【昔話"兵(つわもの)の掘る穴"】
『兵の訓練は、穴掘りに始まり穴掘りに終わる』
その話の根源には愛国心があると、セリサンセウム王国の軍隊では伝えられていました。
"平定の4英雄"そう謳われた人が、グロリオーサ・サンフラワーが崩御し、国葬が終了して間もない時期―――。
生前のアングレカムが"国王の生死に関わらず、英雄が役目を果たせなくなったのなら"と用意しておいた政策が、後任となった学者上がりの宰相チューベローズ・ボリジという貴族議員によって施行される。
それは英雄がいなくなった後に他国が侵略を、"民"が自分の力で国を守る為という理念を喚起させるのに"一時的"に国が行っていた徴兵制度だった。
"他国が侵攻してきた時、もしもの時の為に"という、事細やかに侵攻され易い状況の理由や、セリサンセウムという国が他国からみたら非常に利便がよい魅力的な場所である事。
そういった事を徴兵の布告の際に、国民に包み隠さずに懇切丁寧に説明を行った。
それに加えて政策を画策していたのは、平定する為に活躍した英雄アングレカムという名前を使って広めていた。
カリスマ溢れる国王が崩御した後に、英雄がいなくなった後でもこの国の行く末を考えられたという政策に、平定の際にたかまり、幾らか沈静化した愛国心を国民に再燃させる。
政策を耳にいれた途端にある程度の民は自ずから、"兵士"志願してくれるものも多々あった。
その当時の軍の統制は平定の際、決起軍でのものがベースとなっており、比較的初心者でも判りやすいし、受け入れやすい"軍律"で統制されていた。
その中で、訓練の1つで穴堀があり『兵の訓練は、穴掘りに始まり穴掘りに終わる』という格言のように真しやかに伝わるものがある。
正式な歴史書等に明記はされてはいないが、そもそもは平定の4英雄がグロリオーサ、アングレカム、バロータ、トレニアと定まった後の逸話が元である。
平定の総仕上げとなる前。
乱れ腐敗しきった政治を行う王都に攻めいる前夜に、各々が小高い、国を見渡せる丘に掘った穴からと言われている。
"国の安寧を護る兵になる為に、最後に還る大地の女神に抱かれるが如く、己の躯を埋めらる為の穴を掘る"
国を良くしたい、守りたいという信念の元に、その為なら死すら厭わないとう覚悟の表れと、平定の4英雄の"心意気"という表した話は、教官となる軍人が新人兵士に穴堀を指導する際に、よく語れる事が多かった。
"身命を賭してでも平定し、護りたい国"
それを徴兵でも志願でも集まったセリサンセウムの兵士となる民に、浸透させる為に"使われた話"だった。
そんな話が使われた裏側で、兵となった民が一人でも少なく"自分が掘った穴に"に落ちないように、"国"は動いていた。
"英雄"となるべく目星をつけられていた、2人の少年と1人の少女が布告によってでの徴兵の形で、軍に所属する。
そしてアングレカムが予見した通り、グロリオーサが崩御して一年も経たぬ内に他国からの侵略の動きがあるという情報を、これも悪魔の宰相が手掛けておいた、国王直轄の諜報部隊が入手してくる。
無地から"英雄"に仕立てあげるべく後ろ楯となる血筋も過去もなく、無名の兵だったされていた少年と少女は、"セリサンセウムを侵略せんとする敵軍を一掃する"という大義名分を以て、御披露目ともいえる活躍を開始する事になる。
密かに鍛え上げられた英雄候補達は、戦争の"初陣"となる日の前日。
宰相のチューベローズの執務室――元はアングレカムが使っていた部屋に、2人の少年と1人の少女は召喚されていた。
『これから、この戦争を見越していた男からの手紙を読み上げる。
――死人からの伝言だ』
元々アングレカムに少しばかり対抗心を持っていた、チューベローズは厭味にも感じられる言葉を皮切りに、蝋印で閉じられいた封書を開き読み上げ始める。
―――"戦争"となったのなら、出来る限り"長引かせなさい"――――
『え?―――あ、すみません、ボリジ様』
気は強くはあるが、生来の優しさの雰囲気を醸し出す紅い髪の少女がチューベローズが読み上げた内容に驚きの声を出したが、厭味な視線に場を弁えなかった事に気が付き、すぐに黙した。
チューベローズは、眉間に深い皺を刻んだまま、アングレカムが書いたとされる手紙を更に読み上げる。
―――そして侵略者達に、セリサンセウムを侵略するという事は、如何に無駄に疲弊を与えるばかりであると、自ずから気が付き"退く"まで、次世代の"英雄"達でおもてなししてあげなさい―――
『"おもてなし"におちょくるのは含まれますか?』
3人の中で真ん中に立つ、鳶色の髪と瞳をした丸眼鏡の少年が、笑いながら尋ねた。
チューベローズはこの少年には何があっても無視の態度をとると決め込んでいるので、またアングレカムからの手紙を読み上げ始めた。
―――そして、侵略者達を傷つけ動かさないようにするのは構わないが、目だけは視界は奪わないようにする事。
そして、傷つける事は構わないが
そこで宰相の口が一度閉じる。
――殺さないように努めること――
ゆっくりと読み上げた直後に、3人目の英雄候補が徐に口を開いた。
『怪我はさせても、殺さないようというのは、力加減が難しいのう。
もし敵に貴族の姿が見えたら、ワシは無意識に力が入ってしまうぞ』
まだ十代のはずなのだが、出身地の方言なのか、"地"からなのか、年よりみたいな言葉使いで日に焼けたガタイの大きな少年が、そんな風にぼやいた。
『あ、でもグランドールの大剣の容赦ない攻撃みたら"命懸け"で相手さんも防御するから、"殺さないで傷つける"ぐらいには丁度いいんじゃないの?』
貴族に力加減が出来ないとぼやく友人に、ネェツアークが屁理屈を捏ねあげて進呈するのに、グランドールは有り難く飛び付いた。
『おお、そうかの?』
『ちょっと、ネェツアークに、グランドール!』
思わず少女が2人の同期に戒めの言葉をかけると、許可無く口を開いてばかりいる"未来の英雄"達に、チューベローズは舌打ちをすると、若者3人は漸く口を閉じた。
反省し気まずそうに口を閉じたのは、瞳も髪も名前のと同じような紅葉した楓色した――メイプルだけで、ネェツアークは不貞不貞しく口角は上がっているし、グランドールはこういったところは"天然"なのか、濃いブラウンの瞳をまるくし、逞しく太い首をボリボリと掻いていた。
チューベローズにしてみれば、鳶色の少年は"気にくわない"。
――しかし、実はそのネェツアークの横に立つ日に焼けた大柄な少年には、気にくわないに加え、軽く苛立ちを抱えてもいた。
タイプも言葉遣いも全く違うのに、よく日に焼けた褐色の肌は、学者としてのチューベローズの知識を凌いだ、元は田舎の農家の読書好きのアングレカムを何故か思い出させ、また額に大きくシワを刻んだ。
学者上がりのチューベローズより博識でありながら、変な所で物を知らなかったり、勝手な私怨になるとわかっているが、プロポーズしようと考えていた女性はをアングレカムに先に求婚され、あっさりと結婚されてしまったり、と。
ただ私怨も腹立ちもあるが、仕事に関しては極めて優秀なこの人物はアングレカムの"宰相"の後がまを見事にこなしていた。
『―――ふん、死んでも相変わらず利用できる偽善を最大限に利用する、姑息な策だ』
褐色の肌の少年を見たことで、アングレカムをの姿を重ね思い出して、更に厭味たっぷりな視線を白い便箋に向ける。
『早い話が、私達の強さを見せつけ、"今度戦場に出たならば、死ぬかもしれない"という恐怖心植え付けて、出来るだけ多くの"生き残りの犠牲者"を出す。
あくまでも目的は、敵の戦意を削いで、"兵"から"民"に戻して戦力も削減なわけですよね。
戦力さえ削げば、他国は侵攻どころか、自国の防衛を疎かにする事にも繋がる。
セリサンセウムを攻めている内に、防衛が薄くなった自分の国を他国に攻められちゃ、目も当てられませんものねえ』
白い便箋を見つめるチューベローズに向かって、ネェツアークがまた無遠慮にしかも長々と口を開く。
賢しい少年は、厭味な宰相が、日に焼けた親友に謂れのない"やっかみ"を抱いているのを知っているので、さっさと話を進めたのだ。
ネェツアークの不貞不貞しさは気にくわないが、ユンフォから引き継いだ資料に書いてあった通り、切り替えの早さや何気に"友"を大事にするところは悪くはないと思った宰相は、話に"乗ってやる"。
『綺麗事を並べていうのなら、そういう事だな―――。
しかも相手に与える損害を少な目にする事で、侵攻している国にじわじわと染み入るように疲弊をさせていけとの事だ』
そこでチラリと紅い髪の少女を見つめる。
見詰められる事で、メイプルは前の宰相であるというアングレカムが、何を考えて"戦争を長引かせろ"といったのか意味を解する事が出来ていた。
チューベローズはメイプルが解した事はわかっていながらも、厭味たらしく説明を始めた。
『"まだ戦える、もう少し戦える"と侵攻の戦で大きなダメージを受けぬ故に、無理が祟っている事から、主に戦争を推し進めている為政者や軍人達は目を逸らす。
そして気がついた時には、自国の疲弊を回復することに専念するしかなくなる状態持ち込む。
相手が休戦の講和をしてきたのなら、それを受け入れてやれと、補足に書かれている。
疲弊を持ち直しまた、侵攻されたのならまた同じようにしろとな。
何度も繰り返していけば、侵攻を推進する為政者やそれに賛同する軍人の発言力も弱まり、やがて侵攻自体を止めてしまう事だろうとの事だ。
この戦のが起こってしまった時、最も留意するのは"勝者も敗者も作らず、この国に攻め入ることは無駄にしかならない"という結果を、侵攻してくる国の心胆に埋め込んでるという事らしい。
―――"生温く"時間を割くばかりのやり方だ』
この策を提案された時、チューベローズは、"英雄"と呼ばれる存在を作るのなら、その力を最大限に動かして一気に"片"をつけたならどうだといったが、アングレカムは首を振った。
"短時間にに片をつけたのなら、印象には残っても記憶には残りません。
少数の人に言い伝えられ、伝説のように語り継がれるよりも、実際に大勢の人に目の当たりにさせて、少しでも多くの人に公平に"戦争の愚かしさ"を学びとってもらいたいから、この方法を考えました"
『それは、この"案"を考えたアングレカム様のなりの優しさなのでは、ないのでしょうか?。
長い年月をかける事で、"戦争を知っている"を、戦争の愚かしさを"経験"している人が増える事で、その後の、戦争が終わった後で平和の時代が続くようにと』
緑色の瞳に射竦めるような視線を伴ってアングレカムに言われた内容と、ほぼ同じ内容をメイプルが口にした時、チューベローズは嫌悪の表情を浮かべていた。
獲物を仕留める蛇のようだとも評される目で、メイプルを睨み口を開く。
『平定の戦の折には、自分で率先して大将首ばかり跳ね、心の臓を細剣で貫いて、最短で戦を終わらせるように仕向けておきながら、今度の戦は後世の為に命奪わずに、戦意だけを削いで長引かせろという。
しかもこの方法で最も苦労を背負こむのは、この方法を立案した当人達ではなく、攻め入れられる自分の国の未来も可能性も多くある若者、お前達だ』
チューベローズの言葉に、メイプルは唇を咬み、グランドールはつまらなそうに目を細めて、ネェツアークはやはり不貞不貞しく笑っていた。
『お前達も納得づくとはいえ、よくも名誉という形にもならない、いずれ忘れられるかもしれない"英雄"の役目など請け負ったものだ。
相手はこちらを殺す気で攻めてくるのに、こちらは相手の命や傷つける度合いまで慮って行動しないといけない』
"それでは、英雄とい名を背負った人が苦労するだけの人生ではないのか、アングレカム殿。
恐らく、英雄の目星をつける事になるのは、この国にとっても、有益になりそうな若者ばかりなのでしょう?"
合理的で厭味に溢れる人物ではあるが、秀才で思慮深い学者でもある男は決して非情というわけではなかった。
ただどう合理的に考えても、必要以上の苦労を特定の者だけが被るという考えを受け入れられない。
決して"情"ではない、"合理的ではない"と思うから、チューベローズは自分に言い聞かせながら"好敵手"と思っている男にそう告げていた。
"―――多くの意味で、被害を最小限にする為です。
英雄として目星をつける子達には、相手を"慮る"余裕があるように、鍛え上げるカリキュラムを作っておきます。
選ぶに当たっては、その"才能"も考慮して行い、最終的には実地訓練も施します。
"命を奪う"感触を覚えさせてから、民が英雄と認めるような活躍の場を与える。
これに、何の不具合が生じますか?チューベローズ殿"
アングレカムは冷然として、自分を勝手に"策士"の好敵手と思っている学者上がりの男にそう言いきっていた。
『いいじゃないですか、私達にはそうすることの出きる"才能"と"余裕"があるんですから。
練習として、命を奪っても構わない異国の盗賊団とも"模擬戦"で命を奪うか奪わないかの程度はもう"覚え"ましたよ』
鳶色の少年も、同じように言いきった。
―――"英雄"の気持ちは"英雄"になるものにしか分からないということなのか?。
『出来ない人の為に、出きる人がそこを補う。
考え、慮る事の出きるという"人"らしい行動じゃないですか?』
(私が好きな理詰めな言葉なはずなのに、どうにも受け入れる気になれない)
ネェツアークがアングレカムと同じよう事を言いながらも、チューベローズはまだ若い英雄"候補"達に少なからず"危うさ"を、特に目の前にいる二人の少年に抱く。
メイプルが言った通り、アングレカムが目論んだ策には、チューベローズも無駄とは思いつつも感じられる"優しさ"が含まれているのを感じ取れた。
だが目の前にいる二人の少年の"慮る"と、アングレカムが考える"慮る"には、齟齬があるような気がしてならない。
月が無い夜の為なのか、部屋の蝋燭の灯火中で浮かび上がる二人の少年達が合理的な自分以上に、情が無いようにも見える。
グランドールは妹の敵となる貴族を倒すために、ただ武を磨き強くなった。
ネェツアークに至っては、生きていく上でまるで"好奇心"を満たす為のついで魔術や戦う術を身につけていた。
その少年達の横に佇みながら、自分と同じように、何か危ぶむ思いを抱えて見つめる少女がいた。
(―――この"少女"を候補に選んだのは、グロリオーサ陛下だったな)
ネェツアークが"メイプルがいるなら"と英雄となることを受け入れたのを、ユンフォからの引継書類に載っていたのを思い出した。
(この少女の"役割"は―――)
この3人の中では、きっと戦う力は一番低いのはメイプルだと、荒事は不得手の学者上がりの宰相にも解る。
気は強そうで、優しそうな少女ではある。
でも、ネェツアークやグランドールのように特化する強さがあるようには見えない。
報告書に記されているメイプルの身上は、あくまでも上級の法院の僧兵と、新しく法王となったサザンカの第三秘書というものだった。
しかし、アングレカムが望むような"戦果"をだせるのは、きっとこの少女なのだろうという事がチューベローズには解る。
(ネェツアークとグランドールはどこか"戦い"の中で、心に足りない何かを埋めようとしているものがある)
そのような心持の戦い方を敵に見せたとしても、それこそアングレカムが懸念していたような"印象"には残るが、"記憶"に残らない戦い方を曝す事だけにならないかと、初老の宰相も考え至る。
(この少女と共に戦場に送り出すことで、少年達はそんな戦い方を止める事に繋がるんだろうか)
急に黙りこんだ宰相に代わるように、ネェツアークが言葉を続けていた。
『ボリジ様、明日の形だけの"初陣"。
いくら相手を命を落とさないように負傷させても、愚かな指揮官がいる場合は、余計な使命感を持たせ、捨て身をさせてくる場合があります。
その場合は、私は躊躇い無く大将となる方の命を狙います。
指揮する者達さえ討ち取れば"兵"は"民"へと戻りやすくなりますから―――』
(こんな風に、"命"を語る"人"をこの国の英雄に据えていいのか?)
『それと、言っておきますけれど、裏切るなんて面倒くさい事はしませんから、安心してくだ』
『―――はああ』
ネェツアークがまだ不貞不貞しく口を開くのを遮るように、メイプルが盛大な溜め息をついた。
それは今までのチューベローズが聞いていた"メイプル"の声の質と、明らかに違う。
『―――ボリジ様、少々失礼します』
紅い髪の少女はにっこりと笑って、恭しく頭をさげた。
『な、何か?』
『少しばかりお見苦しいものを見せてしまいます』
軽く狼狽える宰相に頭を上げ、メイプルの瞳は美しく輝いていると感じた瞬間。
『ネェツアーク、調子に乗らないっ!』
スパーンと、メイプルがネェツアークの後頭部を叩いていた。
鳶色の頭はメイプルの叩き込んだスピードの倍速の勢いで、執務室の絨毯の床すれすれで何とかバランスをとって止まる。
かなりの威力と勢いをもってネェツアークの後頭部を、紅色の髪の少女が叩き込んでいるが、叩かれた当人はどうやらその状況には慣れているらしい。
『痛いなぁ、メイプル。それにそんなに怒らないでよ。
前に宰相さんが、メイプルの事が"戦力外"って英雄候補から外そうとして、私達を離そうとするから"おちょくった"だけじゃない』
そして鋭い鳶色の瞳でをチューベローズを軽く睨みながら、ネェツアークが鳶色の髪をガリガリと掻きながら、メイプルから叩かれた頭をあげる。
確かに過去一度、アングレカムに代わって宰相に就任したばかりの頃、まだ健勝で国王だったグロリオーサに"英雄候補"に女性――メイプルが入っている事に関して意見をした事があった。
("情報の拾得力に、油断ならない所あり"とは記されてはいたが…)
ただ不思議とメイプルから叩かれた後から、ネェツアークを含みグランドールからも滲ませていた"危うさ"の雰囲気が、感じられなくなっている。
驚き呆ける宰相を尻目にメイプルは―――"説教"を続けている。
『それにしてもやり過ぎ、調子に乗りすぎで、言葉を選んでいなさすぎ!。あと、グランドール!』
メイプルの怒声に、褐色の少年は、鳶色の親友の横で大きな体をビクリとさせる。
―――どうやら本気で畏れ入っている。
『―――ボリジ様の奥さまが貴族だからって、そんな態度をとらないの。
ボリジ様、チューベローズ様自身は学者から努力をなさって、貴族の家に頼み込まれて婿養子に入った事はグランドールが私に教えてくれた事でしょ。
その事情を知っていながらそんな態度はないんじゃないの!』
『すまん、いや、"すみません"かのう』
そう言って大きな身体を曲げて、貴族が大嫌いなグランドールは"奥方が貴族"という宰相に、丁寧に頭下げた。
先程までの様子から思いもよらないほど、素直な態度でネェツアークもグランドールもチューベローズに頭を下げる。
(ああ、そうかこの少女の役割は―――)
『成る程、力も知恵もないが、大きすぎる力を間違った方向に使わせない為の礎か』
チューベローズがそう言った途端、メイプルは今度は恭しく瞳を伏せた。
(―――仰るとおりでございます)
宰相の頭の中に、鈴鳴るような可愛らしく聞こえる"少女"の声が響いてきた。
だが次の瞬間には伏せていた紅い瞳をパッチリて開いて、今度はネェツアークの耳をメイプルは引っ張り上げる。
『大人しくなったと思ったら、テレパシーにまで、聞き耳をたてないっ!』
『痛い、痛いよ、メイプル!新しい王様から直轄の諜報部隊に入らないかというから、テレパシーから情報拾得の練習をだね―――』
『だからって、今する必要も、私が意識してボリジ様にしているものに聞き耳たてる事はないでしょうがっ!』
そう言ってから、引っ張っていたネェツアークの耳から、手をピッと一度強く引っ張ってから離した。
『私以外にメイプルの可愛い"本当の声"を聞かせたくないのに〜』
引っ張られていた耳朶を赤くしながらも、長い指の大きな手で顔を隠し、わざらしい泣き真似をネェツアークはしている。
『17歳になろうっていうのに、わざとらしく泣き真似するのはやめなさい!。
それといい加減にその独占欲の強さと、嫉妬深いのをどうにかしなさい!』
『じゃあ、もうチューベローズさんとの内緒話に聞き耳立てないから、今度イナゴの佃煮サンドイッチ作ってくれる?』
『ギブアンドテイクする話にしても、もう少し脈絡ぐらい繋げる配慮をしなさい!』
『―――マクガフィン』
所謂"犬も食わない"といったものを見せつけられているのに漸く宰相は気がついた。
取り込んでいる英雄候補の男女二人を放っておいて、元来合理的な男は、一番的確な情報をくれそうな人当たりが良くなった日に焼けた少年に言葉をかける。
『はい、なんでしょう』
『この二人は、プライベートではいつもこんな感じなのかね?』
『ええ、そうです。仲間内ではこんな感じですのう』
(でも、こんな2人といることでワシは、"まとも"な心を今の所は保てておられるような気がします…)
グランドールが敢えて執務室にいる4人全員に聞こえるようなテレパシーで言葉を出した時、メイプルはネェツアークへの"説教"を止めた。
『サクスフォーン、マクガフィン、お前達は自分自身で自分の"強さの危うさ"に気がついては、おるんだな?』
チューベローズが尋ねると、2人の少年は同時に頷いた。
『ええ、わかっていますとも』
ネェツアークは丸眼鏡のレンズの奥で、目を細めて答える。
『特に私はメイプルに出会っていなかったら、本当にヒトデナシになっている自信があります。
死への恐怖は人1倍抱えていたくせに、"命"の大切さや愛しさなんて分からなかったですから』
ネェツアークが優しそうにも見える微笑みを浮かべるてそうチューベローズに告げると、メイプルは少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。
次にグランドールが、人当たりも耳にも心地よい鷹揚とした声を出す。
『―――ワシがこうやって強くなれた経緯には、家族を殺した、異国の貴族への恨みをはらすの為のものが殆どですからのう。
そして、そうやって強くなって戦っている内に、貴族への恨みもあるはずなのに、高揚する気持があった事も事実で。
ただ戦って高揚の中にいる間は、家族を失った悲しみや恨みを…虚しい気持ちを何とか誤魔化してやってこれたんです。
でも、「誤魔化しでは"駄目"だ、いつか家族の…妹の敵を取らないと」と頭の隅で分かってはいるんですが…止められんです』
まだ成人にも達してないハズなのに、逞しい掌で自分の額を抑えるグランドールの顔は、自分以上に老成しているようにも宰相には見えた。
だが徐にではあるが、グランドールは後に"好漢"の象徴として有名になる笑顔を浮かべた。
『幸いなことに、ネェツアークとメイプルに出会って、やんや過ごす内に、こんな犬も食わない喧嘩を見たりすると、"人とは良いもんだな"と改めて思うことが、出来るようになりました。
それで、戦う事での高揚に"逃げる"事も大分少なくなりました』
『―――大分ということは、完璧にという事ではないのだな?』
『―――先程も言った通り、ワシは"貴族憎し"の気持ちが拭いされ切れておりませんので』
確認するような宰相の言葉に、英雄の役目を引き受けた少年は、笑顔を引っ込めながら頷いた。
この日に焼けた少年に、つい先程までアングレカムを重ねて見ているところもあったが、少なくとも今はその気持ちは沸き上がらない。
(あの男は、自分が憎まれても、自分が人を憎むなんて事はしなかったからな)
憎しみに囚われているグランドールを哀れむよう見ると、顔に今度は苦笑いを浮かべている。
(何より、この男…というよりは、まだマクガフィンは"少年"とした方が良いか。
マクガフィンは、憎しみに身を委ねる事で、自分が強くなっている事が分かっている。
だから仇を討つ強さを欲するのと同じように、自分を"強くしてくれている"憎しみを手放したくないとも、無意識に身体と心が思っている)
憎しみがあるから強くなれた自分がいる。
更に強くなる為に、この"憎しみの炎"を手放す事が出来ないでいる。
そして、いくらしっかりしていて国の誇る英雄になろうとしている少年少女だとしても、やはり"少年少女"――チューベローズからみたら、思春期を終えたばかりの子供のように見えて仕方なかった。
(これは、マクガフィンが自分で大分"良くなった"と言っても、いつまでもイベリスとサクスフォーンとの友人関係で、心の枯渇に抑えきれるものなのか?。
いや、自分でも"強さの危うさ"に気がついてはいると言っていたか…)
学者、貴族の家に婿入りする前に、数年ではあるが教鞭をとっていた事もある宰相は、生徒を気にする教師の顔になる。
(そこは、私もネェツアークも心配している所でもあります)
グランドールの会話とチューベローズの表情から、何を考えているか察したメイプルがテレパシーで飛ばして、自分が懸念している事を伝えてくる。
(ああ、そう言えば―――)
そしてこの少女の様子で、かつて教鞭とっていた学生のクラスの中で問題が起きていた時、一番にその問題に気がついていたのはイベリス――メイプルの様な、特化した力も学力ないが"相手の気持ちになって考えられる人"だった。
そのかつて生徒だった人は成人して、どこかの"孤児院の神父"になったという話を風の便りに聞いたのをチューベローズが思いだした時、今度は紅い髪の少女はチューベローズに"相談"を飛ばしてきていた。
アングレカムが急逝して、グロリオーサに呼び出され正式に英雄候補になるようにと言われた際。
"英雄を仕立てる"後任となる宰相は、合理的主義ではあるが、"優秀な教師"でもあった事を密かにグロリオーサはメイプルに教えていた。
"厭味な奴だが、奴の厭味は的を得た物ばかりだ。
相談を持ちかけたなら、"的を得た"答えを返してくれるだろうさ"
(誰か、私とネェツアーク以上にグランドールに潤いと、憎む事以外で人は強くなれるという事を、伝えられる人は現れるでしょうか?)
今の所は、ネェツアークとグランドールへの"普通"への礎で楔の役目を確りと果たしている少女の質問に、チューベローズは答えを迷う。
マクガフィンにそういった事――"潤いと、憎む事以外で人は強くなれるという事を、伝えられる人"は、生半可の事では現れる事はないような気がした。
もし、この"世界"にそんな人が現れたとしても、グランドールと"出逢え"て、分かり合える関係を築けるかどうかも判らない。
どちらかと言えば、"否定的"な答えを返した方が、正直な答えになると思う。
ただ、それを、そのまま伝えて良いものかどうかも、考え物だった。
可能性が"零"では無いことは確かなのだが、そうと知ったのなら、見つけられる可能性が低いと伝えたとしても、この少女は自分の苦労と限界を顧みず、2人の英雄候補の仲間が救われるように行動を選択するのが、"教師"としてのチューベローズには予測出来る。
"的確な答えを返してくれる"相手が中々返答をくれない様子を見て、メイプルはグランドールの心を受け止めて癒す相手を見つける事が、とても困難であるのを察する。
(やはり、そんな人とグランドールが出逢える事は難しい事なのでしょうか?)
始めて出会った頃の、戦うことで全てを誤魔化そうとする野獣にも見えたグランドールに、二度と戻って欲しくはないと、友としてメイプルは思っている。
(仮に出逢えたとしても、互いに理解しあう為の出来事がないと難しいところとなるんだろう)
人が互いの心を通わし、理解しあうには時間もきっかけも必要なことは中老を過ぎた男には分かっていた。
(とりあえず、明日からの"初陣"について打ち合わせを続けよう。
友と仲間としてマクガフィンの心配をするのは結構な事だが、それも明日から始まる初陣を済ませてからした方が、建設的な事だと私は思う)
チューベローズは英雄候補の礎であり、"纏め役"となる少女に話を"明日の形だけの初陣"に変えるように水を向ける。
(―――そうですね。では、初陣が無事に終えることが出来たのなら、お話を伺ってもよろしいでしょうか?)
(よかろう。――物怖じしないで、礼節を弁えているのは嫌いではないのでな)
テレパシーに聞き耳立てないと約束したネェツアークと、元からそう言った"裏をかく"といった事が苦手なグランドールは静かに、メイプルとチューベローズの"会話"が終わるの待っていた。
ただ、メイプルに関しては、人の何倍も嫉妬深いネェツアークは、宰相と少女の間に流れる"打ち解けあった"ような雰囲気が面白くないので元々鋭い目付きを更に鋭くさせている。
手料理(イナゴの佃煮サンドイッチ)を作って貰える約束をした手前、"強がる時のクセ"である視線を少しだけ左に逸らして眉を上げる仕草をしながら、話が終わるまでジリジリとした雰囲気を堪えきれずに出してしまっていた。
ネェツアークが、嫉妬を抱きながら待っているのが分かるメイプルは、"教師"のようにも感じる宰相との相談話は話を切り上げることにした。
そして切り上げる際に、自分の行動に嫉妬を絡めて見つめるネェツアークに、安心させるように微笑みを浮かべながらも、メイプルの顔に影が落ちるのを、チューベローズは見逃さなかった。
―――ネェツアークは、あんなに優秀な人なのに、どうして私が他の人と話すだけでも、嫉妬なんかするのだろう。
―――その気になれば、きっともっと美しい女性にも、他の国でも優秀な人材として迎えられるのに。
―――私がただ他の人と話す事に、どこにそんなに嫉妬する事があるんだろう。
メイプルが"悩んでいる"事が、理詰めで合理的な人にでもわかった。
宰相は少しだけ歩み出て、ポンッと紅い髪の頭を撫でる。
撫でた瞬間に、紅い瞳の少女が驚いた顔で自分を見上げて、鳶色の髪と瞳を持った少年が、凄い勢いで睨んできたがチューベローズは気にしない。
『一番、"恋"といった特殊なコミュニケーションを学ぶ楽しい時。
他に学ぶべきことある時期で、まだ学生でもおかしくはない君たちを、国の戦争に捲き込んでしまった事は、"大人"として、申し訳なく思う』
ネェツアークが持つのとはまた違う不貞不貞しさをだしながら、チューベローズは3人の若者にはっきりと区切るように言った。
『だが、時代や情勢を選べない"時"だからこそ、強すぎる想いや、"好きだから"という気持ちを免罪符にして、大切な人を追い込まないように気を付けるべきだ。
と、人生の先輩として、君達に言っておこう』
―――まだ、意味は判らなくても構わない。
そんな気持ちで、宰相は3人の若者に(未だに1人は睨んできてはいたが)言葉をかけている。
紅い髪の頭から手を外して、前の宰相だった男から便箋に視線を戻す。
『それでは、話を戻そうか。
いや、あとすることは確認と、ある昔話の訂正だな』
『確認と…昔話の訂正?。
確認は何となく話が分かりますが、今、いったい"昔話"の何をどう訂正するんですかのう?』
ネェツアークのメイプルに対する過度気味な嫉妬と、独占には慣れているグランドールが、チューベローズに尋ねる。
合理的な男は、友人の不機嫌な感情にも囚われず、すんなりと話を戻す事についてきてくれるグランドールの実直さに目を細める。
(これで日に焼けておらず、民が英雄に認めなかったのなら、宰相の護衛にしても良いのだがな)
そうしたら、メイプルが気にしているグランドールの憎しみの痼を自分なりに配慮してやってもいい。
チューベローズはそれなりに気に入ってしまった、紅い髪の少女をは思いやり、未だに自分を鋭く見つめる鳶色の少年を完璧に無視して、明日も初陣の話へと切り替える。
『まずは確認だ。この執務室を出たら、お前達は、かつて平定の4英雄が真っ先に攻め落とし、堅牢にさせた国境の街に向かってもらう。
国境の街自体、アングレカム・パドリックがこの王都との雛型で建築案を出して再建したものだから、お前たちが学んだ王都での軍の訓練や、建築構造を活かした戦術をやるといい』
平定の際には真っ先に抑えて、その後の"正式な"復興の際には、王都と同じくらい力を入れていた国境の街の堅牢の造りは、この国では有名な場所でもあった。
ただ戦争となったのなら、大きな山に囲まれたような形になっているセリサンセウムの唯一の"入り口"ともなるので、戦いに捲き込まれる事は、必須だった。
『初陣は、私達の好きなように戦っても構わないんですよね?。
小煩い兵法やら、立場を気にしながら戦う窮屈なのは真っ平御免ですよ』
この場にいる自分以外の人が、感情に囚われずに理性的に話を進めるのに、"拗ねる"事に気持ちをけりをつけたネェツアークもチューベローズに"確認"を始めた。
『ああ、我が国での"英雄候補"のお披露目だがらな。
ただその分、他の援助は一切なくなる。それは覚悟しておいてくれ』
『私達には、その方が有難い。
グランドールに大技を遠慮なくかまして貰えるし、その後私とメイプルの共同作業で、"今度戦場に出たならば、死ぬかもしれない"という恐怖心植え付けて、出来るだけ多くの兵を、民に戻す事に努めましょう』
"3人で群れなす侵略軍と戦え"と言われているのに、英雄候補の3人は援助が一切ないと言われても困った様子は微塵も感じられなかった。
その事を頼もしく感じながら、宰相は話を続ける。
『――他国にとっては、アングレカム・パドリックが結ばせた英雄の協定を破った事への"見せしめ"の部分を含める戦いとなる』
"問題児"が拗ねるのを止めたので、御褒美をあげるような感覚でチューベローズは宰相の衣のポケットから小さな小箱を取り出した。
『―――それは"呪物"ですよね…』
ネェツアークの声が少しだけ弾んだ。
すっかり個人的な感情の乱れは抜け落ちて、ネェツアークの鳶色の瞳は、チューベローズの出した小箱に好奇心で奪われていた。
チューベローズが表情無く頷き肯定するのを見て、メイプルは初めて見る呪物に驚いた。
『呪物って、呪術のかかったものですか?。
確か魔術の中でも、とても扱いが難しい―――と言うよりは厄介なものなんですよね』
『おう、確かどんな法則も無視して、相手に害となる術をかける事が出来る。
が、術が成就したならば、それがそのまま己に返ってくるというのが、呪術の定番の筈だのう』
メイプルの言葉に、ネェツアークに付き合わされて、魔法に関しては、結構な知識を持ってしまったグランドールが答える。
呪術の模範講義のような会話を聞きながら、今回の初陣でこの呪物の力を一番に役立てるだろうネェツアークにチューベローズは語りかける。
『流石にこういった物に目敏いな、サクスフォーン。
如何にも、これは平定を無し得た後に、"英雄の協定"を各国に結ばせた際に使われた呪物だ。
まあ、呪物といっても、人の気持ちをイタズラに上手く不安にさせるくらいの方法を、20年くらいかけて行う馬鹿らしいものだがな。
しかもこれを作ったというのが、"賢者"というのが笑い種だ』
そう言ってチューベローズは手の中に収まる、賢者ピーン・ビネガーが作った"盟約の印肉"を多少呆れた様子で見つめていた。
『馬鹿らしくて、ボリジ様を呆れる呪物とは、どんな効果があるというんですか?』
口の端を嬉しそうに上げながら、ネェツアークが心底興味がつきないような視線を、チューベローズが握る盟約の印肉の小箱に向けていた。
『まあ簡単に言えば…"裏切り者が判る"ということだ』
『"裏切り者"ですか…、それはちゃんと裏切ったらしい人に"裏切った自覚"がある裏切りですか?。
鬱陶しいのや、面倒くさいのは私は苦手なんですよ』
"裏切り"という言葉に不貞不貞しさがトレードマークの様な少年にしては、慎重な口運びになった事に、チューベローズはグランドールに疑問の回答を求める視線を向ける。
ネェツアーク本人に尋ねないで、第三者であるグランドールに尋ねたには、その方が正確な事が分かると判断したからだった。
加えて、グランドールはネェツアークの友人ではあるが、人当たりの良さがありながらも、そういった方面では身内贔屓などせずに"平等"に評する厳しさを持っているのが、チューベローズには感じとれていた。
(このマクガフィンが贔屓をするとしたら、自分の伴侶になる人ぐらいかも知れないな)
宰相がそんな事を考えていると、グランドールが説明の為に少しばかり考え込みながら大きな口を開いた。
『実は裏切りどうこうといった話自体は、徴兵の形で入った軍学校から、この英雄候補のお披露目に関わっておるんです。
箇条にして言ってみれば…、
【ネェツアークの事を、勝手に格下認定していた者がいた】
【ネェツアークは呆れて相手にしていなかった】
【今回の新しい英雄の選抜試験とされるものに、ネェツアークがあっさりと魔術の試験でそいつを追い越した】
【翌日から、勝手に話を捏造されて"英雄候補の座に興味がないと言っていたくせに、出し抜いた裏切り者"と広められていた】
といった具合ですな、まあ』
『それは、また"理不尽"というのが一番相応しい様な目にあったのだな―――』
グランドールからの説明を聞いて、チューベローズは初めてネェツアークに向けて同情の視線を送った。
視線を送られた当人は、"裏切り者"と軍学校で呼ばれ、珍しくグランドールや特にメイプルにとても優しくして貰えたので、鬱陶しいと感じてはいても、そこまで気にしていない。
寧ろメイプルが初めて慰めるかのように、手料理を作ってくれて軽く感謝もしてしまったりもした。
ただ頻繁に変な紫色の紙に"裏切り者"と書かれた紙が、ネェツアークの私物のロッカー入れにの入り口に挟まっていて、大層面倒臭いという気持ちにはなっているの確かだった。
それも、一応中身を確認してから紙を指先で炎を出し、燃やせばそれまでの事にネェツアークの中ではなっていた。
しかし、どうやら厭味な男からも同情される程の"め"に会っていたことを、今さらながらに自覚して、鳶色の目を激しく瞬きしていた。
『チューベローズ様、割り込んで棲みません。
その…私達は有り難い事に、前もって英雄候補の御眼鏡に適った事は確かなのは、承知しています。
それが機密扱いであることも、知っています』
するとチューベローズはメイプルの心配する事を先回りをするように、口を開き淀み無く経緯と結論を語り始める。
『確かにお前たちは"平定の4英雄"や、その縁者の御眼鏡に適た事もあり、優先されて"英雄候補"となってはいた。
が、他にも新しく国の重鎮となるもの達から、新しいセリサンセウムの英雄にと推挙される若人も確かにいた。
そこで、平等を期するのと、重鎮共を黙らせるのに、英雄の資質を高める為にとアングレカム・パドリックが作成をしておいたカリキュラムを受けさせた』
宰相からその話を聞いて、3人の英雄候補は一様に目を丸くして驚いて――これまた一様に気の毒そうな表情を浮かべた。
自分が思った通りの反応をしてくれた英雄3人に気を良くしながら、チューベローズは更に続ける。
『結果は、技術や知識が優れていても、実践的な戦闘経験をしとらん者ばかりだったのでな。
何より裏をかいて表もにして、また裏をかくような独特なあの試験には、約8割は脱落及び辞退をしてくれて、そこで諦めてくれたがな』
『あの、腹黒さ満載の実地の訓練と学問を、ワシ等の以外の他の者がやったのですか?。
それは、気の毒に…』
グランドールが濃い大地のような瞳を先程から続けて丸くしたまま思わず話に割り込んで、更に会ったこともない"ライバル"達に同情してしまっていた。
グランドールの"アングレカムは腹黒い"という反応に、更に機嫌が良くなって宰相殿は話を続ける。
『その腹黒い試験をも突破した者に、最終的な試験を拵えて、お前達の資質確認の為に受けさせたが…。
まあ結果は合格したのは、やはりお前達3人というわけだ。
しかし、英雄の候補としての"枠"はもう1つあるから、もし今回の試験を突破してもう1人が加わっても悪くはなかったんだがな』
それにネェツアークが今度は割り込んだ。
『私としては、どうせなら"可愛い後輩"みたいな子が、新しい英雄候補に加わって欲しいものですがね。
女の子はメイプル1人で充分だから、美少年とかが望ましいです』
冗談とも本気とも取れるそんな口調でネェツアーク言ってから、ニッと笑う。
それからフッと笑みを消して、少しだけ視線を鋭くして薄い唇を開く。
『まあ新しい英雄は弟みたいな美少年で、出来れば金髪な子が良い…という希望の話としておいておいて。
実際後輩…というよりは年上でも構いませんから、英雄候補を加えるなら、私達、ネェツアーク、メイプル、グランドールとしてのスタンスが固まってからもう1人の英雄候補を、"後"からもう1人加えて欲しいのが望ましいのが、個人的な意見です。
私達3人の付き合いは長いんで連携は取れているつもりですが、軍団対3人なんて初めてなんで。
その戦い方に慣れたのなら、新たに英雄として仲間が加わってたとしても余裕をもって私はその"人"を受け入れる事が出来ますから』
そう本音をチューベローズに漏らした後にまた長い指を唇に当てて、今度は首を傾げる。
『あれ?思えば、どうして英雄候補の話になったんだっけ?』
『ネェツアークがチューベローズ様に、呪物の効力について尋ねて、"裏切り者に認識があったかどうか?"みたいな話になったんでしょう。
自分が言い出しっぺで話を脱線させておいて、元の話を忘れないでよ』
メイプルが呆れてため息をつきつつ、チューベローズが手にしている盟約の印肉を指差しながら言うと、ネェツアークは、ああ、呟いて長い指を唇から外して頭を掻きながらメイプルに笑って――誤魔化した。
どうやら本当に、自分が話を脱線させていた事を忘れていたらしい。
『えーと、それじゃ英雄候補の希望の追加で、しっかり者のメイプルの負担が少なくなるような、お説教もできる金髪美少年で、よろしくお願いします宰相殿』
今度は明らかにふざけている様子を包み隠さず、チューベローズに向かって「キリっ」とした表情をして見せながら言ってのけていた。
『ところでネェツアーク、なんで金髪なんかにこだわっているんだ?』
ネェツアークが先程から繰り返す希望の中でも、理由がわからない事をグランドールが尋ねた。
『グランドール、金髪の女の子が初恋なんでしょ?。前に寝言で言ってたじゃない』
『ワシはそんな事を寝言で言っていたのか?。
まあ確かに初恋相手は幼い頃に出逢った、金髪可愛い迷子の女の子のなのは認めるが、"少年"じゃ意味がなかろう』
普通なら照れて赤くなるような話に、純朴な日に焼けた少年はそのまま話にのる。
『グランドールまで話を脱線させないの!!』
またしても話を脱線しかけるのを、メイプルが引き戻すべく大きな声を出してしまっていた。
チューベローズは"金髪美少年"はともかくとして、英雄の纏め役のとなる"朱髪の少女の、負担が少なくなるような人選"というネェツアークの希望には、添えるようにしようと決めた。
『―――だが、英雄候補の3人がしっかりと定まったのなら、ネェツアークを"裏切り者"と呼んだ者は、ある意味、英雄候補の試験でネェツアークに負けておいて、良かったようだな。
そんな勝手な決めつけをする人物だとなると、いくらお前達が気遣い連携をとろうとしても、自分本意の物しか組もうとはしまいて。
自分本意の連携をとるにしても、その自分勝手すら受け入れて貰える強さとカリスマを持っていれば、許容しようともなるかもしれないが』
ネェツアーク、グランドール、メイプルの"英雄"になろうとする者達から庇いの言葉も、名前の一文字も出されないような"人"を、チューベローズは国に有益な人材になるようには思えない。
(そんな"小者"の為に時間を割くのも馬鹿らしい)
『さて、この賢者の作った呪物の具体的な効能というのはだな―――』
盟約の印肉を改めて3人の若者の前に差し出して、今度は宰相自ら話を"戻す"。
ある意味こうやって感情を乱され事無く、歯牙にも掛けない――相手にされない事が、ライバル心を剥き出しの相手にとっては一番応える。
それを知っているチューベローズは、ネェツアークが嫌いだという"面倒くさい"と思っている相手との縁を絶つ為のアドバイスをしてやったつもりだった。
合理的な宰相なりの"気心"を感じたネェツアークは、漸く素直な様子を見せて呪物について語る声に耳を傾けていた。
『さっきもいった通り、この呪物の呪いは、精々裏切り者を教えてくれる程度のもの。
俗な言い方をすれば"告げ口"をしてくれるという事だ。
そしてネェツアークが気にしている"相手の裏切った"という自覚については、正直なんといっていいかわからない。
ただ、この国を仇なす気持ちを持っていることは確かなので、此の呪物をつくる際には、"そこ"に反応する事に重点をおいて作った呪物という事らしい』
『それは"罪悪感"に反応するということですかのう?』
グランドールのこの言葉に生まれつきの"お人好し"の部分を感じて、チューベローズは少しだけ口の端を上げて、頭を横に振った。
『そんなにしおらしいものではないな。
"約束"をしておいた事を反古しておいても、自分達は悪くないという気持ち。
"言い訳""釈明"とはまた違うか』
『例えるんなら、言い逃れ、言い抜けとか、印象悪い感じの言葉で良いんじゃないですか?』
ネェツアークが笑ってそんなことを言うと、そこは同意のようで厭味な宰相も笑って頷いた。
『そうだな、品性を疑う様な言葉で例えてやる方も、盟約を破った相手の方もある意味、気が楽かもしれない。
何しろサクスフォーンがいうには、"裏切り"とは面倒くさいを物らしいからな。
そんな面倒くさい思いを抱えながら、若しくは、その面倒くさい物を引き継ぎながら戦っている相手を、この呪物は教えてくれるというわけになる』
『引き継いだ…ということは、家督を引き継ぐなりをして代替わりをしているということですかのう?』
『ああそうだ。そもそもこの呪物を使って盟約という名の呪いをかけたのも、もう20年数年前の話になる。その時、壮年の軍人だったとしても、流石に今では現役は難しい話だろう。
恐らくはその座を退いて、後任を自分の縁者に譲るか…いや、顕示欲が強いのなら居座る程度の事はしているかもしれんな』
グランドールはチューベローズの"退いている"といった説明を聞いて、ワシ等の生まれる前の話か、と不思議そうにといった様子で、最近生えじめた顎髭を武骨な手で撫でた。
『では、もしも引き継ぎ、恐らくは軍人となっているその方が戦場でていたのなら、この盟約の印肉という呪物に直接には全く関わってないのに、真っ先に標的にしなければならいと言うことですか?。
何も裏切るという行為に直接携わってもいないのに、ただ親か縁者それに関わり、呪いが施されているとも知らずに盟約の書にサインしただけで』
紅色の髪を揺らして思わず一歩前に出ながら、宰相が持つ呪物を悲しそうにメイプルが見つめた時、その肩に大きな掌がそっと添えられて、少女は掌の持ち主を見上げた。
『メイプル。そんな人が標的、ターゲットになるからこその"呪物"で"呪術"の効果さ。
そして、実に"悪魔の宰相"さんが好みそうな遣り口だと思わない?。
この国に仇なす事に関わった人の縁者から"真っ先"に災いが降り注ぐなんて。
まあ、災いを降らすのは私たちなんだけどね〜♪』
ネェツアークがニコニコしながら話す様子に、メイプルの心は凍えるような気持ちで震える。
(私には何処までも"優しく"あろうとするのに、どうしてこの人は、邪魔をするという存在には、こんな風に冷たくもなれるんだろう)
―――この"人"が私に優しさを注ぐように、全ての人に優しくしてあげて欲しい。
―――そうでないと、いつかこの鳶色の人が"大きな傷"を負いそうな気がしてならなくて、それが怖い。
『―――サクスフォーン、いや、ネェツアーク。
お前の大切な仲間が怯えている事にぐらい、気がつきなさい』
チューベローズはメイプルが"呪い"と"ネェツアーク"に怯えている事に気がついて、まずは盟約の朱肉の小箱をしまった。
ネェツアークは惚れ込んでいる女性を怯えさせていると聞いて、ビクリとして肩に手を添えたままメイプルを見下ろす。
彼女は困ったように微笑んで、確かに怯えてはいたが鳶色の少年を拒むという雰囲気は、微塵も出さなかった。
『メイプル、これもこの"国"を犠牲少なくして守る方法だ。
この方法を取ることで、また俗な言い方になるが"やったもん勝ち"という侵略してくる国の観念を抑止することには繋がる』
『やったもん勝ち…を、抑止させる事になるのですか』
国の宰相から、そんな砕けた物の言い方が出てくるとメイプルは考えてもいなかったので、ネェツアークに肩に手を添えられたまま、激しく瞬きを繰り返す。
『人間は善きにしろ悪きにしろ、出来事があったなら関連付けて考えたがる生き物だ。
考えるから、人ともい言えるのだがな。
そして辻褄を合わせたがるのもまた人だ。
今日、良いことがあったのは、先日に困っている人を助けたからだ。
そして"悪い出来事があったのは、約束していたのにそれを守らなかったからだ"などな』
チューベローズはそこで、ネェツアークとグランドールを見る。
『半ば強制的にはとはいえ、結ばせた盟約を破り、肥沃な我が国土を狙うということを許せば、"盟約"の意味がなくなる。
それは"駄目な事"なのだと、思い知らせねばならない』
『約束を破ったものから、真っ先に…。
しかし負傷した者が"呪いの不文律"に気付きますかのう?。
ワシなんか負傷したとしても、運悪くの偶然と考えてしまいそうなんじゃが』
グランドールは太い首をひねりながら、友人2人と宰相に不安な事を述べた。
チューベローズはグランドールの不安を否定せずに、深く頷いて認める。
『ああ、そうだな。
戦場で出血等が激しく見えても、軽い負傷の者ばかりの中で、身体が動かせなくなるほどの負傷者。
その負傷者の共通点は、20数年前の我が国で盟約の朱肉と書類を使って、盟約を交わした者の縁者ばかり。
それを相手が自ずと気がつくように、攻めいる事を、"英雄御披露目の指揮者・チューベローズ・ボリジ"として、新しく英雄となり奮闘する事になる諸君に命令しよう』
指揮者からの命令に、グランドールは逞しい腕を組んだ。
『それなら、"呪われていると気づくヒント"を与える―――と言ったら変かの。
まあ、主だって呪いの標的となる人物の側にいる者の側にいる者も、他の者より僅かに負傷具合を"重くした方"が良いかもしれないのう。
そうすれば、ターゲットの負傷者を中心にという事を印象づけられると思うんじゃが―――』
グランドールの言葉に、メイプルの肩に手を添えたままのネェツアークも頷いた。
『そうだね。やっぱり"盟約の朱肉を使って、盟約を交わした者の縁者ばかりを先ずは負傷させられる"のを印象付ける事が一番にする事が、ストレートに分かりやすいでしょ。
命に危険がないぐらい、派手目に負傷させた方が合理的かなぁ―――』
ネェツアークの鳶色の瞳に加虐の色を滲ませ、メイプルから肩に添えてないほうの手――右手を自然に自分の背に回すと、その手には音をたてずに小刀が握られていた。
その刃先の鈍い鋼の輝きに、メイプルはまた少しだけ心を震わせて、未だに肩に添えられているネェツアークの左手に自分の手を重ねた。
『―――?。どうしたの、メイプル』
やはり自分にだげ向けるネェツアークの笑顔は、とても優しいもので、それが反ってメイプルの心を痛める。
一方のネェツアークは、どんな淑女達の淑やかな手より、大好きなメイプルの手が、自分に重ねられた事を純粋に喜んでいた。
優しさと苦労と努力が刻まれた、女性にしては傷跡の多いメイプルの手が、キュッとネェツアークの大きな手を掴む。
メイプルの手に力が入った事が分かると、ネェツアークは小首を傾げて――とりあえず、小刀を一度だけ演舞のように華麗に手首で回して、再び背中に隠し持つようにある鞘にやはり音もなく納めた。
そして、鳶色の瞳を真っ直ぐに自分に向けてくれた。
(物凄く、私が甘い考えをしているんだろうな)
―――ケンカは、本当に大嫌い。
『ネェツアーク、まずは情報戦で戦ってみてはダメかしら』
メイプルは自分の出した言葉で、部屋にいる全ての人物――グランドールとチューベローズからも、注目を集めた事がわかった。
『―――どういった感じなのかな?。
私は納得さえ出来れば、両手を上げてメイプルの考えた作戦に賛成するよ』
指揮者となるチューベローズがいるのもお構い無しに、ネェツアークは無邪気にも見える笑顔で肩に添えた自分の手を裏返し、小刀を納めたために空いた手で、メイプルの手を包み込んだ。
(チューベローズ様、グランドール、せっかく作戦の方針が固まりそうだったのにごめんなさい)
ネェツアークが"誰にも聴かせたくはない"と言う、メイプルの鈴なるような"本当の声"でテレパシーを飛ばす。
その"本当の声"は、心からの謝罪を十分に感じる事の出来る響きを持っていた。
だから、チューベローズにしてもグランドールにしても、急な方針変更を持ちかける紅い髪の少女を責めるという気持ちは、全く浮かばせない。
『―――メイプル、先ずはお前が考える情報戦の案を申しなさい。
それを聞いてから、方針を決定しよう。
アングレカムの案はあくまでも、"見せしめ"としての効果を特化したものだ。
"案を実行する者達の気持ち"―――"英雄の気持ち"を、幾ばくは蔑ろにした感が否めない。
もし、お前がいった案が"見せしめ"と"案を実行する者達"の気持ちの両立が取れているのなら、方針を変更してもなんら問題はない』
それから、チューベローズは皺の多い手で自分の口元を覆った。
ククッ、と声を漏らすところをみると、どうやら宰相殿は"笑って"いる様子だった。
『不惑を越えた英雄が練った策を、二十歳にも満たぬ少女が覆したのなら、これは、結構"大層な厭味"として成立しそうではないか』
宰相の反応で、自分が申し出た案が即却下にならなかった事がわかり、少女はほっとした顔とする。
自分の甘ったれた案が通るかどうかは判らないが、とりあえず"大地に流れる血"が減らせるチャンスを造ることは出来た。
『私みたいな若造の、我が儘に聞こえるかもしれない案を聞いてくださる機会を与えて頂いて、ありがとうございます、チューベローズ様』
メイプルが丁寧に含み笑いを浮かべる宰相に頭を下げ礼を述べると、独占欲の強い鳶色の"友人"は大切な手を包み込んだまま、やはり少しだけ面白く無さそうな表情を浮かべていた。
("厭味な宰相"さんは、本当にアングレカムていう英雄さんの鼻を明かしたかっただけなんだから。
メイプルがそこまで感謝することではないよ)
メイプルにネェツアークがそんなテレパシーを飛ばした途端に、ゴホンと小さな咳払いが宰相の執務室に響き渡った。
『―――ネェツアーク・サクスフォーン。
テレパシーの"傍受"が得意なのは、お前だけではないと肝に命じておけ』
チューベローズが笑いを引っ込め、口許を覆っていた手を外し、ネェツアークを一瞥して自分への軽口を往なした。
『宰相殿にでも聞こえるように、テレパシーで言ったんです。
傍受していただいたのなら、私的には大成功です』
『―――ネェツアーク!!』
メイプルが諌める言葉を出しても、ネェツアークは彼女の手を離さず、不貞不貞しく笑うだけで、その様子をグランドールが見て軽く呆れていた。
『ネェツアーク、お前がメイプル・イベリスを好いていて大事に思っていることは"火を見るよりも明らか"なのは、お前達とは初見である私でも判別がつく』
"火を見るよりも明らか"という言葉が、普通は、"悪い結果"になるのが予想される場合に使う表現だと知っているネェツアークは、厭味な宰相と同様に"笑い"を引っ込めた。
『私が、メイプルを好きなことに何か悪い事でもあるんですか?。
一応分別をつけて、今はまだ友人としての範疇で、正しい付き合いをさせてもらっていますよ』
『先程、メイプルが怯えていたことにも気がつかなかった愚か者が、よく言う事よ』
この年嵩の宰相の言葉に、ネェツアークは初めて悔しそうな顔をして、薄い唇を噛む。
『―――それでも、メイプルは私を拒んでいない』
『負け惜しみにしか聞こえんな』
ネェツアークが両手で包み込むように持っているメイプルの手から、利き手である右手を静かに背――小刀が収まる鞘がある背中に回す。
『あの、宰相チューベローズ・ボリジ様、ネェツアークも私の案を聞いてください!』
メイプルが宰相と、英雄候補の緊迫した雰囲気はを何とか壊さんと大きな声で喋る。
自分では小刀を握ったネェツアークの動きを止められないのを分かっていたから、メイプルは朱い瞳でもう一人の友人である、グランドールを助けを求める視線を投げ掛けていた。
(―――大丈夫じゃろ、メイプル)
グランドールは安心させるようにテレパシーを返していたが、万が一に備えて懐にある投げナイフを"ネェツアーク"に向かって飛ばすために、腕を組んでいる指先に既に挟んでいた。
――ワシも考え方が"危うい"のは、自覚はしているがネェツアークも、メイプルの事になると大概に"危険"になるのう。
誰に伝える訳でもなく、グランドールがそんな事を考えている内に、緊迫した雰囲気の中で口を開いたのは、チューベローズだった。
『メイプルの案は必ず聴くとして、その前に。
ネェツアーク、お前達の3倍以上年を食った男から1つ忠告しておいてやろう』
チューベローズの言葉、メイプルが先程遮るように出した声、グランドールが指先にナイフを挟んでいる事で、自分が武器を手にすることは望まれていない。
それを察して、ネェツアー長い指先で、少しだけ下がっていた丸眼鏡を押し上げた。
『―――つまらないお説教はごめんですよ。
"年をとっているイコール中味が立派"だと言う大人に、私は滅多に出逢ったことがありませんから』
『奇遇だな、それには私も同意見だ。
そして、かつてこのセリサンセウムという国を平定させようと、4人の若者が英雄が決起した時に、政治に携わっていたのは、年を食っていれば偉いと勘違いしていた"老害な為政者"達だったのだからな』
『ああ、そう言えばその老害な為政者達を、見事に騙して、決起軍と内通し、城門の隠し扉から招きいれたのは、"若い学者"だという情報を拾っていましたが…それは"貴方"だったでしたか』
『私も、"若い"時があったのだよ。
"惚れた相手"に無謀にも思える決起軍を助勢して欲しいと、可愛らしい顔に涙を浮かべながら頼まれたのなら―――な』
微笑んでいるのに、痛ましいとも感じる表情を、チューベローズは浮かべていた。




