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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第五話 紅の至宝が帰る時

 人口十三万人の都市、クーダントは不安に包まれていた。曰く、新たな領主はフィエラ様を誑かした。曰く、宰相の手先でありこの領地から全てを貪ろうとしている。曰く、フィエラ様の婿であると。それなりの都市であるこの町でも噂が広まるのに数日と立たなかった。今日は待ちに待ったフィエラの帰還であるはずだが、市民たちは死刑宣告を待つような気分に苛まれていたのである。


 昼の時間、町の中央にあるホーブルデン邸はこの町では一番の広さであり、今日ここでフィエラの挨拶があると聞いて数万人の人が集まっていた。この街に城壁は無く、馬車が都市の郊外から見えるとその不安は大きくなる。馬車が人垣を分け、中央に到着すると一人の男が現れた。高級品である眼鏡を掛けた、見たことの無い人種の人間。その男が馬車から降りると、中から白く今にも折れそうな細い手が伸びてきた。その途端、広場は完成に包まれる。


「フィエラ様万歳!」


 その声を一身に浴びるのは悲劇を乗り越えた我らが主君、紅の至宝。フィエラ・アブ・ホーブルデンである。待ちに待った紅玉の双眸をその眼に焼き付けた観衆はさらに歓声を大きくさせた。彼女は男に引かれ、屋敷の中に入っていく。


「美しい……」

「あぁ。それにしてもなんてかわいそうなお方、あの歳であんな目にあわれるとは……御労しい」


 しばらくすると、ホーブルデン邸のバルコニーから先ほどの二人が姿を現した。さらに歓声は大きくなり、止むことを知らないと思われたその歓声も、彼女の挙げられた手によって一瞬で鳴り止んだ。


「まず謝罪したい。私が不在の間、あなた方に迷惑を掛けたこと、それなのに心配してくれたこと。本当に申し訳ない」


 一度深く頭を下げてから彼女は続けた。


「そして私を保護し、匿ってくれたダステティーン王家には感謝を。そしてなにより、こうして暖かく私を迎えてくれた皆にありがとう」


 その言葉に涙を浮かべる者が後を立たなかった。立派になられた。周囲の感想はそれで一致していた。


「父上が暗愚の手に掛かり、母は心を失い最早この土地と民を守れるのは私しかいなくなった。父の願いであるあなた方の繁栄は私しか継げない。しかし、未だにその能力を十分に得たとはいえない。ホーブルデン人の繁栄は旧ホーブルデン王家の継承者として私が約束する。弾圧と魔王の恐怖から開放し、その栄華をもう一度取り戻す。今は無き神聖なホーブルデン王冠領を回復し、王冠を頭上に掲げるまで私は止まらない。……が、若輩者である私に王家は条件をつけた。支援を引き換えに、代理として彼に政を委ねると」


 フィエラの言葉に、隣にいた男は一歩前に進んだ。


「彼の名はシュザ・オリサキ。ホーブルデン人でもダステティーン人でも、この大陸の人間でもない。しかし、彼の故郷とその周囲の国は私から見て高度に発達した文明を有していた。私はシュザを全面的に信頼している。シュザ」


 フィエラは朱挫に対して手を出し、さらに前に出るように促す。朱挫は一度頷いてからフィエラの前に出た。いまだ広場は静寂と不安が支配する場所だ。


「諸君。先ほど紹介があったシュザだ。まずフィエラ様の言を訂正したい」


 朱挫の言葉に一同は不安そうな表情を浮かべる。


「文明には発展も停滞も荒廃も無い。あるのはただ人の営みと幸せである。まずこれを皆に理解して欲しい」


 朱挫はあまり自分を持ち上げては欲しくなかった。もちろん、失敗する気など毛頭も無かった彼だが、自分が上から目線で物を語るとは思われたくなかったのだ。


「君達は不安を大いに抱えているだろう。何故外の人間が、何故こんなにも若い人間が。不安は当然である。よって、まず私の最初の政策として市民会の設置を命令する。今月中にこのホーブルデンの地域をいくつかの州に区切り、そこから人口に応じて平民の代表を選ぶ。代表たちには年に一度、私の継続と免職を議論してもらう。継続ならば、私はそこで話し合われた君達の要望を前向きに検討し積極的に取り入れる。しかし免職となればその時点で全ての権限をフィエラ様に返上し、同時に市民会を解散する」


 朱挫の言葉に市民たちは色めき立つ。政治に参加できるということは、自分達の権利を守り、拡大させることができると考えるのは当たり前だ。


「しかし私も同様、政治は人一人の人生を大きく変えるものだ。権限にはそれ相応の責任が伴う。代表を決められるのは市民権を得ている人間に限る。奴隷、農奴、またここに赴任している王国軍の兵士は一切参加できない。しかし、奴隷と農奴であってもこの行いに参加できる方法がある。それは辺境伯の、フィエラ様の兵士となることだ。奴隷の所有者は、奴隷が兵士となる際に一切その行為の邪魔を禁止する。もし奴隷が兵士を望む場合には我々が持ち主に購入費用を払う。購入金額に虚偽、また妨害が発覚した場合は財産没収の上、奴隷階級へ落とす」


 奴隷の所有者達は一気に顔をしかめた。それもそのはずで、絶対といって良いほど自分たちの奴隷が兵士に志願することは目に見えており、新たな労働力の確保が必要となってくる。また、奴隷を扱う商人も気が気でなかった。


「ただし、それでは困る者も大勢いる。故に、ホーブルデン人の奴隷のみにこの法を適用する。だが、だからといって他の人種を酷使していい訳では無い。暴力や殺害など危害を加える行為は、市民に適用される罰則と同じ刑を受けてもらう。また、州ごとに分けた場合、それぞれの人口に応じて兵士を徴兵する。身体的、または特別な理由が無い限り徴兵の拒否はその州の発言権に大きく関わることを理解して欲しい」


 朱挫はこのシステムが浸透すればある程度兵士が志願すると踏んでいた。自分達の権利は自分達で守る。それはどこの世界も共通であり、市民としての義務とすれば彼らは喜んで戦うだろうと考えていた。


「そして、諸君に一つ大事な約束がある。私、シュザ・オリサキは最長でも四年の年月を持ってこの職を辞退し、全ての権限をフィエラ様に返上する。それまではこの地域に住む全ての人種、性別を越えその権利と財産を守ると約束しよう」


 市民たちは新たな辺境伯代理の就任を歓呼と喝采を持って迎えた。






「前任者は優秀なスタッフを残してくれたな」

「でも全てダステティーン人」

「頭がよければサルでもいい。むしろ厄介な火種を持っている分、サルよりこいつらのほうが扱い辛いが」


 前任者は王都や大学から連れてきた優秀な人間を置いていった。彼らは帰ることもできたが、かなりの収入と支配の優越感から抜け出せずにいた。しかしここに来て主が変わり方針が転換された。それでも給金は変わらず、むしろ功績によっては増えていくと聞いたからにはもう少し続けてみようと考えたのである。


「人口と地域性を踏まえて案を出してきた。この資料だと六つに分けてあるがどうだ?」


 一応形は大事だと朱挫は屋敷の一番良い部屋を執務室としてフィエラに渡していた。一週間でこれだけの資料が上がってくるとは考えていなかった朱挫は余裕の表情を浮かべ、座り心地の良さそうな椅子に納まっているフィエラを見る。


「この町とこの村は分けたほうがいい。この州はダステティーン人が多い」


 指されたのはこの辺境伯領で唯一といっていい港町だった。人口四万人のこの町の周辺にはいくつもの村や町があり、ここで北部の州を形成していた。しかし、その中にやや南寄りの村が含まれていることをフィエラは指摘する。曰く、この村はホーブルテン人しかおらず、人種的な問題を抱えているとのことだった。


「流石だな。記憶力はたいしたもんだ」

「そう」


 皮肉でも返してくればからかい甲斐があるものの。朱挫は内心でそうため息を吐いた。


「それで、この局って言うのは?」

「それぞれ専門として活動する組織だ。内務、兵務、法務、財務。内務は世帯の管理から治安維持。兵務は私兵の管理。法務は法律の管理。財務は税収や予算の管理。そのまんまだな」

「わざわざ分ける必要ある?」

「ダメなら潰せば良い」

「それもそうね」


 潰すことに異論は内容でフィエラはすぐに次の資料に目を通しながら、器用に高級品の砂糖を紅茶に入れようとしていた。


「フィエラには内務の局長を頼む」


 砂糖を入れていた手が一瞬とまるも、動揺していることを気付かせないためか直ぐに普段どおりに、紅茶に砂糖を入れながら顔を上げた。


「いいの?」


 これといって不安な表情を浮かべるでもなく、純粋な疑問の瞳をフィエラは向ける。


「あぁ。最初の州代表を選定する際はフィエラの名前を使って行う。なら自分でやったほうが早いだろ」

「そう」

「一番最初の発足は内務局になる。恐らく人員で言えば一番多い組織だ。死ぬほどやることはあるぞ」

「例えば?」

「一番は治安だろうな。警察の管理だ。しっかり給料払っとけ。それに荒れてる道の整備と鉱山の運営、州が誕生すればそこの管理も行う。ある程度形になるまで長い道のりだ。まぁ、フィエラの三人目の子供ができる頃にはある程度自力で動くだろう。そのためにも学校の設立は重要だ。その管理運営もフィエラにまかせる」

「凄い速度で老けそうね」

「死ぬほどあるって言ったろ。やってれば問題も見えてくる」


 もちろん。全てが健全に機能するとは朱挫も考えていない。彼らが行政に参加することで何が必要で何が不必要なのか。あとは責任を分散させ、ミスをした際のスケープゴートにする算段もあった。むしろ格段に後者の方が設立する理由として高かった。今後、ほとんどの行政は内務局の局長であるフィエラが司ることになる。失敗した場合には彼女に無能の烙印を押し付け、自らはそれから逃れるのが朱挫のやり口だ。


「俺も人を使うのは人生で初めてだ。ミスも多いだろうし失敗もする。その時はお互い様だな」

「私にはあなたを罷免する権限がある。一緒じゃない」

「これだけでもそれなりの功績だと思うんだがな」

「機能してから称えられるべきことでしょ」

「そりゃそうだ。じゃあ、今日から頼むぞ。内務局長」

「良いけど。シュザ、あなたは何をするの?」

「色々だよ。色々」


 この辺りはフィエラも朱挫を完璧に信用していないため念を押す。


「全部報告してね」

「当たり前だ」


 朱挫はそう言って部屋を出た。頼もしい少女は十四歳にしてこの領地で一番重要な職に就こうとしている。対する彼は三番目くらいに重要なことをやろうとしていた。内政、軍事の次に着手するために今の段階からフィエラに隠れて準備することとなる。


「まずは人の確保だな……。難しそうだ」


誤字脱字報告、批判や感想等お待ちしています。

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