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妖しの魔鏡  作者: 悠志
17/21

十七 持ち主

 遡る事三十分前。

 今回の怪事件の首謀者である実の妹、清美を葬る為に3年生全員を引き連れた清良。

 三人が二階に上がったのを確認した所で、清良の指示で老夫婦を殴って気絶させる人と、全ての窓と出入口に板を打ち付ける人達が一斉に動き出した。ついさっき決めた事とは思えないくらいに、彼等の動きは迅速であった。

 それと同時に宿全体にガソリンを撒き、全員が集まった所で清良が松明を宿に向けて投げつけた。ここに来る前に、どうやったら建物全体に火の手が回るのか調べた為、木造の宿は瞬く間に炎に包まれた。


「やったわ!これで‥‥‥これで、この怪事件が終わったわ!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 全てが解決したと信じて疑わない清良と他の生徒達をよそに、床橋と成美と清良の取り巻き女子の一人は放火しようとする清良を止めようとしたが、他の生徒達に取り押さえられてしまい出来ないでいた。

 拘束から解放された床橋は、鬼の様な形相で清良に掴みかかった。


「秋崎さん、アナタには失望しました。血を分けた実の妹を手にかけるなんて。これは、立派な犯罪です!」

「何を言っているの。私は今回の事件の首謀者を殺して、怪事件止めてあげたのよ。私は皆を、いいえ、この町に住む人全員を救ってあげたのよ」

「違う!アナタは救いたかった訳ではない!アナタは自分が称賛され、英雄として称えら注目される事に飢えていた!アナタはとことん自分勝手で自己中なクズだ!」

「クズは澤村でしょ。アイツも死んで、これで世界は平和になったのよ。そうでしょ、みんな」

『おおおおおおお!』


 まったく悪ぶれない清良に、床橋はついに堪忍袋の緒が切れ、清良の胸倉を掴みあげた。


「澤村ではなく、クズはお前の方じゃないか!自分可愛さのあまりに暴走し、狂ったお前の方がよっぽどクズだ!」


 床橋の言葉を右から左に聞き流す清良。清良に罵声を浴びせる床橋に、ブーイングを浴びせる生徒達。

そんな生徒達を代表して、浅沼が前に出てきて床橋に言ってきた。


「秋崎の言う通りだよ。アイツ等こそが本物のクズだよ。だって澤村は、俺の母親を殺したんだから」

「は?」


 言っている意味が理解できないでいた。何故なら床橋は、琢磨がそんな事をするような人間ではない事を理解していたからだ。


「例の異常犯が町を徘徊していた時、澤村は俺の母親が殺された現場にいたんだ。アイツが俺の母さんを殺したに違いないんだ!」

「たまたま現場にいただけだろ!証拠も何もない!」

「じゃあなんてアイツは現場にいたんだ!あの日は町全体で外出規制が掛けられていたんだぞ!」


 床橋はそれ以上反論出来ないでいた。確かに、外出規制がかけられている町中に出るなんておかしい。何かやましい事を企んでいるのではないかと、浅沼が疑ってしまうのも無理からぬ事である。


「やめようよ!証拠も何もないのに、一方的に澤村君を悪者呼ばわりするのは良くないよ!」

「うるせぇ!」

「きゃっ!」


 怒り狂った浅沼に突き飛ばされて、成美は近くにあった木に転び、その木の枝に右手が刺さってしまった。


「神田さん!」


 近くにいた男子生徒が駆けつけ、成美の様子を見に行った。他の生徒は、清良と浅沼を筆頭に床橋に罵声を浴びせた。


「神田さん、大丈夫?」

「大丈夫です‥‥‥」


 なんて言っていたが、尖った木の枝は成美の右の掌を貫通していた。男子生徒は、お近づきになるチャンスと言わんばかりに優しく声を掛けた。

 が、すぐに後悔する事になった。


「大丈夫じゃないじゃない。すぐに手当、を‥‥‥」


 突き刺さった方の手を見て、男子生徒は急に言葉を失った。何故なら、枝が貫通しているにも拘わらず成美の掌からは血が一滴も流れておらず、枝にも血は付着していなかったからだ。

 怯えて尻餅をつく男子生徒を見て、成美は痛がる様子もなく木の根を引き抜き、スッと立ち上がった。


「どう‥‥‥して‥‥‥?」

「どうしてって‥‥‥こういう事だからよ!」


 今まで聞いた事が無い成美のドスの利いた声の後、成美の背中から黒い触手が六本生え、破れた服の下から覗かせた腹からは血のように真っ赤な鏡が浮き出てきた。


「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああ!」


 男子生徒の悲鳴を聞き、他の生徒達が一斉に成美の方を向いた。

 彼等が目にしたのは、背中から生えた六本の触手のうちの一本が男子生徒を捕らえ、真っ赤な鏡から出したワニのような大きな口で男子生徒を食う成美の姿であった。


「何‥‥‥これ‥‥‥」


 信じられない光景を目の当たりにして、全員言葉を失い硬直していた。そしてそれは、清良と浅沼も例外ではなかった。


「神田さん‥‥‥まさか、あんたが、魔鏡の‥‥‥」


 怪事件の真犯人である神田成美は、狂気に狂った顔になり皆に言い放った。


「全員死ね」


 その言葉を引き金に、生徒達が悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。しかし、逃げようとした生徒達は見えない壁に阻まれ、そんな生徒達を優先的に狙い、成美は捕まえた生徒達を次々に呑み込んでいった。


「嘘だ‥‥‥神田さんが事件の首謀者だったなんて‥‥‥」


 未だ事態を呑みこみきれない清良は、その場にしゃがみ込んだまま動くことができなかった。その隣には、岸枝と浅沼が同じ体制になって震えていた。

 成美が岸枝に近づいた時、岸枝は震えながら成美に動機を聞いた。


「神田さん‥‥‥どうして‥‥‥こんな‥‥‥」

「どうして?フン!」


 鼻で軽く笑った後、神田さんは動機を話した。


「私ね、好きな男子がいたの。でも父は、彼の両親が自分の計画に反対している団体の中心だと知り、二人を苦しめる為に息子の彼を徹底的に差別し、町民全員に彼こそがこの世の害悪だと言って追い詰めた」


 それが誰を指していたのかすぐに分かった。その男子の事は、岸枝も周りと同じくらい差別していた。


「それだけじゃなく、高校に入ると周りの生徒全員が揃って私の大切な人を差別していき、クソ親父の言いなりになって彼をこの世の害虫だとほざいた」

「もしかして、澤村?」

「可哀相な澤村君。クソ親父のせいで、あんなに酷い虐めを受ける事になるなんて」


 悲しそうな表情を浮かべながら、成美は燃え盛る旅館に目を向けた。

 だけどすぐに柳眉を釣り上げ、怒りに満ちた顔をして語り出した。


「あのクソ親父はね、町長と言う地位と権力を悪用して、自分の欲望や目的の為なら犯罪紛いの手段も厭わない史上最悪の人間。周りにいる議員も、町民も皆あのクソ親父の言いなりになってヘコヘコしている。皆あのクソ親父が怖いんだよ」


 無理もなかった。反社会的勢力と結託して、邪魔者を徹底的に排除しようとするその姿勢は、力を持たない町民にとっては恐怖でしかない。逃げるか、言いなりになって目を付けられない様にするしかなかった。


「クソ親父が全部悪いが、そんなクソ親父に怯えて言いなりになって澤村君を傷つけたお前等も同罪だ」

「そ、それは‥‥‥」

「でもね、澤村君だけは違ったの。私があのクソ親父の娘であっても、分け隔てなく接してくれた。クソ親父がどんなに澤村君を嫌っていても、私の事を町長の娘としてではなく、神田成美として見てくれていた。町長の娘の神田さんとして接してきたお前等とは違ってな」

「うぅ‥‥‥」


 つまり成美は、愛する琢磨が酷い虐めを受けているという事態に腹を立て、それがやがて父と町民全員に対する憎しみへとすり替わっていったようだ。


「でもクソ親父は、事実を捏造して澤村君を徹底的に追い詰めて、目障りな存在である彼の両親への恨みを晴らし、自分には向かう人達を徹底糾弾してばかりだった。私の気持ちなんてこれっぽっちも理解しようとしないで」


 やがて憎悪に狂った表情になり、成美はあの日の事を思い出して語った。


「私は、自分の家族を、澤村君を差別する町の連中を恨んだ。好き好んで、あんなクソ親父の娘に生まれたわけではないのに!そんな日々に嫌気がさしたあの時、ゴールデンウイークの時だったかしら、声が聞こえたの。私はその声に導かれる様に鏡美神社へ行き、あの更地に足を踏み入れた」


 そこから先の話は、岸枝や他の生徒達にとっても信じられない物であった。

 更地に足を踏み入れた成美は、何か膜状の物を潜るような感覚を感じ、その直後、目の前にとても古い祠が現れた。声は、その祠から聞こえていた。

 祠に貼られたお札を剥がし、中にあったふちに三匹の蛇が描かれた赤色の鏡を見つけて、それを手にした。声に言われるがまま成美は、鏡に貼られたお札を剥がした。

 その瞬間、鏡は赤黒く怪しく光り出し、成美に嫌いな奴等全員を殺す力を与えてくれたそうだ。


「その力を使って、私は嫌いな奴等を全員殺してきたの。澤村君を差別してきた奴等にこの世の恐怖を与えてから」

「そんな‥‥‥」

「だからさ」

「神田さん!?」


「死ね」


「ごめんさない!許して!もう二度としないから!」


 岸枝の謝罪を聞き入れることなく、成美は彼女を呑みこんだ。

 次に成美は、浅沼の方を向いた。


「嘘だ!こんなの嘘だ!神田さんが魔鏡の持ち主だったなんて!」

「私の事を聞いていたんだね」

「嘘だって言ってくれ!それに澤村は、俺の母さんを殺した正真正銘のクズなんだよ!殺されて当然の行いをしたんだ!お前の親父さんの言う通り、澤村はこの世の害悪だったんだよ!」

「そんなのちょっと考えれば分かるでしょ。私のクソ親父が、澤村君に詳細を説明すると思った?」

「え?」

「事件の事を何も知らない澤村君は外出してしまい、たまたま殺害現場の近くにいただけだったのよ。警察も殺したから、誰にも止められる事なく近づけたのでしょう。アナタのお母さんを殺したのは、この私だよ」

「そ、そんな‥‥‥」


 自分の目で見た事だけを信じて、本人から直接真相を聞かなかった事を後悔する浅沼。そのせいで、こんな取り返しのつかない事になるなんて想像すらしていなかった。


「そんなバカ沼君には、私の養分となってもらう」

「やめて!何でも言う事を聞く!何でもするから俺だけでも助けてくれ!やめてくれぇえ!」

「私の事を聞いているのなら知っているでしょ、そういう人間ほど私に狙われやすい事を」

「やめて!お願い助けてくれ!」


 そんな浅沼の命乞いに耳を貸さず、成美は浅沼をパクリと一口で飲み込んだ。


「美味しい。恐怖と悪の感情に支配された人間って、なんてこんなに美味しいのかしら」


 満足気に成美は、逃げ惑う他の生徒達を次々に襲いながら清良の方へと歩み寄ってきた。ただただ恐怖に支配され、清良は身体が硬直して動くことができなかった。


「やめて‥‥‥お願い‥‥‥」

「アンタがこの中で一番許せないの。生徒会長でもあり、学級委員長でもあるアンタが、一番澤村君にヒドイ事をしていたわよね。クソ親父の言う事に何の疑問も抱かず、自分がやっている事が正義だと思い込んで」

「お願い‥‥‥助けて‥‥‥」

「皆の模範でもあるべき生徒会長のクセに、あのクソ親父と同じくらい最低だ」

「だって、助けたりなんかしたら‥‥‥私までも皆に虐められる‥‥‥私は清美みたいに反撃する勇気がないから」


(私は、自分までもが虐めの対象になるのが怖かった。そんな目に遭うくらいなら、自分を守る為なら目の前で虐められている人なんてどうでもよかった。自分さえ、安全で平和でいればそれでよかった)


 それでいて、周りから称賛される事を渇望し、素晴らしい人間として注目される事に飢えていた。完全に矛盾しているが、それが彼女、秋崎清良のやり方であった。

 自分を守る為、自分の安全と平和の為、自分の印象だけを良くさせる為、周りの皆にすごいねと言われ称賛される為に行った、自分の為の行動。

 清良は今まで、そうやって生きてきた。


「どこまで最低な女だ」

「私は‥‥‥」

「死んでしまえ」

「やめて!助けてお願い!私はまだ死にたくない!お願いだから、たすけてぇええええええええええええええええええええええええ!」


 触手が清良の体に巻きつき、清良は高々と上げられその大きな口の中に引き込まれそうになった。

 その時


「裂!」


 その掛け声とともに見えない壁に穴が開き、そこから刀を持った杏を先頭に清美や琢磨がいた。

 見えない壁の中に入ってきた杏は、腰に提げていた長方形の箱からクナイを取り出し、それを清良に巻きついている触手に投げて突き刺した。クナイが突き刺さった触手は、まるで苦しんでいるかのように震えだし、力なく清良を離した。


「大丈夫か?」

「え!?えぇ‥‥‥」


 清良は、それ以上何も喋れなかった。


(何なの?あの力は!)



        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 魔鏡が作り出した空間に穴を開けて、鬼熊を先頭に俺達はその空間の中に入った。そこでまず鬼熊は、食われそうになっている秋崎姉を助けた。

 生き残った三年生の数が、想像していたよりもあまりにも少なくなっていた事に驚いていたが、俺と清美が何より驚いたのは意外過ぎる魔鏡の持ち主であった。


「まさか‥‥‥神田、だったなんて‥‥‥」


 俺が呆然としている間に、清美は魔鏡から助かった姉の所に向かった。しかし、清美の姿を見るなり、神田の表情が更に険しくなり、背中に生えた六本全ての触手を使って清美を捕まえた。

 清美は、身体と両手と両足、更に右太ももに巻かれて身動きが取れない状態になってしまった。


「ああぁっ!」

「清美!」


 俺は清美に巻きついている触手にしがみ付き、利かないと分かっていながらも魔鏡の触手を何度も殴った。

 俺がしがみ付いた瞬間、神田は動きをピタリと止めて、震えた声で俺に訴えかけた。


「離してよ。あなたをたぶらかしたそんな女の事なんて放っておいて」


 たぶらかした?あいつは一体何を言っているのだ。

 神田の言葉に疑問を抱いていると、魔鏡の六本の触手すべてに鬼熊のお札がたくさん貼られた。


「離れろ、澤村!」

「ん?」


 俺は、鬼熊の言うとおりに離れた。直後に鬼熊は、両手を胸の前でクロスさせた後バッと勢い良く広げた。

 次の瞬間、清美に巻きついていた六本全ての触手は粉砕され、落ちる清美を俺がキャッチした。


「大丈夫か?」

「ええ」


 俺が清美を下ろしている間に、鬼熊は鬼切丸を抜いて弾丸の様な速さで神田に向かった。


「やあああっ!」


 鬼熊は鬼切丸で神田に斬りかかったが、神田は間一髪これを躱した。


「貴様、千年前に続いてまた私の邪魔をするのか!」

「覚えていてくれたのか」

「忘れるのもか!私の触手を粉砕したあの術は、千年前に私を封印した陰陽師の術!」

「へぇ」


 感嘆の声を漏らしながら、鬼熊は鬼切丸を構えた。


「チッ!」


 しかし神田は、自ら作り出した空間を壊し、その破片の中に吸い込まれる様に入って逃げていった。


「逃げるな!この、臆病者!」


 そんなのを全く気にせず、神田は完全に姿を晦まし、破片は塵となって霧散した。


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