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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第二話 プロローグ(後編)

 勇者のために特別にあつらえたその場所は沈黙が支配していた。自らが命を捧ぐに値すると仰ぐ王が、成人に至っていない男に愚弄されたのである。


「……しかし、それはこの世界では一切関係の無いことだ」

「人を誘拐し、敵意を持った兵士でもてなした上に、一切関係ないと。どうやら文化は一切無い国のようだ。我々の世界は国賓をもてなすにこのような無礼な慣習は無い。最高級の車、料理、ホテル、人員を持って歓待するのが当然であろう」

「余とて国賓であるならば、それを持って迎えたであろう。車とやらは知らぬが」


 フドリルは若干の余裕を持ってそう答えた。それに対し朱挫もある程度の余裕はあった。


「そこのイーナルクアと言う者は、人類と魔王が戦っていると。それに行き詰った貴様らが恐れ多くも甲左様を呼んだのであろう。それで国賓で無いと?」

「少なくとも、今はまだその能力が分からぬ。であるなら客が精々であろう」

「客に槍を向けるのか。それはよほど用心深い。まぁ、槍などという骨董品で甲左様を止められるとも思えないが」


 お互いに引けなくなってしまった口論に、甲左が流石に焦り始めたころ、フドリルの横に立っていた男が「陛下」と口を開いて前に出た。男の身長は朱挫よりも低く、年齢はフドリルとそこまで違う風には見えなかったが、朱挫の想像以上に声が低く若干驚いていた。


「無礼なのは我々も承知の所。最初に謝罪の言葉が無かったことの非礼を詫びる。しかし、我らが国王を、小王と罵ったことには謝罪していただきたい」


 ここが潮時かと朱挫は国王を睨みつけていた目を一旦閉じ、ゆっくりと開けた。そこには怒りの表情は一切無く、無だった。


「申し訳ありませんでした」


 周囲は驚く。先ほどまで罵倒で会話をしていた朱挫が深く謝罪したのだ。


「もし、他にも気に障るようなことがあったなら謝罪しましょう」

「いえ。それだけで結構です。どうでしょう、ここはお話を進めてお互いに理解するのは」

「賛成です。ですが、できれば甲左様に椅子を。冷たい床に甲左様が腰を下ろしている姿は見るに耐えない」

「そうですね。場所を変えましょう」

「失礼ですが、お名前は?」

「オールトブルク候ケルリンス。国王陛下からは宰相の職を任命されている者です」


 このダステティーン王国の制度を理解していない朱座でも宰相職が重要なポストであるのは理解に難しくなかった。兵士はオールトブルクの差し出した手に従い槍を下ろす。オールトブルクは案内すると言わんばかりに手を奥に向けた。


「こちらに食事を用意させています。どうぞ」

「ありがとうございます」


 朱挫は甲左の顔をやっと見た。甲左は苦笑いを浮かべ朱挫の肩にゆっくりと手を置き、小声で語りかける。


「やりすぎじゃない? 置いてけぼりだったんだけど」

「嘘は言ってない。それに甲左は馴染みすぎ。俺は未だに誇大妄想の行き過ぎた集団の線を疑ってるぞ」


 朱挫の言葉に甲左は頷きつつも、自分の手の平を見つめる。


「でも使えるし」

「それは、魔法か?」

「多分……。魔力とか言ってなかった?」

「あぁ」


 現状を受け入れつつある親友に、自分もそうすれば良いのかと朱挫は悩む。しかし、空気を見るに自分がイレギュラーな存在であることは分かる。何かの手違いかは分からないが、それでも足掻けるだけ足掻かなければというのが朱挫の本心である。たとえ大事な親友を使ったとしても。


「こちらにどうぞ」


 案内された場所には豪華な椅子が四つ、普通の椅子が一つ。朱挫が案内されたのは豪華な椅子だったが、やはり一人多いのは自分だろうと感づいた。


「自分の料理は結構ですので。早速お話に入りましょう」

「申し訳ありません。そうさせていただきます」


 このまま行けば料理も五人分は無い。ならば、最初からいらないと言えば向こうのメンツも立たせられる。それを気遣った朱挫に気が付き、オールトブルクは謝罪していた。朱挫とオールトブルクは向き合うように座り顔を合わせる。


「それでは。我々は先ほども申したとおりダステティーン王国の人間です。我らは西に魔王率いる魔物の類と対峙しています。その討伐に協力していただきたくお呼びした次第です」

「それはランダムで選ばれるのでしょうか?」

「いえ。勇者の素質がある者が呼ばれます。正直な所、一体素質とは何なのか分かりませんでしたが、コーサ様のあふれ出る魔力を見る限りそれでしょう」


 朱挫は流し目で座っている甲左を見てから頷いた。


「でしょうね。では何故私は呼ばれたのですか?」

「魔法ではない何かで勇者の才を持っている。だと思います」


 勇者の才ね……。何を持って勇者足りえるのか。知、武、政。どれをとっても三流以下だろ。まぁ、ある風に装うしかない。自分がこの国にとって有益であると錯覚すれば、もしかしたら。朱挫はそう思い口を開く。


「そうですね……。戦うことはできませんが。それ以外でしたら甲左様より少しはできるかと。もちろん、それを判断するのは国王陛下や宰相閣下ではありますが」

「陛下……」

「うむ」


 少し考えるようにフドリルは俯く。気になっているのか、甲左は朱挫とフドリルを伺うように交互に見ていた。


「イーナルクアはどう思う?」


 フドリルは隣に座るイーナルクアに目を向けた。イーナルクアは考える素振りもせずに即答する。


「たしか、ホーブルデン辺境伯の後継者がいらっしゃいませんでしたね」

「うむ……。ホーブルデンか……」


 部屋は沈黙した。皆がダステティーン国王フドリルに注目する。後にこの決断がこの王国に対して大きな意味になるとは、ここの部屋に居る人物全てが想像していなかった。


「なるべく勇者殿の意見を聞こう。仮に、この男に“貴族”を任せてうまくいくと思うか?」

「どうでしょう。私は彼のそういった能力を見れる環境にありませんでした。ただ、彼の言うとおり私より上手くやるでしょう」

「わかった。ホーブルデン辺境伯は貴殿に任せよう。では勇者殿、我々は食事を続けよう」


 それほどホーブルデン辺境伯が重要じゃないのか、フドリルはすぐに甲左のほうを向いた。一方の朱挫とオールトブルクはまたも向き合った。


「では我々は我々の話をしましょう」

「えぇ」


 ホーブルデン辺境伯。ここ王都より遠く離れ、馬でも数日はかかるとされる場所。ダステティーン王国の北西に居を構えている。その歴史は古く、この王国の建国よりさらに昔、既に魔王軍に占領されている地域一帯の王族だったが、当時東側の人間からすれば、蛮族のそれだった。影響力は他の辺境伯に比べ圧倒的に低く、軍事、財政ともに並が良いところである。

 というのが宰相たるオールトブルクの説明だった。


「宜しいのでしょうか? 前線の町など」

「えぇ。防衛のほとんどは軍が担当をしますので」

「それに住民は納得しますか?」

「問題はそこです。あそこは今、爵位を持っている人間が不在でして国王陛下の代理人が勤めているのですが、中々上手く行かないのです」


 なるほど。厄介な土地を渡して黙らせると言うことか。朱挫は内心ですぐにそう判断した。


「前の辺境白は暗殺されまして。彼は多くの貴族から領地と権利を奪いました」

「何でまたそんなことを?」

「ダステティーン人貴族とホーブルデン辺境伯は長い間抗争が続いていたのですが、領内に巨大な鉱山がみつかったホーブルデン辺境伯に対し、ダステティーン人貴族が利権の一部を主張。そこからはお察しの通りかと」

「なるほど……」

「それ以上に厄介なのが、ホーブルデン辺境伯に娘が居たことです」


 その言葉に朱挫は天を仰ぎたい気持ちを抑えた。


「それは住民たちも納得しないでしょう。後継者が居るのに代理で間を埋めるなど。彼らからすればダステティーン人が結局最後を持っていったことになります」

「仰るとおりなのですが……その娘、壊れていまして。保護しているのです」

 

 宰相の言葉に朱挫は顔をしかめた。壊れるようなことをしたのは一体誰なのか。この目の前にいる人物たちでは無いのかと思いつつも、やぶ蛇だろうと違うことを聞いた。


「いくつなんですか?」

「確か……今年で十四、だった気がしますが。就任の前に一度ご挨拶に伺うのが宜しいかと」


 何故壊れたのか。父の死か、家族の死か、暗殺の恐怖を抱いているのか。思春期の少女が壊れるには十分な理由だ。いや、それならまだ良い。最悪なのは彼らが壊した場合だろう。そう思い口を噤む。さて次は何を聞こうかと朱挫が考えたとき、斜め前から声がした。


「こっちは纏まったぞ」


 フドリルの言葉に、朱挫とオールトブルクは彼に体を向けた。まだ聞きたいことはあった朱挫だったが、国王が口を開いた以上は一度中断する。


「勇者には一年か二年、修行に出てもらう。その後、魔法や魔法戦に慣れたなら我が王国は勇者と共に前進する」


 どうやら甲左は本格的に人類を救う旅に出るようだった。しかし、その後の国王の言葉に朱挫とオールトブルクは驚愕する。


「その修行にはイーナルクアを同行させる」

「なっ!?」

「反対です!!」


 オールトブルクは明確に否定した。これが打ち合わせに無かったと踏んだ朱挫からすればありがたい。何とか同行の方針を維持したいと考えていた。


「何故反対か?」


 フリドルは不満を見せることも無く、純粋にオールトブルクにそう問いただした。


「……当然です。後継者の資格を持つイーナルクア様を危険に晒すことに一切同意できませぬ! いくら勇者とは言え今だ実力は未知数ですぞ!」

「いや。それなら心配要らぬ。この程度のことを跳ね除けてこそ後継足りえる。弟の方は……あれは期待できぬが」


 沈痛な面持ちを浮かべるフドリルに、一瞬オールトブルクは言葉を躊躇う。しかし、だからこそと続ける。


「陛下、陛下。いけませぬ。道中の危険は何も魔族だけではありませぬ」

「無論だ。言ったであろう、それを跳ね除けてこそ。と」

「シュザ殿も仰ってください!」


 この時、オールトブルクは朱挫が止めると思っていた。何せ、王女を同伴させ、死にでもされたらいくら勇者と言えどこの国での立場は非常に危険になる。王女を守れなかった勇者に国民が協力するとは思えない。そう考えるのが普通だと思っていたのだ。


「……まことによろしいことかと」

「貴様!」


 オールトブルクは机を叩き目の前に座る朱挫に唾を飛ばした。朱挫はそれに構うことなく甘美といわんばかりの表情で口を開いた。


「陛下、我が国にはこんな言葉があります。可愛い子には旅をさせよ。可愛ければ可愛いほど将来、来るであろう困難に耐えられる精神力を幼い頃に習得させる。そんな意味が込められているのです。私にはこんな未来が見えます。人類を救う勇者、その横には美しく、高貴なダステティーン王国女王。この二人が、この世界を救うのです」


 その言葉を聞いたフドリルは目を瞑り、噛み締めるように頷く。先ほどまで言い合いをしていた二人とは思えないほどに、描く未来像は一緒だった。


「それは良い。良いぞ」

「陛下! ご再考を!!」

「くどいぞ。人を救う大儀の前に王家の危機など些細なことだ!」

「……そこまでの御覚悟でしたら臣としては何もありませぬ」

「うむ」


 言葉とは裏腹にオールトブルクは人をも殺せそうな視線で朱挫を睨んでいた。一方の朱挫は、理想に酔った国王と現実的な宰相が仲たがいすればありがたいと考えていた。


「よし。今日はここまでとしよう。諸君らも疲れていよう。ゆっくりと休むが良い」


 その後、二人は別々の部屋に案内された。朱挫の部屋も立派な物でベッドの広さは人が三人ゆっくり横になれるほどだった。


「……どうしたもんかな」


 朱挫は今後を考え頭を抱える。しかし、その誰にも見えない表情は薄ら笑いに染まっていた。この時、本人ですら冷笑していることに気が付いていないが、それを咎める者は誰もいない。


「とりあえず、自分の命はどうにかなりそうだ。それにしてもあの宰相閣下はガッツリ睨んでたな。最初は国王と揉めて宰相と歩調を合わせたが……まさかの番狂わせだ。仲たがいなんてしなくとも、後々のことを考えればこれはいい。本当にこの世界が地球じゃないなら帰る手段も見つけなきゃな。とにかく今は俺と甲左の命だ。さて、どうなるかな」


 卑しい笑みを浮かべる朱挫の表情を伺う者は誰一人としていなかった。


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