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第1話

1章 入学式

 暦の上では4月に入ったものの寒さの残る入学式となった。予報に反して体感温度ではそれほど寒さというものを感じはしなかった。校舎へと続く道を鮮やかに彩る桜が気分を高揚させる。

 今日から中学生だ。

 

 1年生になったら友達100人できるかなと意気込んで入学式を迎えた私、中村葵は入学初日から早速問題を抱えていた。この学校、全校生徒で80人切るんですけど。

 両親の都合で引っ越すことになった私だが、小学校ではあまり良い思い出はなかった。だからこそ、中学からは遠く離れたこの地で心機一転、青春を謳歌しようと企んでいたのだが、出鼻を挫かれてしまった。


 では、仕切り直すしかあるまい。前言は撤回し、たくさんの友達を作ることにしよう。まずはクラスの友達と仲良くなって、次は他のクラスを次々に攻めるとしよう。あれ、1学年2クラスしかないんですけど。

 え?これ仕切り直せてる?仕切り直しの仕切り直しってあり?などと脳内会議をしていると自己紹介の番が迫ってきていた。

温かな拍手を送られる前の席のなんとかさん。やばい。自己紹介最初からまったく聞いてない。

「ありがとう。中村さん」

 え・・・。私緊張のあまり意識失ってたかな。今から私の自己紹介じゃなかったっけ。もしかしていじめ?これが噂のいじめなの?オメーの席ねえから!的なやつだ・・・マンガで見たことあるやつだわ・・・。明日学校休もうかな。などと考えていると担任の安元先生がお釈迦様のように救いの手を差し伸べてくれた。

「次は、あ、ごめんごめん。このクラスには中村さんが二人います。次は中村葵さんです。自己紹介をお願いします。」

あぁ神よ。お釈迦様よ。ありがとうございます。さーいっちょかましますかね。と、勢い良く立ち、そして。

「あ、あの。な、中村葵です。・・・よろしくおねがいします。」

 勢い良く着席。そう。私は上がり症なのである。先生が紹介した私の名前以外に何の情報も付け加えることも出来なかった。へこむなぁ。

 掴んだのは救いの手ではなく蜘蛛の糸だった。プツリと切れて地べたへと…

 いや、別に私罪人じゃないけどさ。


 冒頭で勇んではみたが、ぶっちゃけ卒業までに友達を作れる自信はない。言葉のキャッチボールができないのだ。頭の中でシミュレーションをするとき、私はクラスの誰よりも饒舌で、それはもう人気お笑い芸人も裸足で逃出すほどだ。今朝のニュースからマンガ・アニメまで数多くの球種(話題)を操りいくつもの「見せ球(前振り)」と「決め球 (オチ)」を持つエース。実践では暴投を重ね、今では登板機会は皆無である。


 入学初日。私はさっそく遅れを取ってしまった。何とか取り戻したいという気持ちとは裏腹に、既に私はクラスで孤立していた。え?まだ午前中なんですけど。まぁ初日は午前中で終わるんですけど。どうやってみんな打ち解けたのさ・・・。


 ここは昨日のテレビの話でも振って話しに入れてもらうか。まぁうちにテレビないんですけどね。おかーさーん。何でうちにはテレビ無いんですかねえ。まぁテレビないから友達ができなくても仕方ないよね。そう、悪いのは私じゃない。テレビが無い我が家が悪い。テレビさえあれば私でも100人の友達なんて朝飯前で作れてしまうのに残念である。

 そんなどうしようもないことを考えているとスマホが震えて誰かからメッセージが届いたことを知らせた。まぁ、登録されてるの父と母と妹だけなんですけどね。

『学校はどうですか?友達のアドレスゲットして帰ってこなかったら晩御飯抜きよ(ハート)。あと入学祝いのプレゼントも用意してあるから早く帰ってらっしゃい。』

 おかーさーん。確かにスマホ買ってもらうのに友達と連絡取りたいからって大義名分を掲げたけども。そのせいで買わなくても良かった泣き喚く妹の分まで買うようになっちゃって申し訳ないとは思ったけども。学校生活のこと聞かれるんだろうな…帰りたくねー。


 予定通り学校はお昼前に終わってしまった。帰っても待っているのは質問地獄であろう。ともすれば私の選択肢は1択となる。もうそれ選択肢じゃなくて運命だよね。

 帰宅までの時間を稼ぐしかない。アドレスは聞くの忘れたけど友達と遊んでて帰るのが遅くなっちゃったーというていで帰るために寄り道だ。目的地はやはり川原が良いだろう。古今東西、学生が一人でたそがれるのは川原や土手と決まっている。まず浮かんだ学校の屋上は鍵がしまっていた。世知辛い。


 川原に行くと橋の下には先客がいた。けしてホームレスなどではない。白球を一心不乱に投げ込む男の子がそこにはいた。

 私は息を呑み、その場から一歩も動くことができなくなった。鼓動が高まり、体がほんのりと熱を帯び始めている。自己紹介のときの緊張とは違う何か。


 瞬きするのを忘れるどころか呼吸すらも忘れるほどに私の時間は止まっていた。


 投げ込むたびに額から流れる汗を邪魔くさそうに肩で拭う。そしてまた獲物を捕らえる時のような眼光を遠くの的へと突き刺し、振りかぶり、そして腕を振りぬく。


 洗練されたその一連の動きには美しいという言葉以外に当てはまる言葉が見つけられない。

 彼から目が離せなかった。呆然と立ち尽くし、ただただ彼に見蕩れていた。


 川沿いに咲き誇る桜の花びらを春風がさらう。花びらは風を受けたなびく私の髪を優しく撫でた。


 入学初日、私にできたのは友達ではなく、好きな人だった。


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