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9話
宿泊客が来ているというのに、電気がついていないかのような薄暗いままのフロントだった。鍵を預けようかと声をかけてみたが、誰も出て来ない。むつは仕方ないと、鍵を鞄のチャックのついているポケットにいれた。
「うわ…だいぶ降ってるわね」
「電車停まったりしませんよね?」
「さぁ?どうだろ…停まらないといいけど…一応、駅員さんに聞いてみよっか」
駅に向かいながら、むつは空を見上げた。水分を含んでいる雪は重たそうで、ぼたぼたと落ちていている。
「これは…朝方凍るやつだわね」
「明日から身動き取りにくくなりそうですね…むつさん、靴の替えは持ってきてますか?」
「ない」
きっぱりと答えたむつは、どこか得意気にぶんっと足を振り上げた。雪の多い所に行くのを分かっていて、その靴で来たかのような顔に、祐斗は少し首を傾げた。だが、その靴がむつにとって動きやすいなら、何も言う事はないだろう。