事を言いつつも、鬼熊は臆することなく攻撃の手を緩めなかった。しかし、それではいくらやっても体力を消耗するばかりであった。

 このままでは埒が明かないと判断した鬼熊は、鬼切丸を一旦鞘に納め、二メートルくらい離れて長方形の箱からお札をたくさん取り出し、それを魔鏡の身体の至る所に貼り付けた。そして、現実に出てきた悪夢と、旅館で魔鏡の触手を吹っ飛ばしたあの術を使った。

 胸の前でクロスした腕をバッと広げた瞬間、お札が一斉に爆発し魔鏡の身体を傷つけた。

 怯んだ魔鏡に鬼熊はすかさず、長方形の箱から今までのお札よりも少し大きめなお札を一枚取り出し、それを魔鏡の胸部に貼りつけた。

 お札を張られた部分からは稲妻が走り、魔鏡は苦痛のあまり甲高い声を上げた。

 その隙に鬼熊が術を掛けようと何やら印を結ぼうとしたが、その前に魔鏡は六本の触手を地面に突き刺した。その瞬間、これまで食らってきた人間達が生ける屍、ゾンビとなって地面から出てきた。

 地面から出てきたゾンビは、鬼熊の動きを封じる為に一斉に襲いかかってきた。


「チッ!」


 舌打ちをしながら鬼熊は、拳を使った肉弾戦でゾンビ達を食い止めた。襲い掛かってきたゾンビ達の中には、見知った顔の人やクラスメイトも混ざっていた。

 その間に魔鏡は、全身から青黒いオーラが発せられその場から動かなかった。


「クソ!あの野郎!この隙に広い範囲で悪夢を発したのか!」

「「なっ!?」」


 マズイぞ、それは!

 この時間帯はまだ寝ている人が多い。特に、この町の外では。妖獣態となった魔鏡は、鏡美町に限らず日本全国から好きなだけ人間を捕食できるようになった。


「クソ!」


 この状況にしびれを切らした鬼熊は、足で地面に何か文字を書いた。字を書き終わると、死体たちの猛攻を躱しながらグラウンド内の別の場所にも文字を書いた。全部で五ヶ所。

 五ヶ所書き終えた鬼熊は、そこから三歩下がって両手を合わせた。


「五行結界!」


 次の瞬間、先ほど鬼熊が書いた文字が光り、文字と文字が赤い線で結ばれて五芒星が出来上がった。どうやら鬼熊はそれぞれ、地・火・水・木・金と書いたようだ。

 結界が張られた瞬間、地面から出てきた死体達が一気に土に返っていき、結界の中心にいつ魔鏡が苦しみだした。

 その瞬間を鬼熊は逃さず、大きなお札の貼られている魔鏡の胸部に指を2本向けた。


「裂!」


 術を叩き込まれた胸部が大爆発し、深い窪みが出来る程大きく肉を抉られた。

 術を叩き込まれた魔鏡は苦痛に悶え、周りの建物の窓ガラスが割れてしまう程の大きな悲鳴を上げた。


「今の攻撃は相当利いたようだな」


 鬼熊が鬼切丸を抜いた瞬間、魔鏡はグラウンドに描かれた文字を触手で地面ごと抉り、強引に結界を破った。

 だが鬼熊は、それでもかまわず傷ついた胸部に向けて斬りかかっていった。


「頑丈な皮膚を壊して、その下の組織をむき出しにさせれば鬼切丸の刃が通る。ご先祖様が残した伝承が正しければ、えぐられた胸部を集中的に攻撃すれば勝算があるという事だ!」


 鬼熊のご先祖様は、そうやって魔鏡を倒したのか。

 ここまで追い詰めるなんて、半人前とはいえ流石は魔鏡を倒した陰陽師の子孫だ。

 あと一歩で倒せると言う時‥‥‥‥‥‥


「たたっ、助けてくれ!」


 鬼切丸の刃が通る前に、魔鏡は塀の向こうにいたマスコミの男性一人を触手で捕まえて、傷ついた胸部の前に出した。


「なっ!?」


 捕まった男性が目の前に出た瞬間、鬼熊は紙一重の所で動きを止めて後ろに下がった。


「あのヤロウ!」

「卑怯な!」


 人質に気を取られた鬼熊を、魔鏡は触手を三本伸ばして鬼熊の胴と右腕と左足に巻きついて高々と上げた。


「この、卑怯者!」


 捕まっても臆することなく、人質を取る魔鏡を一瞥した後、鬼熊は右手に持っていた鬼切丸を左手に持ち替えた。

 そんな鬼熊を、魔鏡は勢いよく地面に叩きつけた。


「クハッ!」


 叩きつけられた鬼熊は血痰を吐きながらも、自身の右手に巻きついている触手を切り落とした。一本切り落とされた瞬間、魔鏡は悲鳴を上げながら体と左足に巻きついていた他の触手を鬼熊から離した。


「今のは利いたぞ‥‥‥!」


 触手から解放された鬼熊は、痛みを堪えて飛び上がるように立ち上がった。

 だが、それは致命的な判断ミスだった。

 鬼熊が立ち上がった瞬間、魔鏡は蜘蛛の足で腹部を蹴り上げ、口の中に鬼熊の上半身を入れて食いちぎろうとした。

 鬼熊はとっさに右肩を土台に、右腕1本で口が閉じるのを防いだ。


「この野郎!」


 さっき地面に叩きつけられた成果、鬼熊が苦しそうにして口が塞がるのを防いでいるように見えた。

 あの態勢では反撃に出るのは難しい。


「クソ!人質さえ取られなければ!」


 だからと言って、普通の人間である俺達が行っても捕まってあの男性の様に人質にされるのがオチだ。

考えろ!何とかして、鬼熊と助け出さないと!

 そんな時清美は、何を思ったのか俺達の手を縛っていた布をほどき、いきなりキスをしてきた。魔鏡の視線が、そんな清美に向き直った。

 清美はこれを待っていたかのように、魔鏡に向かって大きな声で訴えた。


「私が憎いかしら?アナタがずっと想いを寄せていた琢磨君を奪った私が憎いかしら?神田さん」

「清美!?」


 何を言っているのだ!そんなことを言ったら、魔鏡の中に潜む神田の逆鱗に触れるだけだぞ!


「ついでに言うと、私と琢磨君はもうすでに一夜を過ごしていて、胸元にはバッチリ痕が点いちゃっているわよ」


 デタラメ言うな!俺達はまだ一線を越えていないぞ!

 そんな清美の出まかせの言葉を信じた魔鏡は怒り狂い、鬼熊を吐き捨て、更に人質にされていた男性までも投げ飛ばして一直線に向かってきた。

 それを確認した清美に俺は突き飛ばされ、背中を強くグラウンドに叩きつけた。

 状況が読めないまま目を開くと、すぐ目の前に魔鏡が迫っていた上に清美が魔鏡の触手に体を巻かれて捕まっていた。それを見てようやく俺は、清美があんな行動を取った理由を理解した。

 清美は鬼熊を助けるため、魔鏡と同化している神田の魂を刺激し自分に敵意を向けるように仕向けたのだ。妖獣態となっていても神田の意識は残っているらしく、清美への怨みは強いようだ。しかし、それは同時に清美が危険に晒される事を意味する。

 鋭い目付きで睨む清美に、魔鏡は大きな口を開いて喰いちぎろうとした。


「清美!」


 俺は無我夢中になり、清美に巻きついている触手に飛びつき、とっさに左腕を出して噛みつかせた。


「っ!?」

「琢磨君!」


 魔鏡の噛みつく力はとても強く、琢磨の左腕の骨は一瞬で砕けてしまった。

 そんな俺に清美は瞳に涙を浮かべながら抗議してきた。


「どうして前に出てきたのよ!」

「清美が危険な目に遭っているというのに、ジッと見ていられるわけがないだろ!」

「でも、そうしないと皆が!」

「皆を守れても、お前が死んじゃあ意味がないだろ!」

「琢磨君‥‥‥」

「言っただろ!清美だけは、何があっても絶対に守って見せるって!」

「琢磨君‥‥‥私‥‥‥」

「それに、コイツに俺は殺せない。」


 魔鏡は俺の左腕に噛みついてはいるが、それでも腕がなくなっているわけではない。人体を簡単に喰いちぎることができるくらい顎の力が強いのに、コイツは俺の腕を引きちぎろうとはしない。

 俺は魔鏡に鋭い眼光を向けながら言い放った。


「お前は、本当は俺が怖いのだろ!恐怖を抱いていない俺が、怖くてたまらないだろ!」


 清美を狙ったのは神田の意思だっただろうけど、だからと言って魔鏡の意志が引っ込んだ訳ではない。恐怖を抱いていない俺を傷つけると、自身の妖力が大幅に削られてしまう。コイツはそれを恐れている。

 千年前に一度経験し、それがきっかけで恐怖を抱かない人間に恐怖を抱くようになってしまった魔鏡。だから今、俺を食い殺そうとしないのだ。

 海に行った時でも、せっかくオオダコを使って清美を捕まえたのにすぐに食おうとしなかった。あの時、清美の抱いていた恐怖心がそれほど強くなかったから、恐怖心を刺激する為に高々と上げて逃げ惑う人達を先に食った。

 だからすぐに殺せなかったんだ。


「お前は臆病者だ!どんなに醜い姿になっても、俺からただただ逃げ回っていただけのただの臆病者だ!それこそ、テメェがずっと食ってきた人間以上の恐怖を抱いて!」


 確信を付かれたかのように魔鏡は俺の左腕を離し、ボロボロになった左腕を見た清美はギュッと俺の背中を抱きしめてきた。


「清美?」

「好き、大好き!だから‥‥‥だから、死んじゃ嫌!」


 そんな清美の声に応えるかのように、俺の肩に下げていたバッグの中から眩しい光が発せられた。

その光を浴びた魔鏡が急に苦しみだして、清美を巻いている触手は力なく清美の体を離し、俺も地面に着地した。


「琢磨君」

「うん」


 俺はバッグを開き、その中に入っている古い木箱を取り出し、その蓋を開けた。中に入っていたのは、直径四十センチほどの大きな鏡であった。その鏡を取り出した瞬間、鬼熊が大きな声で叫んだ。


「それを魔鏡に向けろ!それは魔鏡が唯一弱点としている神聖な鏡、八咫鏡だ!」


 鏡の妖怪である魔鏡の弱点が、特別な力を宿した鏡だとは皮肉なものだな。

 俺は自由の利く右手だけで八咫鏡を持つと、左側を清美が持ってくれた。


「清美?」

「愛している。だから、これから先もずっと私の隣にいてほしい」

「俺も、清美のことが好きだ」


 以前立光のお母さんが言っていた、魔鏡の妖力を弱めるのに本当に必要な感情を思い出した。「思いやり」「慈しみ」「友情」そして「愛情」。


「清美。実は俺、本当のことを言うとさっきは怖かったのだ。清美が死ぬんじゃないかと思うと、俺は怖くてたまらなかった」

「私も、琢磨君が死んじゃうのかと思うとすごく怖かった。今まで感じた事が無いくらいに」


 俺と清美は、再び愛を確かめ合った。その度に八咫鏡の光は更に強くなり、魔鏡の傷ついた胸部からドス黒い影が人間の悲鳴のような音を立てながら天に昇っていった。

 すぐに分かった。あの影は、今まで食らってきた人間の恐怖の感情だ。悲鳴のような音は、犠牲になった人達の叫びなのだと。

 今の光により、恐怖と共に犠牲になった人達も解放され、天に召されていったのだろう。

 黒い影がすべて抜けた魔鏡はすっかり弱弱しくなり、俺と清美から徐々に遠ざかっていった。

 そんな魔鏡の腹部を、鬼熊が鬼切丸で斬った。すると、斬られた所から更に黒い影が悲鳴を上げながら放出された。それでも鬼熊は攻撃の手を緩めず、窪んだ胸部に鬼切丸を深く突き刺した。


「再び永久の眠りにつけ!邪悪なる、妖しの魔鏡よ!」


 鬼切丸を引き抜くと、黒い影が更に勢いを増して放出され、魔鏡の巨体は砂の如くボロボロと崩れていった。額の真っ赤な鏡だけを残して。

 最後に鬼熊は、腰に提げた箱から小さなお札を取り出し、それを赤い鏡に向けてヒラヒラと飛ばした。お札はまるで吸い寄せられるかのように、赤い鏡に貼りついた。お札を貼られた赤い鏡は、力なく地面落下していった。

 ドスンという鈍い音を立てて落下したにもかかわらず、赤い鏡にはヒビ一つ入っていなかった。


「まずは、第1の封印終了だ」


 鬼熊は、お札の貼られた鏡を持って俺達に言った。


「鏡美神社に行くぞ。残りの封印を行わないといけない」


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