9話
「…話、しなきゃ良かったなかもね」
「俺は…そんな風には思ってないけどな。でも、もう少しむつの気持ちとか思ってる事が聞けたら…有り難い」
「苦手なの」
「知ってる。今すぐに言えるようになって欲しいとは思ってないよ。少しずつ、俺に対しての事も他の人に対しての事も、言えるようになってくれたらなって…」
「…難しいわね」
ぼふっとソファーにもたれたむつは、天井を見上げている。何を考えているのか分からない、無表情のような横顔だった。
「次男にも言われた同じ事を…でもさ、あたしは他の人とは違う物を持ってるから。人ってさ、大多数と違う物を避けるでしょ?あたしはさ…避けられたくないのよ」
「仕事では、ずけずけ言うくせにか?」
「仕事は仕事。自信持ってやってた…」
過去形の言い方に、今は仕事で自信は持てていないという事なのだろう。それは、能力が使えなくなったからだというのは、西原にはよく分かっていた。
「…プライベートでは、人に嫌われたくないからね。友達にも家族にも…普通じゃないのを知った上で付き合いのある人たちが離れていくのは嫌」
能力が使えても使えなくても、むつの悩みが尽きないのを分かっていたはずの西原だったが、その悩みは思っていた以上に深刻だ。それがあるせいで、思った事を口に出来ない、むつになっているのだという事を知った。