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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第十一話 魔王軍侵攻 二

 町の西端に朱挫の姿はあった。無理を言って魔族がどんな奴らか見にきたのだ。どんな化け物か、はたまたアニメにあるような実は眉目秀麗な人に似た何かなのか。しかし、目の前で黒く蠢くそれは、朱挫の表情を歪めるのに何らおかしいところは無かった。


「中尉、あれが魔族なんだよな?」

「はい。あれが魔族です」


 固体にばらつきはあれど、二メートルほどの巨体に豚と人を足して、さらに額から触覚を伸ばしたおぞましい形状をしていた。


「想像以上の化け物だな」

「どのような形を想像していたかは存じ上げませんが、あれが数百年間神聖な大陸の半分を占拠し、人々の安寧を食らう者たちです」

「魔王もあんな形なのか?」


 朱挫の言葉にロノティはゆっくりと首を左右に振り否定を示す。


「魔王は元人間であったと言われています。魔王は知識と文明を魔族に与え、魔法を使えるように弄ったのです」

「勝てるのか? あれに」


 朱挫の言葉にロノティはその瞳を力強く揺らす。


「勝たねばなりません。あれに勝たねば、私たちは……。それと、あれは戦士級です。指揮官級や大将級はまた別の形状をしています。指揮官級まで行けば彼ら特有の言語を喋ります」

「あの昆虫のような豚はどうやって命令を受けてる」

「触覚で何らかを受信している可能性が高い。それが研究者たちの意見です」


 朱挫は頷くことも無く、醜い敵兵を侮蔑の眼差しで見つめてからその場を去った。


「後方との連絡は?」

「はっ。四時間前に伝令がきたようです。二週間で援軍第四、第五、第七師団が到着すると……」


 東部地区防衛拠点。商人ギルドがあったこの場所に特設旅団は臨時の作戦司令部を設置していた。しかし、伝令の言葉で士気は最悪になっていた。


「遅い……これだから権力者は!」


 苦悶の表情を浮かべるドローコスに副官はさらに告げ辛い事実を伝えなくては無いため、一度大きく息を吸い、目を瞑りながら口を開いた。


「さらに、王国南部でも敵の侵攻が確認され、第五、第七師団はそちらに向かったと」

「……この場合は戦力分散も止むを得ないか。通信兵、第二第三大隊に命令! 射程距離に入り次第魔法戦開始!」


 通信魔法。人類が獲得した魔法で最も偉大とされているその魔法は、未だに原理も解明されていない上に使える人間も少ない。それでも、この特設旅団には各大隊に二名、旅団本部に三名の通信魔法兵が配属されている。


「中佐、前線から通信です。敵は三隊に分かれています」

「三隊? 間違いないか?」

「はっ」


 ドローコスは目を細めた。しかしすぐに敵の目的に気が付く。


「予備戦力だと?」

「まさか。ありえません」


 副官は鼻で笑ったが、ドローコスはそれでもその可能性を捨てきれずにいた。


「だがまぁ、分かれてくれたなら好都合だ。前線から士官を一人呼び戻せ。敵の布陣を知りたい」

「はっ!」






 朱挫も覚悟していたとは言え、数日前の自分の甘さを呪っていた。彼にあてがわれた部屋は旅団本部の隣の家屋。有名な商家の邸宅だった。そこからでも魔法による轟音が聞こえていた。


「昨今の戦闘は遠距離から魔法を打ち合い、敵戦力を減少させその後に突撃。これは人類も魔王軍も概ね同じです」

「それなら数が少ないこっちが圧倒的に不利じゃないか?」

「そうとも言えません。魔法力は個人に依存します。魔族に比べ人類は魔法の研究が発展していますから、魔法戦だけなら十分に戦えます……」


 言葉なら、朱挫に安心を与えるのに十分だっただろう。しかし、ロノティの表情を見てしまったらとても安心できない。彼女の、いや彼の顔は強張っていた。それを見た朱挫はその続きを促すように睨む。


「それで?」

「……魔法を永続的に放つのは不可能です。いずれは押しつぶされるでしょう。そうなれば」

「そうなれば?」

「家屋を使っての近距離魔法戦、しかないでしょう。戦士級は防御に優れています。あの重厚な脂肪は、一般兵の剣ではとても。狭いと槍を使うのも難しい。それほどの技量がある兵士も少ないですから」


 朱挫は近くにあった椅子に座り、横においてある机の上を人差し指でコツコツと叩いている。


「援軍は?」

「一万弱の味方が、二週間後に」

「持ちこたえられるのか?」

「不可能ではないでしょう。何せ特設旅団は各地から集められた精鋭によって構成されていますから」


 ロノティの言葉に朱挫は驚いて彼の肩を掴む。


「今! 今なんて言った!!」


 いきなりであるのに、朱挫のあまりの形相にロノティは若干怒りながらも答える。


「精鋭で構成されてると申しました!」

「なんだと……? なぜこのホーブルデン領に精鋭が?」

「……それは存じませんが、これはあくまで魔法戦闘のみに特化した部隊がどれほど戦えるかの試験部隊でもあります。ですが、旅団規模のみでの防衛など普通ありえません。ましてや前線ですから」


 それを聞いた朱挫は満面の笑みで大きく笑ってから口を開いた。


「どうやら軍も色々あるようだ……。少ない兵士で訳有りの領地を防衛させられている。となると、上層部には中佐の腕を買いつつも、少なからず彼をやっかむ勢力がある。中尉、君も何かやらかしたか?」


 ニヤリと笑みを浮かべる朱挫にロノティは目を逸らした。


「ホーブルデン人領とは言え、貴族や面子の手前領土を失えない王家。一応の保険で精鋭を配置させるも、王家の意を汲み取って積極的には援護しない軍」

「何を……言っておられるのですか?」


 自嘲気味に笑みを浮かべ、眼鏡を上げる青年に、ロノティは言いようの無い恐怖に襲われていた。一歩、二歩とその場から無意識に下がってしまう。


「口にしないと分からないか? ならはっきり言おう。お前たち特設旅団自体が捨て駒なんだよ」


 ロノティの表情は驚愕に染まる。ありえない、あっていいはずがない。そう思ってから、首をブンブンと左右に振ってから、口を開く。


「ありえません! 先ほども言いましたが精鋭です! いくら問題がある兵士やほぼ平民で構成されているとは言え、王国の貴重な戦力ですよ!?」

「ならそれこそ、予備戦力として後方に置くべきだ。素人の俺ですらそう思う。試験的に評価したいのなら戦闘地域が確定してからそこに送ればいい。中尉もさっき言ったじゃないか。旅団規模のみの防衛などありえないと」

「でも……」


 朱挫はゆっくりとロノティに近づき、彼の肩に優しく手を置いた。


「彼らは君たちの能力を評価しつつも邪魔に思っている。二週間後の援軍も当てにしないほうがいい。……だが、俺に手がある。中佐に会わせてくれ」


 異様に安らぐ朱挫の瞳に、寒気を覚えながらもロノティは怪訝な表情を隠すために俯いてから口を開いた。


「手……。ですか?」

「あぁ。こう見えても辺境伯代理だ。色々とコネがある。とにかく、中佐に面会を頼んでもいいか? 至急だ」

「……はい」


 力なく頷き、部屋を小走りで出て行くロノティの後ろで、朱挫は下卑た笑みを浮かべていた。


 旅団本部では市街地に入った魔族の対応に手を焼かれていた。それを示すかのように、喧騒と行きかう兵士の血走る目が一向に収まることは無かった。そのため、かなり立ち位置が厄介な部下から、さらに厄介な貴族代理の面会要請に苛立ちを必死に抑えながらドローコスは許可を下した。


「代理、説明するまでも無く現状は忙しいので手短にお願いします」

「もちろんだ中佐。だが、ここに居る兵士の前でこの話をしていいのか……」


 煮え切らない朱挫にドローコスは早く話を済ませるように睨みながら口を開いた。


「構いません。早くしてください」

「そうか。じゃあ単刀直入にいく。君たちがどんなに抗おうと援軍がこの街に来ることは無い。それに中佐、あなたはそれを理解しているな?」


 今まで貴族が入ってきたことで、本部では若干やり辛さがあったが、その貴族の発言に兵士達は止まってしまった。


「……そんなことは無い。援軍はこの町へ来る。何の根拠を持って言ってるのかは知らないが、兵士の士気を下げるような発言をすることは例え貴族様であろうと許されることではありませんよ」


 表情を変えることなく、しっかりとした口調で反論したドローコスに、朱挫は目を伏せて首を横に振った。


「だから言ったじゃないか。ここで話ていいかと。促したのはあなただ中佐」


 一向に朱挫を見ないドローコスは、額に一雫の汗を流していた。


「だとしても言葉は選んで欲しいものです。代理」

「まぁいい。それでどうする。いくら中佐が強がった所で、一部では気が付いている兵士も居るだろう。俺はな中佐。そんな君ら哀れな兵士に対して良い報告を持ってきたんだがな」

「……代理の言葉を認めるわけではありませんが、士気を低下させた分は上げていただかないと。……その報告とは?」


 ふん。そう鼻で笑った朱挫にドローコスは苛立ちを感じていた。それは、朱挫の言ったとおり、軍上層部は特設旅団を、ひいては目の前にいる問題のある貴族と、兵士を精鋭として送り出し、英雄として葬った後、荒廃したこの領地をダステティーン王国軍本隊で占領する計画を知っていたからだ。もちろん、それに対する策も無いわけじゃないが、そこは朱挫と同じで、計画性が甘く、まさか王国軍が軍団規模でその方針を採ってくるとは思っていなかった。


 朱挫のもたらしたよい報告。それは確かに、もしありえるのならこの上なく最高な報告だった。しかし、そんなことがあるはずが無い。そう怒鳴り散らした中佐に、最早部隊を率いている人間としての面子は無いが、そんなことに構うことなく朱挫は口を開いた。


「だが、俺の話を聞けば全て納得する。中佐が協力してくれるなら、納得できる説明を用意しよう。俺に協力しろ。そうすれば生きた英雄として本国に無事送ってやる」

「……分かりました。協力しましょう」


 こんな若い貴族に協力するなど、業腹だが。その言葉を飲み込んで、ドローコスは朱挫の伸ばした手を握った。


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