2.後悔という名の損失感
ト、ト、トーカします!
俺は、朱莉が死んだことを朱莉の両親から聞いた。
いつもの朝の通学路の途中でフラフラと歩いて赤信号を渡っているときにわき見運転をしていたトラック運転手によって轢かれてしまったそうだ。
打ち所が悪く、ほとんど即死だったそうだ。
朱莉がトラックに轢かれて次の日に学校の全校集会で「交通事故によって人が亡くなりました。みなさんも交通事故には気を付けてください。それでは花咲朱莉さんが旅立たれたことに対して黙祷」と朱莉が死んだことを機に、学校では交通安全についての授業があり、地元の警察署からも刑事さんがやってきて交通事故うんぬんかんぬんについてどーのこーの話していたが、正直僕には何を言っているのか分からなかった。
学校からの課題として交通安全についての講座を受けてどう思ったのかを書きなさいという課題も出たが、正直どーでもよかったのか無気力だったのでなんて書いて提出したのか覚えてない。
その数日後には朱莉の葬式があったので、両親とともに葬式に参加した。
朱莉は棺桶の中で綺麗に化粧されて静かに眠っていた。
俺はそんな静かに眠る朱莉を見ながら心に大きな穴が開いたような気がした。
◇◇◇
葬式が終わり、親族以外はお開きとなり俺は両親と一緒に家へと歩いて帰る。
正直、自分自身で歩いている感覚はなかった。自分とは違う誰かが身体を操って歩いている。そんな気がしていた。いや、そんなことよりもなぜ俺は葬式で朱莉の両親に「朱莉がいじめられていること」を話さなかったのか? なぜ俺は今も黙って歩ているのか?
ひたすら頭の中で自問が浮かび上がる。
なぜあの時、俺は朱莉の声を無視したのか?
なぜあの時、俺もいじめられる覚悟で山崎に立ち向かわなかったのか?
なぜあの時、俺は先生に「いじめがあります」と報告しなかったのか?
なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜあの時にこうしておけばよかったのにしなかったんだ?
なぜ、なぜなんだ? なぜ俺はこんなに無力なんだ?
なぜ葬式の場で俺は何もしゃべらなかったんだ? なぜ、なぜなぜなぜなぜ……?
なぜあの時、俺は「なぜあの時…… そんな酔狂な世界はないよ」 「え?」
俺はその言葉でハッと現実世界に連れ戻された。
顔に違和感があり、なんだと思って顔を横に向けるとそこにはお袋が俺の顔をハンカチで拭きながら泣いている姿があった。その横で親父が俺をジッと見ていた。
どうやら俺は無意識のうちにボソボソと声に出ていたようだった。
「なぜあの時に、そう思った時にはすでに手遅れだった」
親父が俺に話してくる。親父の言葉が俺の心を鋭利なナイフで刺しているように心にグサッ刺さった。
俺は黙って親父の顔を見る。
俺の親父はデブで眼鏡をかけていて、普段は仕事一筋! って感じでめったに話しかけてこない親父だったのに、その親父が俺に話しかけている……。俺は黙って親父の顔を見ていた。
「人は何かしら後悔を背負って生きているもんだ。あの時にこうしておけばよかった、あの時にしっかりしていればよかった…… 必ずといっていいくらいに人は“後悔”を背負って生きている」
「……」
「人は失って初めて気づくんだ。“本当に大切だった物”を」
心がズキズキと痛み、心臓の鼓動がドックンドックン早くなる。おそらく俺は今にも泣きそうな顔をしているだろう。俺の意思とは関係なく、勝手に涙が零れ落ちる。頬に伝って冷たい感触が親父の言ったセリフの意味を、その事実を、俺の胸に刻み込んでいる。
「今は苦しかろうが、それをグッと堪えろ。この数日の様子、かあちゃんから聞いたぞ? そのどうしようもない苦しい損失感は永遠に消えず、永久に幸樹を苦しめ、心の時間を止めてしまう。だから、今は苦しいだろうがグッと堪えろ。いないものはいない! いつまでもグズグズめそめそ泣いてんじゃねぇーよ」
親父はグー拳で俺の胸を軽くコツンッと叩いて……
「自分が絶対に『後悔しない道』を選べ。その選択が間違って自分が苦しんでも、自分を疑うな」
そう言って親父は前を向いて歩きだした。お袋も何か言いたげそうな顔をしたいたけど、何も言わずそっと俺の頭に手を置いて久しぶりに頭を撫でてくれた。
お袋に頭を撫でられるのはいつぶりだろうか…… 高校生にもなってお袋に頭を撫でられているという羞恥心は無く、ただそこにあるのは懐かしい思い出が詰まった大きく温かい手と人の温もりだった。
温かい人の温もりは俺の心を包み込んでくれた。
俺は一つ大きな決断をした。この決断が揺れないうちに言っておきたい。
横にいるお袋と前を歩く親父に向かって俺は宣言した。この決心が揺らがないように。
もう後悔しないように。これまでのただ日々を自堕落に過ごしていた自分を切り捨てるために。
「俺! 医者になる! 医者になって命と向き合う!」
親父は振り向いて、「なぜ?」と問いてきた。
「それが、俺に残された朱莉に対する償いと二度と後悔しないための道だから!」
親父はフッと笑うと前を向いて歩きだした。あぁ……バカにされるんだろうなっと一瞬後悔しそうになったがその後の親父の言葉で色々な感情が吹っ飛んだ。
「ファイト!」と短い返事が返ってきたのだ。
◇◇◇
その次の日、今年入学してきた一年生や何も知らない二年生は交通事故で死んだ生徒がいる程度の認識だったためか大して話題に上がることはなかった。
いじめに加担していた山崎たち主犯格はゲラゲラと笑っていたが、いじめを知って黙秘していた奴らは何か思いつめたような顔していた。
(まぁ…… これが現実なんだよな……)
俺はその日からのぶちゃんやケイタとはあまり話さなくなった。俺と朱莉が幼馴染ということはのぶちゃんもケイタはもちろん学校の誰にも言っていないことなので、当然のように知らず「カラオケに行こうぜ!」とか何事もなかったのように誘ってくるが、俺には医者になるためには学力が必要だったので、断ることにして、親父に無理言って頼み込んで塾に通い始めた。
それから数か月後、進路相談会で俺は先生に堂々と宣言した。「俺は医者になる」と……
先生たちは大反対して、俺の学力に似合った進路先や就職先を提案してくるが、俺は先生の提案をすべて蹴って、都内最大の医学系大学へと進学を希望し、その半年後、見事現役合格を果たした。
ワタシ リューネン シタ。 シューショク トリケシ デンワ キタ。 オワタ!
オヤ! ゲキオコ プンプン マル。 キョウダイ ワラッテ イル。
後悔の塊じゃぁああああああ!