2-58.日課の訓練(実戦形式)
キ↑↑マ↓グレットォオカァア↑↑
「————標的は見つけたか?」
「すみません… 見失いました…」
ランバートが隣に居たロイスに話しかけるが、ロイスは苦虫を嚙み潰したような表情をしながら謝罪を口にする。それを聞いてチッと舌打ちをする。
「アイリス… 魔力探知に標的の反応は?」
「……反応がない… おそらく魔力を隠蔽する手段を持っていると思います」
「チッ 相変わらず性悪な能力隠し持ってんなぁ…!」
ランバートの言葉に苦笑する二人。
現在、ランバート、アイリス、ロイスの三人は学園が管理している巨大な苔むした木々が鬱蒼と茂る森の中にいた。
まだ時刻は昼頃なのだが、陽の光は木の葉や好き放題に伸びている草木によって遮られ薄暗い。枯葉が積もった地面はふかふかで、歩くたびに枯葉が壊れる音と土を踏みしめるざっざっざっという音が聞こえる。
三人は辺りを警戒する。
ランバートが前方のみに的を絞り、半円状に視認による警戒を引き、後方をロイスが同じように警戒する。アイリスは二人の真ん中に陣取り、二人が視認で確認できない場所や目に見えない周囲半径数十メートルを魔力反応を感知する『魔力探知』と敵意や害意を感知する『索敵探知』の二つの探知魔法で警戒する。
今三人で出来る最大限の警戒網を引いていた―――つもりだった。
カサッ……
ランバートから見て背後、ロイスから見て前方にあった茂みが微かにだが、確かに揺れた気がした。それにいち早く反応するランバートとアイリス。少し遅れてロイスも反応する。
「————ッ‼ 来るぞッ!」
「ッッ!!」
「す、すいませんっ‼」
三人はすぐに揺れた茂み側に戦闘隊形を組もうと動こうとするが…
「————と思ったら、すぐに行動に移せッ‼」
「「「―――———ッッッ‼‼‼」」」
茂みが揺れたその逆側から突然声を掛けられた。
即座に声のする方に顔を向けると、目の前に木刀を振り上げたアレクの姿があった。
「ウグッ‼」「あっ…‼」「ガハッ‼」
一瞬にして三人にアレクの木刀を突き刺さり、吹き飛ばされる。
近くにあった木にドシンッと大きな音を立てて倒れ込む。衝撃でロイスは気を失ったが、アイリスとランバートが何とか意識を保っていた。
「うっ………っ!」
「……く……っ!」
瞼が重力に引っ張られるように重たく感じる。
(あぁ…またダメだった)と悔しい気持ちに苛まれるが、身体が言うことを聞いてくれない。思ったよりダメージが大きかったようだ。少しづつ意識が遠のいていく感覚に襲われる。
何とか薄れゆく意識の中、目の前に立つ白髪の少年を見上げ、睨みつける。
「………ぁ…ダメ…か…も…—————(ドサッ)」
「…ち、く…しょ…が…ぁっ…—————(ドサッ)」
茂みの音はフェイクで囮だったと、薄れゆく意識の中で思いながら二人は意識を手放した。
・
・
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「————ぜーんぜんダメ! ほんとダメ! ダメッダメだなッ!」
アイリス、ランバート、ロイスの三人は意識を取り戻した後、アレクによって怒られていた。
「未知に対して想像力が欠けている!」
「罠だと気づくのが遅すぎ!」
「そもそも、あんな分かりやすいフェイクに引っかかるなよ!」
ガミガミ怒ってくるアレクに対して、不満げな顔をするランバートたち三人。
三人の中で一番短気なランバートが言い訳を開始した。
「魔力隠すとか!そんなの反則だ! 姿隠したり、魔力隠したりとかよ…そりゃ卑怯ってもんだろ!!」
「アァ? どの口がほざいてんだボケェエエ!!!」
アレクの拳骨がランバートの頭に突き刺さり、「イテェッ!」とランバートが頭を押さえ悶える。
「そもそも姿見え無くしたり、魔力隠したりとかどうやってんだよ! そんなの出来る奴、お前以外いないだろぉがぁああ! この訓練の必需性に関して疑問を抱きます! ハイッ!」
「『あらゆる可能性を想像し、常に最悪を想定した作戦を考えろ!』『常に自分がやられたら困る、不利に状況とは何かを考えろ!』 ずーっと…もう、ずぅーっと言ってる言葉だろぉがぁああ! 戦場は何でもありだとも言ってるだろ? そもそも俺が出来るのに、なぜ他の奴は出来ないと勝手に決めつけてんだ! その思考が理解に苦しむわぁボケェエエ!」
「グハッッ‼」
さらに拳骨をゴンッとランバートの頭に叩き落として黙らせる。
今回は三人でチームを組ませ、追ってくるアレクから森から脱出することが目的だった。
その際に追ってくる標的から逃走をとるか、撃退するかの判断を一人のリーダーに任せ、残り二人が指示に従う形式をとらせた。そうすることで、リーダーとしての責任義務の重さや理解を深めさせると同時に、リーダーとしての指揮・判断能力向上を目標として森の中で実践に近い形で行っていた。
今回の場合はランバートがリーダーとしてすべての判断を任せた。そしてアイリス、ロイスの二人がそれに従う役として訓練してもらっていた。
まぁ結果は言わずとも知れたものだが…
ランバートの指揮能力はよかったとしても、判断能力は劣っていると言わざるを得ない。
先手を取られたのに『逃走』ではなく『迎撃』を選んだ。
別に選択としては間違ってはいないと思うが、そもそもこの訓練の本来の目的は追ってくる標的からの逃走がメインだ。必要なら交戦し、可能なら逃走する。どうしても逃げ切れない状況というものも存在するが、追手の実力を考慮するならば…迎撃ではなく即座に犠牲を出した『退避』を選択するべきだっただろう。
(不意打ちであっても、わざと分かりやすいフェイクまで居れて気づかせてやったのに…。)
「——まぁでも… 編成や指揮能力はこの中ではランバートが一番上手かったな。能力の一番劣るロイスを一番背後に付け、遊撃と索敵の可能なアイリスを中央に添え、『リーダー』は一番先頭を歩いてはいけないとセオリーで決まっているが、あえて先頭にリーダーであるランバートの隊形をとった。 三人パーティでこの上ない安定感を出せる臨機応変な隊形だったと思うぞ」
ランバートの良かったところを褒める。
怒って正すより、褒めて伸ばす。飴と鞭なら飴派です。
「それにアイリスは魔力操作が良くなってるし、部隊の中での要となる役割をしっかりとよくこなしたな! それと、ロイスはまだ色々と劣っているが、それでも少しづつ反応も良くなっている! 自信を持っていいぞ!」
「ほんとですか! よかったです!」
「あぁ…よかった… まったく成長してないって怒られるかと思った!」
アイリスとロイスがアレクの言葉に喜び、ランバートはいまだアレクの拳骨の痛さに悶絶している。その光景をまるで我が子を見るようなほほえみを浮かべてアレクが見ている。
「まぁ三人とも十分成長しているし… もう少しで行われる半期最後の実技演習試験も…まぁ余裕で合格できるだろう… ロイスも昇級試験でSクラスに上がってこれるかもな!」
「いやいや…! そんなに早くSクラスに上がれませんよ!」
「いやいや~ いけるってロイスならなぁ! というより、今から俺に決闘戦挑んでみるか? 今なら前よりもっと戦えると思うぞ?」
「いやいや… 瞬殺される未来しか見えませんから!」
「そんな遠慮することないぜ? 俺も少しだけ本気出してやるから! なぁやろうぜ?」
「ごめんなさい! 無理です! ムリムリムリ…!!」
ロイスがブンブンと首を振っている。それを見てアレクがニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……そのくらいにしてはどうですかアレクくん ロイスくん困ってますよ?」
「そうだぜロイス! いい加減に慣れろよ…いつものアレクの悪ふざけだろ!」
「ちょ! ばらすなよ…!」
あははは、と笑いながら帰路をいく。入学してすぐに手に入れた友情だったが、自分の手で壊して失ってしまった平穏がやっと戻ってきた、やっといつもの日常が返ってきたような懐かしい喜びを感じていたアレクであった。
「明日くらいに半期試験の告知があるんじゃね?」
「んー? どうだろうな?」
「まぁ試験内容は十中八九… ダンジョン試験だろうな!」
「…なんで?」
「————————…勘。」
「「「………」」」




