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10話
短気なのか、むつは左手の親指ではじくようにして、鯉口を切っていた。この山から帰れないのは、お前のせいだとでも言うかのようなむつの態度は、相手に多少の動揺を与えたようだった。
「…出ておいで」
危害を加えたりはしないから、そう付け足そうかとも思ったが、日本刀を取り出して鯉口を切ってる自分が言っても、説得力は無さすぎると分かっていて言わなかった。だが、危害を加えるつもりは本当に無い。ただ、相手が何者なのか分からないのが恐ろしく、防衛のつもりで出しただけだった。
「わっ‼」
掬いあげるようにして足元の雪が舞い上がり、一瞬にして視界が塞がれた。驚きはしたが、痛さも何もない。よろよろと数歩下がったむつは、顔にかかった雪を払った。
「…びっくりしたぁ」
ざくっと日本刀を雪に刺して、マフラーについている雪も払ったむつは、ふうと息をついて、ほんの少し笑った。