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9話
「あ、あの…先程ネットで予約をしました、宮前と申しますが…」
むつが名乗ると、老婆はすいっと紙を差し出した。そこにボールペンも一緒に置かれると、それが何かむつは分かった。どうやら宿泊名簿を書けという事のようだ。
本当に泊まっても大丈夫だろうか。少し悩んだむつは、負けじと老婆を見つめ返した。だが、老婆は無表情のまま、むつを見ている。
「むつさん…」
根負けしたかのように、むつは鞄を祐斗に持たせるとボールペンを持った。そして、自分の名前と祐斗の名前を記入した。だが、全てを正直には書いていない。適当な住所かだが、それがバレるとは思っていないし、忘れ物をしたとしても、2度と来るはずもないのだから。
「…これで、いいですか?」
宿泊名簿を老婆の方に押しやると、老婆は確認もせずに、むつに鍵を渡してホテルの奥の方を指差した。受け取ったむつは、老婆に会釈をして指差された方をちらっと見た。廊下があり奥の方は、さらに暗くなっているようにしか見えない。