十五 狂気
再びシリアスに突入。ここから3年生達は狂っていきます。書いている僕でも、皆おかしいなと思ってしまいます。
少し遡って。
今回のオオダコの様子を、ある人物は電車の中で赤い鏡を通して確認していた。最初は順調に進んでいて、秋崎清美も捕まえる事が出来た。
しかし、あと一歩という所で何者かによってオオダコが倒され、秋崎清美を殺し損ねてしまった。
「まったく、これだからあのやり方はしたくなかったのだ」
妖気を送り込む事で、対象の生き物を何百倍もの大きさに巨大化させ、恐怖で逃げ惑う人間を捕食させるこの方法。消費する妖力もかなり少なく、効率よく恐怖を得られる。
だが、その反面巨大になってもその生き物の弱点や防御力を変える事ができない。むしろ、膨らんだ風船のごとくかえって脆くなってしまう。
千年前も、ネズミやクモ等を巨大化させたが、いずれも槍1本で呆気なく倒されてしまった為、今後二度と使わないつもりでいた。
ビーチならそんな心配も無いだろうと思い、スーパーで売られていたタコ丸々一匹を購入し、巨大化させたのだがまさか抵抗してくる人がいるなんて思いもしなかった。
「秋崎清美の始末には失敗したが、今日だけで三百近くの人間を捕食できたから、結果往来だ」
誰がどうやって倒したのかは知らないが、お陰で妖気をかなり高めることに成功した。ここからは何もしなくても、成り行きを見守るだけで全てがうまくいく。
「もうすぐ、私は完全な姿を取り戻せる」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
海水浴に行ってから二週間後。
この日は登校日で、俺達は久しぶりに学校に来ていた。鬼熊は、魔鏡が妖獣態になった時の為の準備をする為に実家がある京都に戻っている為、しばらくこの町を離れる為欠席していた。何でも、とっておきの切り札が届いたそうだ。
魔鏡の動きも緩慢になり、ここ最近は誰も被害に遭っていなかった。
そのせいか、教室内が少し緩み切っている気がした。
「暑い!今時エアコンがないなんて信じられない!」
「だからって、だらけ過ぎだ」
「まぁまぁ、澤村君も落ち着いて」
来て早々、清美が冷たい机に突っ伏せてだらけていた。おおよそ、女の子が人前で見せるような姿ではない。しかもその机、俺のだから。
「神田も久しぶりだな」
「澤村君も。全然連絡をくれないから心配したじゃない」
「心配されるような事は何もしていない。大変な目には遭ったけど」
「私も~~~」
温くなったのか、清美が机から離れて起き上がった。傷だらけの机に、よく突っ伏せていられたな。
「ビーチでのニュース、見たよ。二人とも大変だったね。特に秋崎さんは」
あの後、オオダコ騒動はニュースになり、映像にはオオダコに捕まった清美の姿も映し出されていて、一時は話題になった。
あのオオダコだが、鬼熊が言うには魔鏡が関与しているのではないかというのだ。
実は千年前にも、巨大なネズミやクモが現れたという記録があったという。魔鏡が自分の妖気を注ぎ込む事で巨大化させ、その動物の口と自分の胃袋を繋げて、楽に相手の恐怖を摂取しようと企んでいた事があったそうだ。
それを聞いて俺はすぐに納得した。だから、食われた人の遺体が見つからなかったのだ。
「まさか、あんなオオダコが出てくるなんて思ってもみなかったわ。でも、琢磨君に助けてもらったから良いけど」
「何にせよ。清美が無事で良かったよ」
「え?」
突然神田が呆けた顔をして、俺と清美を交互に見始めた。一体どうしたっていうんだ?
「ふ、二人とも、名前で呼び合うようになったんだね」
「ま、まぁな」
「私達、付き合う事になったの」
「ちょっ!声が大きいって!」
清美の堂々とした発言に、神田だけでなくクラス全員が一斉に静まり返り、何か変な目で俺達を見ていた。女子達は何かコソコソと話しているみたいだが。
「そ、そう、なんだ。よ、よかったね、二人とも。あははははは」
ぎこちない笑顔で神田は俺達を祝福してくれた後、「ごめん、ちょっと」と言って急に教室を出て行った。どうしたんだ?
「まぁいいわ。それより琢磨君、勉強合宿の場所が決まったわ」
「そうか」
勉強合宿なんて言っているが、実際にはその日の夕方に京都からとっておきのアイテムを取りに行った鬼熊と合流し、魔鏡が妖獣態になった時の対策を話し合おうという事になった。
どうせ避けられないなら、対策を立てて先手を打ったらどうだという事になった。
だけど、街中では目立つという事で、山の中にある合宿所を借りる事になった。勉強会という名目で。
「鬼熊さんには、私が連絡を入れたわ」
「こっちも、浅沼と立光も参加できないか聞いてみた。立光は参加するけど、浅沼は参加しないって言っていた」
立光はすぐに承諾してくれたが、浅沼は何だか余所余所しい態度で俺からの誘いを断った。その時の表情が、何だか親の仇を見る様な怒りに満ちた顔をしていた。
「そう。神田さんも誘えればよかったけど」
「あの様子じゃ無理だろ。それ以前に、あの町長が許す訳がない」
それ以前に、神田には魔鏡の事は話していないから誘う事が出来ないのだよな。
「そうだね。でも、そろそろ反撃といきましょうね」
何だかやる気に満ちている清美だが、俺もその意見には賛成だ。これ以上、あの魔鏡の好きにはさせない。
そんなやり取りをしていると、秋崎姉が鬼の様な形相で俺の所へと近づいてきた。
「神田さんから聞いたわ。アンタ、清美と付き合う事になったんだって?」
どうやら、俺が清美と付き合っているのが気に食わないみたいだ。
「それがどうした?」
それを聞いた秋崎姉は、歯をギシギシと鳴らしながら俺を睨み付けた。
「ふざけるな。アンタみたいなゴミクズ、清美を渡せる訳がないでしょ!」
逆上した秋崎姉が俺に掴みかかろうとした瞬間、清美が素早く立ち上がって秋崎の腕を掴んで捻った。
「イタタタタ!」
「私が琢磨君と付き合うのに、何でいちいちお姉ちゃんの許可がいるのよ」
その言葉をきっかけに、秋崎姉は周りが見えなくなるくらいに逆上し、清美の腕を強引に振り払い清美に怒鳴りつけた。
「アンタこそ、私に口答えするな!」
「お姉ちゃんこそ、屁理屈ばかり言わないでよ!」
「妹のアンタは、黙って私の言う事だけ聞いていればいいのよ!」
「私は、お姉ちゃんの操り人形じゃないわよ!」
「私に逆らってばかりいるから、ケンカしては停学を繰り返す羽目になるのよ!」
「自己保身しか考えていないお姉ちゃんにだけは言われたくないわ!」
「清美ぃ!」
「お姉ちゃん!」
カチンときた清美は、とうとう我慢が出来なくなり実の姉の頬を殴った。
「この不良女が!」
それを引き金に、姉妹同士で殴り合いの喧嘩が起こった。清美はともかく、秋崎姉も本質的には清美と同じで勝ち気で男勝りで喧嘩っ早い。
だが、それをただ見ていることは出来ない。清美は俺に、秋崎姉は取り巻き達に取り押さえられていた。二人の頬は既に腫れ上がっていた。
その後、騒ぎを聞きつけた先生達によってその場は収められ、俺と清美は途中で帰らされる事となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ホームルームを終えて、取り巻き三人と共に帰路に就いた清良。その表情は未だ晴れず、殴られて真っ赤に腫れた頬に触れながら怒りに満ちた顔をしていた。取り巻き三人も、それぞれ琢磨と清美の不満と悪口を言った。
「ッタク!澤村のヤツめ。いつの間にあんなに図々しくなったのだ」
「同感!何生意気に彼女なんか作っちゃってんのよ。この世の害悪の分際で!」
「まぁ、相手があのクソ美なら納得だけど」
「ちょっと」
三人が言いたい放題言っている間、清良は眉間にしわを寄せながらそれを黙って聞いていた。
(クソ美って、清美のこと?)
三人が清美を恨むのも、分からなくもない。
一人は、彼氏を清美にボコボコにされた(その彼氏が部活の後輩を虐めていた為)。
もう一人は、突然頭から牛乳を掛けられた(クラスメイトの女子を虐めていた為)。
そしてもう一人は、雑巾を洗った後の水をバケツ一杯に頭から被せられた(クラスメイトの女子をトイレに閉じ込めた上に、上から水を掛けた為)。
その為彼女達が、清美を恨むのは仕方がない事であった。
清美は何かと問題ばかりを起こして、いつも清良を困らせていた。
(あの子は昔から頭に血が上りやすく、口より先に手や足が出てしまう癖がある。小学校の時でも、虐めっ子をこらしめるつもりが、行き過ぎて逆にそのいじめっ子を虐めて泣かせる始末だ。男子生徒とケンカをするようになったのは、中学校に入ってからだ。そのせいで私は、いくら品行方正に振る舞っていても、清美の姉ってだけで白い目で見られる羽目になった)
そのため二人は、高校は中学時代の生徒が一人も通わないあの学校を選んだのだが、結局ここでも清美は問題ばかりを起こた。
(もはやアイツは、私の言う事なんて右から左。その上、あのゴミクズ澤村と一緒にいる様になって、おまけに恋人の仲にまで進展しているなんて!)
今日はそれを咎めようとしたが、清美は姉である清良の言う事なんて聞こうとはせず、突然殴ってきた。それが更に清良を苛立たせた。
清良と清美は双子の姉妹でありながら、性格も好みもすべてがバラバラであった。勝ち気で男勝りで、口より先に手が出てしまう所は清美と共通していると言う自覚は清良にもあった。
だが、清良は常に正しい事をしようと努力してきたのに対し、妹の清美は喧嘩や暴力に明け暮れる問題児となった。
中学の時からそれが顕著になり、清良がいくら言い聞かせても全く耳を傾けようとはしなかった。
そして高校に入って清良達は、この町の害悪である琢磨と同じ学校に通う事になった。
清良は町長の言う事に何の疑問を抱くことなく、ただ町長が言うのだから絶対に間違いがないと言う考えを持っていた為、何の疑いもなく琢磨を差別した。
対して清美は、先ずは町長の言う事に疑いを持っていて、自ら琢磨に近づいて関わりを持った。その上で清美は、自分の判断で琢磨が町長の言う様な悪い人間なのかどうかを判断し、清美の中ではそれが間違いだと結論付けて仲良くなった。
(よくよく考えてみれば、澤村から清美に関わっていった事は無かったわね。では、どうして清美は澤村なんかと。澤村に何か利用価値でもあるの?)
町長が間違った事を言う訳がないと思い込んでいる清良は、何故清美が琢磨との関わりを深めようとするのか分からないでいた。何の為に。
「‥‥‥‥‥‥まさか」
怒りと苛立ちのせいか、深読みし過ぎた清良はとんでもない結論に至ってしまった。
「どうしたの、清良?」
「今回の事件の首謀者‥‥‥」
「あぁ、澤村の事ね。ホント、さっさと死んでくれないかな」
「いいえ。澤村は冤罪を掛けられただけ。本当の首謀者の策略で、犯人に仕立て上げられただけだったのよ」
「はぁ?じゃあ、誰が首謀者なのよ」
清良は一呼吸置いてから、自身が導き出した結論を三人の前で披露した。
「この事件の真犯人。それは」
「清美よ」
「「「え!?」」」
予想外の相手に、三人は一瞬絶句したがすぐに納得した。
「考えてみれば、5月に澤村を学校に残したのに、他の生徒が犠牲になったのは、私達の理不尽な行為に腹を立てて起こしたのじゃないのかしら。だからあの日の犠牲者が多かったのよ。道化を演じてくれる澤村に何かあっては困るから」
無駄に暑苦しくて、不良共の行き過ぎ暴力を行ってきた事を考えれば、もう清美しか思いつかない。周りの雰囲気に流されて、完全に見落としてしまったと清良は自己完結したのであった。
「まさか、清良のバカ妹が真犯人‥‥‥」
「私達が澤村を疑えば疑うほど、清美の行き過ぎた正義感が目立たなくなり、全ての疑いが澤村に向く。だから澤村を庇うのよ。清美にとって澤村は、自分の行動をカモフラージュさせる為のピエロにさせられたのね」
「まさか‥‥‥」
「この結論に至る前はとても信じられなかったが、お蔭ですべての辻褄が合ったわ」
そう結論付けた清良は、この後最悪な決断を下そうと考えていた。
「だったら、さっさとあのバカ妹を始末しましょうよ」
「そうよ!あのクソ女を殺せばすべて解決するでしょ!
「ちょっと二人とも!お姉さんの前だよ」
二人が清美を殺そうと言い、一人がそれを咎めようとしているが、清良の中ではその必要はもうないと思っていた。
「いいえ、二人の言う通りよ。この怪事件を止める為にも、清美は殺しておくべきよ」
こういうのは、早めにやった方が良い。明日、そうだ!
「ちょうど明日、清美は澤村と一緒に勉強会をする為の合宿をするって言っていたから、そこで二人まとめて始末しましょう」
「賛成。全ての元凶たるクソ女を始末できる上に、この世の害悪である澤村もまとめて消せるから一石二鳥ね」
「えぇ。学校の皆にはあたしがメールで知らせるわ」
「ちょっと、落ち着こうよ。こんなの犯罪だよ」
一人はまだ戸惑っているけど、全ての真相を知ってしまった以上もう後戻りは出来ない清良は、実の妹を殺す事にもはや躊躇いが無くなっていた。
「これで、この町は平和になれる!私がこの町を救うのよ!」
自分に酔いしれ、称賛される自分を想像するだけで悦楽を感じ、正義と言う名の傲慢に清良は支配されていた。
(そうよ!私は、この町の人たちを守る為に立ち上がっているのよ。すべての元凶、清美を消してこの世界をあるべき姿に戻すのよ!そうする事で私はたくさんの人達に称賛され、注目してくれる!皆が私の事を認めてくれて、私が皆の中心となって崇められる!)
実の妹を手にかけることに躊躇いを無くした清良は、自尊心と承認欲求、異常とも言える自己愛により正常な判断ができなくなり、踏み込んではいけない領域に踏み込もうとしていた。
この選択が、取り返しのつかない事態を招くことになるとは、誰も想像しなかった。