11/1090
1話
「…さん?颯介さんってば」
はっとしたように顔を上げた男は、息がかかる程の近くに女の顔がある事に驚き、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。
「…むっちゃん?」
「はぁい?」
「ち、近いよ…」
むっちゃんと呼ばれた女は、少し首を傾げた。近いと言われても離れる気はないのか、アーモンド形をした目でじっくりと男の顔を見ている。呼吸をするのも躊躇われる程に近く、男は息をつまらせていた。
女は観察するのに満足でもしたのか、ふうと息をついて離れた。コーヒーの匂いの中に、タバコと甘い香りが含まれている。
「ぼーっとしてるなんて珍しい…体調悪い?」
離れた女は、今度は手を伸ばして男の額に手を当てた。自分の額にも手を当てて、うーんと首を傾げている。
「ない、かな?分かんないや」
「むつさんの手が冷たいからじゃないですか?俺と代わってくださいよ」
「え、何で?あんたこそ分かるの?」
「分かりますって‼」
ぎゃいぎゃいと言い合いする2人を横目に、男はくすくすと笑みを浮かべた。そして、そっと立ち上がるとどこかへ行ってしまった。