第七話 騎士の忠誠
今日が面接週間の最終日である。今のところまともな人材は一人としていなかった。朱挫にとっては一人いたものの、局の長を任せる人物は後三人必要だった。法務、財務、兵務。最悪法務に関してはいずれで良いと考えている二人だったが、それでもいればありがたいと考えていた。
「次は誰だ?」
「さぁ。もう資料読むの面倒だから見てない」
「俺もだ」
ドアのノックももう聞きなれた物で、朱挫は憂鬱を告げる目覚まし時計のように感じていた。
「失礼します」
入ってきたのはまだ若く、とても美しい女性。といっても二人よりは年上だった。少しきつめの目に、女性にしては少し黒く短い髪の毛、それとやや主張が激しい胸。格好は町娘のそれだった。それを見た朱挫は冗談めかして口を開く。
「これは美しいお嬢様だ。俺の世話係なら間に合ってるぞ」
「黙れ下郎」
あまりの態度の豹変に朱挫は呆気を食らったのか、この世界に来て初めて面食らった。
「え」
「黙れ下郎と言ったのだ」
「あー。俺にか?」
「貴様以外にいるか?阿呆が過ぎるぞ」
朱挫は困り顔を浮かべ、フィエラを見る。フィエラも少し不思議なのか、いつもの表情で首を傾けた。彼女はフィエラの前までいき片膝を突く。この時、朱挫はフィエラが好きな領民かな。その程度でしか考えていなかった。
「あなたの名前は」
「私の名前はスーザン・デア・イルナックです。女王陛下」
「はい?」
流石のフィエラも珍しく疑問の声が出てしまった。
「私の名前はスーザン・デア・イルナック」
「名前は分かった。女王って何の、はい? だったんだけど」
「も、申し訳ありません!」
その迫力たるは、今すぐ自分の腸をぶちまけんとするほどだった。慌てて頭を伏せたスーザンは汗を大量にかいていた。
「それで女王って言うのは?」
フィエラの言葉にスーザンはキビキビとした動きで頭を上げる。
「はい。我がイルナック家は恐れ多くもホーブルデン王朝よりデアの称号と所領を頂き、栄えある親衛隊の先駆けとして登用していただきました。しかし、その恩寵に報いることができず、あまつさえ所領を守ることなく騎士としての働きさえできませんでした。我々はこの恥辱と辛酸をいつか晴らすため、ホーブルデン王家が王朝再建を宣言するときを、お待ちしておりました。そして先日、ついに女王陛下からの決意が、聞けたのです……」
熱く語るスーザンを前に、フィエラは若干引きながらこっそりと口を朱挫の耳元へ近づけた。
「もしかしたら面倒なの釣れたかも」
朱挫はすぐ後で、フィエラの言葉が照れ隠しであることが分かったが、今は全くだと同感していた。
「もしかしなくても面倒だろ」
フィエラは大きくため息を吐いてからゆっくりと立ち上がり、彼女の肩に手を掛ける。
「へ、陛下!」
目に涙を浮かべ、鋭い目つきからは想像もできなかった愛玩動物のような目をするスーザンにフィエラは声を掛けた。
「ありがとう。あなた様な忠義者を真の騎士と呼ぶ。私のデアよ」
「なんと……なんと言うお言葉……」
こんな顔もできたのかと朱挫は驚いていた。そもそも、無表情以外を見たことが無かった朱挫は、フィエラの顔は慈愛に満ちた微笑で薄らと涙を浮かべ美しいと感じた。普段の朱挫なら、恐らく何か声を掛けていただろうが、しばらく黙っておこうと決め込んだ。
「今までどうしていた、家族は?」
「家族は、私以外は戦いで……。私達は日銭を稼ぎ、戦闘力を損なわないため傭兵団を率い各地を転戦していました」
「それは苦労をかけた。もう、大丈夫」
「……はい」
肩を震わせるスーザンを見て、朱挫はふとあることに気が付いた。この光景が美しいのではない。人外じみた美しさを持つ二人だから美しいのだと。その時、スッと彼の体の熱は冷めていく。目の前にあるコーヒーを音を立てないように飲みながら、足を組んでその光景を見守る。
「私は十四で初陣しました。以降は戦い続けていました。腕には自信があります。団長として三年率いた経験もあります。どうでしょう?」
心配そうにフィエラを見つめるスーザンに対して、フィエラはゆっくりと大きく頷いた。
「歓迎する。その忠義に報いる褒美を与えると約束する」
「はっ!」
二人はそう言ってからお互いにクスリと笑った。朱挫からすれば、つまらないミュージカルを授業で見せられている気分で、僅かな憂鬱と面倒くささから、気だるそうに背を伸ばしていた。
「ですが陛下、この男はいけません。今すぐ追放すべきです」
「だって」
後ろにいる朱挫に目線をやったフィエラは既にいつもの表情に戻っていた。フィエラの軽い冗談に対して、朱挫は大仰に肩をすくめた。
「良いんじゃないか? フィエラがそれでこの地域を立て直せるなら好きにすれば良い。約束を破った罪は重いがな」
正直振って欲しくなかった朱挫だったが、まぁ仕方ないとフィエラに付き合ったはいいが、スーザンは立ち上がり、朱挫を睨みつける。
「はぁ? 貴様のような無能者がおらずとも陛下の領地は繁栄を極める。即刻失せろ」
「スーザン」
「ですが陛下!」
フィエラにとめられたスーザンは一度声をあげてから、さらに朱挫を睨んだ。そして腹のそこから冷たい声で、朱挫を指差しながら呟く。
「陛下を敬う素振りも見せず脅迫とは。不敬罪で一族郎党皆殺しだ」
「生憎だがここは対等なんだ」
朱挫はそう言って自分とフィエラを指した。その後に、苛立ちを抑えるために一度目を閉じて、鼻から息を吐いてフィエラを見つめる。
「おいフィエラ、こいつを納得させるか黙らせてくれ」
「スーザン。この人には構わないでいい」
そろそろ潮時だと、フィエラも申し訳無さそうに朱挫を見た。それでもスーザンは止まらない。
「いえ陛下。君側の奸を黙って見過ごせるほど私の忠誠心は腐っていません」
「シュザは本当ならここの辺境伯の地位を継ぐ予定だった。それを受け取らずにいる。それで十分」
「陛下、そもそもこの領地は王朝の物、差別主義者たちに指図されるいわれはありません」
こんなに自分が短気だったか。そう思うほどにイラつき始めた朱挫は今までとは違い、なだめるように声を出す。
「確かに、お前の意見も一理ある。ここは元々ホーブルデン家の物だっただろう。故にお前らの物なんだろうな」
「そうだ。つまり貴様のようなダステティーン人の犬が居るのは我慢なら無い」
朱挫はため息を我慢することなく吐き出してからスーザンを見つめる。次は、酷く冷たい声を吐き出した。
「だがな、ダステティーン人は自分達の土地を今尚守っている。じゃあそこにいる陛下の先祖は土地を守ったか? 一応ここに来るまでに歴史は勉強した。その差別主義者の援助が無かったらお前らホーブルデン人はどうなっていた? 彼らの肩を持つわけじゃないがお前らは魔王軍に負けたんだ」
「……違う。まだ我々は負けていない。だからここに居る」
ドシンッ。フィエラは自分の胸を強く叩き、これが我々の決意だと、態度で表した。しかし、そんな物に興味は無いと言わんばかりの朱挫は、鼻で笑ってからさらに疑問をぶつけるために続けた。
「そうか? お前は差別主義者と罵る人間たちの支援なしにこの領地が立て直せるのか? ダステティーン王国軍はここの領地もしっかり守ってくれている。ここに居る数百万の人のために家族を置いて戦っている。それでもお前はダステティーン人を差別主義者と罵るのか?」
納得がいかないのかそれでもスーザンは朱挫を睨むことをやめない。
「いいか、負けてないと言うならお前達ホーブルデン人だけで立て直して見ろ。俺も含めホーブルデン人じゃない人間はこの領地からいなくなる。王国軍もここを引く。剣の握り方もろくに分からない兵士でここを守れるってならやればいい。今この国を支えている内務局のダステティーン人官僚を全員首にしてお前たちで運営すればいい」
お互いに引けなくなった二人を止めるために、フィエラはスーザンの肩に手を置く。
「スーザン。彼も必要なの」
「ですが! こいつはダステティー人の犬ですよ!?」
「スーザン」
「……分かりました」
肩を震わせ拳を強く握るスーザンの肩をフィエラは優しく撫でる。
「おい。終わったなら部屋を出てくれ。俺も大人じゃないんだ。こいつが居ると気分が悪くなる」
「なら貴様が出て行けば良い」
「……あぁ。そうさせてもらう」
朱挫は立ち上がって部屋を出て行った。そのままの足取りで自分の部屋に向かう。少し冷静になり言い過ぎたと思いつつも、未だに苛々は抑えられなかった。
「おや、どうなさいました」
朱挫は下を見て歩いていたため、自分に声をかけてきた人物が誰かは分からなかったが、顔を上げるとそこには見知った人物が居た。あまり、今の状況を部下に見られるのは良くないと思いつつも、会ったなら仕方が無いと割り切って口を開く。
「アマンか。こんな所で歩いていて良いのか?」
「言い忘れていましたが、一応ここの執事として潜入してますから。ご安心を。それよりも珍しく気分が優れない様子ですが」
「少しな。それより部屋に来てくれ」
「よろしいのですか? 面接が終わってからお伺いしようと思っていたのですが」
朱挫は苦笑いを浮かべて自分の部屋に入る。前回同様自分はベッドに座り、彼を机の椅子に座らせた。
「じゃあ聞こうか」
アマンは朱挫の言葉に頷いてから、手を組み口を開いた。
「はい。宮廷には既に六名が潜伏しています。お望みの宰相の近くは少し難しいですが、何とかします。軍のほうにも潜入させていますが、厳しいですね」
「全盛期でどれくらい居た?」
「四桁は構成員がいました。今では百名ほどです」
「そうか……必要な金はすぐに申請しろ」
朱挫の言葉にアマンは怪訝な表情を浮かべる。今は金銭的に厳しい状況であるからだ。
「よろしいので?」
「この領地に必要なのは情報だ。特に周辺諸侯と宰相には気を使ってくれ。この際軍は無視でいい」
朱挫の言葉にアマンは頷く。元からそのつもりだった彼は主人の了承を受け大胆に動けることに内心で喜んでいた。
「それと暗殺はするなよ。面倒になる」
「はい。それとお伝えしたいことが」
「なんだ?」
「市民会の設置で共和主義者が動き始めました」
朱挫は特に気にとめるわけでもなく、手を払う仕草をした。
「好きにさせておけ」
「よろしいのですか?」
「彼らが本当にこの町を良くするなら」
「本心は?」
綺麗な笑みを浮かべるアマンに朱挫はため息を吐いた。
「いつまでも田舎で子守をするつもりは無い。それにそこらへんの管轄は内務局に任せる。フィエラが弾圧するって言うなら情報は貰うがな……いや、首謀者のリストを作ってくれ。それと支援者が居るならそいつらの名前も」
アマンは何かを察したような表情を浮かべて深く頷く。
「わかりました」
「まぁ、実際それより一番監視して欲しいのは旧王朝派の人間だ。フィエラを担ごうと動くならこれは阻止する」
朱挫の言葉にアマンは意外そうな表情を浮かべる。
「よろしいのですか? 使える物は使ったほうが」
「それが毒なら使わない。ましてや自分だけに働く毒なんて最悪だ。フィエラは担ぐにしても軽すぎる。色々な奴が持ち上げようとするがタイミングがな。今集結させたら宮廷に潰される」
「それもそうですね。分かりました」
立ち上がり部屋を出ようとするアマンに朱挫は一瞬悩んでから彼を呼び止めた。
「アマン、俺はこの大陸の人間じゃない」
「知ってますよ。遠い世界からようこそ、代理」
アマンは演技がかった一礼をしてから顔を上げた。それから朱挫の表情を見てクスクス笑うと出て行った。アマンはこの時のことを「いい物を見た。主の幼さは時より顔を出すが、あれほど露骨なのは珍しい」と語っている。
修正作業も平行してやっていきますので、更新頻度が若干落ちますが、少しずつ書いていきます。