第3話
第3章 変人認定
我が家にテレビが来てからは家族が居間に揃うことが多くなった。
入学式の日に入学祝として買ってくれたのは嬉しいのだが、絶対これ私のためじゃないと思うんですよね。まあいいけどね。
「テレビって面白いのねぇ。特にこのお笑い番組はお母さん大好きだわ。」
「そうねー。これ見てればお父さんのしょうもないギャグも聞かなくて済むしねー。」
「あんたお父さん越えたわね。」
「ばれたかー。ばれちゃったかー。まぁお父さん越えられないようじゃ友達の一人も作れないよお母さん。お父さんが今の時代の学生だったら確実にいじめられてるよ。」
「あんたわかってないわねー。お父さんは昔からいじめられてたのよ。それを私が助けてあげてたんだから。」
「「www。」」
ちょっとお二人さん。お父さんいないからって辛辣過ぎやしませんかねぇ。本人がいても言いそうなのがまた、怖いところだ。私だけは味方よ、お父さん。でも洗濯物は別にしてね、お父さん。今年中には越えてみせるわお父さん。
テレビが来たことでクラスでの会話に加われると思っていたがそうではなかった。作られたグループに加わるには結構勇気がいる。テレビと一緒に勇気も買っといてくれれば良かったのにお母さんもまだまだだわ。
2度目のキャッチボールを終え、帰宅すると居間から母と妹の会話が聞こえてきた。その内容に戦慄しながらこの妹には勝てないと悟った。でもお姉ちゃんも日々大人の階段を上っているのよ。なんといっても男友達出来ちゃいましたからね。ぐふふ。
遡る事数時間。
「よう。」
「なんだよその挨拶。お前やっぱ変だな。」
またやらかしちゃったか。まあ他の女の子と差別化をするためにはちょっと変なくらいが丁度いいと聞いたことがある。世間では私のような人間を「天然」と呼び、誉めそやすらしい。田舎だから周りが私について来れてないのだろう。
正直、どうやって声をかければいいのかさっぱり分かりません。
「失礼な奴だな君は。そういえば名前聞いてなかったわ。」
「2組の上村啓だ。啓って呼んでくれ。」
呼び捨て、だと・・・。いいのだろうか。良い悪いの話ではない。いきなりハードル高すぎませんかね。ハードルというかもう棒高跳びのアレだよ。棒高跳びに出場したのに棒が用意されてない気分なんですけど。まぁ棒が用意されてても無理なんですけどね。なんであの棒あんなにしなるの?すごいよね。もう頭働いてないなこれ。
「で、そっちは。」
「あ、あたしは・・・なんだっけ。」
おわったー。自分の名前忘れちゃったー。あ、今思い出したわ。中村葵です。よろしくどうぞ。
帰りたい。
彼の方を見てみると必死に笑いを堪えていた。恥ずかしい。
なんとか自己紹介を終え、キャッチボールを始めた。
「け、啓はなんでこんなとこで一人で野球してるの。」
「昔いろいろあってさー。中学では部活で野球はやらないように決めたんだ。高校に入ってから本格的にやるつもり。今はここで筋トレとコントロールを底上げ中。あとは葵の世話だな。」
呼び捨て、だと・・・。全然嫌じゃないしむしろ嬉しいけどむずがゆい。こんなの妹から借りた漫画でしか見たこと無いんですがこれは夢かしら。
だがちょっと待って欲しい。この男「世話」って言ったか。ここは強めに否定した方がいいだろう。向こうに主導権を渡すわけにはいかない。だがちょっと待て私。最後まで世話をしてくれるならむしろ歓迎すべき状況ではないだろうか。つまりどういうことだ。落ち着くのよ私。良く考えればきっと分かるはずよ。先の先を読むのよ。おそらくさっきのは結婚してくださいと言う遠まわしなプロポーズなのかもしれない。どうなんだ、違うのか。落ち着け私。今この男は私がどれだけ自分を理解できるのかそれを「世話」という言葉で試しているのかもしれない。きっとこれは言葉のキャッチボールの更に上位の何かだ。いや、そうに違いない。つまり、これは恋の試練というやつなのだろう。恋愛初心者なら誰もが通る道なのだろう。帰ったらお母さんに聞いてみるか。
結論は出た。ならば誠意には誠意で応えるのが最低限の礼儀だ。
「おい、どうした。怒っちゃったか。」
私は彼からのボールをキャッチすると深い呼吸を一つ。気持ちを落ち着け精一杯の誠意とともに渾身の一投を放った。思いを込め、というか叫びながら。まさに一球入魂だ。
「よろしくお願いします!」
ボールをキャッチした彼は言うまでも無くきょとんとしていた。
「お前やっぱ変なやつだな。」
おい、話が違うじゃねえかお前!お前って言うか私だよ!そこの顔真っ赤のやつ!どうすんのこれ!
「いや、今のは忘れて。ちょっと先の先を読みすぎちゃっただけだから。」
「どうやったら【よろしくお願いします】になるのか詳しく聞きたいところだが面白い
から勘弁してあげよう。」
「かたじけない。」
完全に主導権とられちゃってるんですけど。これ取り返せないパターンだわ。
まぁ楽しいからいいんだけどさ。
次の日。教室に居場所が無い私は隣の2組を訪ねてみた。
教室を覗いても姿が見つからない。せっかくお昼一緒に食べてやろうかと思ったのにタイミングの悪いやつめ。などと考えていると知らない生徒から声をかけられてしまった。
「誰か探してるの?呼ぼうか?」
「あ、あの。えっと。け、上村くん呼んでもらえますか。」
「上村。呼んでるぞー。」
教室内の多くの生徒が私の方を見た。咄嗟に廊下に逃げ、ドアに背を向けた。
「何?てか誰?」
振り返ると長身の知らない男がいた。
お前が誰だよ。その途端、脳がショートした。
どうすればよいかわからず、何か話さなければという思いだけが先行し、言葉がついてこない。結果、そのプレッシャーに耐え切れず、私は気を失った。
目が覚めると保健室のベッドで横になっていた。
啓とまともに話していたから上がり症は治ったのかと思ったがそうではないらしい。気絶したのは初めてだからむしろ悪化していると言っても差し支えないだろう。この気絶事件が啓の耳に入れば間違いなく私は変人として扱われるだろう。今もそんな感じだが。
それよりも衝撃の事実が発覚した。啓は先輩だった。