第八話 大国の思惑(地図あり)
大陸の地図を載せました。かなり雑な仕上がりになっています。申し訳ありません。
市民会の代表選定が各地で行われている中、朱挫の下には一通の手紙が届いていた。日本語で書かれたそれはすぐに甲左からの手紙であることが分かった。
『二重帝国は素晴らしい。芸術と料理が凄いんだ。それと、二重帝国で虐げられていたとある民族の奴隷の女の子を救ったらなつかれちゃって。その子、魔法が凄く強いし、なにより一緒に旅をする仲間が増えるのはとても楽しい。朱挫にも友人ができてると良いんだけど……。あと、朱挫は知っているか分からないから伝えるけど、二重帝国とその南のクレナード帝国には冒険者ギルドがあるんだ。俺はそこに登録してるけど、ダステティーン王国には無いよね。まぁ、こっちは元気でやってるから心配しないでくれ。また会おう、親友』
手紙を読み終えた朱挫は顔を上げ、手紙をヒラヒラとさせながら隣に控えるアマンに視線を送る。
「冒険者ギルド、そんな物があるのか」
「はい。冒険者はいくつかにランクが分けられ、仕事を請け負い、魔族や賊から市民や財産を守る組織です。貴族や国が囲うことは禁止され、冒険者ギルドには伝統的に強い権限が与えられています」
「良くそんなことができるな」
「背後には教会がついているので」
この手紙を持ってきたアマンに朱挫は考える仕草を取ってから口を開く。
「ダステティーン王国には無かったな」
朱挫の言葉にアマンは頷いた。
「随分と昔は必要だったようですが。何分、他の国と違いダステティーン王国は軍が強い影響力を持っています。彼らが目ぼしい魔法師を囲う以上、冒険者は精々が日雇いの便利屋になってしまいますから。この国が二つの帝国よりもあらゆる面で劣っていながら、魔王軍からの侵攻をとめているのは軍の功績あってこそです」
あまり興味が無いのか、朱挫は足を組み、フィエラから渡された資料を見ながら話を続ける。
「あんまり詳しく知らないんだが、そんなに強いのか、この国の軍は」
「えぇ。ダステティーン王国は魔法にかなり秀でています。二重帝国に居た時はそれですら脅威でしたが、何よりその組織力でしょう。明確に分かれた階級と潤沢な予算。統一された制服と戦術は恐ろしい物です」
この国の歴史や制度は勉強した。それは軍も含まれていたが、それが特に秀でているとは思っていなかった。日本では軍と言う組織は無かったものの、それでもそれに近いのはあったし、諸外国に目を向ければあるのが普通だった。当たり前だがそれはより洗練された組織であったため、この国が凄いと朱挫は考えなかったのだ。
「他の国は階級とかは無いのか?」
「そもそも、ここまで国が軍という武装集団を組織、運営しているのが稀です。大抵は皇帝や王といった人物が貴族や騎士を率い、彼らが兵士を動かします。この国が素晴らしい点は貴族が権力を持ちすぎない、それは兵士が軍に取られているからです。それでも、大半の偉い軍人は貴族ですが」
それならあまり変わらないんじゃないかと朱挫は思ったが、それでもアマンが断言するくらいであるなら、有効なんだろうと適当に考えていた。
「ここの領地からも兵士はかなり取られてるのか?」
「いえ。圧倒的に少ないです。ホーブルデン人が武器を持つのを王家は良しとしませんから」
「それは戦術やらってことだな」
朱挫の言葉にアマンは頷く。長きに亘る戦乱で前線の町でありながら、戦うことを忘れさせられた領地に“軍隊”という言葉を根付かせるには苦労しそうだと、朱挫は内心でため息を吐いた。
「宮廷側もかなり警戒しています。代理の徴兵発言はかなり彼らを刺激しました」
「それで良い。この領地の人間には領主を守る大命がある」
「それはダステティーン王国から、ですか?」
主を試すように見てくるアマンに対して、主は表情を動かさず返事もしなかった。ダステティーン王国だけでなく、恐らく他にも自分を狙う奴は少なくないと朱挫は考えていた。この周辺に拠点を構える貴族や、ホーブルデン領内のダステティーン人。フィエラの両親を殺害した黒幕。朱挫本人を直接害するというより、この領内を混乱、ないしは影響下に収めたいと考える人物たちのほうが朱挫にとってみれば怖かった。
「それで、用件ってのは手紙を届けるだけじゃないだろ」
「はい。オストローイッツ連邦に加盟している周辺諸国の会議。これが恐らく再来月頃に始まります」
オストローイッツ連邦。この加盟国は五カ国。この大陸にあって唯一加盟していないのは大陸南部を支配するクレナード帝国のみである。それ以外、つまりダステティーン王国、モルナ大公領、ガンツ都市同盟、アルディア共和国、コルマンティヌ=ホルナッツブルク帝国がこの連邦に加盟し、相互に協力体制を築いている。
「あれか、連邦会議って奴だな。なんら拘束力を持たない形式上の」
「確かにそうですが今回ばかりは少し厄介です」
アマンの言葉に、朱挫は怪訝な表情を浮かべる。
「今回の議題はガンツ都市同盟とモルナ大公領の扱いについてです。ガンツ都市同盟もモルナ大公領も二重帝国にとっては旧領。特に立地上、二重帝国がどうしても抑えたい都市同盟をどうするか。ということです」
「なんとも野蛮な会議だな。つまり、ガンツ都市同盟を押さえたい二重帝国とモルナ大公領が欲しいダステティーン王国の住み分けをどうするかってことだな」
朱挫の興味なさげな態度にアマンは苦笑いを浮かべながらも頷いた。
「そうです。ただし、ダステティーン王国も二重帝国も相手が膨張するのは嬉しくありません。また共和国もこれ以上二国が大きくなるのは望んでいません」
「武力で解決すりゃいい」
「そうもいきません。両国とも軍事力はカツカツですし、二重帝国の内情はさらに悲惨ですから。財政回復をもくろむ二重帝国は交易の要所を、更なる領内の安定化のために王国の食料庫とも言われる穀倉地帯を。仮に統合がなったとしてもおこぼれが欲しい共和国。それをなんとしても阻止したい公国と都市同盟」
「東欧の某国みたいだな。それで、俺たちに何の関係が?」
最初の呟きはアマンにとって理解できなかったが、それでも厳しい表情で口を開いた。
「二重帝国がホーブルデンの独立を促す動きがあります」
「本当か?」
朱挫はアマンを向きながら一瞬で表情が凍てつかせた。主の機嫌を損ねたか? アマンは朱挫を見てそう思ったが、言葉を飾るよりはと思い肯定した。
「はい」
「……やってくれるな」
そう吐き捨て、黒い髪の毛を乗せた頭を乱暴にかく。
「魅力的過ぎる。二重帝国とは国境を接していないが……いや無理だ。軍隊と言えるのはじゃじゃ馬の元傭兵だけ。自警団を戦闘で使うなんてありえない。とてもじゃないが今は無理だ」
「意外でした。ホーブルデンの独立は代理にとって必要の無いものだと思っていました」
「俺の目的? 何のことだ」
探ろうとしてくる自分の部下に朱挫は睨みながらそう返答していた。朱挫はいくらアマンを側に置いているからといって信用しているわけじゃない。核の部分となることは、一切話していない。
「失礼しました」
アマンもこれ以上は踏み込まないほうが良いと感づき、素直に謝罪した。
「まぁいい。もし動きがあるなら向こうも直接来るだろう。もし使者なり手紙が来るようならまず俺に報告しろ。フィエラに話すかはその時決める」
「はっ」
朱挫にとって、ホーブルデンの独立は魅力的だった。朱挫の最大にして唯一の目標である地球への帰還。そのために必要なのは召喚魔法に関する知識、それを操れる魔法使い。これを集める時、地方の一領主の配下としてか、ホーブルデンを独立に導いた男か。朱挫にとって後者の肩書きは非常に魅力的だ。
しかし、その肩書きは毒にもなる。朱挫はそうも考えていた。現在、この大陸で魔法技術が進んでいるのはダステティーン王国と南方にそびえるクレナード帝国。もしクレナード帝国に召喚の魔法が無かったら、ダステティーン人魔法使いに魔法を使ってもらうしかない。果たして、ダステティーン王国から独立した時その魔法使いは協力してくれるか。これが毒だ。
朱挫はこの二つを天秤にかけ、どちらがより確実で早期に帰還できるかを量らなくてはいけなかった。
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