4話
あっけない。
朝教室に入ると、奈流が俺のクラスにいた。
なにやらクラスの女子と話しているのを、遠巻きに見やる。
離れていても、奈流の魅力は損なわれないし、俺は満足することができる。どこにいても、誰解いても、彼女は美しい。彼女だけは。
奈流のいるその場所だけは、彼女がそこにいるというだけで、聖域のように見える。本当の聖域は、彼女そのもののみだというのに、その美しい影響力は計り知れない。
自分の席についても、俺はぼんやりと奈流を見つめてしまっていた。
恋人関係を隠すためには、こういうことはよくないと、彼女に言われているというのに。
そうしていると、奈流の向かいで喋っていた女子に、近くの男子がぶつかった。
女子の体が傾く。
危ない、奈流にぶつかる!
傾ぐ女子の体に、周りの女子は反射的に避け、その中で正面の奈流だけが、倒れ込む体に手を伸ばした。
それは一瞬だった。
一瞬の出来事だった。
それでも俺は、その出来事を、その光景を、一生忘れることはできないだろう。
俺が自分が目にした光景を頭で認識する前に、体を受け止められた女がそれを口にした。
「ごっ、ごめん鳳至さんっ!今、口当たっちゃったよねっ!」
俺は瞬き一つできないまま、指一本動かせなかった。
俺は全く動かない自分の体に、心臓まで止まっているんじゃないかと、耳にどくどくと聞こえる拍動を感じながら、そう思った。
「そうだね。」
顔を赤らめながら酷く慌てる女に対して、冷静な奈流の声が答える。
すると女は一層赤くなって謝りだした。
それに対しても奈流は、慌てた様子もなく、微笑みながら謝る女を宥めたりなんかしている。
それまで静まり返っていた周りは、驚きながらも、一切同様の色がない奈流に釣られて、落ち着きを取り戻したようだった。
「ぶつかって悪かったよ。」
「誰も痛いところない?」
「受け止めちゃう鳳至さん、さっすがあ~っ」
「鳳至さんかっこいいー」
「危ないけど、鳳至さんとキスできるなんて、ちょっとうらやましいかも……」
「ラッキースケベ?」
「だって鳳至さんとキスなんて、冗談でも本気でも、身の程知らず過ぎてできないよ~ぅ」
「確かに、鳳至さんと直接なんて……」
騒ぐ周りの連中。そして奈流が、口を開いた。
「なら、今この子とキスしたら?私と間接キスだよ。」
奈流その言葉を聞いた直後、俺は体の制御を完全に失った。
俺の視界は立ち上がり、奈流の方へと向かっている。
無暗に奈流に近づくことは、止められているのに。
俺は自分の見ている風景を、記録された映像のように感じていた。
そして俺は奈流と唇を合わせあった女の肩を掴み、強引に自分の方に向けると、その唇に、自ら唇を合わせた。
辺りが再び静まり返った。
しかし、幾何の時を経ずに、鈴を転がしたような音が聞こえた。
「ふふっ!」
奈流だ。
俺は女から顔を離した。
奈流の歌うような笑い声が聞こえる。
依然として周りは静かだ。
そこに奈流の笑い声だけが響く。
まるで楽園のようであった。
俺が未だ意識の定まらないままに奈流を見つめていると、やがて彼女が顔を上げた。
目を細めた奈流が、俺を見つめる。
「冬青、私と間接キスだね。」
これでオチです。
女神なわけがない。