♯1-♭2 先輩!
理音の曲がった態度を直そうと、家に呼んだ俺。だけど、こいつからとんでもない話がやってきた!
約束の日曜になった。俺が朝、ゴミを出しに行こうとしたら、玄関前で捨て猫みたいに座り込んでいる何かがいた。
「…お前、何て言う時間に来てるんだよ…」
それは、あの理音だった。
「あ、先輩。おはようございます♪理音、楽しみで早く来ちゃいました。今10時ですよね。ささっ、早く練習しましょ-!」
そう言って、理音は俺の背中を押して部屋に入ろうとする。俺は、それを拒むかのようにして、理音を蹴り飛ばした。
「ぐはっ!!何をするんですか!!先輩!!」
「『練習しましょ-』って…今何時だと思っているんだ!朝の7時だぞ?!」
ポカーンと口を開けたまま、理音は呆然としていた。そして、何かを思い出したかのように言った。
「時計、時間直すの忘れてたぁ!!理音、寝坊女王だから3時間早くすすめてるんだった!!」
「なんじゃそらーー!」
俺の投げたゴミが理音に直撃!
「はばん!!」
「はぁ…やっぱり先輩のピアノは良いやつですね。世界三大ピアノが家になるなんて、羨ましいですね…理音、今金欠ですから」
「…また金欠かよ。お前、あんなに良いバイトしてんのに何に使ってるんだよ」
理音は、Cの音をポーンと鳴らして、俺から目をそらして言った。冷汗をかきながら。
「え〜とぉ…貯金ですよ……貯金、はい。理音が無駄使いするわ…」
バサバサバサ…
俺は、理音の話を聞かずに、こいつの手提げバッグをひっくり返した。そこには、ショパン、モーツァルトバッハの譜面に筆記用具。月刊ピアノーズ(音楽雑誌)に…こいつ…
理音は、それを見つけるなり、目に見えないほどのスピードで俺から『それ』を奪い取った。
「せ、せせせせ先輩!これは理音のじゃないです!本当です!」
こいつはなんて見え透いた嘘をつくのだろうか。それにちゃんと名前が書いてあるじゃないか!『木住野 理音』って!!
「…ケータイゲーム機なんか買って!だから金欠になるんじゃないかぁ!もっと、節約という事を実行しろぉぉぉ!!それに、ゲームなんかやっているからその中指にゲームだこができるんだろうが!!前々から気になていたんだよ…どうやったらそんな所にたこができるかって。まさか勉強をさぼってそんな事をしていたなんてな」
「本当に違いますよぉぉぉ!!理音、しっかり勉強はしていました!!信じてください!!昌哉君!!」
俺は、人差し指を理音に向けて言った。
「だったらここでバッハを弾いてみろ!勉強してたんだろ?弾けるよな〜?」
ちょっとしたいじめをしてみた。なぜなら俺はSキャラ(の、はず)だから!理音は、え?!っと、言いたげな顔で、俺を睨んだ。にらむ暇があるならとっとと弾け!
「…分かりました。いいですよ、弾きますよ!バッハですね!」
そう言って、理音はピアノを正面に座った。
しんっと、静まりかえる。その中で、そっと理音はピアノの白鍵に触れた。理音のピアノの音が部屋中に響き渡る。ドミソシドレドラソドソファソファミファミ…って
「おまえ…ふざけてんのか?」
俺が半ギレでいう。
「真面目ですよ。これ、バッハです!」
ばこーん!俺は、丸めた譜面をバットのようにして理音を叩く。
「〜…痛いじゃないですか!理音、真面目に弾い弾いてるのに…」
「どこが、バッハだ!バッハはバロック時代の作曲家だ。つまりピアノではなくてチェンバロ。(フォルテピアノ)そんなペダルを使う曲があるか!いいか、お前が今弾いたのはモーツァルト作曲 ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調だろ」
「……あ、そうでした。もう、昌哉君早く言って下さいよ〜。理音の顔に泥を塗るつもりだったんですかぁ?」
「塗ってやりたい位いらついてるわ!!」
「で、メヌエット弾いてみろ。あれくらいの曲ならお前でも弾けるだろ」
理音は、ケッと言いたそうな顔をした。
「別に…いいですけど」
そう言うと、理音はバッハのメヌエットを弾き始めた。最初は、たんたんとしたト長調の曲。よく聞く曲である。俺も、この曲は嫌いではない。そして、転調して曲は暗くなる。バッハは、この曲で何をあらわそうとしていたんだろうか。今となっては、はっきりと分からないのだろうか。そんな事を考えていると、理音が音を間違えた。
「理音、そこ音違う」
「ァ…ハイ」
バッハの甘くそして、切ない音が部屋中に響き渡る。なんだ、理音しっかり練習してんじゃないか。2,3日前はしてないとか言っていたくせに。でも、やっぱり所々ミスはある。ここ、なおしてやらないと。
「そうそう、先輩にお話があるんです」
そう言うと、理音は普段見ないしゃきっとした態度で俺と向かい合った。
「何?」
「先輩…理音と結婚して下さい!!」
…はぃ?!