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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第六話 内務局と新たな武器

 先日、新たに設置された六州の発表があった。さらに二ヵ月後、代表選定の投票を行うとの発表もなされ市民たちは大いに盛り上がっていた。街路では何をすべきか、何が必要なのか。また酒場では熱い議論が繰り広げられ怪我人がでるほどだった。


「盛り上がってきたね」

「そうだな。一体最初の会議で何が提案されるか」


 朱挫はフィエラの部屋から外の様子を伺っていた。もちろん、議論の内容が聞こえてくる訳では無いが、ここ数日で活気付いたのは間違いない。


「どうする? 貴族の廃止ってなったら」

「廃止させてやれ。そしたら王都から軍がやってくる。それを跳ね除けられるならそれは本物だ。宮廷は市民に思想を抱かせるのは嫌うだろうから徹底的にやってくるだろうが。それよりどうだ、内務局の設置は」

「もう始まる。ただそのおかげでお金が無い」


 フィエラは何枚かの資料をめくりながら吐息混じりにそう呟いていた。朱挫は少し考えてから口を開く。


「公債でも発行するか?」

「市民が納得する?」

「まぁ、信用はあるんじゃ無いか? 返済の信用か旧王家への信用かは知らないが。今はフィエラが戻ってきて自分たちの領土を必死に立て直そうとしているのは皆みてるだろ」

「……そう」


 俯くフィエラに可愛い所もあるんだなと思った朱挫だったが、すぐに思考を変換する。この世界で公債というのはあまり好かれていない。むしろ新税を設けることや重税を課していた。普通ならこの場合、市民の怒りは収まる所を知らないが、それでも魔王軍という強大な敵を前にした場合、彼らはその都度増税を拒むことはできなかった。


「それに何より鉱山が大きい。武器の需要は永遠だ。返す当てがしっかりあるなら借り入れや公債の発行は悪い手段じゃない」

「でも鉱山の鉄を買う人がいない。周辺諸侯はここより高くても他の領地から買う。それほどホーブルデン人は嫌われてる」


 フィエラは窓際に寄りかかる朱挫に目をやった。朱挫からみた彼女の瞳はいつものように真紅に染まっているが、どこか憂いを感じさせるような気がしていた。


「何も貴族に売る必要は無い。商人に売ればいい」

「どういうこと?」

「彼らに仲介させる。書面上ではホーブルデン辺境伯と周辺諸侯は直接繋がらない。商人に売り、買った商人がそれを諸侯に売る。もちろん詭弁だが、諸侯も安い所から買いたいのが実情だろ」


 実際、周辺の諸侯たちも漏れなく財政は火の車である。国に軍があるとは言え、私領を守る際には独自の兵士が必要であり、また軍を呼ぶためにそれなりの賄賂も必要である。何も敵は魔王軍だけではない。実際に王国内ですらしばしば内戦が起こり、その都度軍が仲介に入るほどだ。名では国家だが、それは都合が良いときにだけ使用される方便であり、その実は諸侯の連合体と言っても大差ないのがダステティーン王国だった。


「公債……手ではある」


 考えるような仕草をとりながら、顔を俯かせているフィエラを横目に見ながら朱挫は呟く。


「考えておいてくれ。その際に同時に財務局も設置する。フィエラとして自由に扱える金庫と、辺境伯として使う金庫を用意する。これで市民たちに公正さをアピールする」

「私は宝石とかに興味ないし。構わない」

「少しは気を使ってくれよ。辺境伯は決して低い地位じゃない。それに見合った格好は頼むぞ」

「それならあなたもそう。いつまでもその格好って訳にはいかないでしょ」


 朱挫の私物と言えば制服一つ。ポケットに入っていたはずのスマホや財布は一切無かった。もちろんバックも無い。ここに来てから彼に与えられた物も地位だけであり、金貨などは一切見ていない。旅の途中の費用は護衛などに任せていた。いくらかしょっ引かれるのは覚悟の上で。


「しかしな。この世界の貴族の服はセンスに反する」


 所謂ロココスタイルと言う服装が流行っている。一部では民族衣装の者も少なくないらしいが、現代のように執事はスーツではない。ヘンリー八世よろしく奇抜な者が多い。兵士ですら派手を地で行くこの世界に朱挫が好む服装は少なかった。


「そのうち良いのが見つかるかもしれないが、それまではこれでいい」

「眼鏡は似合ってるけど」

「この世界にもあるんだな」

「まぁ、そこまでしっかりしてないけどね」


 朱挫が違う世界から呼ばれたことは既にフィエラには話している。それがここより高度に技術が進歩した世界であることももちろん説明済みだった。また、同時に勇者候補が召喚されたことも伝えたが、その時のフィエラの表情はいつものように無だった。


「そういえば婿候補はあるのか?女なら早いほうが良いだろ」

「難しい。私は既に中古だし、何よりホーブルデン人だから」

「旧ホーブルデン人貴族もいるだろうに」

「彼らのほとんどが旧王朝を裏切った人物たち。早々に鞍替えして国土を魔王軍に売り渡し自らだけ生存したクズ共。守るべき領民も無く王室からの支援金だけで犬に成り下がったゴミに政治的価値は一切無い」

「だが選んでる余裕も無いだろう」


 朱挫の言葉にフィエラは少し考えるように顔を伏せた。それから一度顔を上げ、いつもの真顔で朱挫を見つめる。


「あなたは? 私のこと可愛いって思ってるでしょ」

「あぁ。ペットなら大歓迎だが妻とするなら最悪だな」

「体が幼いから?」

「いや。性格が悪いから」

「中古だから?」

「だから性格だつってんだろ。そもそも辺境伯だけでも重いのに旧王朝の生き残りなんて面倒すぎる。それに俺は……いや。なんでも無いわ」


 俺は地球に帰る。面倒事は残したくない。寸のところで朱挫はその言葉を飲み込む。もし、今すぐにでも帰る方法が分かれば、甲左を連れて帰るつもりでいる。しかし、それはフィエラとの約束をやぶることになる。流石に今ここで約束を破ると宣言するほど彼も馬鹿ではなかった。


「私が男なら泣いて懇願するんだけど」

「自分の外見評価がしっかりできて良いことだ」

「内面も含めてだよ」

「冗談のつもりならセンス無いからやめとけ」


 やはり自分に非は無いと言いたげなフィエラは一度自分の体を隈なく見てから両手を胸部にあてた。


「おっぱいかな」


 そう言って自分の胸を揉むフィエラを見て朱挫はため息を吐く。しかし、現実として彼女の婿は大問題だ。今は忙しいから無理かもしれないが、子供は必要だ。領民を安心させる上でも、人選は敏感にならざるを得ない。朱挫はそう考えてから口を開いた。


「この際二重帝国の貴族とかどうだ?」

「遠い」

「他の貴族の牽制にもアリだと思うけど」

「確かに」

「その線で探しておくか?」


 フィエラは首を横に振ってすぐに否定した。


「今はいい。領内が安定したら」

「そういうことを言ってると貰い手がいなくなるぞ」


 朱挫はフィエラが僅かに零した吐息を聞き逃さなかった。流石に生き遅れといわれるのは嫌なようだ。


「……ぼちぼち探しておいて」

「かしこまりました。局長閣下」

「その呼び方やめて」

「じゃあ、そろそろ今日の本題だな」


 フィエラは朱挫の言葉に頷いて立ち上がった。二人はフィエラの執務室を出て客間へ移動する。二人の今日の本題は何も雑談ではなかった。フィエラの帰還と新たな局の設置により、領民や外国人が自分を売りに来ているのだ。今日の本題はその面接である。


「一番必要なのは旧軍人、もしくは官僚。他にも目ぼしいのがあれば捕まえるが……あんまり期待するなよ」

「分かってる。あなたも工作員には気をつけて」

「知ってる」


 朱挫は客間の席に着き、メイドに面接の開始を命令する。今日だけで二十人。この数の面談を行うのは二人にとって苦痛だったが、それをしなくては領内は発展しない。一週間は面談だけでスケジュールが埋まるほどだった。






「まともな奴は居なかったな」

「そうね。後一週間も続くとなると憂鬱になる」


 今日はこれと言った人材の収穫は無かった。金を作れる、元暗殺者、没落貴族、娼婦エトセトラ。自領ながら全くどうしたものかとフィエラは頭を振った。


「そうだ。俺は用があるから外すぞ」

「えぇ」


 表情はいつもと全く変わらない。しかし朱挫は最近フィエラの変化を少しずつ感じていた。前までは一切感情を出すことは無かったが、最近はこうして少しだけではあるが無以外の感情を見せることがある。それが良いことなのか悪いことなのかは分からなかった朱挫は、彼女を流し目で見てから部屋を出て走った。


「ちょっといいか?」

「なんでしょう」


 朱挫が声を掛けたのは一人の冴えない中年男性だった。頭の六割は既に素肌がむき出しで、いい具合に小太りの男。先ほど面接に来た彼は「何でもできます」とそれだけ言って後は黙りこけていた。


「何でもできるんだよな?」

「えぇ。その通りですが」


 朱挫はこの男にある種の危険信号を感じていた。首相である甲左の父と同じ臭いがすると、感じていた。


「何者だ?」

「……違う所でお話しましょうか」


 朱挫は頷いて自室へ案内する。ベッドと机以外何も置かれていない、スペースが余りきった簡素な部屋。自分はベッドに座り、男を机の椅子に座らせた。


「名前は確かアマンと言ったな」

「その通りです。代理」

「お前は何者だ?」


 朱挫の問いにアマンは綺麗な笑みを浮かべて右手を挙げた。


「その前に一つお伺いしたいことが」

「……なんだ」

「代理にとって情報とは何でしょう」

「情報か。難しい質問だ」

「はい。是非お答えください」

「情報は力だ。馬鹿が使えば自分を殺す。知恵ある者が使えば軍隊をもひれ伏す。俺はそう考えている」


 その言葉を聞いたアマンは嬉しそうに二度頷いた。朱挫は怪訝な表情を隠そうともせず、アマンを睨み続ける。


「ではお話しましょう。我々が一体何者か」

「我々?」

「はい。元コルマンティヌ=ホルナッツブルク帝国の皇帝に仕えた暗殺集団です」


 朱挫は大きなため息を吐く。これが本当なら面倒な物が釣れたと内心で悪態ついた。その半面で、今一番欲しかった物が転がり込んできたとも感じ、矛盾とはこのことかと内心でもため息を吐いていた。


「四年前、軍の高官が暗殺される事件がありました。仔細については省きますが、その罪を擦り付けられ、今までの暗殺が詳らかにされました。煩わしいだけがとりえの貴族、共和主義者、亡命者、それに他国の要人ですら我々は手にかけてきました。全ては皇帝の命令の下行われましたが、全ての罪が我々に擦り付けられたのです」

「災難だったな」

「全くです。その後組織は八割以上が壊滅、最早機能不全寸前です。しかし、もしこれを救っていただけるのでしたら、我々は代理、あなたに忠誠を誓いましょう」

「俺に? 内務局長にではなくか?」

 

 朱挫の言葉にアマンは笑みを浮かべるだけだった。それを見た朱挫の表情を後に発見されたアマンの手記にはこう記されている。“その顔を見て、やっと私は腰が落ち着いたと感じた。私は彼のその卑劣で強欲に満ちた顔に恐ろしいほど惹かれてしまったのだ。狂乱が支配する世界で、彼こそ主に相応しいと――”


誤字脱字報告、批判や感想等お待ちしています。

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