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【馬車の旅】

グランドールが用意してくれていた馬車は中々快適な造りで、ロブロウへの道行きは良い雰囲気になりそうでした。

「いやはや、馬車と思って揺れる覚悟していたが、そんなに揺れないねぇ

敷物もクッションも堅すぎず、柔らかすぎずでワシ的には最高だ」


ウサギの賢者は、馬車の天幕内後方にあるクッションに寝そべり、猫のようにゴロゴロとしてご機嫌だった。

そんなウサギの賢者の横で、グランドールは胡座(あぐら)をかいて座り、呆れている。


「20年たてば、国道は確りと整備されるわい。お前は仕事以外は引きこもりすぎなんじゃ」

そういって、小箱をウサギの賢者の前に出した。


「あのお嬢ちゃん――リリィの前でだしたら、怖い顔をされそうじゃからのう」

そう言ってグランドールは小箱の蓋を開けると、中にはウサギの賢者の好物の『イナゴの佃煮』が入っていた。


「おおう♪持つべきものは親友だね」

ウサギの賢者はゴロゴロするのを止めて、起き上がり、早速イナゴの佃煮を指先で摘むと小さな口に放り込んだ。


「うん、筋張った食感が懐かしい」

ウサギの賢者のご満悦の顔を見詰めて、グランドールは笑った。


「どうやら、ホントに中身は『ネェツアーク』なんじゃなぁ」

グランドールがしみじみと言うウサギの賢者の"人の時の名前"を言うと、上機嫌だった顔を、瞬く間に渋い顔にしながら尋ねる。


「万が一にも、あの子達に聞こえたら嫌だから言わないでよ。それに、グランドールはまだワシ―――"私の事"を信じてくれてなかったの?」


「まず一人称が"ワシ"になっておるし、お前は敵を欺くためなら、サクッと仲間も騙す奴とワシは身を以て知っておるからのう。まあイナゴの佃煮を、そんなに嬉しそうに頬張る賢者なんて、お前ぐらいしかおらんか」

グランドールもしれっと言い返して、自分もイナゴの佃煮を摘んで口に放り込んだ。

無精髭の残る顎をモグモグと動かしながら、味を確認する。


「うん、今回も良い味だ」

「グランドールは相変わらず、どっしりとしているねぇ。それより今日は、どこかに宿はとってるのかい?。それとも馬車の中で野宿かい?。ワシはこんなに快適なら馬車の中で野宿でも、ちっとも構わないけどね」

言われた事も最もなので、ウサギの賢者は顔を戻して、宿の事を尋ねながらもう1つイナゴの佃煮を摘んだ。


「そこら辺はアルセンが手抜かりなく、国営の民宿をとってある。普通にいったなら、明日の昼過ぎぐらいにロブロウにつくはずだ」

懐から今度は地図を取り出して、馬車の床に広げる。


「今は道が整備されて快適だが、この宿がある宿場街を過ぎた辺りから、またすこし道が荒くなる。覚悟しといてくれ」

グランドールは、地図上の宿を過ぎた道を指差しながら説明を続ける。


「"ウサギ"はロブロウの事は詳しいか?」

頼まれた通りに"本当の名前"を呼ばず、敢えて"姿"の名前で呼んだ。


「少しだけかな、確か先々代の領主殿が異国の魔術の研究をしているとか、しないとか。あ、でも鶏肉料理が美味いのははっきりと聞いた事がある」

ウサギの賢者も顎にモフモフとした手をあてながら、地図を眺める。


「お前も陛下も、食べ物に関しては抜け目ないのう。あとライムに似た緑の柑橘系の果物が有名だ」

「グランドールはそちらの方に興味があるのかい?」

「うむ、今回の農業研修ではそちらに関してが主になりそうでな。正直、ワシは貴族の処刑の調査はどうでも良かったりするのが本音さ」

グランドールは大口を開けて、カッカッカッと豪快に笑ってからイナゴの佃煮を摘んで再び食べた。


「やれやれ、グランの方が筋金入りの『貴族嫌い』だね」

馬車を操縦するルイを見学するために、リリィもアルスも馬車の天幕の外にいる。

貴族嫌いを公言している"秘書"の事を関連付けて思い出し、リリィのいる方をウサギの賢者は眺めた。


「ああ、『嫌い』という気持ちがあるうちは、まだ気持ちに余裕があるだろうな」

大らかで懐深く、何より"好漢"有名な、『大農家グランドール・マクガフィン』としてなら決してしないような、瞳を細め冷たい目をして、親友を見つめた。

一個人の「グランドール」として、勝手知ったる「ウサギの賢者」だからこそ見せた一面。


「ワシにとって好きの反対は『どうでもいい』という事だ。関わらないでくれたら、それでいい。関わられたら"潰し"たくなる」

口元が笑っているが、目つきは鋭いまま。

ウサギの賢者は少しだけ物騒なものを見るような瞳で、旧友を見つめていた。


「実際に潰すぐらいの力もあるんだから、物騒な事はやめてくれよ。しかし、それでいてグランはアルセンと国王陛下とは親友だから、恐れ入るよ」

実際グランドールが貴族が嫌いと知っているのは、ごく親しい者だけ。

それほど"貴族が嫌い"と言うことをおくびに出さないし、極めて『無関心』。


「アルセンと陛下が、貴族の生活に苦労しとるのはよく知っとるからな」

鋭い目付きは元に戻り、和やかに話を続ける。


「グランドールは『貴族嫌い』公言してないからなぁ。知らない人の方が多いだろうね」

残り少なくなったイナゴの佃煮を、もしゃもしゃと1人と1匹は頬張りながら話は続く。


「まあ、公言する事でもないさ。うちの新鮮な農作物を選んで購入して下さるのは、貴族様のコックさん達だからな。佃煮が最後の1個だ。食うか?」

「うん、貰う~♪」

イナゴの佃煮の最後の1つをペロリとウサギの賢者が口に入れた時、天幕の入り口の方が開き、眩しい後光を背負いながら、リリィが姿を表した。


「あ~、賢者さまとグランドールさまだけで何か美味しいもの食べてましたね!」

リリィのその一言には、グランドールは呵々大笑し、ウサギの賢者は苦笑していた。


「今度食べる時は、リリィも呼ぶから、角を納めておくれ」

まだ笑いながらグランドールが言うので、さすがにリリィも不思議そうに首を傾げながら、農家と賢者の側に座った。


「一緒には、冗談が過ぎるよ。リリィどうした?馬車は飽きたのかい?」

「いいえ、ちっとも飽きません。馬も可愛いですし」

首を 横に振って、旅の飽きを少女は否定する。


「ルイが『腹へったぁ~』とうるさいんで、マーガレット姉さんから貰ったビスケットをあげようと思って、取りに来たんです」

まるで"弟がわがままを言って困っている姉"といった感じで、肩を落としながらリリィは馬車の中に入ってきた理由を言った。


「ははっ、ルイは育ち盛りだからの。3時間毎に『腹へったぁ~』と言っているぞ」

大男は愉快そうにリリィの話を聞き、馬車の隅にある太く逞しい箱を指差す。


「ビスケットもいいが、ルイにやったら国最高峰の菓子職人の『作品』が瞬く間に、胃袋に消えてしまう。あの保冷の術がかかっている箱の中に、チーズとパンが入っているから、それをルイにやっておくれ。それに良かったら、アルスとお嬢ちゃんも食べてみるといい。で、マーガレット姉さんのビスケットをデザートにどうかのう?」

大らかとした優しい大農家グランドール・マクガフィンとしての口調でリリィに語りかけた。


「あっ、はい。じゃあ、グランドールさまの仰る通りにします」

そんなリリィとグランドールの『話』をウサギの賢者は楽しそうに長い耳をピピッと動かしながら聞いている。

リリィはグランドールが示す、保冷された箱の蓋を開けて探し物を始める。

パンとチーズを探していると、再び天幕が開き、後光を背負いながら姿を現したのはルイだった。


「リリィまだかよ~。腹と背中がくっつくぞぉ~」

ヨロヨロとわざとらしくの側によって、ルイは座り込む。

女の子は少し呆れた感じで、2才は年上なはずのルイの為に簡単な軽食の支度を手際良くしている。


「何馬鹿な事言ってんのよ!はい、パンとチーズ」

ぶっきらぼうな口調ながらも、リリィはパンにチーズを丁寧に挟み込み、食べやすい形に整えてからルイに渡す。


「へぇ、ありがとう」

ルイが素直にに礼を述べ、それから早速もぐもぐとパンを食べ始めて、2・3口で半分以上食べてしまうのにはリリィは驚いた。


「そんなにお腹空いていたの?」

「う~ん、ここ最近は腹一杯食べても、3時間過ぎたらまた腹が減るんだよなぁ~。おかわりある?」

先程のグランドールと同じ様な事を言い、最後の一口を終えてしまった。

リリィは呆れてアルスの為に作っていた、野菜も挟んで作ったチーズサンドをそのまま渡した。


「げっ、野菜も入ってる」

「そんなに食べるなら、バランスを考えてたべなさい!」

そのやりとりを見て、グランドールが豪快に笑う。


「リリィがいたら、ワシもルイに何やかんや言う手間が省けていいのう。どうだ、ルイの嫁にこないか?」

「えっ?!」

グランドールが笑顔で言う言葉に、リリィが耳まで真っ赤になる。


「オッサン、プロポーズはオレがするんだから先にするなよ」

ルイが極めて真面目な顔で、グランドールに文句をつけると、リリィはこれ以上は無理だろうというぐらい真っ赤になってワナワナと震えている。


「し、知りません!!!」

そう言ってリリィは、彼女が作ったにしては歪な形となったサンドイッチを手にして、天幕の外へと行ってしまった。


「あれ?リリィは何を怒ってんだ?」

「ルイ君はさっきのアルスとリリィのやり取りには敏感だったのに、こういった事には鈍感なんだねぇ」

ポカンとしているルイにウサギの賢者が話しかけた。

ルイはウサギの賢者の方に向き直り、


「さっき?ああ、さっきのはリリィとアルスさんが『本当の家族』みたいで頭にきたんだ、じゃなくて、です」

と怪しい言葉使いをしながらも、あっさり答えた。


「『本当の家族』みたいだから、拗ねていたのかい?」

ルイの返答はウサギの賢者に、意外な答えになっていたらしい。


「う~ん、だって面白くないじゃ、ないっすか。仲良くなった人達が、"自分だけは理解できない事"で楽しんでいるって」

ウサギの賢者とは目を合わせず、横に視線をそらし、"恥ずかしそうに、ルイは素直に気持ちを口にする。

そんな弟子の頭を、グランドールは大きな手でガシガシと撫でた。


「ルイは孤児(みなしご)での、本当の家族みたいにしているアルスとリリィが羨ましかったんじゃろう。

で、ルイは、"一応"ウサギは目上の人物なんだからもう少し言葉に気をつけんとのぅ!」

そこからは、ワシャワシャと癖っ毛の髪を激しく頭を掻き回した。


「なんだ、それならアルス君もリリィも同じだよ。アルス君は孤児院育ちだし、リリィはどうしてワシみたいなのと暮らしていると思う?」

ウサギの賢者の殆ど呆れた言葉だったけれども、それでもまだルイはグランドールにクシャクシャにされた髪の隙間から、少し寂しそうな瞳を見せていた。


「でも、家族を全くしらないオレでも、凄く『家族』みたいにアルスさんとリリィは見えたん、です」

そんなルイの言葉に、グランドールとウサギの賢者が大笑いをした。


「なっ、何で2人して笑うんすか!?」

「ルイ君、可愛いな!」

ウサギの賢者もプニプニの肉球の手で、ルイの頬をペシリペシリと思わず叩いていた。


「ちょっ、プニプニして気持ちいいけど止めてください賢者――様!」

「いやはや正しくこれが『隣の芝生は青くみえる』という事かのう!なあ、ネェツ―――ウサギ!」

グランドールが危うく本名を口にしそうになりながら笑い、涙目で、まだルイの頭をグリグリ掻き回していた。

ウサギの賢者はルイの頬を叩くのを止めて、思い切り笑った気管を落ち着かせるために自分のフワフワな胸を撫でている。

ただ賢者のウサギ顔は、笑顔のままだった。


「そうだなぁ、グランドール。ルイ君、興味深い事を教えてあげよう。

リリィは、『ルイ君とグランドールの関係が羨ましい』とアルス君に話していたらしいよ」


「へ?どうしてっすか?」

ルイはポカンと丸く口を開けて驚いた。

ウサギの賢者はまだ小さく笑いながら、理由を述べる。


「リリィが言うにはね、『グランドール様は、本来ならとても目上の方なのに、ルイはあんなに、くだけた調子でお話が出来て羨ましい』という事らしいよ。

アルス君の話し方を思い出して感じたんだが、そこら辺はリリィと同じみたいに、アルス君もルイ君が羨ましいみたいだよ」

ウサギの賢者の話してくれた『理由』に、少年は正直にいって戸惑っていた。


「別にオレにとっては普通のことだ―――ですし、オッサンも気を使われるのが嫌いだから、こう言った喋り方なんすけどね。そんなのが羨ましいって、感じるのもあるんすね」

「ほれ、ルイ。そう言うことだ」

グランドールが弟子の頭をポンと拳で叩いた。


「あいた!。どういう事だよ、オッサン!」

ルイは叩かれた頭をさすりながら、師匠を見上げながら文句を言う。

弟子のこの反応には、グランドールは渋い顔をする。


「やれやれ、武勇の筋は鋭いのに、こういった事には、とんと鈍いときたもんだ。もういい、後で辞書で『隣の芝生は青くみえる』ってのをひいておけ。

調べているかどうか、後でチェックするからな。ほれ、アルスと交代してこい」

そうやって、弟子の少年を天幕の外に、グランドールは追い出してしまった。


「自分の『存在出来る場所の有り難み』なんて、ルイ君が理解するには、さすがにまだ若すぎるよ、グランドール」

ウサギの賢者が呆れながら、親友に提言する。

グランドールは、フームと少しだけ深刻そうに溜め息を漏らした。


「なあ、戦争が終わった、平和な時代ならやはり学問が最優先なのかのぅ」

賢者は無表情に鼻をヒクヒクとだけ動かして、グランドールに自分の持論を答えた。


「学問をどうこうより、学んだ事を『上手く使える』かどうかが、大事なんじゃないかねぇ」

親友の言葉に納得はしているが、グランドールは渋い顔をしたまま、逞しい腕を組んで、少しだが愚痴めいて口調でこぼす。


「まあ、それはそうなんだがなぁ。最近はワシが世話する村の子ども達―――と言うよりは、保護者か。

チラホラと、その何というか学問一辺倒なのが増えていてな。確かに学問の方が身は立てやすいと、ワシも思うんじゃがな」

そうグランドールが言った時、アルスが天幕の中に入って来た。


「賢者殿とグランドール様、何か込み入ったお話中でしたか?」

アルスは帯剣を外し、ウサギの賢者とグランドールから少し離れ、正座をして座った。

「そんな事ないよ、寧ろ丁度いい。グランドール、就職したての若人の話を聞こうじゃないか」

ウサギの賢者がチョイチョイと、フワフワの手で側に手招く。

アルスは、はぁ、と驚いた様子でウサギの賢者とグランドールの様子を伺いなら1匹と1人の間に入って、再び正座で座り、剣は失礼の無いように後ろに置いた。


「アルス、そんなに固くなるな。何も取って食うわけじゃないわい」

グランドールが苦笑しながら、横に座る形になったアルスの肩をバンバンと叩く。

アルスは苦笑しながらも、ホッと息を吐いて、ようやくウサギの賢者とグランドールの話の邪魔になってないとわかって、安心した。


「何か複雑そうな話をしていたように、見受けられたので。自分が入って良いものか、身構えてしまいました」

アルスは申し訳なさそうに、頭を下げる。

この礼儀正しい様子に、グランドールがため息をつく。


「何というか、ウサギ。お前は大当たりな部下を、アルセンに回して貰えたなぁ」

あくまでも低姿勢で節度を持った態度に、グランドールは感心しきる。

アルスは恐縮して頭を下げると、また肩を叩かれていた。


「う~ん、アルス君は良い子なのは本当に有り難いけれど。もう少し、砕けて打ち解けて欲しいという欲もワシにはあるかなぁ。ところで、グランドール。

やっぱり最近はアルス君みたいな青年は、少ないのかな?」

グランドールは思い出したように、胡座をかいている膝を叩いて頷いた。


「うん、そうだった。そんな話をしていたんだったのぅ。そうだなぁ、どっちかというと育ちに恵まれている方が、何か色々やっかいじゃのぅ」

その言葉はいかにも困っているようだが、声は変に淡白だとアルスは感じる。

(まるで『変に育ちに恵まれいない方』がありがたいみたいな仰り方だな)


「おや。最近は貴族の方々も農業に関わりが出てきたのかい?」

ウサギの賢者はグランドールの言葉だけで、どういった方々が察しがついた。


「国王陛下が農業好きなのは、農家としたら大変有り難い。だが、陛下に取り入る為に、"やりたくもない農業をしにきてやった"という態度なのは、たまらんよ。

しかもワシが見ている時と、ない時の態度がこれまた酷いらしくてな」

グランドールが顎掻きながらボヤいた。

それから、心配そうに自分を見つめていたアルスに気がついたなら、気を取り直したように苦笑いを浮かべる。


「好きな殿方に近づく為に、殿方が興味があることを調べようという、純粋な『乙女』なら大歓迎なんだがのぅ」

グランドールにしては珍しい冗談を口にする。

アルスはそれに目を丸くした後に苦笑しているが、グランドールの愚痴には納得していた。


「自分は孤児院育ちなんですが、何となくわかります。ときどき(ほどこ)しをくださる貴族の中には、施しを貰っておきながらなんですが、『来てくださらなくて結構です』と幼なかった自分でも、感じるような方もいましたから。でも、そんなの自分の傲慢だと後で神父様に諭されました」

苦笑いをつづけながら、自分の頭をポカリと叩くフリをした。

恐らく過去にその神父にアルスは、実際に拳骨を頂いたのだろう。

グランドールはそんなアルスの所作が大層気に入った様子で、笑っている。


「まあ気を許したお前さん達にぐらい、傲慢な所を晒させて罰は当たらないだろうて。そんな感じで、ワシの農場は、最近貴族様ばかりに農業の初期講座みたいなもんでも、俸禄を頂いているんだがな。

聞きに来たはずなのに、逆に農家に"真面目に働くのはバカらしい"みたいな遠慮願う知恵まで、与えて下さってなぁ」

グランドールによれば、受講にくる「貴族さま」から良からぬ知識やら、グランドールからすれば目を覆い耳を塞ぎたくなるような事を吹き込んでいる時もあるらしい。


「でも、貴族の話が逆に突飛過ぎたなら真に受けないで聞き流したり、正論で論破して諫める猛者もいてくれたりするんだがな。個人的に止めて欲しいのは『努力するものを馬鹿にする』みたいな雰囲気だ。

特にルイぐらいの思春期の『子ども』達にな」

そこまで言ったら、グランドールは軽く頭をかきむしってしまっている。


「頑張るのが、恥ずかしいんですか?」

アルスにはピンとこないといった反応に、グランドールは逆に安心したような顔をした。


「そこらへんは、やはりアルスとルイは似ているな」

農家は嬉しそうに頷いた。


「こんなワシやアルセンやウサギでも、出逢った頃は思春期真っ只中で反抗期なハズじゃったんだがな。

今の思春期の子ども達と、どこか違う風に感じてたまらないんだよ。まあ子ども達のせいじゃないことは、わかっているんだがな」


そう語るグランドールの瞳は大層憂い帯びていた。

それは、アルスに孤児院で隔てなく世話をやき、いつも子ども達の事を第一に考えてくれていた、年老いた神父を思い出させた。

ウサギの賢者はテシテシと軽く、胡座をかいているグランドールの膝をアルス越しに軽く叩く。


「グランドールは、今も昔も面倒見が良すぎるんだよ。少しぐらい放っておいても、お前が世話している子ども達なら大丈夫だろう」

それからウサギの賢者は小さな逆三角形の鼻を、ヒクヒクとさせて伸びをする。


「ところで実は"ようをたしたい"んだ。どこかで休憩出来る場所はあるかな?」

と、真面目なグランドールの悩みを一刀両断するような勢いで、ウサギの賢者は2人に尋ねた。


「なんじゃ、いきなり。―――ああ、まあ休憩も必要じゃな。どれ、街道に休憩所がなかったかのぅ、地図を見てこよう」

話を打ち切られたにも関わらず、グランドールは何か納得した様子で大きな体にしては軽快に立ち上がり、天幕の入り口に向かった。


「何やかんやで人も良いし、察しもいいからグランドールが親友で有り難いよ」

ウサギの賢者は再び馬車の床に引かれた敷物と、クッションの上でゴロゴロとし始めた。アルスは何となく押し黙り、賢者を見つめ、彼が語るのを待つ。

ウサギの賢者はというと、チラリとアルスを見た後にゴロリと背中を見せて


「今は側に居ない者達の心配していても、(らち)があかないし、気もいい加減安まらない。心配するにしても、余程心配な事でない限り、今側にいる人ぐらいなもんでいいとワシは思うよ」

と照れ隠しのように語った。それを聞いてアルスは、フッと表情を緩めて微笑む。


「ウサギの賢者殿にとって、グランドール様は大事な友達なんですね。

そして賢者殿にとって、今一番大切にしたいのはリリィの事なんですね」

少年の言葉には、ウサギの賢者は背中を見せたまま、長い耳をピピッと動かしただけに止まった。

その時、馬車の天幕の入り口が開いて後光を背負いながら、グランドールが再び姿を現した。


「おい、もう少し先に丁度良いのが――――。何じゃ、何を照れ隠しみたいにアルスに背中を見せておるんだ?」


20年来の親友には、ウサギの姿をしていようが人の姿をしていまいが、心の有り様は筒抜けの様子だった。



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