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第5話

第5章  親友

 春を着飾った桜も今では葉桜となり、その姿を見るとなんだか寂しさを覚える。この田舎町も春と呼ぶにふさわしい暖かく過ごしやすい季節を迎えた。

 私は教室の窓から入ってくる爽やかな春風に髪を揺らし、賑わう教室をどこを見るでもなくなんとなく眺めていた。話す相手もいないため暇なのである。改めて教室内を観察すると私以外にもグーループに属さない生徒はちらほらいるようだった。この人たちならもしかしたら仲良くなれるのではないだろうか。同じ境遇なら同じようなことを考えているかも知れない。よし、お昼ご飯を誘ってみよう。久しぶりに前向きな私はなぜか自信に満ち溢れていた。今日は何でもできる気がしますことよ。


 午前の授業の終了を知らせるチャイムと共に私は席を立ち、朝目星をつけた女生徒の元へと向かった。

「ねぇ。一緒にご飯食べない。」

 よく考えたら名前くらい調べて行動すべきだった。声をかける直前にそのことに気付いてしまったが、今日の私は誰にも止められないのである。ここ最近は啓との会話のおかげで上がり症もかなり治りつつあるし、誰かと話すことに楽しさも感じていた。若干焦りながらもまぁどうにかなるだろうと勇んで声をかけることにしたのだ。

「は?あんた誰。私ご飯は一人で食べたいんだけど。」

「そ、そうなんだ。邪魔してごめんね。ごゆっくりどうぞー。」

 私の自信は根こそぎ刈り取られた。さて、いつもの校舎裏に行っていつも通り一人でご飯食べるとしますかね。

 リストラされたサラリーマンさながらの負のオーラを纏い世界を恨みながら歩き出した私の肩を誰かがトントンと叩いてきた。振り返るとショートボブのよく似合うかわいらしい女の子がお弁当の袋を私に見せて笑いかけてきた。

「私でもいいかな。一緒にお昼食べませんか。」

 私は死んでしまったのだろうか。目の前にかわいい声の天使が舞い降りてきた。このまま私は天国へと誘われてしまうのだろうか。

「あの、私まだ死ぬわけにはいかないんですが、これってどっかの世界に転生させられるんですかね。」

「あの、えっと。ちょっとなんのことだかよくわからないんですけど、とりあえず中庭にでもいきましょうか。」

 そうか、最終決定は中庭のベンチにでも座ってゆっくり話そうということか。もしくは地獄行き特急列車が中庭に到着するのか。私は放心状態のまま彼女と共に中庭へと歩き出した。


「私は日向さつきって言います。私もクラスで孤立しちゃってて、中村さんみたいに誰かに声をかけなきゃと思っていたんだけど勇気が無くて。でも、さっきの中村さんかっこよくて、私も変わらなきゃと思って声をかけたんです。」

 なんだ、天使かと思ったらただの女神じゃん。笑いかけてくる日向さつきという生徒は声も容姿も仕草も何もかもかわいらしく、なぜ孤立していたのか信じられなかった。私が男なら間違いなく惚れているだろう。

 その前に今私のことかっこいいって言った?聞き間違いかな。見るも無残に砕け散った気がしたけどあれは夢だったのかしらね。きっとそうだわ。そうに違いない。過去は振り返らない。それが私。

「私のことは葵って呼んでいいよ。私もさつきちゃんって呼ばせてもらうね。でもなんでさつきちゃんは孤立しちゃってるの。なんていうかすごく人気者になれそうなのに。」

 私は思っていたことをそのまま質問してしまった。啓にも同じように思ったことを聞いてしまい困らせたことを思い出しデリカシーの無い自分が嫌になる。内面は全然成長してないなお前。お前だよお前。そこの私。

 彼女は案の定困ったような顔をしていた。

「なんというかですね。入学して一週間でたくさんの方に好きになってもらったのですが私にはまだよくそういうのが分からなくて全てお断りしていたんです。そのせいなのか、私は色々な噂やありもしない作り話を言いふらされてクラスで浮いてしまって・・・。そうしているうちに変な目で見られているような気がしてだんだん人と話すのが嫌になっちゃって。あ、葵ちゃんは他の人と違う感じがして、勇気を出してみたんです。」

 なるほど。確かに私は噂を教えてくれる友達もいないしな。そもそもそんな噂を私は信じないだろう。まだそこまで他人に興味を持つことが出来ないでいた。実際自己紹介されるまで私はクラスメイトである彼女を認識できていなかったのだ。

「罪な女なんだね。魔性の女ともいうのかな。私にとっては天使だったけどね。」

「天使ですか。そういえば廊下で声をかけた時に「死にたくない」みたいなことを言ってたのはなんだったんですか。」

 確かにそんなアホなこと言ってたね私。あのときの私を引っ叩いて現実に連れ戻してやりたい。なんとも説明できず笑ってごまかす私でした。


 こうしてクラスにも私の居場所ができた。流石は魔性の女。彼女を認識することで彼女へ向けられる好奇な目というのを体感できた。二人でいると注目されたり、こちらを見て声をひそめて会話をするグループがあったりと、当事者になってみると思いの他ストレスが溜まるものだった。色々と大変だったんだなと彼女の苦労を理解できた。

 他人への関心が出てきたせいなのか今までは感じることの無かったはずの息苦しさのようなものを感じていた。それはきっと自分がどう思われているのかという漠然とした不安なのだろう。私は他人と関わりを持つ、認識されると言うことは、それぞれが持つ定規で勝手に相手を推し量るということなのだろうと考えるようになっていた。だから人は良く見られようとし、裏と表の顔を使い分けていくようになるのだ。興味を持ってクラスを観察すると私にでも裏表が分かる人間がちらほらといた。私もやっと一端の人間へと成長したのだろうか。


「なんだかごめんね。一緒にいると嫌な思いさせちゃうよね。」

 困ったような表情を浮かべる彼女に、思っていることをそのまま伝えてみることにした。変に相手のことを考えて言葉を選んだり、かっこいいことを言おうとすると私は失敗してしまう人間なのだと最近理解したのだ。

「たいしたこと無いよこんなの。言いたいやつには好きに言わせておけばいんだよ。本当のさつきちゃんは私が知ってるから。・・・というかまだあんま知らないからこれから知っていくよ。ははは・・・。」

 言ってる途中で何様だお前はと自己嫌悪が入りなんだか格好がつかない。不快にさせちゃったかな。

 彼女の表情からはすぐにどんな感情か読み取ることができなかった。なぜか驚いたような顔をしていた。

「葵ちゃんってけっこう臭い台詞言ったりするんだね。小学校でも同じようにずっと一人ぼっちだったからちょっと泣きそうだよ私。葵ちゃんが男の子だったら、私はたぶん好きになってたと思う。今の言葉、すごく嬉しかった。私にもこれからたくさん葵ちゃんのこと教えてね。」

 そういって微笑む彼女のやさしい表情に私は息を呑んだ。

 この子にはいつも笑っていて欲しい。そう思った。様々なしがらみで孤立してしまった彼女にもっと早く気付いてあげたかった。こんなに優しい子がなぜこんな目にあわなければならなかったのかと本気で腹が立つ。怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からないが今私のこの感情は本物だ。私は自分以外のためにこんなにも熱くなれたことが嬉しかった。誇らしいと言っても差し支えないだろう。すこしだけ自分に自信が持てた。

 こうして私たちはお互いに初めての親友となった。

 


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