9.いざ異世界へ
気まぐれトーカ!
少し長いです。ゴメンナサイ。
輝いていた魔法陣が消えたと思ったら目の前に上半身だけの遺体が横たわっている。これほどホラーな光景はないだろう。普通の人が見たらパニックに陥ってもおかしくないくらい衝撃的シーンだろうな。俺がパニックに陥らないのは単純に見慣れているというのが強いからだろう。
元医者だから交通事故で片腕吹っ飛ばされた患者さんが搬送されてきたり、電車で飛び降り自殺してバラッバラになった遺体の検死を手伝ったりしたことがあるので、見慣れているのだ。
それを差し引いても惨い光景なのには変わりない。俺は少年の遺体に近づいて手を合わせる。それしか俺にはできないから。
手を合わせて拝んだ後、俺はなんでこんな惨い死に方をしているのか遺体の失っている左腕部分を観察すると、傷口が明らかに何者かによって噛み千切られたことに気が付いた。斬り落とされたみたいな鮮やかな傷口ではなく、所々左腕の部位だった肉が残って会ったり何より、肩の骨が無くなっている。
これはものすごい勢いで、左腕を持って千切られたような傷口だ。それにわずかに残っている左肩部分に獣に噛まれた跡が残っていたのだ。ここから推測するに、この遺体は大型の肉食動物によって左腕と下半身を食いちぎられたことが推測できる。
地球ではまずありえない出来事だ。地球に存在している大型肉食動物は、仮にとはいえ獲物の身体を引きちぎったりはしない。まず第一に獲物をしとめることを考える。確実にしとめるために喉元に噛みつき窒息死させるのが効率的だ。
だが、遺体からは噛みつかれた跡がない。一撃で食いちぎられている。この上半身の大きさから推測してこの少年の年齢はおそらく地球でいう所の小学校低学年くらいだろう。まだ若い。そんな子がこんな惨い死を迎えるなんて。
俺が遺体の前で考え事をしていると、創造神様が遺体の前まで歩いてきて、その場で腰を下ろした。
「…君の推測通り、この子はサーベルライガーという三メートルほどのトラみたいな魔物によって左腕と下半身を食べられ絶命したのじゃ。森の中を彷徨っているときにな。」
「この少年の名はアレク。王国の侯爵家の四男だったのじゃが正妻の子ではなく、当主がメイドに孕ませて生まれた妾腹の子なのじゃ。そのせいで兄弟からはいじめられ、実の親からも存在しなかった者として扱われていたのじゃ。当主の妻によって実の母親のメイドは殺されたが、この子の顔は良かったので何か役に立つのではということで屋敷で監禁されて生きていたが、ある事情によって家を追放され、森を彷徨っている時に運悪く魔物と出会い亡くなったのじゃ。」
創造神様はたんたんと話しているが、俺は辛かった。実の母親を殺され、家族からいじめられて生きていたが、ある日突然追放されて森を彷徨っていたら魔物と出会って殺された。辛い人生なんて一言で言い表せるもんじゃない。
「…この世界では、これがしょっちゅうあるのじゃよ。悲しいことにな。」
創造神様は俺の心を読んだのが、これが日常的に起こっている事実だという。これが異世界か。ほんとうに命の価値なんて低いもんなんだな。奴隷なんて存在している世界だからある程度予測はしていたが、ここまでひどいとは思わなかった。
俺の身体が震えているのが分かる。ミスラ様が必死になって俺の異世界転生を止めようと力説していたのはこのためだったんだと。この世界に安全な場所なんてない。大きな人の街は安全かもしれないが、一歩出ればそこは弱肉強食の世界。地球でいうアマゾンみたいな危険地帯だ。
半歩のミスで魔物に食われたりするんだろう。正直、俺は怖くてたまらなかった。身体がガタガタと震えだす。心が揺れる。やっぱり転生なんてやめて地球の輪廻に乗っておけばよかったのかな。
そう考えていた時に俺の頭にアイツの顔が浮かんだ。
朱莉はこんな危ない世界で生きている——— っと。
そう思うと、心の動揺が徐々に消えてきた。数秒前まで転生することを悔やんでいたが、その気持ちは消え去った。俺が転生を希望した理由は朱莉に会うこと。会って謝罪して話すこと。だけど、朱莉は第三王女として転生しているし、幸せな生活をしているかもしれない。そんな幸せをぶち壊すようなことはしてはいけない。ならなんのために、俺は転生するのか?
そんなの決まっている。朱莉が幸せになっているところを見たいからだ。
考えているうちに落ち着いてきた。そんな俺の姿を見て安心したのか創造神様は話を続けてくれた。どうやら創造神様は俺が頭の中で混乱しているときに話を止めて黙って見守っていてくれていたようだ。
「…幸樹くんが希望していた「七歳児に転生したい」じゃったな。それは難しいことなのでな、どうしても孤立無援の遺体を使って転生させるしかないのじゃよ。それでもええかの?」
その理由は大体察していた。
俺が七歳児に転生するには考えられる方法は二つ。どっかの誰かの七歳児の身体に俺の魂を入れて身体を乗っ取るか、今やっているみたいに遺体に入るしかない。
誰かの生きている七歳児の身体に転生すれば、その身体の本来の持ち主である魂はおそらく消えてしまうだろう。それに魂が入れ変わるというのは人が変わってしまうおそれがある。その子を知っている者、例えば親兄弟からするとそれは違和感でしかないのだ。それに誰かを犠牲にして転生したくはない。
なら今、目の前に横たわっている遺体がベストだ。
七歳になるまでずっと家で監禁されいなかった存在として扱われてきたということは、この子を知っている人はごくわずかでしかない。しかも追放されているので寧ろ、本当の意味で存在しなかった子として扱われているはずだ。親兄弟もこの子を知っている子もいない。違和感も生まれることはないのだ。
「…察しが良くて助かるよ。改めて聞くが、この子に転生してもらってもいいかの?」
「是非お願いします。」
創造神様は良かったと安堵したのか俺の方を向いて「ありがとう」と言ったように見えた。
「それじゃ、この遺体を早速直すことにするか!」と言って、創造神様が無造作に指を振ると、遺体の下
に魔法陣が現れ、あっという間に上半身しかなかった遺体が五体満足の遺体へと修復された。
「さて、この子のステイタス確認をしなくてはいけんのぉ。」
そういうと、創造神様と俺の前の前に半透明のウィンドが現れた。その半透明のウィンドを見るとどうやらこれがこの子のステイタスらしい。
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名前:アレク・フォン・リルクヴィスト
称号:リルクヴィスト侯爵家の四男(元)
状態:死亡
闘級:34
※武力2 気力12 知力15 魔力5
属性:無・風・水
贈与:吸引
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名前と称号はおそらく身分を表す証みたいなものだろう。状態:死亡もわかる。だって死んでるからそうなっているんだろう。闘級はおそらく、この子を強さを表しているんだろうか?強いのか弱いのかわからないが、おそらくこの解釈であっているはずだ。属性はおそらく、この子の『適正属性』なんだろう。聞いていた話では、この世界の住民はみんな魔力を持っていて、何かしら適正はあるらしい。この子は無属性・風属性・水属性の三種持ちってことかな?最後の贈与はおそらく、異世界テンプレでよくある成人の儀みたいな儀式で貰える神様からの特典みたいなものかな?
「……ほんとうに理解が早くて助かるのぉ~」
ほっほ!といつものように笑うと俺の解釈があっているとばかりに肯定して補足説明をしてくれた。
魔法を使うには適正属性が必要とミスラ様から聞いていたので知っている。数ある属性の中でも無属性魔法は誰もが持っている属性で、そのほかに四代元素と呼ばれる四つの属性がある。
四代元素は火・水・風・土の四つの属性にそれぞれの上位互換となる属性がある。
火属性なら炎属性に、水属性なら氷属性に、風属性なら雷属性に、土属性なら地属性にそれぞれ鍛錬や元からある資質によって強化されるらしい。ちなみに回復魔法は水属性に分類され、光、闇属性といった属性は種族属性と言われ、人族が持っていることはないらしい。異種族特有の魔力らしい。
そして『闘級』とは、その者の強さを表す数値のことだ。闘級の下に表示されている「※武力・知力・気力・魔力」がその子の基礎値で合計が闘級となる。この数値が高いほど個体として強いらしい。
武力はその者の武術や力の強さの数値を、知力はその者の知識や経験の数値を、気力はその者の忍耐力や精神の強さを、魔力はその者の魔力の大きさを数値としてそれぞれ表している。
この少年は同世代に比べると頭が賢く、忍耐力に優れているらしい。まぁつらい経験をして家に監禁されていたら、そりゃ知力や気力は上がるだろうな。精神負荷を毎日受けているような環境だったんだからな。
普通の一般人での闘級は『20~50』ほどらしい。基本的に武力は武術や筋肉を鍛えていれば数値が上がっていく。それと同じく勉強したり色々な体験をすると知力の数値が上がり、気力に関しては様々な体験をしたり成長するにつれて徐々に数値が上がっていく。魔力は魔法を使うことによって上昇する。
ようするにこの世界は努力しただけ強くなり、それが数値に現れる世界だ。努力しがいのある世界である意味地球よりかは努力しがいがありそうだ。
◇◇◇
「さてそろそろ『ステイタス』について理解してくれたと思うのじゃが、質問とかあるかの?」
「いえ、大丈夫です!本当に何か何まで希望を聞いていただき、ありがとうございました!
「ほっほ!喜んでもらえてなによりじゃ。そうじゃ!転生して生活が安定したら教会によるといい。」
「教会ですか? わかりました!転生してある程度落ち着いたら教会によることにします!」
「ほっほ!まっておるぞ!」
本当に創造神様には感謝しかない。こんな俺の転生の願いを聞いてくれるだけじゃなく、我儘まで聞いてくれたのだから。
さぁここから俺の異世界転生が始まる。
まず異世界に着いたらどうしようかな?とりあえず努力あるのみかな?努力すればするだけ強くなる世界だし。それに朱莉のことも心配だし。幸せに暮らせてるかな?
そんな期待と不安の中、俺の半透明だった身体が徐々に目の前に横たわっている少年の中に吸い込まれていく。それと同時に俺の意識がだんだん薄れていく。次目が覚めるのはどこだろうかな?そんなことを頭で考えながら俺は深い眠りについたように意識が途絶えた。
◇◇◇
「さて、同調完了じゃのぉ。」
目の前にいた半透明だった雪村幸樹は、横たわっている少年の中に吸い込まれていった。拒絶反応もなく無事に身体と魂が馴染んでいくのがわかる。あとは、馴染みきったらこの子を地上の森へと送れば完了だ。
「幸樹くん。自分のことより他人のことかのぉ。幸樹くんは十分自分を犠牲にしてきた… 幸樹君の現世での身体は過労死寸前だった。正常な状態だったなら、トラックに跳ねられるなんてことは幸樹君はしなかったじゃろうな。それほどまでに自分を追い詰めて、本当に悔やんでおったのじゃだろうな。」
横たわっている少年が徐々に消えていく。地上世界に送らて行っているのだ。そんな光景を見ながら創造神ファビニールは、地上へと送られているさっきまでそこで話していた少年を思いつぶやく。
「自分が幸せじゃないのに、相手を幸せにできるなんてことはないのじゃよ。なんでもかんでも「朱莉のため、朱莉のため」と自分の努力を他人を使っておる。……朱莉ちゃんは、そんなこと望んではいなかったぞ。本当に面白いくらい似ている二人じゃったのぉ~ ほっほっほ!」
思い出すのは、数十年前に転生を希望し、七年前に無事転生していった咲花朱莉という少女。
彼女もまた、異世界転生を希望してきた。不幸な人生を送ったものとして神界にある不幸な人生を送ったものだけが入れる天国と地上で呼ばれている天界で暮らすか輪廻転生の輪に乗って次の人生に行くかの選択しで、彼女は両方とも拒否して異世界転生を希望したのだ。
正直創造神は気が進まなかったが、彼女は「どうしても!」と言うので転生を許可し、ようやく魂と身体が同調する子で幸せな家庭に生まれる子をリストアップして転生してあげたのだ。
そんな子が見つかるまで数十年、天界の天国と選定の場を行き来しながら暮らしておったのじゃが、普段笑顔が絶えなかった彼女だったが、ある男の話をするときだけ悲しい表情をしていたのだ。「きっと後悔しているだろう。」「私のために人生を潰すだろう。」と言っていた。
メンヘラではなく、ただ純粋に男のことを心配していたようじゃった。
まったく似た者同時じゃな。お互いがお互いのことを思いあっておる。
「どうして、この場でわざわざ身体を修復させたのですか?」
ずっと黙って見守っていた輪廻転生を司る女神ミスラが疑問をぶつけてくる。言われてみればそうだ。ここに送らてくる前に身体を修復することは簡単できたのだ。それに五時間もかかってココにやってきたのはなぜなのか?
神ならば一瞬でどこにでも移動できるし、魔法を使わなくても体の修復程度なら思うだけで一瞬で修復が出来る。だが、この場でわざわざ魔力を使って修復させた。神のみが扱える神力ではなく、その世界の物質をつかって身体を修復をする魔法を使って修復をしたのはなぜなのか?を問うているようだった。
「ほっほっほ! さぁなぜじゃろうな~?」
「……彼の肉体は半分神界の物質で構成されてしまっています。どうしてわざわざ半神になるようなことをしたのですか?彼に何をさせるつもりですか?」
「ほっほっほ! 秘密じゃよ。」
創造神は意地悪な笑みを浮かべながら、その場から消えていった。




