第7話
第7章 学年
先日、半日のサボタージュにより私の内申点にどれだけのマイナスがついたのかは定かではないがおそらく無傷でないのは確かだ。高校へは推薦を利用するつもりが無いので瑣末な問題なのだが、まさか弟がいたとはなぁ。
弟と言うことはなんだ・・・アイツ3年生なのか。隣のクラスの上村君は私の知らない長身の上村君だったから弟君は2年なのかな。つまり、弟さんでしたか。二人とも先輩かよ。いろいろ混乱するな。
「なんか難しい顔してるね。」
誰かと思ったらなんだ天使か。日向さつきが心配そうに声をかけてきた。そもそも教室で声をかけてくれるのはこの子だけだ。
入学当初の私は勇んでなんと言ってたんだっけ。記憶から消し去ってしまいたい。
「いやー知り合いに本人とそっくりの弟がいてその子に間違えて話しかけちゃってさ。そんで色々重たい話を聞いちゃったから頭を整理しててさー。」
「なんか大変そうだね。」
「そうなんだー。ちょっと頭が混乱しててさ。飲み物買ってこようかな。何か買ってこようか。」
「私は別に大丈夫。気にしないでごゆっくりー。」
いつもは一緒についてくるのに一人になりたがってるのを汲んでくれたのかな。本当にすごいなこの子。とても同い年とは思えない。
普段やらない考え事のせいで脳が糖分を欲している。思考回路はショート寸前だ。確かに今すぐ会いたい。会って色々聞きたいがそれではまた同じ事を繰り返してしまう。
この兄弟の問題は繊細に扱わなければなるまい。私には何ができるのだろうか。考え事をしながら自動販売機へ向かっていると誰かとぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。考え事をしていて。」
知らない上級生だ。
私たちの学校は上履きの色が学年によって違う。1年生は青、2年生が緑、3年生が赤となっている。私がぶつかった人は赤い上履きを履いていた。
「君、1年生なんだ。ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ。」
なんだチャラついた見た目と違って親切な人だな。
「す、すみません。気をつけます。」
一礼して自販機へと向かおうとする私の腕を彼は掴んできた。
「ねぇ、名前なんっていうの。」
恐い。そう思った瞬間、恒例のように思考が止まる。どうも、ハプニングにはめっぽう弱い中村です。
知らない人に身体に触れられるのは初めてだった。私は固まってしまった。
「ちょっと聞いてる?」
それから何か話しかけられていたが私は何もできなかった。
「なにやってんの信也くん。その子恐がってるじゃん。」
ハッと我に返ると知らない先輩の後ろには礼が立っていた。
「人聞きの悪いこと言うなよな。あれ、ホントに恐がらせちゃってた?」
私はすぐに礼の後ろに隠れた。
「なに?知り合いなの?」
「別に。同じ一年だから俺は恐くないんじゃないの。」
私は咄嗟に礼の上履きを確認した。同じ色だ。あれ、じゃあ2組には上村君が二人いるのかな。どういうことなんだ。
なかむらはこんらんした。「あやしいひかり」でもくらっちゃったのか私。
「なーんだ。知ってれば紹介してもらおうとおもったのになぁ。」
「信也君そういう軽いノリやめなよ。」
礼は先輩と世間話を始め、その隙に先輩に分からないよう身体の後ろでシッシと犬でも追い払うかのような身振りを私に送った。私は理解すると同時にダッシュで逃げ去った。1秒でも早く、1mでも遠くにと必死に教室へと逃げ帰った。
「どうしたの?」
手ぶらで息を切らして戻ってきたので教室に着くなりさつきちゃんが心配そうに私のところへやってきた。
「こ、恐かった。」
上手く端折って説明できそうもないのでお昼休みに詳しく話すことにした。
午前の授業終了を知らせるチャイムが鳴る。
私たちはお弁当を持って中庭へと向かった。ことの成り行きを説明し終えると気持ちはかなり楽になった。
「そんなことがあったんだ。それで礼君って知り合いなの?」
なんと説明すればいいのだろうか。
「あ、ごめん。聞かれたくないことだったかな。気にしないで。」
「あ、いや、そうじゃなくて。えーっと、私の好きな人の弟さんなんだ。」
あ、焦って包み隠さず話しちゃった。
「す、好きな人できたの?いつ?ということは先輩って事?どんな人?」
すごい勢いだな。こっちの方が十分聞かれたくないけどがんがん来るなさつきちゃん。ちょっと恐いくらいだ。
「お、落ち着いて。」
「うん。落ち着く。」
全然落ち着いてないなこれ。恐い、ギラついた目が恐い。どうしちゃったのさ。
それから私は先輩との出会いからこれまでのことを簡単に説明した。
「一目惚れってやつですね。これはもう運命だよ。落ち込んで川原を歩く女の子の前に普通そんなこと起きないよ。いいなー。いいなー。」
この子は恋話ってやつで変なスイッチが入ってしまうのだろうか。気をつけよう。
「それで告白はするの?」
「いや。全然そんな段階じゃないです。」
そもそもまだ話していない部分が重たすぎて最近はあまりそんな気分になれないんだよなぁ。その辺は私の判断で話していいことではないだろう。なんだか余計にモヤモヤしてきた。
でもまさか友達とこんな話しをするとは思わなかったな。親にも話せない話。これまで誰にも言えずに悩んできたけど、今はそうじゃないんだ。
誰かに悩みを話せなかったのはそれを笑われたり馬鹿にされたくなかったからだ。でもさつきちゃんはそんなことしないと分かりきっている。心を許すとはこういうことなのだろうか。正直まだ良く分からない。でもさつきちゃんは特別な存在になっている。それだけは良く分かる。
暖かな日差しに雲ひとつ無い青空が中庭に広がっている。それなのに胸がざわつき心の中には霧が立ち込めているようだった。どうにかしようにも、何をどうしたら良いかも分からず、どうにもならない。
あぁ、啓とキャッチボールがしたいな。