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ミスは世界にクズを呼ぶ  作者: 小松菜
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第一話 プロローグ(前編)

「貴様ら! このお方を誰と心得る! 一億と二千万の民を統べるお方のご嫡男、神川甲左様であらせられるぞ! たかが二千万ほどの小王が気軽に口を開くか!!」


 これは賭けだ。相手の情勢は少ししか分からない。しかし、それでも事を有利に運ばせるなら必要だ。なにせ、相手は自称一国の王。それが本当なら。いや、少なくともこの場においては、全ての決定権を持ち、崇拝される存在。もし対等の立場に立てるなら、そこで初めて“交渉”ができる。






 二時間前――


 私立宗方学園。地元では少し有名な程度のよくある私立高校。学生数は四○○人で特徴はバスケ部奇跡の躍進であろう。一年生でレギュラーの座に就いた神川甲左は持ち前のスリーポイントシューターとしての活躍を全国優勝に導いた。文武両道を地で行く人物であり、模試では最高で全国七位。これだけでも既に余りある才能を持っているが、彼の凄さはこれだけではない。生まれは鎌倉以前より続く名家であり、当主は現首相。五四歳でその地位に就いたことは異例だったが、彼の能力はそれに見合った物であり、苛烈だった。そして何より神川甲左を紹介するときについてまわるのは、そのルックスである。女性が羨む細く絹のような美しい金色の髪。少しきつめの目といくつもの女性を泣かせた泣き黒子。つまり、超完璧な美青年である。


「朱挫、もう一回名前の話をしてくれよ」

「お前なぁ……。元々、親父は俺に首を挫く。そう書いてシュザにしたかったらしいが、親族の猛反発で何とかアケって字で妥協して今の朱挫になったんだよ。何だよ首を挫くって。凶悪だよな」


 そんな彼にも唯一と呼べる親友が居た。その人間の名前は織崎朱挫。家は普通、顔も普通、これと言った特徴を言えば眼鏡を掛けている程度で、一八一センチある甲左よりも一〇センチ近く低い身長の朱挫を、甲左は親友と呼んでいた。


「凄く面白い!」

「人事だと思って」


 朱挫は腹を抱えて笑う親友を肘で軽くつつき、自身も笑みを浮かべる。既にこの話は何百回とした話で、この流れもお決まりとなっていた。十二月に入り、日が落ちるのが早くなったため下校時間の今でも周囲は真っ暗だった。


「そういえば放課後女子に呼ばれてたじゃん。あれどうした?」

「あぁ。何か良く分からないけど月が何とか……。時々あるんだけど嫌がらせかな……」

「はぁ……」


 朱挫の大きすぎるため息に甲左は首をかしげる。それを見た朱挫はさらにため息を吐いた。月ではなく好きだったんだろうなと言う言葉は飲み込んで、甲左を軽く睨む


「いつか刺されるぞ」

「こ、怖いこと言うなよ!だって本当にそうなんだから仕方ないでしょ!」


 何を隠そう彼は鈍感なのである。勇気を振り絞って付き合ってくださいと言っても、「どこへ?」と返し、好きですと言っても「俺も好き。たこやきは美味しいよね」と支離滅裂と言っても良いような、むしろお約束な返しで数多の女性の頬を濡らしてきた。


「それにしても寒い。雪降るんじゃない?」

「うん? あぁ、もう十二月だしな。来年度から二年生になるのか」

「朱挫は学校楽しい?」

「まぁ、そうだな。一緒に居て飽きない奴も隣にいるし」

「ハハ。ありがとう」


 皮肉を言ったつもりが、心の底から感謝をしていると分かる笑みに、朱挫はダメだこれはと大仰に肩を上げ首を横に降った。


「なんだよ」

「いや別に」


 甲左はその時ふと違和感を覚えた。沸々と身体の底から何かが湧きあがろうとしている感覚があったのである。


「どうした?」


 いきなり横で汗を流し始めた親友に朱挫は心配そうに声をかける。右手を軽く上げ、大丈夫と合図した甲左をみて、やはり大丈夫じゃ無さそうだと肩に手をかける。


「おいおい……救急車呼ぶぞ!」

「だ、大丈夫だって。救急車は大げさ」

「ダメだ。呼ぶぞ」


 朱挫は内ポケットに入っている携帯を取り出そうとした時、意識を失った。






「……あれ、どうしたっけ」


 甲左と朱挫は同じタイミングで目を開いた。まだ目がしっかりしていないのか、ぼやける視界に異様な光景がわずかながらに認識できた。


「は?」


 朱挫は気の抜けた声をあげた。目の前には明らかに日本人じゃない集団が居たのである。槍のような物を自分たちに向ける、派手な衣装を着た男達。真っ赤な服の下には銀色の鎧が見え隠れし、腕と足に関しては剥き出しだった。彼らは二人を円形に囲み、さらにその後ろに数名の人間が見えていた。


「こ、言葉は分かるか!?」


 その内の一人が震える声で、二人にそう声をかけた。甲左と朱挫はお互いに視線を合わせ首をかしげた。甲左が声をかけてきた人間に頷いて返答する。


「はい。分かります」

「そうか……」


 一瞬安堵して槍をおろそうとした人間は力を入れ直しぎゅっと槍を握って朱挫に向ける。


「お前は!」

「分かる」


 朱挫の即答に今度こそと大きい吐息がその人間から出ていた。


「いきなりの無礼、すまないな」


 威厳のある声、朱挫はどこか甲左の父の声と似ていると感じた。その声を発した男は白髪とは少し違う、美しい白い髪の毛が伸びきった五〇代の男だった。皺は薄らと見えるものの、服の上からでも分かる隆々とした筋肉と肩幅は威厳をかもし出させるに十分だった。それでも、怪しい人物であるのには一切変わらなかった。


「何なんだあんたら」

「余は二千万の民を統べるダステティーン王国国王、フドリルである」


 一体何を言っている。と朱挫と甲左は怪訝な表情を浮かべ首をかしげる。そんな国は聴いたこと無かった上に、朱挫に関しては歴史の記憶を辿っても無かったと感じていた。


「あー、すまない。聞いたことが無いのだが、欧州の王党派か何か?」

「そうだな。お主らは何も知らぬか。説明してやれ」


 フドリルと名乗った男に命令され、一人の女性が一歩前に出る。きっとこの王を自称する男の息女であろうことは髪の毛の色から何となく理解できた。しかし、朱挫も甲左も今まで見たことの無いほどに美しい女性に生唾を飲む。


「はじめまして。私はフドリル陛下の息女、イーナルクアと申します」


 青いドレスに身を包んだイーナルクアと名乗る十代中盤ほどの女性。パッチリとした瞳、深海のように青く輝く碧眼。歳に見合わない、男を嫌でも惹きつける強弱の激しい体。そして何より初雪のように白く美しい髪の毛が二人の目を惹く。


「ここはダステティーン王国の王都マルカンブル。人口九十万人の都市です。まず、この“世界”について説明させていただきます。数百年前からここルナジュー大陸では魔王との戦闘が続いています」

「それはRPGの導入だ。違うだろ」

「そのRPGが何かは存じ上げませぬが、嘘はありません」


 朱挫はあきれた表情を浮かべ、バトンタッチだど言わんばかりに甲左の肩を叩いた。甲左はそれを理解して頷く。


「一つ聞きたいのですが。もし違ったらすいません。この、身体が燃えるように熱いのはあなた方の仕業でしょうか?」


 少し不安を纏った甲左の声に、フドリル達数名は感嘆の声を漏らした。


「貴殿が勇者か!」

「おぉ! 天に感謝を……」

「成功だ……」


 いきなり何のことだと二人はさらに怪訝な表情を浮かべる。


「となると右の少年は?」

「はて、一体なんであろうか。手違いか?」

「いや。術は完璧であった。故に勇者は召喚されている」

「……ならアレを説明せよ」


 朱挫を巡ってもめていることは本人が一番理解した。不味い、どうやら彼らの思惑に外れて自分はここにいるらしい。そう思い声を出そうとしたが、甲左が先に口を開く。


「あの、これって誘拐ですよね? 身代金でしたら払いますので開放していただけませんか?もちろん、俺の横に居る人の分も払いますから」

「誘拐……。確かにそうなります。私達はあなた方を違う世界から攫ったのですから」

「違う世界…… ?何を言っているんです? 先ほどからおかしいですよ」

 

 普段聖人君子と名高い甲左の声に若干の怒気が含まれている。父が首相であり、かなりのやり手であるため、もしかしたら誘拐があるかもしれない。そう考えていた甲左だったが、まさか頭のネジが飛んでいそうな集団に襲われるとは考えていなかった。


「魔力をお感じになられているあなたなら分かるはずです。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」

「……神川甲左」

「ありがとうございます。えっと、あなたは?」

「織崎朱挫」

「ありがとうございます。コーサ様、先ほども言いましたが、もう理解しているはずです。使い方は分かりますよね?」

「……なんとなく」


 朱挫は一体何の話をしているのか理解できず、不安の表情を甲左に向ける。


「では、どうぞ」


 両手を前に大きく広げるイーナルクアの姿はいささか演技がかっていたが、それでも彼女の美しさからそれは絵になっていた。


「こう……かな?」


 甲左が握っていた右手をゆっくり開くと、そこには朱挫の思考を止めるに十分な光景が広がっていた。半径にしたら五センチほど、宙で波打つ水の球体がそこにはあった。

何故水が球体を維持して宙に浮く? 何故それを楽しそうに、さも自分が操っているような表情を浮かべる? 朱挫は甲左に対して急激な不安を覚える。


「朱挫はできるか?」

「え? あ、いや。なんだそれは」

「分からないけど。こう、喉が渇いたなと思ったから、水を出そうと思って」


 前から時より会話が成立しないことはあった。だが、それは甲左の勘違いによる物だったが、今回に関しては、そういうレベルの話ではなく、朱挫にとってはもう意味が分からなかった。


「水ってのは出そうと思って手から出るのか? そんな特技、お前は持ってたのか?」

「持ってない。自分でも不思議なんだ。身体に染み付いたように、手足を動かすぐらいに何も考えないでできたんだよ」

「……どうやら、コーサ殿にはできてシュザとやらはできぬようだな」

「えぇ。不思議でなりません。聞いたことがありませんので」


 フドリルとイーナルクアの会話に朱挫は危機感を覚えた。いつも通りに助けを求めようと横を向いても、甲左は自分が出したと言っている水をつついて楽しそうに笑っている。もう後が無い。この状況から自分は要らない人間だということは察しがつく。ならやらねばならない。そう自分に言い聞かせて朱挫はパッと立ち上がる。周りに居た兵士達は下ろしていた槍を慌てて朱挫に向ける。


「貴様ら! このお方を誰と心得る! 一億と二千万の民を統べるお方のご嫡男、神川甲左様であらせられるぞ! たかが二千万ほどの小王が気軽に口を開くか!!」

 

 これは賭けだ。相手の情勢は少ししか分からない。しかし、それでも事を有利に運ばせるなら必要だ。なにせ、相手は自称一国の王。それが本当なら。いや、少なくともこの場においては、全ての決定権を持ち、崇拝される存在。その上、ないしは対等の立場に立てるなら、そこで初めて“交渉”ができる。


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