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【アルスとルイ】

アルスは年下の男の子は慣れていましたが、ルイは年の近いお兄さんと言うのは実は初めてでした。


『ウサギの姿をした賢者』も初めてでしたが。

ロブロウに旅立つ日の早朝。

一行は、王都の郊外にある鎮守の森、その中にある魔法屋敷へと集合し、顔合わせと打ち合わせの両方を行っていた。


「うわ~、本当にウサギの姿をした賢者様なんすね!」

そして初めて見るウサギの賢者に対して、ルイは物凄く興味深そうな視線を遠慮なくぶつけ、感想を述べた。


「呼び名もそのまま、"ウサギの賢者"なんじゃよ。

ルイ君、よろしく頼むね~」

賢者はのんびりと、初対面の少年に挨拶を返す。

一方、ウサギの賢者の旧友で、"人の姿も知っている"グランドールは親友の変わり果てた姿に、流石に驚いている様子だった。


「いやはや、"完璧にウサギ"になっているとは思わなかったのう」

グランドールのこの言葉に、ウサギの賢者は苦笑した。


「じゃあグランドールはどうして呼び名が『ウサギ』になっていると思ったの?」

そう言われて、グランドールは初めてそんな事に気がついた、という顔になった。

「そう言われれば、そうじゃのう!。


ワシは、精々象徴となる持ち物が、ウサギの細工と高をくくっていたんだな。

まあ、"ウサギ"が、息災ならどんな格好だろうと一向にかまわんよ」

それから豪快に笑って、ウサギの賢者を、抱え上げた。


「予想以上に軽いのぅ。戦う事なんてないだろうし、ワシとルイとアルスがいれば危険はないだろうが、こりゃ心配になる軽さだな」

グランドールは最早指先のみで、ウサギの賢者を"摘まんで"いる状態である。


「リリィが常に抱えていられる重さに設定したからね。グランドール、もしもの時はリリィの事も抱えておくれよ」

摘まれるように抱えられたまま、ウサギの賢者に言われ、グランドールは巫女の衣装から、普通の平民の娘の格好をしたリリィを見つめる。


「グ、グランドールさま、よろしくお願いしまっ、わっわああ」

やや緊張したリリィが挨拶を終える前に、グランドールは少女を片手で抱え上げて、自分の肩に乗せてしまった。


「リリィ、しっかり食っとるか?。ウサギを合わせても全く余裕だぞ」

グランドールは再び豪快に笑って、ウサギの賢者をヒョイと投げ渡す。

リリィは慌てて、投げられたウサギの賢者を抱き止める。


「た、食べてますよ!。あと、賢者さまを投げないでください!うわあああ!」

片手でウサギの賢者を抱きしめ、もう一方でグランドールの頭に捕まる形で、リリィは何とかバランスを取っていた。

ただ抱きついた事で、グランドールの焦げ茶色の髪はクシャリと多少乱れる。


「お~♪リリィ楽しそうだな!」

ルイがニカッと八重歯を見せて笑って、逞しい肩に乗るリリィを見上げた。


「た、楽しんでいるわけじゃないわよ!」

ルイに向かって言った時、グランドールが肩に乗せているリリィの腰を支える事で、落ち着く事が出来てホッと息をつく。


「リリィ、落ち着いたところでお願いしたいんじゃが、もう少し抱きしめる力を緩めてもらえるかな?」

ウサギの賢者が鼻に大量の皺を寄せながら、漸く落ち着いたリリィに『お願い』をする。


「わわわわ、賢者さま、ごめんなさい!」

リリィが慌てて、ウサギの賢者への抱擁の力を弱めた時、そこでグランドールとウサギの賢者とアルスが、屋敷の入り口に視線を向ける。


――誰かが来た。


「おや、大分打ち解け合えたみたいですね。実に喜ばしい事です」

魔法屋敷の入り口に姿を現したのは、今回の作戦の立案者であるアルセン・パドリックだった。

先程まで、グランドールの肩の上でリリィによって締め上げられていたウサギ の賢者を見つけると、実に綺麗な微笑みを浮かべる。


(気のせいだろうか、アルセン様はウサギの賢者殿が苦しんでいる時、物凄く良い笑顔になっているのは)

旅支度を済ませた、農家の研修生の姿をしたアルスが、見送りにやってきた尊敬する美人な元教官を眺めながら密かに思った。


そしてアルセンの後ろから、リコとライも現れる。


「にゃ~、リリィちゃんいいにゃ~♪。ワチシ、高い場所好きだにゃ~♪」

ライがグランドールの肩に乗っているリリィを見上げながら言う。


「なら、お前さんも乗ってみるか?。ワシは2人位は平気だからのう」

グランドールが、ライに向かって空いてる方の肩を叩きながら尋ねた。


「ライちゃん、今は仕事中だからまた今度にして貰いなさい」

リコがとりあえず止めると、ライは残念そうに

「にゃ~」

と一声出して、肩に乗るのは諦めた。


「グランドール様、リリィちゃんにお話があるので降ろしていただけますか?」

リコがグランドールに言ってから、ニコっと微笑む。

「ガールズトークにゃ♪」

ライは大きめな猫のような瞳をパチリとウィンクして、ブイサインまでだした。


「おお、そうか。"女の子"の話に男がいたら、失礼じゃのう」

グランドールは丁寧に肩から降ろし、リリィは、ありがとうございました、と礼を述べる。


「じゃあ、『この前』の話の続きね」

リコがリリィに向かって手を差し出すと躊躇うことなく、手を取る。


「リリィ、ワシもガールズトークは気まずいから降ろして貰えるかな?」

ウサギの賢者が声を出して、リリィはハッと気がついたように、ぬいぐるみのように抱きしめていた賢者を地に降ろした。

「賢者さま、すみません」

とリリィが頭を下げる。


「いやいやいや、ワシをぬいぐるみのように扱う『習慣』が自然に出来るみたいで、良かったよ。さっ、お話しておいで」

ウサギの賢者に促されて、女性達は少し離れた場所に移動した。


「さて、女性陣が大切な話をするようにこちらも大切な話をしましょうか。

はい 、集合!。それと、グランドールは先ずは髪を整えてくださいね」

アルセンが仕切り直すように手を2回ほどパンパンと叩き集合をかけて、残りの3人と1匹は集まった。

集まったのを確認したアルセンは軍服の懐から、まずは櫛を出して、それをグランドールに渡したなら、リリィが掴まって乱れてしまった髪を整える。


「すまんのう、アルセン」

「どういたしまして。さて、髪も整いましたから、始めます」

櫛と入れ換わるように、立派な丸まった洋紙を取り出し、アルセンは広げて読み上げ始める。


「グランドール・マクガフィン、"ウサギの賢者"。

今回、表向きは『農業研修』という形で、弟子を3名連れて、あなた方にロブロウに行っていただきます。

今まで閉鎖的な対応しかしてこなかった、領地が陛下勅命で漸く口を効いてくれた『突破口』でもありますから、よろしくお願いします。

貴族4名の処刑の詳細を掴むことを期待しております。――と軍側の建て前は置いときまして」

そう言ってアルセンは命令の書かれた洋紙を、呆気なく再び丸めた。


「陛下から、グラン、ウサギ、アルス、ルイ君、リリィさんにお言葉です。

『無理はするな』との事でした。危ないことはないと思いますけどね」

そこでルイが小さく挙手をして、意見する。


「でもさぁ、4人も貴族を処刑するなんて、平民のオレには恐れ多すぎるよ。

貴族も法を破ったなら処刑なんて、じゃあその領地に住む民はもっと厳しい方で縛られているんじゃないっか?て気がするんですけど」

「なるほど、そういう受け取り方もあるねぇ。ルイ君、中々想像力があるじゃないの」

少年の疑問に、賢者が感心したような声を出した。

「平等に厳しいかもしれませんが、恐怖政治らしい事は行ってないと私は推測します。あったなら報告があってもおかしくないですし、国の監査は法に触れた事はしていないと結論をだしました」

とアルセンはルイに答えた。


「そうなんすか?。うーん、じゃあどんな治めかたしてるだろ?」

ルイは自分の考える事が外れる事には慣れているらしく、アルセンに自分の考えを否定されても、あまり気にしてない様子で再び考え始めている。

そんなルイをウサギの賢者はチラリと見ながら、感心していた。


(考え方に柔軟性のある坊やだねぇ。ある意味、"賢い")

ウサギの賢者がグランドールを見上げると、『ニカッ』と歯を見せて笑っている。


(グランドールは、ルイ君を跡継ぎにするつもりなんだねぇ)

ウサギの賢者は次に自分の護衛騎士を見てみた。

アルスは黙って話を聞いているが、まばたきをしたり少し眼を動かしていて話を聞きながらも、「思考」を止めていないのがウサギの賢者には窺える。


(多分アルセンはアルス君を『後釜』に考えているんだろうねぇ)

かつての旧友達はもう次世代の事を見据えている事に、賢者はの少しばかり寂しさを噛み締めていた。


(まあ、まだアルス君やルイ君に、「銘」を譲るのは当分先の話だろうけれども。それよりも)

3人の女性が姿を消した方を見ながら、少しだけリリィを心配する。

(ワシはこちらの心配の方が大事だね)


「後は、貴族の調査については正直に言えば、リリィさんとウサギとルイ君の連携プレーに期待する事になります」

と、アルセンがそんな事をいったので感慨深い気持ちから、一気に引き戻されたウサギの賢者であった。


「ん~?オレ勉強とか凄く苦手っすよ。あ、調べ事はウサギの賢者……"殿"でするわけか!」

ルイが納得したように頷きながら、ウサギの賢者の方を見た。

アルセンも頷きながら、ウサギの賢者を眺める。


「細かく言えば、『リリィさんがワガママを言ってウサギのぬいぐるみを抱いたまま、色んな場所に行きたがるのをルイ君がお守り兼護衛する』と、いうスタンスでよろしくお願いします」

「えっとじゃあ自分は……」

アルスが自分を指差しながら、アルセンに尋ねた。


「『ウサギの賢者、護衛騎士"隊"アルス・トラッド !』」

突如として、張りのある声をアルセンは口にする。

少年は条件反射の如くにサッと「気を付けを」して、姿勢を正す。


「『国王陛下の勅命により、大農家グランドール・マクガフィン殿に付き、農業研修の任務に着くことを命じます!』」

「はっ!―――って、アルセン様」

思わず敬礼までしていたアルスに、アルセンはニコニコと微笑んでいた。


「軍隊嫌いのウサギの所に配属されて、敬礼がだらけてしまっていないか心配でしたが、大丈夫そうで何よりです」

アルセンの笑顔に、アルスは敬礼を解きながら苦笑する。


「半年間みっちり訓練しましたから、だらけません。でも、いきなりなんて心臓に悪いですよ」

一方ルイは、ビシリと敬礼のやりとりをしていたアルセンとアルスを見て驚いている。

「何か目の前で見ると迫力あるなぁ」

「ルイ、軍隊に入ってみたいなら手続きをしてやろうか?」

驚いている弟子に、グランドールがそう語りかけると、ルイは先ほど以上に驚いて首を横にブンブンと振った。


「絶対無理!。オレは必ず問 題児になるからはいらない方が、軍隊の為になる!」

予想以上の拒否に周りにいる一同は、呆気にとられてしまった。

「確かに忍耐はいるだろうけれど、ルイ君なら大丈夫だと自分は思うよ」

アルスがそう話すと、ルイは全力で否定したのが恥ずかしくなったらしく、頭をボリボリと掻いた。


「いや、オレさ。オッサンやアルセン様やウサギの賢者――殿とか、アルスさんだからこんな温和しいんだ。多分本能的に『オレより強い人』ってわかるから、素直に話を話せるし、聞ける気持ちになれてるんだ」

「まぁ~だ、そんな事言っとるのか。

ルイもワシの所に来てから2年近く経つんじゃから、もう大分感情のコントロールも出来るようになったじゃろ?」

グランドールはそう言って、ルイの癖っ毛の頭をグリグリと撫でた。


「まあ軍隊に入れるのは16才を過ぎてからですから、将来の選択の視野の一部にでも入れておいてください」

アルセンが軍隊への勧誘用の綺麗な笑顔を浮かべて、話を軌道修正する。


「グランドールとアルスは、農業研修をメインにお願いします。

農業研修にはロブロウの領主が、直々に『接待』して下さる手筈となっていますから。こちらは"何も嘘はついていない"といった感じでよろしくお願いします」

アルセンは美しい印象ばかりを与える緑色の瞳を細くして、微笑む。

美しいはずなのに、ゾクリとするような冷たさ孕んでいるように感じたのは、子ども達だけだった。

グランドールとウサギの賢者は「細かい事は気にしない」と言った感じでアルセンの提案を受け入れている。


「ウサギはリリィさんに『抱っこ』される際は、向かい合わせでいつでも耳打ちが可能のようにしてください。

何か理由があって、リリィさんがウサギを離さなければならない場合、ウサギを持って移動する方は肩に担ぐようにして、ウサギの言葉が耳に入りやすいようにお願いします」


「ワシ、本当にぬいぐるみ扱いだね~」

アルセンから「ぬいぐるみの取扱い」を聞かされると、げんなりとウサギの賢者はなった。

「そもそも『禁術』を施された『体』で、国内に居られる配慮もされている事を考えてください」

アルセンが澄ました声でウサギの賢者に注意をすると、

「アイタタタタ。それを言われると、長い耳が痛いねぇ」

賢者はそんな事を言いながら、長い耳を曲げていた。

耳を曲げている賢者を、ルイは改めて興味深いと言った感じで眺めている。


「『禁術』って国が禁止している魔法だよ……ですよね?」

ルイは慣れない丁寧な言葉で、アルセンの方を見ながら尋ねた。


「そうですね。先の大戦終結後からは、魔法で自分の姿を『人間以外』の生物にする事を禁じる法が確立されました。        

まあウサギは終結直後のどさくさに紛れて、そんな姿になっていますが」

アルセンがジッと横目でウサギの賢者を睨むが、ウサギの賢者は鼻をピクピクとさせて、不貞不貞しくどこ吹く風と言った感じである。


ルイは「偉大なイタズラ大将」を見るような瞳で、憧れの視線をウサギの賢者に送り、それに賢者は気がつくと、気まずそうな表情を浮かべた。


「ワシがこの姿になったのは『自戒』の為だから。

この国の法を出し抜いたとか、そういうもんじゃないんだよ」

ルイに勘違いがないように、賢者は話す。


「結果論で言うなら、"出し抜いた"と受け止めた方が多いみたいですけどね」

アルセンの冷徹な言葉には、ウサギの賢者も渋い顔となる。


「何対しての反抗心やら、自尊心だとか、更々その気はないんだけどね」

アルセンは嘆くような賢者の言葉に、若干残念そうに頭を振った。


「"ウサギの賢者"にその気がなくても、周りがどう感じるかの問題ですよ。魔力が自慢の他の魔術に携わる方達からの、貴方だけが禁術を使った事への処罰がない事への非難と、報告を受けているこちらの身になってください。

だから尚更、極力ロブロウであなたの正体がバレないようにお願いします。

ロブロウでどんな方法で非難されても、私は庇いきれませんからね」


アルセンの言葉に、

(リコさんにも同じ様な事を言われたなぁ)

と賢者が思い出している時、リリィを筆頭に女性陣が戻ってきた。


「―――リリィ、リコさんやライさんにしっかりお話が聞けたかな?」

ウサギの賢者にとっては、自分の事がロブロウで正体がバレてしまうことよりも、幼い秘書の体の事の方が心配だった。


「はい、説明はしっかりして貰いました――」

リリィは確りと返事はするが、最後の方は何とも言えない顔で口ごもり、『先輩』になるリコとライを振り返り、見つめた。


「こればっかりは本人が体験しないと、ワチシ達はアドバイス止まりにゃ~」

ライが肩をすくめる。

リコが前に出てきて、リリィを後ろから抱きしめるようにして、勇気づける。

それから少女と旅を同行する"大人達"に、深く頭を下げた。


「リリィちゃん自身は"普通にある事だから"とお話すると、動揺もしないで話を聞いてくれました。

今回の旅で必ず始まる訳でもないですが、『保護者』となる方々は、配慮をよろしくお願いします」

リコは本当の姉のように、『妹』の体を心配し、保護者となる一同に再び頭を下げた。


グランドールは少し照れたように顎を掻き、アルスは改めて思い出したと言った感じで軽く頷き、ルイはキョトンとして、ウサギの賢者は神妙に頷いていた。

リコはそんな様子を見て、ホッとしたように息を吐いて少女の肩をポンポンと叩く。


「最初に知らせるのに、オススメなのは賢者殿かアルス君ね」

小さな耳に呟いて、優しい抱擁を解いた。

「そう言えば、『母上』からお祝いを預かっていたのでした」

アルセンが思い出したといった感じで、先ほどまでのウサギの賢者に浮かべていた、皮肉めいた顔から、うって変わった優しい笑みを浮かべる。


「まだ始まってもいないのに、気が早いにゃ~」

流石のライも呆れた声を出すが、アルセンのご母堂のである『バルサム・パドリック公爵夫人』を"直接ダイレクト"に接して、存じ上げている面々には納得出来る。


「アルセン様のお母様は、リリィの為なら何かとてつもなく、激しくお祝いしてくださりそうですね。どこかのパーティー会場貸しきりとか。軍の音楽隊をわざわざ呼ぶとか」

アルスが冗談の気持ちを込めて言うと、リリィが笑う。


「やだ、いくらなんでも……。アルセンさま?」

急に顔を伏せて腕を組み押し黙るアルセンに、皆が注目する。


「そ、そんな事はないですよねアルセンさま」

リリィが今一度確認するように声にだしたが、アルセンの母、バルサム・パドリック事、『バルちゃん』のパワフルさを思い出す。


(もしかして!?)

と感じ始めていた。

アルセンは遠い目をしながら、真実の告白を始める。


「正直に言えば城下一のホールを借りてパーティーを開こうとしていましたね。

まだ始まってもいないと、シュガーさんと茶菓子を作りに来ていたマーガレットさんと3人がかりで漸く、母上を説得できました」

シュガーと言うのはウサギの賢者も面識がある、切れ者の『元』魔術師の女性である。

どういう経緯があったかわからないが、今はバルサム専属のメイドをしている。

マーガレットとはリリィの年上で一番の「友だち」で、何といってもこの国では最高峰のパティシエである。


甘いお菓子に目がない貴婦人達には、引っ張りだこなマーガレットは、やはりスイーツが大好きなバルサムのお気に入りで、よく屋敷に呼び出しては菓子を作らせているのが常だった。


「え、じゃあマーガレット姉さんもこの話知っているんですか?!。

あれ?そもそも何で、『バルちゃん』も私のその、体の事をご存知なんですか?」

リリィのこの一言で周囲は軽く固まった、ように見えたがウサギの賢者が


「何、女性の二次成長は大体みんな時期は似ているからね。

マーガレットさんにしても、バルサム・パドリック公爵夫人も"先輩の御婦人"だからね。

リリィに会って話した事があっなら、発育を見て、それなりに察して気がついていたのだろうよ」

と、至って当たり前のように言ってのけた。


有体にいうなら、ウサギの賢者のリリィへの説明はかなりやや強引な物がある。

しかし、少女には同世代の「女の子」を友人として話す機会も場所もなく、体の成長に関して自分の体に変化が訪れる事など全く知らない。

リリィからしたなら、『女性』が毎月そんな大変な思いをしているなんて、想像もしたこともなかった。

だから、ウサギの賢者の説明もそのまま受け入れる。

ウサギの賢者も、やがて成長にはそれぞれ違いがあり賢者が「でまかせ」を言った事をリリィが気がつき、蔑みの言葉を言われるかもしれないことを覚悟し、言ってのけていた。

実際にバルサムがリリィの事を知っていた理由は、リリィの父親となる人物の代理人が彼女である為、リコが報告したのである。


これまでは諸事情があって表立っては、バルサムはリリィの世話をやいてやる事が出来きなかった。

現在はリリィと直接的に出逢い、知り合う機会が出来たので『かなり強引なリリィの事がお気に入りの貴婦人』という振る舞いをして、付き合いを始めたのは最近の事である。


「リリィちゃんが良かったらでいいんだけれど、もし始まったならパドリック公爵夫人に報告と、プレゼントのお礼のお手紙を差し上げるのはどうかしら?。

プレゼントは今回始まったら使える物ばかりだから、荷物に入れておくといいわ」

リコが提案すると、リリィは少し照れながらも

「はい」

と小さく声を出して返事をした。


そこで、もじもじとしているリリィが珍しくて、ルイがじっくりと観察していた。

リリィはルイに見つめられているのに気がつき、いつもの強気な調子に戻る。


「何よ」

ツンツンとした感じでリリィが言うと、ルイはにっと八重歯を出して笑った。


「照れて大人しいもリリィは可愛いな!。強気なのも、勿論いいけどな!」

明け透けなルイな言葉に、リリィは耳まで赤くなって少し固まってから、ウサギの賢者をぬいぐるみのように抱えあげてアルスの後ろに隠れてしまった。


「少年のストレートな先制攻撃だにゃ!」

ライが興奮して、猫のように目を光らせて少年と隠れた少女を見比べていた。

「青春だのぅ~」

「青春ですね~」

「青春なんですか?」

グランドールとアルセンが楽しそうに言うのが、アルスにはいまいち理解出来ず、自分の後ろに隠れているリリィを気にして見つめる。

小さな同僚は、今度は大人にからかわれた事で、耳まで赤い。

ウサギの賢者は微妙な顔つきで、リリィに抱えられていた。


「可愛らしいのはとてもわかりますが、女の子をからかわないでくださいね」

リコが苦笑しながら、2人の男性を諫めた。


「リリィ、大丈夫?」

アルスが声をかけると、背中にしがみつくようにくっつけていた顔を漸くリリィは離した。

「だ、大丈夫。ちょっと恥ずかしかっただけ」

アルスの顔を見ながらも、まだ軽く照れていた。


「なんだよリリィ。アルスさんには素直なんだな」

ルイが少し不満げに口をとがらせて、アルスの後ろに隠れているリリィに言う。


「年の離れた『妹』みたいなものだからね。

あと、今回の設定でもリリィと自分は『仲の良い兄妹』だからルイ君、よろしくね」

アルスがルイにそう話すと、アルセンも同調して頷く。


「もしも貴族の処刑の監査をするに際して『農業研修』と同行が有益そうな場合、『妹のワガママ』で同行が押し切れそうなら、押し切ってしまってください 。

尚且つ、出来れば『リリィさんのブラザーコンプレックスにルイ君は呆れている』ぐらいの演出をお願いします」

そんなアルセンの話を、ルイは大きめな瞳を半眼にして聞いていた。

そしてアルスの後ろに隠れたままのリリィを眺めながら、ルイは口を少し歪めて面白くなさそうに


「もう十分呆れてまーす」

と言ってアルスとリリィに背を向けて、グランドールの側へと戻ってしまう。

そんなルイをグランドールは、態度が悪い!、と拳骨で小突くが、少年は小突かれた頭をさすりながらも態度を改める事はなかった。


「ルイ、どうしたのかしら?」

アルスの後ろに隠れたまま、リリィはアルスとウサギの賢者に聞こえるぐらいの小さな声で喋った。


「珍しく、機嫌悪くなっているみたいだし。賢者さま、アルスくん。私、何かルイに悪いことしてしまいましたか?」

多少戸惑いを含みながら、信頼する1匹と1人にリリィは尋ねた。


「うん、ルイ君にしては何故だか珍しく『拗ねて』いるみたいだったね」

アルスはルイが拗ねているのが理解できたが、原因までわからなかった。


「う~む、アルス君とリリィは、こんな所は本当に兄妹みたいに性格というか、鈍感さが似ているねぇ」

ウサギの賢者が、すっかりぬいぐるみの姿が板に付いてきた様子でリリィの腕の中でそう呟いた。

その呟きに、やはり似たようなタイミングでアルスとリリィが首を傾げたのをルイは見つけてしまって、今度は半ばの本格的に落ち込んでいる。


「ルイ君も、年齢的には思春期なんですものね」

リコがアルセンの側に寄って、こっそり話しかけた。


「リリィさんが好きだと公言しているくらい、ルイ君はサッパリとした気質ですから、心配する事はないとは思いますが。反抗期にしても、グランドール相手では命知らずのする事です」

アルセンも自然に小声でそう答えて、 朗らかに笑った。


「それに"あの2人"がいるなら大丈夫でしょう。グランドールとウサギは何気に、人を励ますのが上手ですから」

「それは『体験談』ですか?」

リコが興味深そうにアルセンに訊ねると、男なのに美人と有名な軍人は静かに笑って頷いた。


「にゃ~、リコにゃんとアルセン様、良い雰囲気かにゃ?!」

ライが目を少し輝かせながら、ヒソヒソ気味に話していたアルセンとリコに気が側にやってくる。


「ええ、青春を懐かしむという多少大人の遊戯をリコさんとご一緒させていただきました」

アルセンが卒なく返した答えに、ライはつまらなそうである。


「にゃ~。アルセン様ならワチシもリコにゃんにアクション起こすの許すにゃ~」

「ライちゃん!」

この一連は馴れているのか、リコはライを軽く窘めただけだった。


「おや?リコさんにそう言った噂が出てこないのは、ライさんがガードしていらっしゃったからですか?」

「モチのロンにゃ!と言いたいけれど、違うんだにゃ~。

リコにゃんにその気がないから、恋の種が沢山蒔かれても、恋の花の芽も陽の目をみることないんだにゃ~」

アルセンの質問に、ライは大いに嘆くようにして陽の目を見なかった恋達に哀悼の意を現し、答える。


「ライさんはリコさんに恋人出来ても全く構わないんですね」アルセンは、そちらの方が意外だった。

ライはニヤリと猫みたいに口角を上げて、スルリとアルセンの耳の側によると、


「ワチシの最近の野望は、リコにゃん彼氏と『ワチシの彼氏』とでダブルデートする事にゃ」

と耳打ちしてから、ルイをからかう為にグランドールの方へと行ってしまった。

アルセンは少しだけ顔を赤くして、耳を押さえ口を小さく開けて、心底驚いたように瞬きを数回繰り返した。


「いやはや、予想外の想定外とはこんな事を言うんでしょうか」

それからリコを見ると、ライが何を言ったのかを察したのか、小さく咳をして少し同じ様に紅潮した頬を、アルセンに見られないようにしてウサギの賢者達の方へ行ってしまった。


「う~ん、恋愛は不思議ですねぇ」

正直に言って、ライにそんな関係の殿方がいるとは(彼女に対して失礼と感じながらも)考えも及ばなかった。


ただし外見で言うなら、ライは十分魅力的な"女性"である。

初対面で、彼女の個性溢れる一面を知らずに街中などで見かけたのなら、一目惚れする人物がいても不思議ではないくらい、チャーミングな女性である。

が、多少会話を交わしたり、友人兼同僚のリコとの活気溢れる会話を目にしたアルセンには、恋や愛よりは友人といる事の方が余程楽しいと考えているという『ライのイメージ』を勝手に持っていた。

たが、それは見事にひっくり返された。

加えて意外と言えば、クールビューティなリコにそういった相手がいないというのが、アルセンには大変意外だったのである。


(これは、これからあるだろう、アルスとルイ君の恋模様もどうなるか、本当にわかりませんねえ。まあ、アルスとリリィちゃんは現在は『恋』をする気もちは端からないみたいですけど)

アルセンはそう考えを纏めてから、大きく息を吸って


「それでは、そろそろ出立の時間です。各人、忘れ物がないように宜しくお願いします。そして任務の完遂を、宜しくお願いします」

そう呼びかけて、場を締めた。



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