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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第三話 出発

「昨晩はやってくれましたな」


 早朝、朱挫の部屋に突然やってきたのは宰相のオールトブルクだった。堂々と椅子に座り、苦笑いで朱挫は迎えた。


「昨晩少し考えました。確かに、シュザ殿からしたら多少の賭けにはなりますが得るリターンが大きいですからな」

「何を言いますか。宰相閣下とて中々なパフォーマンスですよ。今後のことを考えても、どっちに転んでも美味しいですし」


 朱挫は軽く笑みを浮かべ、オールトブルクは怪訝な表情を浮かべる。


「……どういうことですかな?」

「不謹慎な話、王女殿下に何かが在っても閣下は咎められず、成功しても身を案じてのことと言い張れます。アレだけ反対したのです。もしものとき、勇者の処遇はアナタにゆだねられる」


 もちろん、あなたの権勢がその時も振るえたら。朱挫がその言葉を飲み込んでいる時、オールトブルクは目を瞑り数秒してから開けた。彼は苦笑いを浮かべ小さくため息を吐いてから答える。


「本当に心配してのことなのですが」

「そうでしたね。失礼しました」


 オールトブルクの切り替えの速さから、恐らくあまり王女のことは心配はしていないだろうと踏んだ朱挫だったが、その予想は当たっていたため少し安堵する。もし本当に心配していたなら彼との関係は絶望的な展開を迎える。たとえ彼と絶望的になろうと、排斥される確率が高くなるだけであり、朱挫としては結構どうでもよかった。


「陛下から一ヶ月はあなたに家庭教師をつけるよう命じられました」

「歴史と制度でしょうか?」

「えぇ。通貨、言語、人種など必要な一般常識まで。ですがその前にどうでしょう、件の娘に会ってみては」

「よろしいので?」


 オールトブルクは朱挫の言葉に頷いた。朱挫は本当に会わせてくれるとは思っていなかった。自分が宰相なら、ホーブルデンの娘と朱挫を反目させると考えていたからだ。


「ではお願いします」


 窓が無いことからある程度予想はしていた朱挫だったが、この部屋は地下にあったようで、階段を上がり頑丈な扉を抜けるとそこは中庭だった。


「凄い……」


 朱挫が感嘆の言葉を漏らすのも納得できる中庭だった。色とりどりの花、丁寧に舗装された石畳の道、貴族のご令嬢か興味深げにオールトブルクと朱座を見つめていた。


「美しい……」

「王城で雇っている庭師は二〇〇人ですからね。これくらいしてくれなくては」

「これを見せられたら散財とは言えませんね……」


 朱挫の言葉にオールトブルクは小さく笑みを浮かべて頷いた。それから前を向いて口を開く。


「目的の場所はここから少し外れになります」


 オールトブルクの言葉通り、十分以上中庭を歩かされた後、辿り着いたのはあまり高くない石の塔だった。門の前には昨日朱挫や甲左を囲っていた兵士達と同じ格好の人間が二人門を守っていた。


「さ、宰相閣下!」

「構わん、開けてくれ」

「はっ!」


 兵士は腰から鍵を取り、門を開錠した。中に入るとひんやりとした冷たい風がどこからか吹いており、朱挫の髪の毛を揺らす。


「ここです」


 螺旋の階段を五メートルほど上がると小さな木製のドアがあった。


「まるで罪人。ですね」

「あまり他の人間には見せられないので。ここからは御一人でどうぞ」

「……わかりました」


 意を決し、ドアをノックする。返答が無いためオールトブルクを見つめると彼は頷いたため朱座はドアを開けた。


「一つ、二つ、三つ……」


 物凄く小さい声で何かを数えている少女。後姿しか見えないが、金色の髪の毛はボサボサになり伸びつくしている。あまり子供相手は得意じゃない朱挫はできるだけ言葉を優しくと、そう意識しながら声を出す。


「こんにちは」

「……誰?」


 少女は今だ背を向けたまま朱挫にそう問いかけた。


「シュザ。君は?」

「私は……フィエラ」

「何を数えている?」

「お友達。皆居るか数えてる」


 暗がりの中で朱挫が目を凝らすと、そこには沢山の人形が置かれていた。人型の物から熊のような動物、さらには一切見たことの無い生き物と思われる物まで。


「そうか。フィエラはどうしたい?」


 その言葉を聞いて初めてフィエラは朱挫を向いた。暗い部屋の中でも分かる紅玉の瞳は色を失い、どこを見ているのかすら分からないが、それでも朱挫はその瞳に恐ろしいほど惹き付けられていた。


「お父様は言ってた。ホーブルデンの人間はホーブルデンを統べるって。だから行かなきゃいけない」


 何かに怯えているのか、声だけでなく体まで震えている彼女に、朱挫はどうして良いか分からなくなる。見た目は十二歳ほどだが、酷く痩せている彼女になんて声を掛ければ良いのか分からず一瞬口を噤む。


「あなたは何をしにきたの?私で遊びに来たの?」

「なっ……」


 朱挫は言葉を失った。それが一体なんだったのか、詳しくは分からない。それでも、彼女はここまで怯えるほどの何かを、過去にされたということだ。そして、それを自分で遊ぶという。朱挫は一番最悪な想像をしてしまい、流石に顔をゆがめた。しかし、伝えなければならないことをしっかりと伝えねばと、大きく息を吐いてから口を開く。


「フィエラ、俺は君を利用する。君を利用してこの世界で生きる。残念ながら俺にはこの国での力も何も一切無い。だから君の血を利用する」

「……そう」

「だからフィエラは俺を利用してみないか?」

「どういうこと?」


 最初は興味無さ気だったフィエラが今度は俯けていた顔を少し上げ、朱挫を見つめる。


「俺は国王からホーブルテン辺境伯を叙爵される。だがこれはいつか君に渡していい。君が成人してからでも能力を身に付けてからでも。ただ、条件として俺を重役につけて欲しい」


 朱挫はどの道フィエラに辺境伯は返すつもりだった。しかし、それを交渉に使えるなら使ってしまいたいのが彼の本音である。もし自分が功績を挙げるようなことがあれば、後は彼女を傀儡として使うのは容易である。権力と財力を駆使し、地球に帰る方法を探る。呼ぶことができるなら、送ることも可能と言うのが今の朱挫の考えである。


「本当に?」

「あぁ。俺が失敗すれば降ろせば良い。使えないなら名前だけの職でも良い。約束できるか?」


 朱挫の言葉にフィエラはゆっくりと頷く。


「よし。いつになるかは分からないがそう遠くないだろう。市民にお披露目するその時まで栄養をしっかりとって体も洗っておけ。わかったな?」

「うん」


 朱挫はそう言ってゆっくり近づき、フィエラの前でしゃがむ。そして小指を突き出した。フィエラは何をしているのか分からず首をかしげる。


「これは?」

「俺の国の契約方法だ。小指を結んで約束を破らないことを誓うんだ」

「そう」


 フィエラはそう言ってから自らも小指を出す。朱挫は彼女の小さく薄汚れた小指を自分の小指で掴む。


「俺達は自分の目的のために裏切らない。俺は害されないために辺境伯として仕事を全うする。フィエラはいずれ返ってくる爵位に見合った大人になる」

「うん」


 ここに来て彼女の紅玉に光が指す。それを見た朱挫は漏れかけた感嘆を抑えるのに必死だった。ルビーのように美しく、硬い意思を映し出すその瞳に、朱挫はしばらく見惚れたという。




 一ヶ月の家庭教師はそれぞれ別に付いた。朱挫と甲左が会えるのは朝食と夕食の時だけであり、宰相の意思は明確だった。互いを離し、いらない連携を防ぐ意思を感じるのに三日とかからなかった。そんな二人が今日は夕食後に時間を与えられた。


「来週から、だそうだな」


 その言葉に甲左は頷く。


「朱挫は明日出発でしょ?」

「あぁ。もう二度と会えないかもな」

「冗談にしてはきついよそれ」


 苦笑いを浮かべる甲左に対して、朱挫は真剣な表情を浮かべた。


「そうか?俺は向こうで刺される可能性がある。甲左は戦いで命を落とす可能性がある。お互い様だ」


 朱挫の言葉に甲左は表情に暗い影を落とした。彼が冗談から言っているのではなく、本心からそう思っていることに気が付いたのだ。


「朱挫、約束して。この世界で俺達は唯一の仲間。だから疑わず、裏切らず、信じることを」

「……そんなこと約束しなくても俺達はずっとそうだったろ?」

「そうだけどさ。こういうのは格好が大事じゃん?」

「まぁいいけどさ」


 朱挫はどこか恥ずかしそうに頷いた。それを見た甲左は嬉しそうに頷き拳を前に突き出した。朱挫も逸らしていた体を甲左に向け右手ての拳を突き出す。


「甲左が勇者として頑張っている間、俺は帰る方法を見つける」

「俺はすぐには帰らないよ?」

「は?」


 気の抜けた主挫の返事に甲左は苦笑いを浮かべながら口を開く。


「この国で、この世界で困っている人を助けたい。それをできるのは俺だけだから。だから、それが終わったら帰る方法を教えて。もちろん、先に帰っても文句は言わない。付き合わせちゃったみたいだし」

「……なんだよそれ」


 朱挫は内心で怒りを抑えるのに必死だった。今までもずっとそうだったが、この世界に来ても彼は一切変わらず正義に突き進む。俺を置いて。


「え?」


 朱挫は知らない間に手を握りすぎて痛くなっていることに気が付き、力を抜いていつもの笑みを浮かべる。


「……まぁいい。甲左がそういう人なのは昔からだ。好きにやれば良いさ」

「ありがとう」


 朱挫は口ではそういったが、内心は穏やかではなかった。理解していたし、実際はそうだが、甲左の口からお前はおまけだ。そういわれた挙句先に行って良いなんて言われたら、穏やかではいられなかった。朱挫自身、甲左と一緒に居る以上、劣等感は常日頃から抱えていたが、それが問題になることは無かった。むしろ気にしていては正気でいられなかったからだ。だが、甲左本人から言われたのは初めてのことであり、朱挫の心を大きく傷つけているなど、当の甲左は知る由も無かった。


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