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間接キス  作者: 紫陽花
5/5

4話

あっけない。

 朝教室に入ると、奈流が俺のクラスにいた。

 なにやらクラスの女子と話しているのを、遠巻きに見やる。

 離れていても、奈流の魅力は損なわれないし、俺は満足することができる。どこにいても、誰解いても、彼女は美しい。彼女だけは。

 奈流のいるその場所だけは、彼女がそこにいるというだけで、聖域のように見える。本当の聖域は、彼女そのもののみだというのに、その美しい影響力は計り知れない。

 自分の席についても、俺はぼんやりと奈流を見つめてしまっていた。

 恋人関係を隠すためには、こういうことはよくないと、彼女に言われているというのに。

 そうしていると、奈流の向かいで喋っていた女子に、近くの男子がぶつかった。

 女子の体が傾く。

 危ない、奈流にぶつかる!

 傾ぐ女子の体に、周りの女子は反射的に避け、その中で正面の奈流だけが、倒れ込む体に手を伸ばした。


 それは一瞬だった。

 一瞬の出来事だった。


 それでも俺は、その出来事を、その光景を、一生忘れることはできないだろう。


 俺が自分が目にした光景を頭で認識する前に、体を受け止められた女がそれを口にした。

「ごっ、ごめん鳳至さんっ!今、口当たっちゃったよねっ!」

 俺は瞬き一つできないまま、指一本動かせなかった。

 俺は全く動かない自分の体に、心臓まで止まっているんじゃないかと、耳にどくどくと聞こえる拍動を感じながら、そう思った。

「そうだね。」

 顔を赤らめながら酷く慌てる女に対して、冷静な奈流の声が答える。

 すると女は一層赤くなって謝りだした。

 それに対しても奈流は、慌てた様子もなく、微笑みながら謝る女を宥めたりなんかしている。

 それまで静まり返っていた周りは、驚きながらも、一切同様の色がない奈流に釣られて、落ち着きを取り戻したようだった。

「ぶつかって悪かったよ。」

「誰も痛いところない?」

「受け止めちゃう鳳至さん、さっすがあ~っ」

「鳳至さんかっこいいー」

「危ないけど、鳳至さんとキスできるなんて、ちょっとうらやましいかも……」

「ラッキースケベ?」

「だって鳳至さんとキスなんて、冗談でも本気でも、身の程知らず過ぎてできないよ~ぅ」

「確かに、鳳至さんと直接なんて……」

 騒ぐ周りの連中。そして奈流が、口を開いた。

「なら、今この子とキスしたら?私と間接キスだよ。」

 奈流その言葉を聞いた直後、俺は体の制御を完全に失った。

 俺の視界は立ち上がり、奈流の方へと向かっている。

 無暗に奈流に近づくことは、止められているのに。

 俺は自分の見ている風景を、記録された映像のように感じていた。

 そして俺は奈流と唇を合わせあった女の肩を掴み、強引に自分の方に向けると、その唇に、自ら唇を合わせた。

 辺りが再び静まり返った。

 しかし、幾何の時を経ずに、鈴を転がしたような音が聞こえた。

「ふふっ!」

 奈流だ。

 俺は女から顔を離した。

 奈流の歌うような笑い声が聞こえる。

 依然として周りは静かだ。

 そこに奈流の笑い声だけが響く。

 まるで楽園のようであった。

 俺が未だ意識の定まらないままに奈流を見つめていると、やがて彼女が顔を上げた。

 目を細めた奈流が、俺を見つめる。

「冬青、私と間接キスだね。」

これでオチです。

女神なわけがない。

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