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【昔話 兵(つわもの)の掘る穴ー真実その7・後編ー 】

『どうやら、アングレカム殿は"賢者"という存在に少なからず。

いや、どちらかと言えば"大きな思い入れ"があるようだな』


"賢者"という言葉に、大いに反応を示していた決起軍の参謀を見て、ピーンは珍しく素直に驚いていた。


挑発するようにもピーンが発していた言葉にも、ロブロウ領主が"賢者"という事を知ると、アングレカムの態度が急激に軟化していっている事は正に手のひらを返すといった具合だった。

ただ賢い人は、執事達に常々言われている″切り替えが早すぎて、周りの者の感情が追い付かない″という感覚を初めて体感し、理解をした。


(成る程、これを毎度繰り返されていたら、確かに気持ちが参るものや、厭きる者がでてもおかしい事ではないな)

賢者がそんな事を考えている一方で、決起軍の参謀――アングレカムは、今までのロブロウ領主の言動や行全てに、得心(とくしん)がいったという様子で、ピーン・ビネガーを見つめていた。


それから、ハッとしたように美丈夫は胸元に手をあてる。

バルサム手作りの可愛らしくも相当な魔力を持ってしまった指輪を、指先でシャツと包み込んでいるハンカチに越しに触れた。


(ロブロウ領主殿が賢者だというのなら)

この領地に来て、風の精霊の異変に気がついてから、土地の人物に尋ねなければと考えていた。

それに合わせてピーンが賢者という事で、ある希望がアングレカムの頭の中に浮び、咄嗟にそれを口に出した。


『つかぬ事を尋ねますが、領主殿は決起のリーダーとなる"グロリオーサ・サンフラワー"と、このロブロウの土地で戦いましたか?』

唐突に始まったアングレカムの問いかけに、ピーンは少しだけ眉を上げた。

後に、肩を竦めながら苦笑いを浮かべて、頷いた。


『尋ねるというというよりは、確認だなぁ。ああ、戦った』

『そして、"生き残られた"。

 ――あの男と剣を交えて、"勝った"のですね。

恐らくは騙し討ちに近い形で、この領地の風の精霊達が当分は具現化が困難になる程の、そんな多大な犠牲と共に』


(私がグロリオーサにした″戦い″のやり方も想像がついているのだろうな)


『勝ったのは、確かにアングレカム殿の言うとおり。

グロリオーサに対して、騙し討ちに近い形で勝ったな。

風の精霊にはもうしわけないと思っているから、近々慰めの奉納舞を渓谷でしようと考えている。

ただ、ああやって戦わない事には、鬼神と対峙して命を粗末にしているのと、同じ事になってしまう』

風の精霊で自分の姿を隠した上に、入れ代わる式神の韋駄天を使い、二重の"フェイク"を使わなければ、グロリオーサの太刀の錆を増やす事と代わりない。


『―――私にしてみれば、騙し討ちでもグロリオーサと闘った相手が、"生きていた事に感謝をさせて貰っています』

そう言ってから、ピーンに向かって心から感謝の念を込めて頭を垂れた。


(お陰で、余計な手間――"知らばっくれること"もしなくてすみます)

何よりも、グロリオーサが"人の命を殺めていない"のなら、それに越した事はないという気持ちがあった 。


"敵対する、若しくは国側の存在かもしれない、貴方の名前を知っている人物なら、極力排除をなさい。

でないと、また"悲劇"が起こるかもしれない"


参謀として、仲間内で再び大きな悲劇をこれ以上起こさない為、アングレカムはグロリオーサにそう指示していた。


アングレカムとしては、自分でも矛盾していると思いながらも、グロリオーサが自分の指示に従い、悲劇を防ぐ為にでも、人の命を奪う事がなかった事に安堵をしていた。


『―――グロリオーサに、随分と物騒な指示を出していたみたいだな』

そして、自分の考える事を特別な力で心を読むまでもなく"考える事"で、ピーンは見越していることも、アングレカムの気持ちを穏やかにさせる。


それはまだ"農家の次男坊"でいれた時期に、賢者がよくアングレカムとコミュニケーションを取る時にしてくれた事でもあった。


(ロブロウ領主殿は、"賢者"ではあるというけれども、全てが同じというわけではない)

決起軍の内情を知って貰うための努力を、勤勉な参謀は怠らず、説明の手間を省かない。


『―――一度、親友と、仲間の家族を喪っていますから。慎重にはならざるえません』

『確か、最後に仲間になったという神父バロータの妹さんが亡くなったのだったな』

グロリオーサがピーンを信頼してそこまで内情を話したかどうかが、判別はつかないが、事実ではあるのでアングレカムは頷いた。


『亡くなったのではなくて、犠牲になったんです』

ただ参謀という立場の中では、″亡くなった″という優しい表現で仲間の家族の死を表現することは頷けなくて、そこだけは訂正をさせて貰う。


『苦虫を噛まされるような出来事でした。

決起軍の中に、密告者がいたものだと思われます。

言い訳にしか聞こえないと思いますが、人が多くなると、どうしても掌握するのに細部までとはいけませんでした』


『グロリオーサは情に厚い人だから、そういった出来事があったのなら、結構苦しんだろう。

勿論、仲間であるトレニア、アングレカムも含めてな』

ロブロウ領主が少しばかり労りを含ませた視線を向けてくれている事にも、アングレカムはまた頭を横に振る。


『私へのお気遣いは本当に無用です。

ただトレニアについては、ある意味盲点を突かれたようなものでした。

彼女が人の心を読める事は、決起軍の中では仲間内のでは周知の事でしたが、大っぴらにはしていません。

けれども勘の鋭い人物が見たなら、私たちのやり取りを見ていたなら、トレニアの"力"に察しがついていてもおかしくはないことでした』


(もし、企て事を目論んだとしても、トレニアが心を読めたのならあっさりとばれてしまう。

しかし、トレニアの力を信頼し過ぎて――頼り過ぎていたのなら、彼女にさえ気がつかなければ、裏をかける事に繋がる。

と言ったところかな)

賢者が黙して、頭の内で考えている事に見当がつく決起の参謀は彼が口を開くのを静かに待っている。


『彼女の心の読める規模―――というよりは、範囲かな?。

そういったものはあるのかな?』

そして賢者が質問する事は、トレニアに繋がりがある人物でなければ知らない事――こればかりは、幾ら賢くても直接繋がりがある人でなければわからない事を口にする。


『それについては、彼女の言葉をそのままに言わせて貰えるのなら、″口に出している声″と声量の仕組みは変わらないそうです』

『ポツリと思えば、呟いたように聞こえて、激しく怒りを感じれば怒鳴ったように聞こえるという塩梅と捉えても構わないかな?』

『ええ、そのように捉えて考えて頂くのが、一番納得できる事かと思います』

会話の内容が仲間を不幸の事をはなしているのに、″不謹慎″と思いながらも、打てば響くように流れ進む賢者との会話で、アングレカムの気持ちは不思議と和む。


正直に言って、グロリオーサを唆した直後、トレニアに辛い決断をさせてしまってからは、彼の心の中は煮詰まっていた。

彼女の心が納得出来る限りの言葉を、申し訳ないと思いながら吐き続け、高い確率で仲間の一人の夢を潰してしまいそうな罪悪感。

自分の考える、国を平定に導くための策が巧いものだったのなら。

仲間の幼い頃からの切願を潰さずに済むかもしれないという、自分のいたらなさ、不甲斐なさが辛かった。


『――ただそういう話を聞いたならば、1つ不思議にも思える所が私にはあるんだ。

"悪魔の参謀殿"は決起軍の裏切り者に気がつけなかったとしても、仕方ないと思う。

そういった事があったのならそれを――"裏切った者"をそのまま放置しておくのだろうか?とな』

ピーンが俄に眼光を鋭くして、美丈夫を見つめた。


(田舎にいた賢者殿も、きっとこの一連の話を話したのなら私がしたことに、こうやってあっさりと気がついてくれるのでしょうね)

自分なりに丹念に隠していたことも、賢者にはまるで赤子の手を捻るように見越されていることにも、安堵を覚える。


『―――決起軍を裏切った者は、アングレカム・パドリックによって既に消されている』

だから、どこか無駄な力が抜けるような気持ちで、"悪魔の参謀"はピーンに向かって微笑んでしまっていた。

アングレカムの微笑みをどこか痛ましいものを見るような面持ちながらも、賢者は言葉を続けた。


『恐らくは気がついていないのは、グロリオーサぐらいといったところかな。

トレニアはアングレカムを無言で労り、バロータは気がついても何も知らない振りを貫き通してくれた』

賢者の言うとおりだった。


『ジュリアンを失うことは、あのグロリオーサが泣く程の出来事でした。

私は、あの男が泣くことが、それまでの人生では感じたことがなかった程、不思議なほど悔しかったんです』

貴方は、傾きかけたこの国の希望となる人なのだから。


この国の民が安寧に暮らす象徴となる″王″となる人なのだから。

それでも、最初の友となってくれた人との別れに涙を止めさせる術は、賢い男にも分からなかった。


『故郷である村にきて、一番に″親友″となったジュリアンと袂を分かつ事になったのを、心から悲しみ悔やんでいました。

グロリオーサを含めて、私やトレニアが無理言えば、ジュリアンを引き留めることも出来なくもなかったのでしょうが』

アングレカムが落ち込むのを同情するような、優しい眼差しを向けながらも―――


これに、ピーン・ビネガーは正直に言えば″賢者″として、″銃″という武器をみる機会がなくなってしまった事に、好奇心が潰されたような歯痒さを抱えてしまっていた。


『素直すぎるグロリオーサすら、引き留める行動をしなかったのなら、周りの者達は尚更するはずもなかっただろうしなぁ。

せいぜい、このような事が起きないような予防策―――。

大きくなり、活動も注目されて行動を掌握されやすくなっていた、決起軍を縮小させる事に繋がったのだな。

大所帯になったのなら、力も増すが、それを統率するのにも一苦労せねばならん。

それには平定をする為に練る策。

平定が終わった後にするグロリオーサが王となった時に施行する治世の案。

それとは、また別に軍を統率する為の規則も練らねばならない事になるからなあ』

賢者の言葉にアングレカムも頷いた。


『私としては力があったとしても大所帯で動きを制限されて、身動きが取りづらくなる事も危惧していました。

動きが鈍くなるよりは、少数精鋭で国中の動き、国の状態を把握したいこともあって、それを含めた上でジュリアンが去った事をマイナスにするのではなく、プラスになるように決起軍を縮小させる案を進言する事ぐらいしか、出来ませんでした』

そしてグロリオーサは、アングレカムの案を受け入れてくれた。

アングレカムの言葉を引き継ぐように、ピーンが口を開いて続ける。


『ジュリアン殿が抜ける頃は、ある意味本格的に活動を初め、まだまだ長い年月を費やすことになっているのは見通せていた』

ロブロウ領主の確認するような言葉に、決起軍の参謀は静かに頷いた。


『やむ得ない事情があったとしても、功徳を積んだ神父だとしても、(わだかま)りを持ったままジュリアンを決起軍に置くことは、双方にとって辛いことになると判断も出来た。

そして、別行動をとることを宣言する親友を見送るしか出来なかった』

この言葉にも素直に頷く。


《ロブロウ領主殿は、"賢者"ではあるというけれども、全てが同じというわけではない》

そうやって先程自分に言い聞かせたばかりなのに、アングレカムはどうしても賢者という存在に″気″を張ろうとする気持ちが持続出来ない。


不思議と″賢者″という事が判っただけの事なのにで、アングレカムは内情を吐露し、トレニアが居なければ訝しむ事から始める会話も、素直に出来る。


《もしも、"坊や"が作る決起軍というレジスタンスに、"賢者"が何らかの協力する形で関わったのなら、例え不貞不貞しくて、ムカついたとしても受け入れてやって欲しい》

故郷の賢者に言われた言葉に間違いなく影響をされていて、アングレカムはこの時ロブロウ領主でもあるこの賢者の特徴に、当初は気がついていたのに、今は失念をしていた。


″悪ふざけを―――イタズラや、企み事をする際の"芝居"は、本当にお上手なんですけれど″

気の合いそうな執事のロックに一度説明をされていたのだが、この間際にはすっかりと忘れてしまったままでいた。


(ふむ、どうやらジュリアンという青年はどうやら、神父バロータの妹をやむ得ない形で、手にかけてしまったという事か。

で、その始末はこの青年がきっちりとつけていて、今は本当に決起軍は4人という形をとっているという感じなのだな)

賢者はグロリオーサにロブロウ自慢の渓谷でジュリアン・ザヘトの名前と銃という武器については聞いていたが、どうして別行動になったかを、結局聴きそびれてしまっていた。


なのでロブロウ領主は、

″いかにもグロリオーサから話を全て聞いています″

という雰囲気を醸し出して、アングレカムに水を向ける形で、袂を別った理由を聞きだしている状況だった。


″上手くいくかな〜♪話を聞き出せるかな〜♪″

というその感覚は、不謹慎と思いながらも、非常にイタズラを目論む時の感覚に似ているものがあり、ピーン・ビネガーは見事にグロリオーサから全ての事情を聞いている状態を演じていた。

領主の客人であるグロリオーサも″腹を割って話をしたい″とは言ってはいた。

しかし来賓は保護した翌日から領民からの人気を得てしまい、暇があったら屋敷で迷子になったのを執事に"保護"されていた。


ピーンは《あることの支度》で忙しくしている為に、アングレカムが迎えに来るまでの間に、ついにグロリオーサにジュリアン・ザヘトについて聞き出す時間を設ける事は出来なかった。


"支度"は執事のロックにも内密に進めていた事なので、整頓や整理が苦手な賢者に上手く時間を作り出す事が出来なかったといっても、過言でもない。


ピーンがグロリオーサから与えられていたジュリアンの情報と言えば、

″魔法が全く使えない事″

″物凄く気障ではあるが、もの凄く優しい人物である″

そしてピーンにとっては恐らくは先輩筋に当たるであろう賢者が、拵えたという剣術や魔術を軽く凌駕する威力を持つ武器、″銃″を与えられているということだった。


グロリオーサの口ぶりとピーン自身が知っている限りでは、銃は強力な武器ではあるが中々扱いにコツのいる武器である。

何よりとても危険な武器なので、製造行程を知ってはいても作ろうとする賢者はピーンが知っている限りではいなかった。


(しかしそうなると、恐らく銃はこの世界で2丁以上存在する事になるんだよなぁ)


"毒薬を造るなら、解毒を造ってから"

"未知の武器を造るなら、その武器に対抗する武器を造ってから"

1つの″凶″となりうる武器を造るならば、その凶を打ち破る力を持った物を同時に作らなければならない。


賢者になる者に至っては、その不文律は静かに確実に浸透していた。

ちなみにその不文律を少しだけ丁寧に説明するならば、アングレカムの細剣の様に″扱う側の努力″をもって偉大な武器となるに関しては、相対する武器を造る必要はない。


銃のように″努力や才能を伴わず使い手も選ばないが強力な武器となる物″に対してだけ、この不文律は賢者となった人達の中で生かされていた。

ある意味その不文律を守れないものは″賢者にはなりえない″とも″選ばれない″とも伝えられて来ている。



『あの優しいジュリアンが仕方がなかったとはいえ。

神父バロータの妹さんが望んだ事とはいえ、自分の家族に迎えたかった人を、自分の手で殺めてしまうような事が2度と起きないように今の決起軍の形になっています』

ジュリアンを見送りながら涙を流していた、まだ少年という様子が抜けていなかったグロリオーサを思いだし、アングレカムは眉間にシワを刻む。


『グロリオーサはジュリアンと神父バロータの妹が家族になれたらいい、と、とても心から楽しみにもしていました。

自分達の仲間の中から、互いに慈しみあう家族が出来ることを本当に』

ロブロウ領主は"かつての仲間の話を耳にして、沈痛な面持ちをしてくれている"。


故郷の賢者の頼みがあったことで、アングレカムそう思い、感じながら説明を終えた。

賢者は仲間の入れ替わりの経緯が、自分の予想とあっていたことを確信に変わって心の内で頷く。


(やはり、ジュリアンという仲間が神父バロータの家族の命を奪う形になっていたのか。

しかも、話を聞く限りには最愛の恋人というわけか)

それと同時に神妙な面持ちと、困惑の気持ちがロブロウ領主の顔の中に混同した。


正直に言って、″恋人″を失うという感覚が賢者には解らない。


″愛した異性″という括りをつけるなら、ピーンの人生においては、婚約者、配偶者となったカリンが当てはまるのだろう。

だが幼い頃から決められていた相手であって、愛しいというのはあるが、恋物語のように燃え上がるといったものが全く以てない。

かといって、そういった燃え上がる恋の話が羨ましいといった気持ちもまた、ピーンの中には全くない。

読み物として恋物語は面白いかもしれないが、現実に海越え山越えて、障害のある恋愛などあったらかなり面倒くさいに違いないと確信している(※面倒くさいと感じるのはピーンの性格が故)。


かつてロックにも言ったように、親に決められていた縁談でもあったが、ピーンはそれで満足だった。

恋愛経験が乏しい事を気にすることもなく、ましてや熱烈な恋愛を経験する事に、憧れを抱く事もなかった。

興味があるとしたら、恋をすることで良い方にその効力が働けば人という生き物が不思議と魅力が増したり、悪い方に働けば、恋をする相手を束縛に至ったりとそちらのほうが余程興味深かった。


だが、万が一にも悲恋物語ような難病に妻のカリンが侵されてしまったのなら、難病の悲恋物語の主人公の様に、全力で看病なり治癒する方法を捜す。

ただそれは、妻のカリンだけに構わず他の家族、自分の子供達や執事や料理人がなったとしても同じ気持ちでもあった。


もしもロブロウの領民がそのような事態が起こったとしても、それにも領主として懸命に向かい会う。


″面倒くさい″と口では言いながらも、困っている人がいたなら

″何かしておかないと、何もしなかった自分にきっと後で嫌気がするから″

と何やかんや言いながらも助けるのが、ロブロウ領主ピーン・ビネガーだと、自分でも性分は解っている。


(しかし、その論法でいくなら私はこの領民と領民を″恋人″みたいに捉えているという事に繋がらないか?。

いや、大切にしようという気持ちは″領主″として間違ったものではないのだろうが……うーん)



『″賢者殿″?どうかされましたか』

話が終わったことで特に感想を求めるつもりもないのだが、黙りこくってしまっているロブロウ領主―――賢者ピーン・ビネガーに、アングレカムは″賢者″として呼び掛けてしまっていた。


『ああ、いや。済まない。″改めて″話を聞いたなら、どう言葉をかけていいものか、わからなくなってしまってな』

上手く二の句が出なくなったのは本当でもあるのだが,それには加えて実際はかなり路線をずらした事を考えていた事に気がついたピーンは、はたと″恋″について考える事を止めた。


また少なくとも、話してくれた相手――アングレカムやグロリオーサにとっては結構な重たい過去でもあるのに、安直に自分の身に置き換えて考えた事を軽く恥じる。

これはピーンの個人的な考えなのだが、例え現実においても形がなく、見えないものでは″穢してはいけない″物があると思っている。


″見えないものに何を気を使うのだろう″と呆れるか馬鹿にされるのが、鬱陶しいので親しい者にしかこの考え方を話したことはないが、ピーンの中で揺るがない部分でもあった。

そんな尤もらしい言い訳を心の中でしてしまっている自分に、失笑してしまいそうになるのを堪えて、白髪の多い髪をかき上げた。


(今の″賢者″を迎合してくれるアングレカムなら、受け入れてくれる話ではあるんだろうが)

それはそれで、ピーンを認めているというよりは″賢者″である人を認めているという様子が否めない。


でもある意味間違ってはいない。

それこそ安直に誰彼を信用するわけにはいかない立場の人にとって、″信用に足りる″人を見つけた安心感は例え様のないものだろう。


『そうですか。思えば私たちの故郷にいた賢者殿も、最初にジュリアンが決起軍から抜けたという話を聞いた時には、言葉をなくしていましたね』

アングレカムは、またそうやって″賢者″という言葉を出していた。


(こうやって故郷にいる人の事を例えにだすのは、彼にとっては故郷にいる賢者殿に対しての思い入れは、相当重いということなのか?)

しかし、それ以上にどうやら、決起軍の参謀は心内に何かを抱えているようにもピーンには見えた。


ただ彼にしてみたら、領主としてピーンに呼び掛けるよりは″賢者″の方が呼び掛けやすかったので、そちらで呼び掛けているだけという事もある。


″賢者殿″と呼び掛けられて、ピーンは自分の考えている事の路線がズレ始めていることに気がついて、半ば忘れかけてそうになっていた、先程までの会話の脈絡を思い出して口に出す。


『賢者といっても、私はロブロウ領主としてその知識を優先して使っているからな。

今も国から出されたよく解らないが、まるでじわじわと絞め殺すような政策の指先を交わして、何とか領地の安寧を保とうとしているぐらいが精々出来ることだった。

しかし、君たちに決起軍の若人達は、自分達の時間を差し出して,国の為に働こうとすると頭が下がる思いがする。

だが私は賢者とはなってはいるが、まずは領主として働くことを第一として余儀なくされている』

意識して、少しばかりロブロウ領主としてのピーン・ビネガーを強調してアングレカムに対して言葉を向けてみた。


『それは、私も故郷にいる賢者殿に話をうかがったことがあります。

確か″賢者はなろうとしてなれるものではない″といった感じで、お話をされたのを覚えています』



《私を含めて、自ずから"賢者"なろうとしてなったものは、殆どいない。

ある"縁"に出逢ってしまって、自分のやりたいこと、知りたいこと、そんな事を突き詰めて行ったのなら、なし崩しに"賢者"になってしまっていた》

ここまでは話して貰ったのだが、後は故郷に隠遁している賢者は話したくはないという態度をとっていたため、アングレカムは言葉の詳細な意味が解らないままだった。



『だから、ピーン・ビネガー殿はロブロウ領主となる過程の間に賢者となってしまう縁に出逢ってしまった。

自ら望んでなったわけではないのは、承知しているつもりです』

アングレカムもロブロウ領主兼賢者であるピーン・ビネガーの言葉から、感情や情報を"拾って"、それを吟味して気持ちも思惑も(かい)してくれている。


その様子は、まるで弟の様に可愛がってもいる執事の事をピーンに思い出させた。

足の踏み場がないほどの散らかりような研究室でも、どんな場所でも集中したなら賢者は気にならない。


しかし、集中して気にはならないが散らかりすぎて、その為に研究の効率が下がっているのが目立ち始めた時に、執事は初めて口を挟む。


―――旦那様、一度片付けをしますから、こちらの椅子に御移り頂いて貰えますか。

―――序でにマーサお手製のお茶とお菓子を召し上がってください。

―――その間に、纏めておきますから。


そしてついでに糖分と水分を補給させながら、整理、整頓をして研究が続行させてもくれる。

主が最も没頭したい研究を、満足が出来るまで効率良く行わせてくれる執事は、賢者にとっては家族の意味を含めて、今やなくてはならない存在になっていた。

ただ、今はどういうわけだが賓客と主の中に芽生えてしまった"友情"に嫉妬の気持ちを押さる事が困難になっている。


とりあえず燃え上がる″嫉妬″落ち着かせ、冷ます為に傍らから離したが、いつも来賓がいる場合は、影のように側に控えてくれている存在が居ないことは、ピーンにとっては思いの外落ち着かない事に今になって気がつく。


(思えば賢者にならなければ、ロックと出会うことはあってもこうやって共に生活するということはなかったんだろうな)

他の賢者となった者達と同じように、賢者の資格をなし崩しに得ていたピーンだったが、あの時ロックを保護する事が出来たのは″賢者″の権限がってあってこその事だったと今更ながらに思う。


『確かに自ずから進んで取ったものでは無い。

しかし、賢者の資格をとったお陰で、溢れる好奇心を我慢せずに色々と国や大陸を越えて調べたい事や、権利を使って収拾してストレスのない生活を送らせて貰っている。

賢者になった事は、ピーン・ビネガーの人生の中では予想外なことではあったが、後悔は全くしてはいない。

その恩恵は、現在進行形でしっかりと貰ってもいるからな』


――――旦那様、片付けがすみましたからどうぞ研究の続きをなさってください。


(いつか、改めて礼を言わないとなぁ。

いや、礼よりも何か贈り物をした方がいいか?)

何時もの″切り替えの速さ″で、賢者の頭の中は執事への贈り物の事で満ちた。


(しかし、いざ考えてみるとロックが欲しがっているものなんて思い付かない。

ロックの趣味……?)

そこで以前に探し物が見つからなくて、″ロックに尋ねた方が速い″とばかりに、休憩中に執事を訪ねた事を思い出した。


執事は職場仲間である副竈番の娘に、お手製の菓子と紅茶を淹れてもらって一緒に、休憩を取りつつ読書をしていた。

勿論、ピーンが自分を探しながら(実際、声に出して呼んでいた)厨房に入った瞬間から察していたらしく、執事は既に立ち上がって主を待っていた。


″いかがされました、旦那様?何か探し物ですか?″

椅子から立ち上がるロックの側にあるティーテーブルの上に、本が無造作にページを開いたまま裏返して置いてあった。


(確か、ロックが自分で購入した本だから、結構大雑把な置き方をしていたんだよな)

片付けが苦手なクセに、本が好きで、その扱いだけはうるさい賢者は、使用人に自由に自分の蔵書を読ませてはいるが、その様に扱う事は快く思わない。

なので、旦那様第一の執事は決して主の本ならば、そのように扱いはしないだろう。


(自分で買って読む本なのだから、多分趣味の本……?)

しかし、そこまで思い出した時、執事の読んでいたのが本の背表紙に″東洋の本の手入れのコツ″といった題目が書かれていたのも思い出した。


(ダメだ。あれは趣味の為ではなくて、仕事の延長上で読んでいるような本だな)

ふと考えてみれば、ロックの内面や性格の事を知っているようで、嗜好品等は知らないことに気がついた。


『―――賢者で在るが故に手に入れた恩恵に勝る以上の研究や成果や、国の為になる治世の術を国に居住している、国の王に献上するのが賢者の仕事なんですよね』

アングレカムが、懐かしむ様子で世話になった賢者が言っていた″国に居住する賢者の役割″を口にする。

しかしロブロウ領主で賢者である男の頭は、国よりは世話になっている執事への恩恵の礼で満ちていた。


『―――ん?。ああ、そうだな!恩恵を受けているからには、恩を返さなければならない』

そんな感じで真面目な顔をしながらも、かなり適当に返事をした時に、基本的に真面目そうな美丈夫を見てある事を思い付いた。


(タイプが似ているのなら、思考や、欲するもののタイプも似ているかもしれない)

ニヤリと口の端をあげて、早速それとなく水を向けてみる。


『ところで、アングレカム殿にとって日常生活を送る上で欠かせないものはなんだろうな?』

″ロックが欲しいもの″を日々の礼として与えようと考えたが、そういった嗜好品よりは、日常的に使えるものが喜ぶ事は、執事の性格からして良くわかる。


そして、日常的に使うものだからこそ、どうせなら好みの物を使おうとするロックも知っている。

更に、ここ数時間接しただけだが、アングレカムとロックが非常にだから似たタイプ―――″大変世話焼きな性分で真面目である″というところを賢者はわかったつもりだった。


(似ているといえば、アングレカム殿には僅かに賢者に対して固着観念こちゃくかんねんというか、信頼を置きすぎている様子もあるかな)

賢い美丈夫は、依存という程ではないが、友や尊敬するものに″信頼″を″置く″事でバランスの調子を取っている様子が賢者には否めない。


ただ、あくまでもアングレカムはバランスを取る程度に見受けられるので、そこまで心配をすることもないように思えた。

影響を受けたり、揺らいだりはするだろうが、確固たる″芯″をアングレカム・パドリックは持っている。



(芯さえ持っていれば、万が一があったとしても自分で立ち直る事は出来るだろう。

それよりも……)

何よりバランスの具合でいうならば、今贈り物を考えている自分のビネガー家の執事であるロックの方が重症である。


重症ではあるが、バランスの要となるピーンと生活しているので彼を使用人として、″囲っている″分にはなんら支障なく生活が出来ていた事も確かだった。

寧ろ仕事で言えば、ロブロウの領民よりもロブロウ領主の″扱い″を理解している上に、他に上手く″散らかし魔の領主″の対応できている者など今のところ彼以外いない。

しかしグロリオーサと出会い、ピーンが彼に友人として気持ちを持ちは始めた事に嫉妬を持ち合始める。


それだけでも燃え上がるような、(いにしえ)の術を(くつがえ)そうとする程の嫉妬を見ることで再確認させられた。

改めて、ロックに関しては″自立″の訓練をしなければとも賢者は思い至り、感謝の″贈り物″をすることを″自立する″切っ掛けとしても悪くはないと考えた。

そして小さな疑問―――今まで数度浮かんでは来たが、何も支障がなかった事で深く考えなかった事がピーンの中でまた出てきていた。


(もしかしてロックがカリンに嫉妬をしないのは、″領主夫人″があってこその″領主″だからということなのか?)

それも考える切っ掛けとなるのはグロリオーサとの出会いだった。



グロリオーサという存在は、恐らくは自分、ピーンを領主ピーン・ビネガーを、ただの同等の一個人として、人としてしかみていない。

同等で、同じくらいで、そして″同じ様な存在″だから、″許せない″。

どうしてだが、例えの言葉として″許せない″という言葉がピーンの頭の中に出てくる。

しかし、ロックがグロリオーサに抱いてる気持ちの中に″許せない″という気持ちが含まれていることは賢者には確信できていた。


そしてカリンに対しては、例え夫婦の契りを結び、肌を重ねて、子供をもうけても、″許せない″という気持ちを、従順な執事が持った様子は微塵も感じさせなかった。

寧ろ、カリンが気弱で繊細ながらも立派な領主夫人となるように、ピーンを助けるのと同じように世話をやいていた。


(私が、同じように仕えてくれといったから、部分もあるだろうが)

ロックも儚げでもあるが、自分と同じように直向きに″ピーン・ビネガー″を思っている事が分かったから、カリンを言葉には出さないが姉のように慕っているのだと信じていた。


そしてロックもそう″思っている″、ハズ。


(―――ロックが″カリン″が、″ロブロウ領主夫人″が、″ロブロウ領主″を形成させる為には不可欠だったから?。

人社会としての成り立ちが、人の本能としてインプリング(刷り込み)されていたためだからとでも?)


―――優しく、暖かく響く言葉達は、優秀な執事の″依存″という本性を覆い隠す為。

―――全ては、依存するロブロウ領主ピーン・ビネガーの存在を磐石とする為。


だが次の瞬間には頭の中でその考えを否定していた。


(違う、ロックはカリンを私の妻として″姉″を思うような気持ちで接してくれているだけだ。

私とは違った意味で″世話が焼ける″事は確かなこと)

賢者は、そうあって欲しいと″願った″。



『どうしたんですか、いきなり藪から棒に』

陽が少し傾いたのか、和紙の障子紙越しに差し込む光アングレカムに当たり、その中で綺麗な緑色の瞳が瞬きを繰り返す。


武装も冷血なイメージも外しているシャツ姿の決起軍の参謀は、こうやって本に囲まれた優しい日の射す部屋にいたならば、ただの(容姿は整い過ぎてはいるが)読書家の青年に見える。


(こんな時こそ、切り替えだな。折角の話せるチャンスを心配事で潰すのは馬鹿らしい事この上無い)

穏やかなアングレカムを見たならば、先程まであれほど不安な気持ちだったものを、平時の感覚をピーンに切り替えるのは容易かった。


『いやあ、別に薮から棒ってわけでもないんだ。

単純に私の場合の″賢者の恩恵″を考えてみると、確かに様々な権利や色んな優遇されていることは勿論あったんだがな。

で、軽く説明みたいになるんだが、うちのビネガー家の場合は元々領地ロブロウを治める事が主だった仕事なわけだ。

賢者として国に対する″恩返し″は、この少しばかり理由(わけ)ありの領地を治める事と、異国の魔術の研究をすることで返す形になっている。

それで、領地の方は国が傾きかけたり、色んな事があるが紆余曲折、賢者の資格をもつ領主が何とか狡賢く治めている』

不思議と力が抜けた"自然体"と自分でも思える振る舞いをしながら、そんな事を口にしていた。


『―――ここは、笑うべき所ですか』

まるで演劇のように流暢に話すロブロウ領主に、既に口許に上がってしまった口角を隠すようにして、拳にした手を当てながら、アングレカムが合いの手のように言葉を挟んだ。


『ああ、笑わないとやっていれないところだ。

最初に少しばかり変な政策と気がついていながら、大臣の1人にでも手紙の1つでも出せば良いのに、研究の方が面白いから出さない。

国が傾き始めているのが解っているのに、一から官臣にやらに説明するのが面倒くさいからと国王に対して進言も意見も出さない賢者は、狡賢いに合わせて滑稽の何者でもないと思うしな』

ピーンからしてみれば、口を挟まれた事は絶妙なタイミングであり、丁度ロブロウ領主と執事の関わりを詳しく話始める区切りとなる。


ただ賢者が自分を卑下するような物言いになった時には、アングレカムが僅かに悲しそうな顔をした。

それは言葉には出さずに、賢者の心を和ませている。

うまく例えるのが難しいが、それはまるで話の判る――価値観の合う弟子と世間話をしている教師のような気持ちになっていた。


(この青年は″賢者″というある意味"厄介な存在"の扱い方をわかっている。

もしかしたら、色々と世話をしたらしい賢者もこうやって決起軍の若人と会話をすることで、息抜きをしていたかも知れないな)

我ながらあちらこちらに飛ぶと思える話に、今は悪魔の参謀かもしれないが、元は読者家の勤勉な青年は、動揺も慌てる様子もなく、見事についてきてくれていた。

それをありがたく思いながら、賢者は話を続ける。


『賢者の資格を得てしまったことで、色々と資料を集めるのに手間がかかっていた研究も格段とスムーズに出来るようになった。

ただそれは、散らかし魔の賢者の補佐ができる優秀な執事が、いてくれたお陰でもある。

私だけだったら資料を集めるだけ集めて、1度使ったら整頓もせずに高確率で駄目にしていただろうからなぁ。

ロックの手助けがなかったのなら、国から課せられた研究がここまで進められたとも思えない』

″悪魔″とも呼ばれているはずの青年が穏やかに話をきいてくれる態度に、賢者は軽く毒気が抜かれたような気持ちになっていた。


ゆったりと腕を組んで顎を撫でながら、自然と笑顔を作りアングレカムに向ける。

先程まで勘繰りすぎる程考えていた事は、とりあえず"寝かせる"ように頭の隅に追いておく。


(大事な事だからこそ、時間をつかって、ゆっくりと考えよう)

――多分、ロブロウ領主と執事の間には、まだまだ時間があるはずだから。


『ピーン・ビネガーという賢者にとっての何よりの恩恵は、ロックという人と出会えた事だったとざっと考えて、自分の中で結論がついてね。

賢者になっていたお陰で、やや強引にでもあるが、執事として彼をビネガー家の執事として雇えた事が、何よりも恩恵だと思ったわけだ。

だから、彼に恩恵の御礼がしたいのさ』

ついでにロックとの出逢いの経緯を、掻い摘んでアングレカムに話した。


青年は相変わらず、穏やかに話を聞いてくれる。

やがて話が最後の方になり、執事がグロリオーサにハッキリとした理由は判らないが、どうしてもよい感情を抱けていないことも話した時に、形の良い眉を潜めた。


『―――それは、知らないとはいえ、私は先程ロック君に悪いことをしてしまいましたね。

こうなると、ロブロウに残るような事になって良かったかもしれません。

ロック君には、しっかりと詫びを伝えなければ』

決起軍の参謀はとても申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ピーンと同じ様に顎に手を当てた。

しかし、ロックに申し訳ないと口にしながらも、親友グロリオーサにそんな感情――"嫉妬"という感情を持っているというのが、信じられない様子でもあった。


『グロリオーサが苦手と仰る方には、決起軍の活動をしている間にない事はなかったんです。

ただ、苦手な意識を持たれたとしても―――』

『数日付き合えあえば、打ち解ける事が出来ていた?』

先回りをするような感じになったが、アングレカムは特に不快になった様子もなく頷いた。


『グロリオーサが2週間も世話になっていながら、ロック君が打ち解けてくれていないとなると―――』

《ロックとグロリオーサの仲が、時間をかければどうにかなるものではない》

参謀と賢者は視線を交わしただけで、互いに同じ結論をだしたのが解った。


『―――まあ、うちの優秀な執事が、決起軍の参謀殿に、好感を抱いていのは確かだな。

「互いに"世話焼き"の血が脈々と流れているのが、解っている!」

と私は思っているのだが!?』

再び演劇のように、わざとらしくいうので、アングレカムは、"本当の笑顔"を浮かべて頷いた。


『ええ、確かに私もロック君に(ちか)しい気持ちを持たせて貰っています。

先程の質問した理由は、ロック君と価値観が似ているだろうと思ってのリサーチというわけですね?。

答える代わりに私も1つばかり、お願いしてもよいでしょうか』

俄にアングレカムの美しい緑の瞳からみけられていた視線から、優しさが抜け落ちる。

午後の暖かい、障子越しの陽の光に充たされ部屋の中に訪れていた、穏やかな時間は終わった。


『とても、"簡単な事"です。

どうしても、1つ頼みたいのですが、宜しいでしょうか?』

『―――良いだろう。

恩返しをしたいロックに、見当違いの物だけは、渡したくないからな』

"簡単な事"と、決起軍の参謀に前置きをして言われて賢者は頷く。

"賢者"という存在に重きを置くが、自分という芯を持った青年をピーンは見つめた。



("私一人では限界な事がある")

前に自分に言い訳するために、使った言葉を頭の中で繰り返す。


そして″一人では″という他力本願という言い訳を、捨てることができる、視覚にも感じることが出来ない″状況″が側に来ているのを感じていた。

決起軍という存在を知った時から、少しずつ、支度と策を積み上げるように″練って″きた。

ピーン・ビネガーが贔屓にしている国の、元は宗教の経典のっていたという諺の″塵も積もれば山となる″という言葉を実践するように考えてきていた。



考えあぐねた結果として、″賢者が口をだしても良い時間(とき)″が流れてくるのを待ってもいた。

ただ予想外だったことは、自分で接触しようする機会や出来事を″作ろう″としていた賢者の元に、レジスタンスの方からやって来た事。

有り難い事に、目の前にいる今は国を脅かすのに十分な力をもった勢力の参謀は、どうやら無条件に近い状態で、賢者の事は信用してくれている。



(私より、″先輩″だという賢者は、もしかしたらこの″状況″になることを、見越していたということなるのかな?。

いや、簡単に思い至っていたか。

新参者の不惑前の″賢者すら、十年前に決起軍を見つけた時から、考え及びついていたのだから)


そうやって考えを繋げていくのなら、恐らくは王の庶子がいるという村に隠遁した時から"目星"を―――国の"王"代える事を考えていた。


ただ賢者がどうして"王を諌める"という行動をしないで、時間をかけて王を暗愚に進む事を止めない事を選んだかは、新参賢者を自覚しているピーンには"解らない"。

だが現在この国は確実に《悪政に苦しむ国民を見ていられなくて、庶子の1人がレジスタンスとして動き出して、あと数年には王都に攻めいる》事が、世間に容認する世相となりつつあった。

賢者は国をどうこうする権限は持たないが、王を″見限る″事は許されている。

それは王が無くしても国を失わずに、国民が国という″居場所″を保つ為の仕組みだった。


《賢者が王を見限り、新たな王に相応しい人材を見つける》

賢者に国に対する執着があってはならない。


執着があったとしても、それに国をどうこうしようという気持ちを携えてはいけない。

だから賢者は、賢者になりたいと思ってなれるものであってはならない。

もし思い入れがあって″賢者″になったというのな、賢者として賢くあらねばと、もがき、余計場な考えを策の中ねじ込み、更に情が混じり、情は冷静な判断を失わせる。


そしての自ずから賢者となったものは、やがてその才と力をもって人の居場所をもぎ取る【覇王】となる。


だから、国は、世界の王達は、賢者に値する人物達がなし崩しに″賢者″となるように罠をしかけた。

歴史の暦に埋没させられた覇王の治世に、居場所を奪われたような″人々″のような存在が、世界に再び出てこないように。

そしてその話は、世界の王族と、国境を持たず世界を″旅″できる賢者にだけに伝えられている、幻想のような昔話。



『伺いたいことは1つ。

ロブロウ領主、ピーン・ビネガーとしてではなく、賢者ピーン・ビネガーとして、御答えください。


決起軍参謀アングレカム・パドリックの采配で動くレジスタンスの活動をどう思われますか?』

『″遅い″。時間をかけすぎている』

"簡単な質問″にピーンは速答する。


参謀という立場にとっては、結構な返答になっていたとは思えるのだが、美丈夫は賢者の答えを聞いても、その整った顔に弱々しい笑みを浮かべるだけだった。


『賢者と名乗る前とは、真逆な答えですね』

弱々しい笑みを保ったまま、アングレカムは賢者を見つめる。


『それは、そうだな。

ただの″小賢しいロブロウ領主の立場″で答えたなら、そうとしか言えない。

賢者の権限を使って情報を集めていなければ、セリサンセウムという国の決起軍の活動は、訪れたら各領地や場所で起こった問題を解決したのちに、国軍が来る前に撤退というか″逃げる″事を何度も繰り返している。

そういう活動をしているようにしか見えなかった―――いや、″見せて貰えなかった″』


″見せて貰えなかった″という言葉に、弱々しさが笑みから少し抜け落ちる。


『″小賢しいロブロウ領主″にもそうとしか見えなかったのなら、一般の方にもそう見えていたと考えよろしいのでしょうか、賢者殿?』

その問いかけには、ピーンは明瞭に頷いてから、笑いながら″一般論″を口にしてみせる。


『大方はそう思ったことだと私は思うよ。

もっと単純明快に言うならば、子供達に話すような英雄譚の活動に見せているようにも感じられた。

鬼神みたいに強い男だがカリスマを持った男を筆頭に、頭の良い美形で冷静な参謀。

世話焼きで強気で優しい女子、最後に落ち着いた様子の神父。

最初はただの旅の神父の護衛みたいなように、土地にやって来たかと思いきや、″悪党″を懲らしめて、風のように立ち去る。

そして、立ち去った後に真しやかに流れる、国を建て直そうとする″王の庶子″のレジスタンスの決起軍の噂』


『極力、その土地に起こっている明確な悪事ーーーまあ、元凶は国が出した政策が発端なことが殆どでしたね。

それが片付いたのなら、こちら側のボロや正体が知れる前には、速やかに土地を離れる努力をしていました』

『″表むき″はな』

自分が言った言葉をあっさりと否定されていた時には、決起軍の参謀は弱々しさが抜けた笑顔から、また違う笑顔に表情を変えていた。


『そういったやり方に移行したのは、神父殿に仲間に入ってもらってからですね。

幸いな事に、決起軍の風評は様々ありましたが、大まかな″印象″の話、鬼神や悪魔や魔女等がありましたが、具体的な容姿の話になると浸透はしていなかった。

特に特徴的なグロリオーサの黒髪や私の容姿の事も少しばかりありましたが、噂のイメージが先行していて―――』

笑顔のアングレカムの話を繋ぐように、ピーンが言葉を続ける。


『―――カリスマ溢れるあの男と最初から味方……というか、知人となって交流をもって接したのなら、″鬼神″などとは到底思えまい。

グロリオーサが鬼神となるのは、″敵″となった相手の前だけだろう』

続けた賢者の言葉に、未だに笑顔を浮かべている参謀は肯定の為に頷いた。


それを見てから、賢者は言葉を繋げる。


『アングレカムも、容姿は整いすぎてはいるが、武装をといて帯剣を隠して本でも抱えて歩いていたなら、研究の為に旅をしているフィールドワークをしている学者の卵にでも見えたことだろう。

とても、悪魔と噂だてられるような人物には見えまい。

何より時期もよかったかもしれんな』

賢者のこの話にも、参謀は素直に頷いた。


『ええ、世相が世相なだけに国の安寧を願うために、神職者の行脚の話は珍しい事ではなかった。

最初はそんな風にして、治安の悪くなっていた土地や場所に入っていって、賢者殿が仰っているような活動をさせていただきました』

『そうして、ざっと又聞きで話が集まってくる頃には、傍目からから見たのなら、悪党を片付ける解決の手助けをしたのちに、ボロだか正体だかバレるのを前に、その土地をさっさと離れていく決起軍。

だが―――』

賢者は腕を組んで、悪い癖だと執事に言われておきながらも、脚を組んだ。


そして時には、強く刮目(かつもく)したなら飄々とした雰囲気からは考え及びもしない、緊張を与える瞳を閉じる。

遠目から見たならば、その姿勢のまま眠っているようにも見える有り体で、口だけを動かし始めた。


『実際には、立ち去ったかのように見せかけ、その土地の目立たぬ場所に隠れて逗留する。

本当の黒幕というよりは―――今の政策に不満を持ち、決起軍に助力をこうた″新たな土地の責任者″と、緻密な上に細かい盟約を結ぶ。

盟約内容は互いに利害一致するまで、不満が残らぬように、とことん話し合う。

話し合いの席には敢えてグロリオーサを連れて行かず、それこそ彼を本当に神父殿の護衛しておきなさいとでも、説き伏せたかな。

ただ、盟約の確信を得るために、心が読める魔女であるトレニアだけを連れていった』

アングレカムは目を閉じるピーンの姿に、″本を枕に昼寝をするのが大好きな賢者″の存在を重ねながら、彼とは違う賢者が語る親友が去ってからのこれまでの軌跡を耳に傾ける。


まるで見てきたかのようないい様に、自分がしてきたことは″賢者″という名前をもつ人々には実とおせるぐらいの策なのだと、″安心″する。


『グロリオーサを連れていくと、大抵の人は心に″勇″の気持ちを持ってくれます。

心の読めるトレニアも、驚くくらいの勇。

しかし、その″勇″の前につく文字が人によって異なります』

アングレカムは相変わらず微笑んではいるが、勇という言葉を出した途端にその中に冷たさを孕んだ。


そこで参謀の青年の声の質に冷たさが加わった事を感じた賢者は、片方の目だけを開き、アングレカムを見た。


《それは"希望"を感じさせるグロリオーサ・サンフラワーを目前にして、その方達も気持ちが"強くなった"ように見えただけでは?》

《酷い言い方をしたならば、"虎の威を借りて"、気持ちが強くなっていただけとも言わせて貰っても、障りはないかと》


実直で真面目なことを恥じぬ青年の姿は、やはり弟のように可愛がる執事と似通ったものが合った。

親友でとてつもない強さを誇る者と共にあれば、勇を持てるという人たちを冷静に観察してもいたのも、よくわかった。

ただ違うものがあるとすれば、アングレカムはグロリオーサの力で出来たかりそめの勇を、根気よく本当の勇になるまで、言葉を使って成長させたことだろう。

その人物が元来、″自分の力だけで持っている勇″を調べ見極める為に、勇を沸き起こす存在であるグロリオーサから敢えて距離をおかせて、対人する。

決起軍の活躍で、その土地を代表する者となった人達が、まず自分の気持ちで国をどうしたいのか、同じ場所を居場所として生きている人々共々どうしたいのか、とことん話し合う。


それが、グロリオーサの目指す″セリサンセウム″という国と重なる部分があるか。

その代表者となった人々だけが持つ勇気だけで、これから決起軍と行う盟約において責任を背負う覚悟があるのか。

そして、やがて決起軍が王都まで辿り着いた時、その″流れ″に見事に乗れるのか。


―――それを心が読める魔女の力を借り、彼女が確信できるまで行った。


『俄に湧いた″勇″を、本当の義勇にするまで、大変だっただろうな。

まあ時間は使ったが、国の六割は決起軍の方につくと決めたらしいな』

片方だけ閉じていた瞳を両方開き、賢者は改めて決起軍の参謀を見据えた。


自然に脚を組み直そうとした時、ピーンの頭に執事の言葉が頭に気遣いの言葉が蘇った。


″プライベートな時間なら、脚を組むのはかまいませんから、たまに入れ換えてください″

賢者としてばかりアングレカムに見つめられているのを感じると、不意に執事の依存先である″旦那様″で″ロブロウ領主″である自分が、そんな長い時間離れたわけでもないのに、不意に懐かしく感じる。


″旦那様の悪い癖を矯正しようとなんて、私は考えてはいません。

ただ、同じ場所ばかりに負荷をかけると、お身体に障りますから″


(似通っているようで、同じではない)

親友をこの国の王とせんが為に、親友の為に色んな策や手段をこうじて外堀をしっかりと築こうとする参謀。


主が、ロブロウ領主として恥をかかぬように懸命に補佐する執事。

執事が注意するのは、あくまでも″ロブロウ領主として支えて欲しい″とピーン・ビネガーが頼んだからに他ならない。



(私は、本当なら、旦那様がいてくださるだけで良いんです)

今まで一度ですらそんな事を言われたことはないのに、自然にそんな言葉が頭に浮かんで消えていった。

腕は組んだままで、脚だけを組み直す。


賢い参謀は、賢者が何かを軽く一考していたのに気がついていて静かに待っていてくれた様子だった。

そうして賢者が何か考え込んでいた事に結論を出したことを察して、決起軍の参謀は再び口を開いた。


『―――でも、そうやって納得するまで盟約をすることで、人という者が―――』

ここで一度言葉を切ってから、アングレカムは少しばかり残念そうに口を開いた。


『一般的に責任の取れる年代だと思えるような、壮年の人でも、命がけで責任を負うことに激しく躊躇いを持っていました。

命をかけるから、当たり前と言えば、そうなんですが』

苦笑いを浮かべて更に続けた。


『今、セリサンセウム国の状態が良くないことは、皆さん十分に判ってはいらっしゃるんです。

けれども、とりあえずは、決起軍が嫌な政策の部分を排除して気持ちや心が落ち着いたなら、それでもう満足してしまわれるんです。

日常が戻ったなら、それだけでいい』

参謀は両手の指を絡ませ、祈るようにして、いつも真っ直ぐな背を曲げる。


祈るように組んでいた手を、額に押し付け、声を絞り出すようにして続ける。


『グロリオーサが悪政の元や存在を"とっちめた"時は、

《今の政治では駄目だ!今の国王から、王座を退いてもらおう!》

と、栄光を背負ったような鬼神の男を前にしたら、指揮は高っていました。

けれども、グロリオーサと距離を置かせて数日離したなら、あっという間に"そんな気持ち"は治まります』

(解決済みではあるのだろうが……悩み……、いや、葛藤を打ち明けられているらしいな)


なので簡単に賢者は"アングレカムの立場になって"考え付いた事を諳じて見せた。


『俗に言う"その場限定のノリ"というのはあるだろうな。

合わせて集団心理という奴もあるだろう。

元々、セリサンセウムという国に暮らす人は土着民で、"血の歴史"にも、争ってまで領土を広げたという史実は、現存する文献にはどこにも記されてはない。

元々が戦いには向いてない"人種"ではあるんだろうさ。

それに加えて、南国や東の国を除いた、世界的規模の宗教の総本山があるのも、この国の王都だ。

王都に攻めいるイコール、宗教の戒律に反する。

もし王都に攻め行ったなら、自分達の祖となってくれた大地の女神を侮辱し、天使から天罰をくらわされるかもしれない。

アングレカムなら言わずもがなで考え付いて―――相手を責めたくなる気持ちを、理性で抑えたぐらいはしていそうだな』

思い付く限り、アングレカムが不満に思っていそうなことや、その不満を理性的に"片付ける"為の言葉を口から並べてやる。


ピーンが不満を口にし始めた時から、祈るようにしていた姿勢から固く閉じていた目を開けて、曲げていた背を伸ばす。

整いすぎた顔に呆けるように、小さく丸く口を開けた。

それから、―――安心したように弱々しい笑みを浮かべた。


『ふふふっ、どうやら私が言った事は決起軍の参謀殿と考えていた事は間違ってはいなかったようだな』

イタズラの成功した子どものようにピーンが、言うとアングレカムは真っ直ぐに戻った背筋を、椅子の背凭(せもた)れにゆっくりと委ねて、力を抜いた状態になる。


それから苦笑いを浮かべて、アングレカムも脚を組んでその膝の上に頬杖をつく。


『―――正直、土着民についてまでは考えていませんでしたね。

不思議なものです、どうしても理屈や理性よりも、ありがちな感情論の方が、人は共感して受け入れやすいんです。

私も含めてですが』

一気にそこまでいうと、アングレカムは大きく息を吐き出して続ける。


『でもそれは、本当の意味で人がどれだけ弱くて、感情によって左右されるのかを、私に学ばせてくれました。

盟約での話し合いでは、口では協力すると強く言いながらも、内心では″国軍が決起軍を強くなったのなら―――″と怯える心を、トレニアに何度も耳打ちされました。

私も真っ直ぐに見返したなら、直ぐに判るぐらいでしたから』

『―――″怯えた心″ねえ』

賢者はどうやら"怯えた心"の方に興味を持ったらしく、自分の顎を掴んで小さく何度も頷いていた。


『"弱い"とは感じなかったのかね?』

『―――はい、弱いとは感じはしませんでした。

説得する皆さんは、一様に自分の命の心配もされてもいましたが、それ以上に、御家族の心配をされていたそうですから』

『―――アングレカムは、それを"許せる"のか?。

自分の家族さえ助かれば、それでいい。

世話になった者達に、感謝の言葉を送ったらそれでおしまい。

どうぞ、次の場所でも頑張ってください、みたいなのは』

―――不思議とピーンは自分で言いながらも、その事に腹をたて始めている自分に気がつく。


若人であろう決起軍の3人が、国の為に自分達のかけがえのない時間を費やしているのに、助けてもらって、自分の日常が確保出来たななら、別れを告げ、出来た縁すら断ちきろうとする。


(自分の都合が良すぎる、身勝手すぎる、理屈と感情論だ)

そんな事を思いながらも―――その決起軍の参謀が説得してきた大人達に、そのまま″今までのロブロウ領主ピーン・ビネガー″が当てはまる事も気づいてもいた。


気がついたのと同時、言い訳も胸の内に広がった。

本当なら、何も縛りもなく自由に動きたい。

家族に縛られずに、自分の信念と理念のままに、自分の居場所を、国を守るために戦いたい。


―――だが、自分の家族を守らないことは、それだけでも、家族を裏切る事を選択しているのと同じことだと思えもするのだ。


そして、少なからず自分と同じように思いながら、その事を考えながら決起軍の参謀と、盟約について話を繰り返していた人物も少なからずいたのではないかと、ピーンは考える。


『許すも何も、仕方ないという気持ちが自然と沸き上がりました。

″家族″とは、きっと良くも悪くも、そういったものであるべきなんでしょう。

長となるものは、自分の家族を守ることを最優先に考えるべきもの。

そうでなければ、家族でいる意味もないかもしれません。

それに、元々"家族を助けて欲しい"ということで、レジスタンスであるに連絡を寄越していた方々もいらっしゃいました。

もしかしたら、家族に害さえ及ばなかったら、助けさえ求めなかったかもしれません』

家族と縁を切った状態でもある青年は、スラスラとそう言う。


アングレカムの中には怒りの感情は、勿論あった。

でも、家族を守る立場の人の身になったのなら、家族や家庭を守らないことを選んでまで危険な道を―――レジスタンスに協力するという道を選ぶ事は極力避けたのが理解できてしまってもいた 。

王族に請われて、多額の金額で縁を切る事になることで、育ての親が僅かにでも悩んでくれた事が、家族に相手にされてないとも考えていたアングレカムには本当に嬉しかった経験を思い出す。

それは一般的には希薄すぎる愛情でも、まったく縁が無いとばかりに考えていた青年には、十分嬉しかった家族の繋がりだった。


もしこれが、血の繋がりも家族の会話もある、アングレカムには想像がつかないほど、愛情溢れた家庭という安らぎの場所があったなら、それをきっと懸命に守りというのが理解できる。

だから助力を求められて、助けはしたが、助けたのだから命と引き換えにもなりえない活動に、協力して欲しいと要求しているレジスタンス。

助けたのだから、その恩返しと思うなら手伝えというのは、おかしいのではないかという″常識″の観念も参謀はしっかりと持っていた。

だがそれを踏まえた上で、いくら時間を費やそうとも、決起軍が助けた地域の相手が家族を含めて納得してくれるまで、懇懇と協力を求める話をした。



″今が良くても、またレジスタンスに求めたくもない助けを求めるような政策を、国は出すかもしれない″

それでも渋る時、あり得なくはない可能性の話を持ち出して、揺さぶる。



″その時、再び助けを求められたなのなら、きっと決起軍のリーダーとなるグロリオーサは、助けようとはするし、きっと助けに呼ばれればくるでしょう″

アングレカムの口から出されたグロリオーサという名前を聞いただけで、会談に参加する人物達はホッとし表情を浮かべる。


そして思う。

《この冷血そうな参謀がレジスタンスにいたとしても″あの″グロリオーサ―――お人好しに伝えたなら、盟約など危険なものを結ばなくて大丈夫》

保身に満ちた次の瞬間には、尋常ではないほどの冷気が会談の部屋に満たされ、心体共に体感して驚愕する。


目の前に会談している美丈夫が、今までみたこともないような魔力を伴って、周りの空気を冷気にかえて、正しく震え上がらせられた。

かつて助力を求めた時には、精霊である炎の蜥蜴(トカゲ)を彼の武器となる細剣に纏わせていた時と真逆の力でもって、馬鹿みたいに素直でおおらかな親友の気持ちを利用しようと考える″輩″を、アングレカムは威圧する。


―――グロリオーサの側に控える自分や、共に説得に来ている魔女。

―――この二人が、一度助力を求めたのに礼を言われただけで、無用に近い扱いをされかけているのに気がつかず、それを忘れて助けるほどお人よしでもない事をお忘れなく。

冷気と言葉を繰り、体を凍えさせて恐怖を煽り懸命に印象づけた。


―――貴方達それぞれに、この土地と、家族の長足る自負があるように、私も家族を大切は素晴らしいものだと信じている、お人好しのリーダーを守る自負があるのです。


参謀自身は、自分がいかに恐れられようとも、構わない態度を示した。

そんなやり方をもってアングレカム・パドリックは、盟約を交わす相手に″勇″に呼び掛けていた

その旨を賢者に話すと、見て取れるぐらいにアングレカムは肩を落としていた。


『結局、どうやっても迷う方々に対して最終的に私がしている盟約の結び方は、今は暗愚と呼ばれている国王よりの真綿で絞めるようなジワジワした悪政にも劣る、力業でしたね。

どちらも選択するものも嫌なものを、目の前に2つ並べて、決起軍にとって有利な選択をするように、協力を呼び掛けていたようなものですから』


『―――アングレカムは自分の策が、私から……いや、″賢者″という肩書きを持つものに″駄目だな″と言われるのを待っている様子だな』

ピーンが声を和らげてそう言ったならば、アングレカムは肩を落としたまま素直に頷いた。


『はい、自分でも慎重になっているようで、最後の方では強引に説得している。

結局は全てにおいて、参謀のとしての自分がグダグダとしていると感じてはいましたから。

悪魔みたいだなんて自分で広めていますが、魔法を使って脅して、最後は結局″力″を頼りにしていますから』

日が僅かに落ちたのか、わずかに紅い色を含んだ夕日の光が、障子越しに緑色の瞳を持つ美丈夫に当たる。


アングレカムは悲しそうではあるが、どこかすっきりし雰囲気を身体全体から醸し出していた。

そして何より先程まで微塵も見せていなかった、疲労の色が急に見えた。

(国の各土地の責任者達相手に、こうやって、私のような立場の責任者達とこの数年間、散々考えて口と頭を使って話を繰り返したのだろうな)


『―――応言ってはおくが″巧遅(こうち)拙速(せっそく)に如かず″とはいったが、私が遅いと評したアングレカムはどちらかと言えば、″巧遅″。

そして、丁寧すぎる事を―――話し合いを長引かせた事、決して無駄ではなかった。

私は否定する気はない』

そう言いながら、組んでいた脚をピーンは下ろした。


『それに最後の方は力業とはいうが、やろうと思えば、短くも長くもアングレカムがやりたいように話を持っていくことができたはずだ。

そこを、協力者側の都合に合わせて極力話し合って、切り上げても大丈夫と思えたタイミングでやむを得ず力業で切り上げた』

賢者はそこで顔一杯に苦笑いを浮かべてやる。


『本当、悪魔だなんだって言う前に、アングレカムという人間は優しすぎる。

対面する人々に公平に真面目で優しく、気を回しすぎている。

で、名前ぐらいしか聞いてはいないが、グロリオーサの賢いという姉上の娘さんのバルサムちゃんか?』

『どうしてそこでバルサムの名前が出てくるんですか?』

恋愛対象でもないが可愛らしいとは思っている、親友の姪っ子の名前を出されて、アングレカムも苦笑を浮かべながら、組んでいた脚を下ろした。


苦笑いを引っ込ませて、ピーンとまっすぐに向き合い、続くだろう言葉を待つ。


『そのお嬢さんは、周りの女性達が黄色い悲鳴をあげるアングレカの容姿にだけではなく、存外そんな悪魔の参謀さんの優しい所に惚れたのかもしれないなぁ。

で、その叔父さんあたるグロリオーサも難しい事はわかっていないかもしれないが、きっとお前が参ったなら直ぐに気がつくだろうな。

心の読める魔女は尚更だろう』

ピーンは目だけを動かして、部屋においてある調度品を見つめたまま視線を止める。


美丈夫は親友の世話になった土地と人々を信用しているとはいえ、万が一を考えて警戒心を持ったままロブロウ領主の書斎に入っていた。

その際には部屋全体を観察していたので、ピーンが見つめている先に何があるか思い出す。


(賢者殿は″時計″を見ているようですね)

アングレカムが賢者は時計を見ている事を把握した様子を察したところで、ピーンはまた口を開いた。


『……そして例え心が読める魔女が、交渉相手の気持ちの揺れ具合を把握してくれても、″時間″の流れというものだけは、どんな人でも読むことも、計る事もできない。

それは賢者の私にも言える事だ。

時間の流れだけは、どうにもならないが決起軍の参謀は、そのわからない流れの中でも懸命に考えて、策を練っていた』

不意にピーンの目が冷たく細くなり、形の上では微笑みの形を作る。


『時間に期限(リミット)がある″課題″で一番してはいけないことは、その期限をオーバーすることだ。

いくら、質や出来がよくても、欲された時に間に合わなければ、そこで″駄目″。

意味すらない事になる。

そして、そこに″人の情″を持ち込んでも駄目だ。

情けで全てが許されるなら、秩序など誰も求めなくなる』

冷徹に響かせる賢者の言葉に、アングレカムも迷いなく頷いた。


『そして、その時間が許す限り対話し話を聞くという秩序は、ジュリアン・ザヘトが望まぬ形で決起軍から脱退する事態になったと決まった時。

アングレカム・パドリックの中で更に固くなに守るべき秩序となった』

この土地に来てから幾度となく耳にする、懐かしい名前を聞いた時も、アングレカムは静かに深く頷く。

そんなに時間が過ぎた訳ではないのだが、障子の和紙越しに射し込む日の光は紅い色よりは、橙や朱色が混じった色―――黄昏時を感じさせる色で美丈夫を照らしていた。


『―――本当に追い詰められた人に、落ち着いた判断を求める方に無理があるのは、私にも判ります』

言わずもがなで、賢者には、アングレカムが口にしている内容が、ジュリアンが立ち去ることになった事件について語っているのがわかった。


話を聞く限り、恋人の身柄、命さえ差し出せば、沢山の命が救われる状況で、戦う力も乏しい中、選ぶ選択はそれしかなかったとも思える。


彼が抜ける時、別れの間際に見送りもしなかった、申し訳なくて出来なかった。

参謀という立場で、ジュリアンが怪我をしたので村で療養することに意見をグロリオーサに求められて許可を出したのは、アングレカムだった。

誰もそこを追及などはしないし、責める片鱗すらなかった。


『一般的には"人でなし"と言われるような事を、追い込まれた人が仕出かしてしまう事が、あるのも知っているし、やむを得ない事も分かっていたつもりです。

それでも、ヒトデナシな行動をしてしまったとしても、決断を出すまでに散々話し合った経験があったならば、迷ったことも、選んだ事もまだ受け入れる気がするんです。

最終的に叶わなかったとしても、結果や評価が決められた期限内に出来なくて、否定をされても、まだ駄目だということを、納得が出来るような気がして。

今となっては、全てが言い分けにしか聞こえないでしょうが』

静かに、悲しそうにアングレカムは唇を開く。


『もっと、私は″ジュリアン″と話をしておくべきでした……』

茜色した夕日を浴びた褐色の頬に、一筋だけ涙がつっと伝い滑り落ちる。


丁度、グロリオーサが泪を朝焼けの中で流したのと同じように、アングレカムはまともに別れを告げられなかった友を思って泣いていた。




―――胸元にいれていた指輪が、慰めるように小さく揺れていた。


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