88.追手を撒く
「アルエル、良くやったぞ」
「いきなり、念話があって驚きましたよ。観客の誰1人にも怪我をさせるなと言う命令にも驚きましたが…………」
「こちらは帝国とも敵対するような行動をしているんだよ。更に、エルフの国も敵に回すとか面倒臭すぎるだろ」
ホタルはエスラドと会話している間に、アルエルへ念話を飛ばしていた。その内容は、向こうから仕掛けてきた場合は、2つの賞品を奪って逃走すること。更に、守護四天陣以外の人に一切も傷を付けてはならないと。
それを守れば、エルフの国で犯罪者という展開は避けられる考えだ。守護四天陣に傷を付けても、先に仕掛けたのはそっちだから、正当防衛として通る。更に、こちらが魔人なのは確実な証拠もなく、賞品も元から優勝をしたことで貰う物だったから、ぎりぎり犯罪にもならない。
どれもホタルの推測でしかないから、確実ではないといえ、ここで魔人だとバレるよりはマシだ。エスラドと言ったエルフは曖昧なことで、犯罪者として指名手配はしないだろうと考えもある。
後ろをちらっと見るが、まだ守護四天陣は追ってきている。走る速さは向こうの方が早いから、森の中で一戦をすることになるのは読めた。もし、街の中で追いついて戦うことになっても、病苦を撒き散らせる敵を街の中で暴れては困るのは向こうだ。
だから、戦うなら森の中だと予測出来る。
「うーん、少しなら傷を付けてもいいが、死ななせたら後がなぁ……」
1人でも守護四天陣というエルフの国でも重要な人物を死ななせたら、あっという間に犯罪者だ。
死ななせずに逃げきるには、どう策を使うのがいいか考えていたら…………
「あ、あの。私に考えがありますが、いいでしょうか?」
「む?」
アルエルから提案があり、聞いてみたら…………思ったより効果的な策だったので、採用した。
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「とにかく、逃してはならない。もちろん、生け捕りだ」
「なっ、なんでよ!? 逃げたんだから、間違いなく魔人でしょ!!」
「いや、エスラドの言う通りだ。もし、アレが魔人ではなく帝国の人間だったら、面倒だ」
「そうね。今は帝国と友好を結んでいるといえ、それはお互いに利益があるからだけで、心の底から友好だと思ってないわよ。上層部のおじ様達はね……」
少女のエルフ以外は生け捕りにするという考えだ。少女のエルフはその考えに納得出来ないが、帝国の人間だったら殺すのがマズイなのはわかる。
「なんなら、あいつらが帝国の人間だったら、なんの目的で大会に参加したと言うの!?」
「間違いなく、賞品になった魔道具だろうな。魔道具を増量するために、見本が必要だったとかな……」
「っ、なら取り返さないという駄目じゃない!? って、なんでアレも賞品になっているんだよ!! 元は『太陽の首飾り』 だけじゃなかったのか!!」
「そうよね。まだ試作品の『能力覚醒リング』がどうして、賞品になっていたのかわからないけど、まず逃げ出した者を捕まえてから、大会の主催者に聞かなければならないわね」
本来なら、大会の賞品は『太陽の首飾り』だけだと、上層部や守護四天陣はそう聞いていた。なのに、実際は『能力覚醒リング』までも追加されており、宣伝ポスターにもキッチリと書いてあった。大会に興味を持たず、主催に関わらなかったことが、今に大変なことへ繋がってしまっている。
守護四天陣はそのことを大会が始まった後に気付き、調査のために闘技場へ向かっていた。そしたら、もう決勝が始まっていて、デリアードが魔人だと明かされていたから、『能力覚醒リング』よりも観客の安全を優先に、陣の術式を使うために力を溜めていた。まさか、10歳にも満たないような少年が魔人を戦闘不能まで追い込むとは思ってなかったが。
「本当に、何者かしら? 関係無い人達を攻撃することもなかったし」
「そうだな。やろうと思えば、病苦を撒き散らすことで逃げの手を増やすことも出来たのだろうし」
「ふん、捕まえてから聞けばわかることだ…………ん、1人がこっちに振り向いたぞ?」
「総員、戦闘準備!」
ホタルがアルエルを先に行かせて、振り向いて立ち止まったことから、足止めをしようと誰にもわかった。
「しつこいなぁ。俺は何も犯罪を起こしてもないぞ? それに、この賞品は優勝したから、貰っておいただけだ」
ホタルは『能力覚醒リング』だけを手に持って、ポンポンと見せつけていた。『太陽の首飾り』の姿が見えないが、守護四天陣にとっては、『能力覚醒リング』があるのが重要である。
「うっさいわね! 貴方が魔人だったら、逃すわけないでしょ!?」
「それに、その『能力覚醒リング』は試作品であり、本来なら大会の賞品にされる物ではなかったの。何故、賞品にされていたのか、後から調べなければならないわ」
「はぁ、そんなことは俺にしたら知ったことじゃないな。俺が大会に参加したのは、これが目的だし」
「…………もし、魔人じゃないなら帝国の者か?」
ホタルは見当違いの言葉に眉を顰めたが、守護四天陣の人々には別の意味で捉えていた。
「こりゃ、帝国の人間の線が濃くなってきたな。なら、なおさら国のために逃せないな」
「拡散!!」
エスラドが掛け声を上げ、ホタルを囲むように動いた。だが、ホタルは何かをするでもなく、見ているだけだった。
「舐めてんのか?」
「なぁに、ただお前達が使う陣には興味があるんだよな。だから、また見せてもらうよ」
「また破れるとか思ってんのか? そうさせねえよ!!」
闘技場で使われた陣は、動きを止めるだけの陣だったが、今回はそれよりも強い陣を使うつもりだ。
闘技場の時よりも強い魔力に複雑な術式を目にしても、ホタルは余裕を崩さなかった。
訝しみながらも、4人は懐から鍵となる魔道具を取り出した瞬間に発動された。
「「「「『宝珠縛陣』」」」」
ある魔道具から丸い珠が浮かび、四つもある珠から輝く赤い光がホタルを照らしていく。そして、照らした対象の力を弱体化させ、球体に閉じ込むのだ。
闘技場では、どうやって破壊したかわからないが、弱体化させて更に強い陣で閉じ込めれば捕まえられると信じていた。
何せ、守護四天陣が使う三つある切り札である陣を使っているのだから、外の力を借りずに破ることは不可能だと思っている。
そう、さっきまでは思っていたのにーーーー
バリ、バリッ、バリィィィィィッ!!
「嘘だろ!?」
誰が発したのか、絶句と言う言葉に相応しい状況になっていた。中にいたホタルは確かに何もしてはいなかった。何も動きを見せず、魔力を使った反応もなく、外からの助けも全くなかった。
なのに、あっさりと破られた。
「一体、何者なのよぉぉぉぉぉ!?」
「残念だったな。俺は誰にも縛られねえ。俺の自由を奪うのは誰でも出来ねぇよ」
ホタルは『狂戯の霊魂者』の要である捕縛無効が陣を破り、ホタルを自由にする。
ホタルの働きが実を結ぶ時が来た。
ホタルの後ろから粉のような物が流れてきたからだ。
「こ、これは火魔法の『灰塵』!?」
「くっ、風で散らしてやるよ!!」
火魔法のレベル5『灰塵』は触れた瞬間に、基準よりも高い温度に反応して、爆発を起こす魔法である。気温では反応しないが、生き物が持つ体温は、基準を超えているので触れたら爆発を起こしてしまうのだ。
だから、風魔法で触れずに散らしてやろうとするエルフ達だったが…………
「っ、量が多過ぎるだろ!?」
「皆で集まって結界を張れ!!」
エスラドは全てを散らすことが出来ないと判断し、爆発から守るようにと指示を出す。
「あの野郎は!?」
「あの中に隠れたみたい! 多分、体温を下げるスキルを持っているかもしれないわ!!」
姿が見えなくなったホタルを魔力感知で探すが、『灰塵』の魔力で上手く働かない。ホタルの体温で爆発を起こしていないから、体温を下げるスキルを持っていると予測した。
二人が離れた後に、火種を放り込むだけで『灰塵』の全てが爆発を起こしてしまうだろう。だから、4人が一緒に集まり、強固な結界を作り出したのだが……………………何も起きない。
「……何も起きない?」
『灰塵』は長く顕現することもなく、少ししたら消える。全ての『灰塵』が消え去った後に、張っていた結界を消したが二人の姿は見えなくなっていた。
「魔力は?」
「駄目です。完全に見失いました」
「くそッ! 『灰塵』は煙幕代わりかよ!!」
「まぁ、爆発されるよりはマシだったというべきか?」
もし、『灰塵』に火種を付けられたら、ここの森は死んでいた可能性があった。自然を破壊しなかっただけでも、マシだと思うしかなかった。
今から捜索しようとしても、二人が捕まるとは思えなかった。
「…………仕方がない、戻るぞ。主催者を捕まえて、捜査をしなければならないな」
「わかったよ……」
「了解です」
「はぁ、一体、何者だったんだ? あいつらは……」
守護四天陣は二人を追うの諦め、戻っていくのだった…………
撒くことに成功した二人は、街から三キロ程離れた場所にいた。
「凄いですよ、この『太陽の首飾り』。魔量が増えて、火魔法の威力も強まりました」
「そうだな。それよりも……」
ホタルの手には、一つの指輪がある。『能力覚醒リング』と呼ばれており、まだ試作品らしいが、使ってみる価値はある。
「これを嵌めれば、スキルのレベルを一つだけ強制的に上げる効果があるんだよな」
「大丈夫なんですか? 試作品らしいので、副作用は……」
「そんなの気にしていたら、付けられねぇだろ」
ホタルはそう言いながら、あっさりと人差し指に指輪を嵌めた。そして、頭の中でレベルを上げたいスキルを思い浮かべたーーーー
《継承スキル『大天使の右手』を選択しました》
《実行中》
《実行中》
《実行中》
《実行中》
《実行中》
《条件をクリアせずに強制的にレベルを上げます》
《実行中》
《実行、中》
《実、行……ちゅ》
《…………》
突如に『能力覚醒リング』が粉々に砕けて、掌にあった紅い珠が黒く染まった。
「む、何が起こった?」
「だ、大丈夫なんですか!?」
「まぁ、何も聞こえなくなったが、異常はないな。ただ珠が黒く染まっただけで…………」
《スキルレベルを上げることに成功しましたが、スキル名称が『大天使の右手』から『堕天使の右手』に変わりました》
「…………は?」
継承スキルの名称が変わってしまいました。これから、どうなるのかはお楽しみに!




