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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第九話 魔王軍侵攻対策会議

 この日、ホーブルデンの一部。つまり、上層部は混乱していた。魔王軍が動いたとの情報が軍からもたらされ、予ねてから準備していた防衛計画について説明したいと同時に伝えられたのだ。


「では、魔王軍侵攻に際しホーブルデン領はどう対応するかの検討会議をしたいと思う。軍の方にはこれを開いてくれたことに感謝を」


 朱挫の言葉に列席者各位は頷く。フィエラを上座に、その背後に立つ朱挫。右側の席にはスーザン・デア・イルナック、内務局副局長、内務局警備課課長。左側には軍の代表が三人座っている形になる。


「その前に、軍の方から自己紹介がある。よろしくお願いします」


 二〇代中盤ほどの男が帽子をテーブルに置いて頷き立ち上がる。中肉中背で短い髪の毛は茶色。あまりパッとせず、軍人と言うよりはそこらに居る平民と言われたほうが納得するほど特徴の無い容姿だ。何かを誇るでもない、その辺りも全く軍人らしくない。朱挫はそう感じていた。


「小官はダステティーン王国軍中佐、ドローコスです。特設旅団を率いております」


 それでも、声はしっかり通る男だった。それに、確実な年齢は分からないが、二〇代で中佐とは優秀なのだろうと、朱挫は内心で感嘆した。敬礼するドローコスにホーブルデン陣営は一様に頷いている。それを一通り見回したドローコスは背筋を伸ばしたまま話を続けた。


「敵の進軍速度は極めて遅いですが、四日後にはホーブルデン領の西端に達することと思われ、その規模は四万との情報が入っております」


 四万。ドローコスは淡々と語った数字だが、流石の朱挫も顔を歪め、元々血の気の薄いフィエラですらさらに顔の色を青白く染めた。しかし、スーザンだけは鼻息荒く頷いている。


「中佐、特設旅団とはどれほどの戦力を抱えているの?」

「はっ。六○○○であります」

「……対応できるの?」

「それを今から説明させていただきます」


 フィエラの震える声とは相対的に、軍人らしくドローコスははきはきと答える。


「我が軍はこの兵力を持って魔王領森林地帯での遅滞戦闘を考えています。その間にホーブルデン領内における市民をなるべく東に避難させて頂きたいと思います。避難が完了次第敵をこのクーダントへ誘引し後方を遮断させ包囲殲滅します」


 ホーブルデン陣営からは完璧な戦術構想に感嘆しながら喜色を含む吐息が漏れた。しかし、朱挫は手を上げ立ち上がる。


「中佐、それは不可能だ」

「……なぜでありましょうか」

「この都市だけで一三万人の人間が居る。ホーブルデン西部だけでもその人口は九〇万人を超えるんだ。それだけをホーブルデンの東部に避難させることを四日でやり遂げることは不可能だ。それに受け入れ先も無い」

「では東に領地を構える諸侯方に受け入れを打診してはいかがでしょうか?」


 当然の疑問だが、それにはフィエラが答えるのか、彼女は首を横に振りながら口を開く。


「ホーブルデン人がダステティーン人の領地逃げる。その後のことを中佐は考えているの?」


 フィエラの言葉にドローコスは目を瞑った。もちろん、そのことは考えていた。だが、ドローコスからすれば政治問題は全く関係なかった。


「確かに、ホーブルデン人がダステティーン人の下に庇護を求めても上手く行かない可能性は高いですし、仮に上手く行ったとしても風当たりは良くない。そのことは承知しているつもりです」

「だったら!」


 フィエラの悲痛な叫びは、ドローコスの右手によって制された。


「ですが、我々は王国を守るためにここに居るのです。厳しい言い方をすれば、知ったことではない。ということです。それに、そう言った問題はそちらで解決していただきたい。そのためにあなた方は統治者としてそこに居るのですから」


 全くの正論にフィエラは意気消沈してしまう。それを見たスーザンは目を見開き、腰にかけた剣に手を当て立ちあがろうとした。しかし、それを横に座っていた朱挫にとめられる。


「それをやったら本当に終わるぞ」


 朱挫に触られたことすら不快であるのに、あまつさえ目の前で主君が言いくるめられていることに我慢なら無いのがスーザンである。しかし、頭に上った血が引いていくと今はまだその時ではないと感じ、大きく深呼吸をしてから剣に当てた手を離す。朱挫はそれを横目で確認してから手を離した。


「代理殿、ご理解いただけましたか?」


 ドローコスはフィエラを言いくるめたことを誇るでもなく、ただただその真っ黒な瞳を朱挫へ向けていた。ドローコス自身、ここに赴任してから色合いの変わるホーブルデン領内の情報を独自に集めていた。そのため、最終的な決定権をこの若い異邦人が持つことも承知していた。


「中佐に一つ確認したいのだが、中佐の言う援軍とはどのくらいで到着する?」


 ドローコスは朱挫の質問に一度頷いてから答えた。


「早くて今日から二週間、遅くて三週間と見てもらえれば」

「それで、遅滞戦闘って言うので稼げる日数は?」

「……多くて三日かと」

「それはおかしいことを言うな。まさか四万の軍勢に対して一週間も防衛設備の無いこの都市で支えきれると考えているのか? 俺は軍事に関しては素人だ。だから聞きたいのだが、一週間この広い都市で支えきれる根拠を聞きたい」


 朱挫の言葉にドローコスは黙ってしまった。別に一週間守りきれると言うのは簡単だが、それでもその根拠と言われると厳しい。作戦はもちろんあるし、それが成功する可能性も高い。だが、それが根拠と言える物なのかドローコスには分からなかった。


「中佐が、好意を持ってこの場を用意してくれたのは理解している。別に俺たちに了解を得る必要も無ければ、俺が作戦に口を挟む権限も無い。だが、それでもこのクーダントを決戦の場と言うのなら話は別だ。軍がこの都市に入ることは本来なら許されない。それが為されるのは領主の了解、もしくは陸軍元帥、国王陛下の是が無ければいけない。許可証を見せてほしいのだが?」


 ドローコスは表には出さないが、歯が折れると思うほどに、強く食いしばっていた。そんな短時間で、王都に連絡をできるわけが無い。この若輩者はそれを知っててあえてそこ突いてきている。ドローコスからすれば、ここで作戦の承諾を得て、事実上領主から都市を使用した防衛戦術に移行したかったのだ。


「あぁ、別に俺が都市防衛の許可を出すのは吝かじゃない。だが、素人でも分かるように、この都市を守れる根拠を提示してくれなければ。じゃないと一三万の市民に説明がつかないんだ」


 ドローコスの副官は流石に額に汗を流していた。隣で上官が何かに耐えるように、強く拳を握っている姿など初めて見たからだ。


「……残念ながら、根拠はありません。ですが――」

「ほう! 根拠は無いのか! それで中佐一人の命令で九〇万人の人間を難民にさせると言うのか……。それは看過できないなぁ」


 朱挫は眼鏡を中指で上げ、ドローコスの発言を途中で遮り、まるで煽るように捲し立てた。しかし、その後の言葉は煽るような言い方ではなく、いつもと変わらない、あまり抑揚の無い声に戻っていた。

 

「まぁ、中佐でも素人に分かるように説明しろって言うのは流石に無理がある。じゃあもう一つの懸念を。魔王軍の狙いが何なのかは知らないのだが、君ら特設旅団を無視して残りの部隊が我々を追ってくるなんてことは?」


 朱挫の疑問、これは戦史にもよくあり、珍しいことではない。例えば、武田信玄が、後の将軍徳川家康を下した三方ヶ原の戦い。この戦は当時徳川軍は城に篭った。武田信玄が城を包囲するだろうと考えたからだ。しかし、実際に武田信玄はこれを包囲せず、城を素通りしたのだ。舐められたものだと怒った徳川家康は彼を追いかけるように城を立つ。しかし、そこに居たのは待ってましたと言わんばかりに準備を整えた武田信玄だった。この戦の結末はもちろん、徳川家康に珍しい決定的な敗北だった。朱挫はこれを知っていたために、純粋な疑問として質問していた。


「可能性として、我が部隊もそれを十分に懸念しています。ですが問題は無いと判断しました。補給の維持が難しいからです」

「なぜ? これより東にも農村地帯や大小都市はいくつもある。そこで略奪をすればいくらでも動けると思えるのは、素人だからか?」

「仮にそうなった場合は略奪行為で時間を稼ぐことができます。この都市を通り過ぎた敵部隊の後背を叩きます」


 ドローコスの言葉に朱挫は二度三度と頷いてから、首をかしげた。


「じゃあ、敵が一万でも二万でもいい。この町を押さえて他の部隊で後方へ向かったら?いや、それはまずいな。そうなれば特設旅団は都市を押さえていた魔王軍と挟み撃ちにあう。軍の援軍が来る前に旅団が包囲されないか? いや、そんなことは流石に中佐も考えているか」


 探るような朱挫の視線にドローコスはもちろんと頷いた。


「二〇〇〇で都市を防衛し、残りの部隊を持って通り過ぎた敵の背を突きます。彼らは斥候を出しません。奇襲状態で後背をつくことができます。後詰を叩けばすぐに本陣。そこで敵の指揮官を討ちます。仮に討てなくても混乱は必須です。次の襲撃を恐れ警戒する彼らの足は鈍ります。それで稼いだ時間は援軍を迎えるのに十分でしょう。一万二万程度でこの巨大な都市が包囲できるわけありません。突破は容易でしょう」

「……となると、都市に残った二〇〇〇は捨て駒、と言うことだな?」

「……憚ることなく言えば、そうなります」


 ドローコスにとっても苦しく、全く納得のいかない選択ではある。しかし、そもそもここに駐屯するにあたって、上から下された命令はホーブルデン領内を使っての遅滞戦闘。それより東、つまりダステティーン人の領地に入るまでは何としても敵をひきつける。それが軍の、国王の意向だった。


「これは都市を使用する上での条件とまでは言わないが、意見がある。もちろん、蹴ってもらっても構わないが……」


 ハッキリしない朱挫の口調に、ここに来て初めてドローコスは表情を変え、訝しみながら朱座を見つめた。


「それは――」


 朱挫の提案は全員の度肝を抜き、ドローコスなどの軍人よりはホーブルデン陣営から熱烈な反対を食らった。しかし、ドローコスは少し考えてからその提案を受けた。


三方ヶ原の戦いには諸説あります。私個人としては、前哨戦の敗北からくる国人衆(小領主のような者)たちの不信感を払拭するためなどから、止むを得ない出陣だったと考えています。が、朱挫は定説通りの家康煽られて怒った説を信じているようですね。色々説があるのは面白いことです。

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