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【牢屋の少年】

ロブロウ2日目の夜。



アルスとリリィは、領主に「無礼」をはたらいたとして、旧領主邸の地下にある牢屋に幽閉されたルイに、許可を貰って夜食を持って行っていました。


薄暗く湿った旧領主邸の地下牢の通路を、アルスがランプを持ってリリィの先を進む。

地下の通路には定期的に灯りが点されてはいるが、やはり足元は暗いのでランプは必須だった。

ルイがいるのは一番奥の「座敷牢」といったもので、牢は牢でも上等な作りのものらしい。

アルスには何となくではあるが、領主邸に「座敷牢」がある理由に、気持ちが塞いでいた。

リリィは「ロブロウのお客様が何か悪い事をしてしまった場合の反省部屋」と当たらずも、遠からずなアルスの説明には納得をしてくれていた。

「アルスくん。ルイ、喜んでくれるかなぁ」

今は2人とリリィが抱えているぬいぐるみに扮するウサギの賢者だけなので、普通に語りかける。

リリィは領主邸の料理長マーサが、鶏肉と野菜と出汁で炊き込んで作ったライスボールを竹の網で作ったランチボックスに入れていた。

「昨日の晩餐会の時も、おかわりしていたぐらいだから、きっと喜ぶよ。

後、グランドール様には内緒で治癒の魔法を少しかけておいてあげたらいい」


今日の夕方、"子ども組"と"研修組"で、現領主邸の入り口で互いに報告の時。

仮面の領主アプリコットは、ルイを庇うように今日あった事を責任者であるグランドールに報告をした。

グランドールとルイといえば見た目からして武道派の師弟なので、長いつきあいのぬいぐるみのフリをするウサギの賢者と、軍学校あがりのアルスには、報告後の事態は想像していた通りとなった。

アプリコットからの報告が終わった瞬間、グランドールの平手打ちがルイの頬を打つ。

領主のアプリコットも、グランドールがどういう行動をとるか予測出来ていたらしい。

だが、予想は出来ていたが"女性の立場"からしたら、やはり気持ちの良いものではない。

だから、グランドールがルイを平手打ちする瞬間に、昼過ぎにリリィが"ひんやりと気持ち良い"と評したとその手で、少女の視界から覆い隠した。

不意に視界を奪われ、"パシン!"と皮膚が皮膚を打つ音が耳に届き、リリィはルイがグランドールに叩かれた事がわかった。

ひやりとした手が視界の先から消えて、目の前には苦虫を潰したような顔をしたグランドールと頬を赤くしたルイが立っている。

「領主殿、どう詫びてよいかわからん。王都にも報告して貰っても構わん」 

グランドールが頭を下げながら申し出ると、リリィの横に佇んだままアプリコットが激しく首を左右に振る。

リリィはアプリコットが、ルイの事を怒るというのではなく、とても心配しているのがわかった。

「一応謝罪のケジメは受けました。

私も無傷ですから、どうか気にしないでください。

それよりも、ルイ君が"無意識"にさっき報告したような行動をとってしまった事が、私としては気になります」


(本当に気持ちがカーッとしてしまって。

アプリコットさんが手を抑えてくれた時に初めて、自分が短刀を抜こうとした事に気がついたぐらいです。

自分の体を制御出来ないなんて、情けないし認めたくないけれど、気がついても無理でした。何か、もう一個の強烈な自分があって)


アプリコットがルイ自身が語った内容を、忠実にグランドールに伝える。

「ルイの中に、もう1つの自分?」

グランドールはアプリコットの説明した内容の中に、ルイがとってしまった行動の意味に心当たりがあるのか、考え込むように自分の首を、金の腕輪している左手さすっていた。

「とりあえず、ロブロウでも医者を用意しますので、明日にでも。

ただ、もしルイ君にかかりつけのお医者さんや賢者さんがいるなら、王都から、ロブロウに招かれてもかまいません」

アプリコットの提案に、"有り難い"とグランドールが頭を下げていると、重い音と共に扉が開き、来訪者が来た。

「父上、如何されたのですか?」

アプリコットが驚きの声を上げて、来訪者であるバン・ビネガーに声をかけた。

バンは連れている従者に手にしている杖を渡して、アプリコットの側に歩み寄った。

「何、お前が領主として生温い判断をしているんじゃないかと思ってね。

しかし、期待を裏切らないというか、案の定と言うべきか」

場の様子だけで、どういった出来事がなされたかバンは察したらしい。

「ロック、お客様の"お連れ様"を丁重に旧領主邸、座敷牢に案内しなさい」

「畏まりました」

座敷牢という言葉に、アプリコットの顔から血の気が引く。

「父上、それにロックまで。お客様のお連れになんて所」

"へ"

と言うアプリコットの言葉は、前領主バンのステッキの切っ先が、仮面を着けた眼前に突きつけられ、続ける事は出来なかった。 

「アプリコット、お前こそ自分の立場を考えなさい。

例え未然に防いだとしても、この少年は刃を"ロブロウの領主"に向けようとしたのだ。

刃物を安易に人に使向ける事は、客人であろうと幽閉し、落としどころがつくまで我慢して頂かねばならない」

はっきりと明瞭に語る父親にアプリコットは、言い返す事が出来ない。

そして前領主としての父親を、説得出来る方便をまだ持ってはいなかった。

老執事も瞳を閉じ異を唱えないのは、前領主と同意という意味なのだろう。

「前領主様。我が弟子への手厚い"処置"、感謝いたします」

そこにグランドールが割って入り、頭を下げると、前領主は大柄な客人の方へと向き直り、尋ねる。

「貴公が王都から派遣された農業研修の責任者か」

少しだけ目を細めて、王都からの大柄な来賓を観察し、腰に供えている大きな大剣に少しだけ眉間に筋を刻んだ。

「グランドール・マクガフィンと申します。

本日は農業研修終わり、そのままと言うことで、この様な服装で失礼します」

グランドールの丁寧な挨拶に、前領主の眉間の筋は直ぐに消えた。

「マクガフィン殿、丁重な挨拶をありがとう。

お連れの少年は、狭苦しいかもしれませんが座敷牢に入って頂くが構いませんな?。

勿論、衣食住に関しては決して不自由はさせません」

改めて前領主が言うと、グランドールは深く頷いた。

それからアルスやリリィは初めて見るような種類のグランドールの笑顔、ニカッと上品に口角だけを上げている様子を見た。

「むしろ、暫くぶち込んでやって欲しいし、反省を促す為に本日は夕食を抜きにしてやってください。ついでに大嫌いな学習を、この機会にたっぷりさせて頂こうと思います」

グランドールの表情は張り付いたような笑顔ではあるのだが、声は確かに怒りを含んでいる。

表現として例えるなら、絵本の挿し絵ではニコニコしているのおじいさんであるがセリフは"ぶっとばすぞ、この野郎"

と書かれていて、思わず挿し絵とセリフを見比べると言った具合。

「グランドールさま、笑いながら怒ってる?」

リリィが感想をポンと口に出してしまい、慌てて自分の口を抑える。

だが確かにリリィの表現は的を得ていて、まずアプリコットが"フッ"と笑いを噴き出した。

次に前領主が噴き出す。 

どうやら、この親子の"笑いの沸点"は同じ位置にあるらしい。

そうしてグランドールは、漸く表情を緩めた。


「前領主様、今の領主・アプリコット様も苦労なさっていますが領主の仕事を頑張ってなさっています。

それに今回の事はルイに対して、なるべく穏便に済まそうとしてのくれての配慮でした。

そして前領主様が、アプリコット様のその『優しさ』を不安に抱いているのも伝わりました」

サラリと述べるグランドールに、漸く笑いの衝動が収まった前領主は"ほう"と、小さく感心したような声を出す。

「その様子だと、マクガフィン殿は我が領地の問題にも気がついた様子ですな」

少しだけ明るい声でグランドールに尋ねるが、返ってきた答えは前領主が期待していたものにはならない。

「どうでしょうか。恐らく前領主様が仰る問題はロブロウに限らず、どこにでもある問題だとワシは思いますのぅ」

"どこにでもある"というグランドールの返答を耳にした前領主バン・ビネガーは何処か物悲しい表情を浮かべる。

「そうですか。数十年間、ロブロウは閉じた領地として文化が遅れているかもしれない。そんな懸念を持っていましたが、そうでもなかったようなんですな」

"懸念"という言葉の中には、多少の"希望"が含まれている事をグランドールとアルスは聞き逃さなかった。

そして、結局ルイの処遇は前領主バン・ビネガーが決めた形となる。

前領主が去った後に、グランドールが農業研修を共にしたアルスにだけ聞こえるように呟いた。

「十数年間閉じた領地だったかもしれないが、前領主の考え方は、現在のセリサンセウムでも充分通じる物だのぅ」

アルスにも、前領主のロブロウへの懸念の内容は今日午後からの農業研修をした事で、何となく察しはついていた。

農家は皆、今の領主を認めてはいた。

そして口々に同じ様な言葉で褒め称えるのだ。

『今の領主様は"代理"で"女"であるけれど、上手いこと民の心を掴んでやってくれています』



(今日1日で代理と女って、何回聞いただろ)

ルイがいる座敷牢に向かいながら、アルスはそんな事を思い出して、考えていた。

前領主の「懸念と希望」は恐らく"ジェンダー(文化的・社会的な男女の差異)"だったのだとアルスは考える。 

数十年間も閉じられた領地ロブロウだったから、職種や立場のジェンダーに関しては、まだ寛容な受け入れ方が出来なくても仕方がない。

けれど、開かれたセリサンセウム国の王都から来た人物達なら、ロブロウでのジェンダーの在り方が『古い』と一蹴される事を前領主は望んでいる様子なのが、グランドールとアルスには理解出来た。

前領主にとって、娘に領主を任せるに当たりロブロウの"古い考え方"が懸念で、王都からの"拓かれた進んだ考え"が希望だったのだろう。

(ロブロウに比べたら、確かに王都はいくらか進んでいるけれど、やっぱり表に立つとしたら男性が多いもんな)

不意にアルスの頭に、国の最高ランクのパティシエ・マーガレットと、王族護衛騎士の筆頭もこなすディンファレの姿が浮かんだ。

(こんな例え方は失礼と思うけれども、やっぱり"女性"ながらも2人とも凄いって世間は評価するんだろうな)

そんな女性達を尊敬しながらランプを掲げ、地下通路を進みながら"妹"であるリリィを見た。

今は"友だち"に美味しい夜食を届けようと、マーサが握ったライスボールが入ったバスケットと、ウサギのぬいぐるみを抱えて意気揚々に歩いている。

(リリィも、その内、何かの"代表"になりそう)

凛として負けん気の強い可愛い"妹"を見て、アルスはクスリと笑いが漏れた。

「?。お兄ちゃん、どうして笑っているの?」

リリィがそれを聞き逃すはずもなく、尋ねる。

「ええっ~と、ルイ君は美味しい物なら確かに喜ぶだろうけれど、リリィの手作りだったらもっと喜んだかな?って思って」

笑った事への回答にはなっていないのだが、リリィはアルスの返答には納得出来るものがあった。

「明日もルイが座敷牢にいるなら、マーサさんに料理を教えて貰おうかな」

「料理長さんに時間があった時にでも、お願いしたらいいよ」

上手い具合にごまかしたアルスは、バスケットを抱えていない方の手でリリィが抱えているウサギのぬいぐるみに扮している、賢者を眺めた。

(ウサギの賢者殿は、もしも今日の農業研修を一緒に行ったなら、どんな言葉を仰るかな)

"まだまだ世の中は、人を評価する時にジェンダーという範疇(はんちゅう)に捕らわれているねぇ"

いつもののんびりとしたウサギの賢者の声でそんな事を言いそうだと、アルスの頭の中で自然に再生出来た。 

「座敷牢って、随分と奥にあるのね」

リリィがそんな事を言った事で、アルスは想像から引き戻される。

確かにリリィが言うとおり、随分と歩いたが中々座敷牢にはたどり着けないでいた。

「道は一本しかないから、間違う筈もないしね」

そんな事をアルスが言うと、通路の奥の方で音がする。

条件反射でアルスが利き手に持っていたランプを持ち替えて、剣に手をかけた。

「そんな物騒に構えないでくださいよ」

薄暗くてよく通路の造りが分からなかったが、緩やかな曲がり道になっていたらしい。

壁に見えていた場所から、執事姿のシュトがひょっこりと顔出す。

「あ、シュトさん!」

リリィがシュトの方に駆け寄った。

「よっ♪何だか久しぶりだな感じだな、お嬢ちゃん」

今のシュトの姿は見習い執事兼用心棒といった具合で、執事の服の上着の下にホルスターにしっかりと銃を装備している。

「シュトさんが、ルイ君の見張りですか?」

アルスが剣から利き手を離して、再びランプを持ちながら尋ねた。

「そういう事だ。一応お客様だから、世話係でもあるかな」

「ルイはどうですか?」

軽い感じに答えるシュトに、リリィが心配そうに尋ねた。

「いやそれが、まあいいや道すがらで話すよ」

シュトが苦笑いを浮かべて、クルリと背を向けて来た道を戻り始める。

アルスとリリィは顔を見合わせてから、シュトの後に続いた。

「ルイ君は至って元気な事は、1つ報告しておくよ」

シュトの言葉にリリィは笑顔を浮かべる。

「シュトさん、座敷牢までは、まだ距離があるんですか?」

結構な距離を歩いたと感じているアルスが尋ねた。

「ん~、距離があるとしたら後は上下だな」

「「ジョウゲ?」」

アルスとリリィで、思わず共鳴(はも)る。

「そ、上下。そして、ストップ」

シュトがザッと手を出して、一行の歩みは止まった。

「気をつけないと、落っこちて、グッチャリとなる」

シュトがそう言って、アルスの方を向き視線で促すと、アルスは持ったランプで道先を照らすとそこには道がなくなり、ポッカリと闇が広がっていた。

だが奥にはしっかりと通路の灯りが備えられていて、気がつかずに歩いたならこの穴に落ちる仕組みらしい。

アルスもリリィも唾を思わず飲み込んだ。 

「こっちだ」

シュトがいつの間にか脇道に入り、アルスとリリィを手招く。

「この梯子で降りて、次の場所を上がったらすぐだ」

「あっ、本当だ。お兄ちゃん、梯子がある」

リリィが驚きと同時に興味も湧いた模様で、バスケットをそっと地においてウサギのぬいぐるみを抱えたまま梯子の下を覗き込む。

「どうして、さっきの分かり難い曲がり道や、こんな罠みたいな造りになっているんですか?」

アルスは梯子を覗き込むリリィが、見易いようにランプを(かざ)してあげながらシュトに尋ねた。

「さあ?オレもアルス達の少し前にきたばっかりなの知ってるだろ…っていけね。

ご存知でしょう?でいいのかな、この場合?」

シュトは同年代で、同じ"兄"という立場のアルスには、気易くなりやすい。

「多分あってると思いますよ。そっか、そうですよね」

シュトとアトの"傭兵銃の兄弟"は、農業研修一行の数時間前に、ロブロウについただけでしかない。

この地に来たのも、師匠で保護者にあたるエリファスに呼ばれたからに、他ならない。

仕事の内容は教えて貰っているが雇われ先の歴史までとは、まだいかないのだろう。

「凄く深そう。シュトさん、深さはどれ位あるんですか?」

リリィは覗き込むのを一旦やめて、シュトを見上げた。

「俺もそれは何とも。ただ、俺がお嬢ちゃんとアルスを、じゃなくて、リリィお嬢様とアルスさんか」

シュトが"失敗した"と言った感じで横目でアルスとリリィを見る。

リリィは愉快そうに微笑み、アルスはアルスで苦笑し、"構わない"というジェスチャーを含めてシュトに向かって手を横に振る。

「周りに憚らなくていい時は、呼び捨てでいいですよ。

その代わりに、自分も敬語が仕事柄のクセだから諦めてくださいね。

リリィもそれで構わないよね?」

"妹"となる少女はまだ先ほどの微笑みのまま、兄に同意するように頷いた。

アルスの自分の注文も含めて返した返事に、シュトはホッと息を吐き出す。

「サンキュー。そう言って貰うと助かるわ」

シュトは大きく笑ってから、話そうとした内容を思い出した様子で、慌てて再び話し始めた。

「そもそも俺は、アルスとお嬢ちゃんがルイに面会にくる事はロックさんから話を聞いていたからさ、"来る"っていうのは知っていたわけなんだ。

ただ、"何時にくる"っていう具体的な時間は知らなかった」 

それからシュトは胸元のポケットから、ウサギの賢者から貰った通信機(正確にはアルセンの伝手を使って拝借した)より一回り小さな機械を取り出した。

機械の目立つ場所に、ロブロウの領主の花押があるので、領主の館で使われている器具なのだろう。

「で、アルスとお嬢ちゃんがこの座敷牢に来るときには、この通信機で連絡がくるはずだった」

「そんな言い方って事は、自分達が座敷牢に向かったという連絡は来なかったんですか?」

シュトの話に、少しアルスの顔が険しくなる。

シュトが悪いわけではないのだが、この座敷牢に向かう"地下通路"の仕組みを知らなかったとなると、下手をすれば先ほどの罠みたいな穴にハマり、陰惨な出来事が充分産み出せる。

「あれ?でも、シュトさんは来てくれてますよね?」

リリィの声でアルスの顔から多少の険しさは消えたが、気分的にはまだ穏やかではない。

リリィの言葉に救われたような顔をし、シュトが頷く。

「そ。で、俺がアルスとお嬢ちゃんを迎えにこれたのは"ルイ君"のお蔭なわけだ」

シュトはルイが幽閉されている、座敷牢に繋がる梯子を眺めながら告白した。

「ルイ君が?」

不可解と言った具合で、アルスが首を捻る。

シュトも"不可解"なのは同意らしい。

「納得がいく理屈は俺にも分からんのだけれど、ルイ君が言ったんだよ」

『シュトさん、アルスさんとリリィがこっち来てくれてるみたいなんすけれど迎えにいかなくていいんすか?。確か罠みたいな所がありましたよね?』

シュトはルイの発言に驚いた。

そして、最初はルイに失敬な事になるのだが、牢屋を出たくて"嘘"を言っているのではないかと疑ってしまった。

しかし、すぐにその考えは引っ込む。

まずルイ自身、座敷牢の牢屋に対してそんなに嫌がってもいなかったし、何より明るく振る舞っていたが、空元気を出してながらも心底反省しているのがシュトには感じられた。

それにアルスとリリィが来たからといって、検査が終わるまでは、ルイが座敷牢から解放されるわけではない。

それは重々承知のハズである。

『シュトさん、早く迎えに行かないと!。

リリィのペースだとゆっくりだけれど、アルスさんのペースなら早くついちまう!』

確かにルイの言う通り、早めについたならアルスとリリィに万が一あってはならないし、ルイは脱走をしようという様子は微塵も感じられない。

シュトは"わかった"と返事をしながら、アルスとリリィを迎えるべく急ぎながら、召使い専用の通信機に呼びかけた。

しかし、応答が全くなかった。

応答がないと聞いて、シュトの持っている通信機をアルスが、"借ります"、と手に取る。


「精霊石を使った、精霊術を媒体している通信機みたいですね。

機械の部分は接触不良を起こしているわけではないみたいですし、精霊石の調子が悪いんですかね?」

少し通信機を触って、不得手な魔術以外でアルスが理解出来る部分で、様子を伝える。

「お兄ちゃん、精霊石も全く調子が悪いわけじゃないみたい」

今度はリリィが立ち上がり、アルスの手か通信機を借りると両手の掌に乗せて小さく息を吸って意識を集中すると、精霊石の部分が活発に輝き始めた。


「やっぱり機械の調子は(すこぶ)る良いみたいだな」

シュトの話によれば、一番危惧される"落とし穴"の部分を迎えの為に通り過ぎた時、極力連絡を避けるよう言われているエリファスに向かって通信の信号を飛ばし、漸く応答があった。

エリファスは大層驚いて、ロックと直に連絡をとり、老執事も連絡が行っていない事に驚愕した。

シュトが既に迎えに動いていると聞いて、エリファスとロックは、やっと落ち着く。

「この様子だと、距離があったから通信機がダメだったみたいな様子ではないみたいだなぁ」

シュトは顔を暗くして、リリィから通信機を返して貰い、胸元に再び戻した。

「あの、取りあえずルイの所に行きませんか?」

リリィがルイの為の夜食が入ったバスケットを抱えなおしながら、2人の"兄"に呼びかけた。

「私は何だか色んな事情がありそうな、難しい話みたいでわかりません。

けど、ルイが無事な私とお兄ちゃんを待っているのは確かだと思うから。

難しい嫌な事に気持ちを落ち込ませるよりは、私は待っている人を安心させて喜ばせてあげたいです」

農業研修に来てから、色んな悪意が(うごめ)いた事は、幼いリリィにも感じられていた。

だが、少女は持ち前の勝ち気な性格で、上司の仕事の手伝いには過ぎないが、少しは役に立ちたかった。

それに邪魔をするような雰囲気事態に腹を立てていて、相手にしたくもなかった 

「そうだね。今はわからない事に気持ちを向かせるよりは、待っている人に向けなきゃ失礼だね」

リリィの言葉に、アルスは笑って頷いた。

シュトも少女の言う通りだと思えたので、気持ちを切り替える事にする。

確かに考える材料の少ない中で、アルスと2人、似たもの同士で協議しても、上手い打開策が出て来るとは感じられなかった。

「俺はこの事をエリファス師匠(せんせい)や、ロックさんに後にで、もっと詳しく話してみるよ。確かにルイ君が待っている、行こう」

そしていざ行こうとすると、梯子なのとリリィがスカートなのを思い出して、2人の兄は頭を痛める事になる。

結局、色々な荷物の事もあったので

【スカート女子がいた場合の梯子の下り方についてのミーティング】

が、3人により即興で執り行われて、結論は2人の紳士が頭を悩ませてくれたおかげで、速やかに出る。

まず降りる順番は1番がリリィ・2番アルス・3番シュトにあっさり決まった。

次に荷物はバスケット・ウサギのぬいぐるみはアルスが持つ事になる。

着脱防止の為の剣に巻いていたゴム紐を解いて、おんぶ紐の要領でぬいぐるみを背負う。

更にバスケットの手掴み部分に紐を通して抱える形になる。

そして、ゴム紐の残りの大部分はアルスとリリィを繋げる"命綱"となった。

(三十路を半ば過ぎて、若人におんぶされるなんて、思わなんだ)

ウサギのぬいぐるみに扮する賢者を背負った時、賢者に耳元で小さな声でぼそりと言われて、吹き出しそうになるをアルスは"グッ"と、必死に堪えた。

「アルス、準備いいか?」

アルスが準備する間に、シュトがキツくはないが、しっかりとリリィの腰にゴム紐を結んでいてくれた。

「はい、大丈夫です。じゃあ、端の方を自分にください」

シュトは残った紐の方を方をアルスに差し出した。

アルスは器用に腰のベルトにゴム紐を通して、しっかりと巻きつけている。

「その紐、便利だなぁ。どこで売っているんだ?」

シュトはゴム紐を触ったことで、興味を持ったらしい。

「ああ、これは馴染みの工具屋のおかみさんが作った試作品だから、売り物じゃないんですよ」

アルスがゴム紐をしっかりと装着出来たか確認しながら答える。

シュトは残念そうな顔して、ホルスターに納まる自分の銃を触る。

 「そっか。王都での売り物だったら、金を渡すから、アルス達が帰った後に送って貰おうと考えたんだ。

師匠から貰った、師匠(せんせい)師匠(ししょう)のおさがりのホルスター貰ったんだけど、ちょっとサイズがあわなくてさ。

背が"長い人"だったらしい。そのゴム紐だったら、調整に丁度いいって思ったんだ」

どうやら少しばかり、シュトには大きいらしい。

「エリファスさんの師匠は、男の人だったんですよね。ちょっと失礼しますね」

アルスはそう言ってシュトに近づき、ホルスターの具合を確認する。

ただ単純に"休日大工"が趣味な少年には、ホルスターのような"細工物"に凄く興味深い感情もあった。

「わあっ」

動いたアルスに、ゴム紐で繋がっているリリィが少し引っ張られる。

「あっ、リリィ。ゴメンね」

「ううん、いいよ」

アルスは謝りリリィの言葉を聞く、引き続きシュトのホルスターを観察する。

リリィも自然とシュトの側によって、銃とホルスターを観察する形になった。

「本当だ、少し隙間があるね」

リリィが下からみた時に、脇と銃がある胸元に隙間が出来ていた。

「ピッタリしてないと、走ったりする時少し痛いんだ。

この見習い執事の格好じゃ、前の時にみたいに腰のベルトにさすわけにはいかないし」

アルスは「失礼」と声をかけてから、少しホルスターやシュトとの体を触った。

「これぐらいだったら、うん、自分のゴム紐を少し分けますよ。それで調整すればいい。ルイ君の見張りが終わった後や、仕事が休みの時にでもホルスターを貸して下さい。自分で良かったら、シュトさんに寸法を合わせますよ」

アルスが言うと、シュトの顔が明るくなる。

「ありがとう!」

シュトの礼に、アルスとリリィの兄妹は顔を見合わせて微笑んだ。

「それじゃ、ルイ君のところにに行こうか。

グランドール様からの罰で夕食抜きだから、大丈夫かな?」

「あ~、それは確かに心配かも。

ルイ君が、アルスとお嬢ちゃんを迎えに行くまでは、盛大に腹を鳴らしてベッドに突っ伏していたから」

シュトがアルスの分のランプを手にして、下りの梯子の入り口を照らす。

「お嬢ちゃんにしたら、梯子の間の間隔が大きいかもしれないから、気持ち大きめに考えて降りなよ」 

「わかりました」

そう答えて、ゆっくりとリリィは梯子を降り始める。

カン、カン、カン、と梯子の手摺と靴底がぶつかる軽快な音がして、徐々にリリィの姿が穴にゆっくり沈む。

アルスとリリィが繋がっているゴム紐は余裕があったので、リリィが完全に姿が消えてもピンとならない。

「じゃあリリィ、自分も今から降りるからね」

一応アルスが呼びかけると

「はーい」

と元気な返事が返ってくる。

「じゃあ、シュトさん。ランプの事お願いしました」

「了解っ」

シュトの返事を聞いてから、アルスは梯子のある穴に足を入れた。

腰につけた命綱代わりのゴム紐を(たゆ)みを気にしながら、アルスは梯子を降りて行く。

アルスも完全に姿が闇の中に消えてから、今度は頭上からシュトの声が響く。

「じゃあ、俺も降りはじめるから」

「はい」

「はーい」

アルス、リリィからの返事が聞こえてからシュトが降り始める。

カン、カン、カン。

3拍子の無機質な音が暫く続く。

「お兄ちゃんも、シュトさんも、いるよね?」

少しだけ不安そうなリリィの声が、闇の底から聞こえる。

「大丈夫、大丈夫。お嬢ちゃん、上を見てご覧よ」

シュトの声で、リリィが上を見上げると完全にシルエットでしか見えないたアルスと、器用にランプを2つを掲げているシュトが見えて、リリィは安心して再び降り始める。

「あっ!、終わった」

とても驚いた様子の声をリリィが上げて、下りの梯子が終わったのがわかる。

「じゃ、横によけててくれ」

上からシュトから指示を出されて、リリィは素直に従った。

直ぐにアルスの降りてくる気配がして、再びリリィは安心する。

「リリィ、疲れてない?」

シルエット姿のままアルスが梯子を下り終えて、リリィに尋ねる。

「体はちっとも疲れてないけれど、真っ暗な中を進むのが気持ち的に疲れた感じがする。

あっ、お兄ちゃん。シュトさんが降りてくるから、こっちにおいでよ」

(リリィは闇の中って、気持ちが疲れるんだ)

この闇の中で安らぎを感じたアルスは至極不思議そうな顔をして、言われたよう梯子を離れ、リリィの側によった。

暗闇に包まれていた状態で、リリィはアルスの不思議そうな表情を見ることは出来なかった。 

そしてアルスの周囲を滅多に表に出てこない、闇の精霊が、彼を愛おしそうに見つめて包み込んでいる事に気がついたのは、ウサギのぬいぐるみに扮し、彼におぶわれている賢者だけだった。

「みんな、下に無事に着いたみたいだな」

シュトが抱えるランプの光が降りてきたのと同時に、闇の精霊達は名残惜しそうだが、迅速に闇に戻って行った。

(やれやれ、アルス君は"精霊泣かせ"だねえ)

「へっ?」

ウサギの賢者がアルスにしか聞こえないように呟いた声に、勿論驚きの声をあげる。

「アルス、どうかしたか?」

シュトがランプを渡しながら、心配して声をかけてきたのをアルスは苦笑いと適当な言い訳でごまかした。

リリィはどうやらウサギの賢者がした"イタズラ"だと察したらしく、シュトに気がつかれないようにチョンチョンと、ウサギのぬいぐるみをの背をつついた。

しかし、ウサギのぬいぐるみはぬいぐるみらしく微塵の動きも見せない。

「まあ、いいや。じゃ、いよいよルイ君が待っている座敷牢に向かって登ろうか」

「また梯子で登るの?」

シュトの言葉にリリィはそんな事を言いながら、自分の履いているスカートを恨めしそうに摘んだ。

この世界では騎士でもない限り、大体の女性が(くるぶし)より上位の長いスカートを履いている。

スカートが風等で、捲れあがった時の為に見えても良い下着としてドロワーズをリリィも身につけてはいるのだが、やはり梯子等を使うとなったら見え方というのが何とも言えない感じになる。

少なくとも、アルスとシュトはそう言った事を気にするタイプであった。

そして、降りでも2人に気を使わせたのに、登るのにもまた気を使わせるとなるとリリィは気は重たくなる。

「登りは大丈夫だよ。ちょっと力は使うけれどね」

シュトは意味あり気に呟くと、梯子のかかっていない側の壁を拳で2回叩いた。

ガタガタっと音が響いて、アルスが"おやっ?"と思わず声を出す。

壁を叩く音が地下通路の岩肌の物ではなく、まるで戸板を叩いた様な音だった。

アルスの勘は正解で、ガラガラと音は盛大ながらもスムーズに岩肌の外壁に見えていた壁の一部が、スライド式の扉のように横に開かれる。

「これって、昇降機ですか!?」

「へ~昇降機っていうんだ。この装置」 

アルスの驚きの声に、シュトは関心したような声を出す。

「え?え?え?」

リリィがアルスとシュトを見比べながら、不思議そうな声を出す。

この状況から考えると

『シュトは"昇降機"と知らずにこの装置を使っていた』

『アルスは"昇降機"しっているが、見たことがなかった』

『リリィはシュトとアルスが互いにボケをかましあっているので、対応に困った』

と言った様子。

暫くするとどうやら、各々(おのおの)互いの状況や相手の気持ちに気がついたらしい。

シュトは昇降機についてアルスに尋ね、知識はあるが初めてみる昇降機の仕組みを眺めながら、知っている範囲でシュトに説明する。

リリィはどうやら梯子を登らなくて良いらしいと察して、アルスの背中からウサギのぬいぐるみを外していた。

ウサギのぬいぐるみをリリィにしっかりと渡した後、アルスの視線は初めてお目にかかる昇降機に注がれた。

「この昇降機は手動、と言うよりは、人力なんですね」

ガラリと開いた昇降機の入り口を眺め、アルスがリリィと自分を結んでいたゴム紐を(ほど)き、剣の鞘に巻きなおしながら、そんな事を言う。

入り口のすぐ側に、複数の滑車がアルスの目に入り、近くに行く。

滑車は軸を中心にして回る円盤のみぞに綱がかかっており、力の大きさの変換などに用いる装置。

その変換の力を利用して、昇降機を上げ下げしている。

複数あるうちの滑車の1つに、把手(とって)が付いている。

「これを回すんですね」

アルスが指を指して確認すると、シュトは頷いた。

「不思議だよなぁ。こうやって輪っかみたいなのの溝に、ヒモを通すだけで楽々に持ち上がるんだぜ?」

「自分も詳しくはありませんが、物理学というらしいですよ」

アルスの説明にシュトが口を真一文字に結ぶ。

「ブツリ…ガク?。なんか頭が痛くなりそうな学問の名前だな」

既に頭痛が伴っているような顔をしながら、シュトが言う。 

そんなシュトの顔を見て、リリィは思わず笑いを噛み殺していた。

どうやら学問の話で渋い顔となるシュトの様子は、勉強をさせられている時のルイの様子を彷彿とさせたらしい。

アルスはシュトの頭痛を治めるべく、簡潔な説明をする。

「自分も詳しくありませんから。そんなに難しく捉える必要もないんですよ。

ただ、上手にそれを使いこなせれば魔法を使わなくても、重たい荷物を少量の人の力で運ぶ事も可能らしいですよ。それこそ、この昇降機みたいに」

昇降機の壁をポンポンと叩きながら、アルスが笑うとシュトも漸く表情を和らげて、滑車の把手に手をかけた。

「そうだな。確かに滑車を回すだけで、俺1人の力で昇降機の上げ下げが出来ているって話だもんな」

「じゃあ、その滑車を回して行きましょうよ」

リリィが笑顔で言うと、シュトはそうだなと笑って、アルスとリリィが昇降機の中に入ったのを確認してから、内側から扉を閉める。

扉が閉まると、昇降機内は一気に明るくなった。

良く見れば、上下の四隅全てに丸い水晶硝子があり、火の精霊の紋章が刻まれている。

そして水晶硝子の中には火の精霊が具現化した、炎のトカゲ「サラマンデル」がチョロチョロと動いていた。

「地下じゃないみたいね」

リリィが思わず呟いた通り、昇降機内は晴天の屋外みたいな明るさだった。

「アルスとリリィの力が、そんだけ凄いって事だよ」

滑車の把手に手をかけながら、シュトは昇降機内の明るさの説明を始めた。

「この昇降機の中の明るさに限っては、この中にいる人間の『強さ』に惹かれた炎の精霊を、あの水晶硝子の中にいかに呼び寄せるかで決まるんだ。

ルイ君を座敷牢に案内する時も、結構明るかったけれどここまでじゃなかったなぁ。

アルスって優しそうなイメージだけど、実はすんごい腕っ節があるんだな」

「そっ、そうかな」

強さに惹かれた、と言うシュトの言葉に少しぎこちなくアルスは返事をする。

(多分、ウサギの賢者殿の"強さ"に惹かれた精霊もいるんだろうな)

幸いな事に、滑車を回す事に集中していたシュトは、アルスのぎこちなさには気がつかなかった。 

シュトの逞しい腕が滑車を回し、ガタンガタンと愛嬌のある音をだしながら昇降機は上昇する。

昇降機が上にあがる度に、それぞれの体には何とも言えない重力が圧せられた。

「何か上がる時は、体中がこそばゆい感じですね」

リリィがウサギのぬいぐるみを抱きしめながら言うと、シュトが笑う。

「じゃあ、降りる時はもっと変な感じだぞ。

上がる時は圧される感じだけど、降りる時は少しだけ体が軽くなるんだから」

滑車を回しながらのシュトの説明に、リリィは再び驚いたらしく、激しくまばたきをした。

「シュトさん、ちょっと自分も回していいですか?」

「ああ、一緒にやろうぜ」

アルスもシュトが回す滑車の把手に手をかけて、一緒に回し始める。

「わぁ!」

それにリリィは驚きの声をあげる。

昇降機は上昇するスピードが増した事で、体に掛かる圧力が増す。

「一気に楽になったな、もう着くぞ。アルス、少し回す力を落としてくれ」

「分かりました」

ガタ、ガタンと音をたてて昇降機が止まる。

シュトとアルスの2馬力で、ルイのいる座敷牢に比較的早くつけた様子だ。

「―――リィ!リリィ!大丈夫か?!」

昇降機の扉を開ける前から、ルイの声が突き抜けて聞こえてきた。

「こりゃ、早く開けて安心させてあげなきゃな」

シュトが苦笑して滑車の把手から離すと、昇降機の中の明かりがフッと消えて手持ちのランプの灯りだけとなる。

「じゃ、感動の"お姫様と王子様"の再会だ」

「シュトさん!」

リリィが頬を赤くして抗議したが、シュトは笑いながら昇降機の扉をガラガラと音を立てて開く。

開いた扉の先には、鉄格子に掴んでこちらを見つめるルイがいた。

「これは」

そして"座敷牢"を目の当たりにしたアルスが、思わず驚きの声を漏らす。

昇降機の扉の先に広がっている"部屋"は、とても立派で豪奢なものだった。

赤を基調とした市松模様の絨毯に、天蓋付きのベッド。

それに書斎に相応しそうな机と、本棚も備えられている。

部屋の雰囲気にどこかデジャヴを感じたが、すぐにそれがリリィが使っている客室の造りと似ているのだと、アルスは気がついた。

ただ異質なものと言えば、途中部屋を隔たるようにあるルイが掴んでいる鉄格子と、むき出しの岩肌の壁だろうか。

「ルイ、大丈夫?」

リリィが昇降機から飛び出るように駆け出し、鉄格子を掴むルイの目の前にたどり着く。

無事な姿に鉄格子越しに確認したルイは、小さくため息を吐いてトレードマークの八重歯をニカッと出して笑った。

「オレは寧ろ快適なぐらいで、座敷牢が豪華過ぎてこそばゆいぐらいだよ」

好きな少女の手前格好付けて少年はそう言ったが、グゥ~と盛大に腹の虫を鳴かせてしまい、最後は決まらなかった。

照れ隠しに頭をルイはボリボリと掻くが、リリィはそんな"友だち"に安心した。

「ルイ、お腹空いてるでしょ?良かったら、食べて。

料理長のマーサさんに頼んで、ロブロウの郷土料理で特大のライスボールを作ってもらったの」

リリィはウサギのぬいぐるみを丁寧に絨毯の上に座らせて、それからバスケットの蓋を開く。

そしてリリィの両手から余る程の、ロブロウの郷土料理で作成されたライスボールをバスケットから取り出した。

"おおお!"とルイが目を輝かせながら、リリィのライスボールに手を伸ばしたが、触れる寸前に手を引っ込め、食べたい気持ちを抑制するべく鉄格子を掴んだ。

「って、駄目だぁ。リリィありがたいけれど、オッサンから"夕食抜き"って言われたから。約束は、守らなきゃ」

本当に残念そうな顔をして、鉄格子を掴みつつ、ライスボールをわざわざ持って来てくれたリリィに頭をルイは下げた。

リリィが特大のライスボールを抱えたまま、悲しそうな顔してアルスを振り返る。

豪華な座敷牢に意識を奪われていたアルスたが、流石にリリィの悲しそうな顔には機敏に反応した。

(さて、どうしよう)

アルスの心情的にはリリィにもルイにも気持ちの負担をかけることなく、ライスボールは気兼ねなく食べて貰いたい。

しかし、ルイにはグランドールとの夕食抜きという約束の"縛り"がある。

付け加えれば、多分自省もしているのだろう。

アプリコットが穏便且つ未然に防いでくれたとはいえ、やはり前領主のバン・ビネガーの言うとおり、領主に向かって抜刀しようとしたルイの行動は"大事"であると、アルスも思う。

ルイ自身も自覚がない(自覚できなかった)行動であったかみたいだから、そこまで責任を問う事を誰もしなかった中、幽閉もされたが、唯一与えられた"罰"らしい罰なのだ。

(怒られた方がスッキリするっていうのは、自分の持論だけど) 

それがルイに当てはまる訳ではないと、アルスもわかる。

そこまで考えて、リリィの抱えるウサギのぬいぐるみに扮する賢者を見つめる。

(賢者殿なら、どんな方便を使うかな?)

ウサギの賢者なら多少無理の強い方便を使い、言葉は悪いが上手いことリリィとルイを丸め込んで、ライスボールを食べさせてしまうだろう。

(『ワシが責任持つから、ルイ君はせっかくリリィが危険な座敷牢まで持ってきたライスボール食べてあげてよ~』なんて言いそうだな)

そんな事を考えて思わずアルスが苦笑すると同時に、ある事に気がついてハッとした顔をすると、リリィがキョトンとする。

「お兄ちゃん?」

「ルイ君、グランドール様は"夕食"は抜きと言っていたけれど、"夜食"はダメとは言ってなかったから、ライスボール食べてもいいんじゃない?」

アルスの言葉にリリィとルイは目を丸くし、シュトは口笛を吹いた。

「そんな屁理屈いいんすか?!」

目を丸くししたまま、ルイがアルスに言う。

「いいよ、自分が"責任"を持つから」

アルスがニッコリと笑う。

そして懸命にリリィとルイがライスボールを食べた事で、気持ちの負担にならないような、「笑顔」を保っていた。

("責任を持つ"ってこういう事なんだな。でも、まだ自分じゃ弱いみたい)

弱いと感じるのは、まだリリィとルイが互いに視線を交わしあっているから。

そして視線の中でリリィとルイが交わす気持ちは

"アルスに迷惑をかけたくない"

というもの。

九分九厘(くぶくり)の確率で、アルスの責任でルイにライスボールを食べさせても、グランドールは怒る事はない。

怒る事はないのだが、ここはロブロウであるし、現にルイは穏便にとりはかろうとしたアプリコットの配慮を無碍にされ、座敷牢に入っている

(う~ん。自分じゃ、まだリリィとルイを安心させるのは無理かなぁ)

そこでシュトが割って入ってきた。

「1つ訊きたいんだけどさ。面会に行く時点で、あの大農家さんは、お嬢ちゃんがライスボールを持って行くの知っていたのか?」

突然のシュトの質問にリリィはまばたきをして、行く前にグランドールに面会に行くのを告げた様子を思い出して頷いた。

「はい、ご存知です」

素直に言葉を返したリリィにシュトも笑う。

「おっ、お嬢ちゃん俺より敬語上手いな。じゃあさ、食べたらダメなら持って行く前に大農家さんは"食べさせたら駄目"って事を言うんじゃないかな?」

シュトの言葉にアルスも力強く頷いた。

「そうだよ。グランドール様は駄目なら、きっとその場で言うハズだと思う」

これにはリリィもルイも納得出来た。

「ルイ食べなよ。グランドールさまは、ルイが食べたら駄目なら、きっと私がバスケットの中身を教えた時に止めてくれるハズだもん」

リリィはグッとロブロウ名物で作って貰った、ライスボールを差し出した。

そこまできて漸くルイは鉄格子を超えて、手を差し出しライスボールに触れた。

そしてにリリィの手を包み込むように、握りしめた。

「ルイ?」

意外にゴツゴツとした、剣の修練を欠かしていないだろう大きな手に、自分の手を包み込まれてリリィはまばたきを繰り返す。

(ルイ、結構逞しい手をしてるんだ。まだアルスくんの方が、少しゴツゴツしているけれど)

唐突なことなので、リリィは冷静に身近にある"手"と比べてしまっていた。

「無事で良かった」

ルイが心から安堵するような声をだして、ルイはリリィを見つめていた。

そこでリリィはルイを意識してしまう。

「ぶ、無事だよ。アルスく、アルスお兄ちゃんやシュトさんもいたから。

照れ隠しのあまりに、手を引っ込めてしまおうかとリリィは体に力がはいる。

だが寸前の所でそれを止める事が出来た。

声の調子から心底自分を心配していてくれた事わかるし、手を引っ込めたならかなり失礼な事で、もしかしたらルイ傷つけてしまうかもしれないと、リリィなりに考え及んだのだ。

だが躊躇しているうちに、ルイの手は更にギュウっとリリィの手を包み込む。

(わあああああっ)

「あっ、そうだルイ君に1つ訊きたい事があるけれどいいかな?」

リリィの声にならない悲鳴が聞こえたかどうかわからないが、アルスの質問する言葉でルイの包み込む力が抜けた。

「わあああっ!」

一方のリリィは今まで入っていた力がいっぺんに抜けたものだから、ライスボールがスルリと手から落ちて、今度ははっきりと声(というか悲鳴に近い)を上げる。

悲鳴を上げるリリィを後目に、直ぐに手を下ろし、見事にライスボールをキャッチするルイはいつものやんちゃな少年に戻っている。 

「アブねー、アブねー」

思わず2回言葉を繰り返しながら、ルイは丁重にライスボールを檻の中へと入れた。

「リリィもルイ君も驚かせて、ごめん」

慌てているリリィとルイを見て、アルスが謝罪する。

「いや、別にいいっすよ。

オレも腹が減りすぎたせいか、何か記憶が飛び飛びになってるみたいですから。

でも応える前に、とりあえず食べてもいいっすか?」

ルイは、そう言うとそれに反応して腹の虫が"グウウウゥ"と音を鳴らす。

アルスの頭の中に、ルイがデフォルメしたイラストの姿で、犬の耳と涎をダラダラと流している様子が容易に想像出来た。

「うん、まずは食べてからの方が良さそうだね」

アルスがそう言う横で、シュトは口元を抑えて笑いをこらえていた。

ルイは照れ隠しに、へへっと笑ってから、ライスボールに食らいつく。

そんなルイをリリィが鉄格子越しに甲斐甲斐しく世話をやいて、バスケットからおかわりのライスボールやら、他のおかずを出してあげている。

「お茶も、あったほうがいいだろ」

掻き込むように"夜食"を食べるルイを見て、シュトが自分で用意してきていた水筒からお茶を出し、コップに注いだのを、世話をやくリリィに渡したりしていた。

そんな様子を微笑ましく思いながら眺めつつも、アルスはバスケットの横に鎮座するウサギのぬいぐるみに扮する賢者を視線を集中させる。

(何か、記憶が飛び飛びになってるみたいですから)

というルイの言葉に、ウサギの賢者の耳がピクリと動いたのをアルスは見逃さなかった。

(ルイ君を診るお医者さんが、そう言った原因がわかる人ならいいけれど)

「あっ、そう言えば、アルスさん。質問て何?」

モグモグと口を動かしながらも、発音は滑らかにルイがアルスに言う。

「ルイ、口の横にライスの粒がついてる。あと、喋りながら食べるのは行儀が悪いわよ」

リリィが諫めの言葉も、ルイにとっては、相変わらず嬉しいものらしく、ニコニコしながらライスの粒を顔から取りつつペロリと食べた。

「ルイ君が覚えてればでいいんだけど、どうして自分やリリィがここにくるっていうのがわかったか教えて貰える?」

アルスの予想としては、多分ルイは、"覚えていない"。 

予想は当たっていた様子で、最後のライスボールを頬張りながらルイは頭を傾ける。

「あれ?。リリィやアルスさんが来るっていうのがわかった理由が、オレ、分かんないや」

その様子からアルスに質問されてから、ルイが初めて理由を考えたのが分かる。

ライスボールを咀嚼(そしゃく)するのと同時に、自分が何故アルスとリリィの来訪を察知出来たかを、ルイなりにロジックを頭に広げるが、

「う~ん、やっぱりわからない」

と、ライスボールを飲み込むと同じタイミングで、彼の頭脳は早々に結論を口から吐き出させた。

ルイの答えは予想は出来ていたとしても、やはり未消化な感じで何となく落ち着かない気持ちのままアルスは腕を組む。

「あっ、ロックさんから連絡が入ってきた。何か連絡について、少しはわかったかも」

答えが出ない問題で息詰まっている所に、突破口となるかわからないがシュトが胸元にしまっている通信機が、着信の光を輝かせていた。

シュトが素早く取り出して、応答する。

「はい、シュトです」

『シュトさん、アルスさんとリリィお嬢様と無事に合流出来ましたか?』

ロックの第一声はかなり緊迫感を孕んでいる。

この声の調子からすると、"座敷牢に向かう客"に関しての連絡については、ロックの耳に入った報告はかなり不味いものだった様子だ。

「ロックさん。シュトさんが迎えにきてくれたので、自分もリリィは大丈夫ですよ」

思わずアルスがロックを安心させる為、はっきりとした返事を通信機を通して返すと、老執事のそれは盛大な安堵の溜め息漏らすのが聞こえてきた。

アルスが目配せをして、リリィにもロックを安心させる為何か喋るように促した。

「ロックさん、私も大丈夫です。ちゃんとルイにも夜食を渡す事が出来ました。ルイも元気です」

『ああ、それは良かったです』

安堵の余りに、ロックの声が多少震えているようにも聞こえる。

少し間を置いて、シュトが意を決したように通信機に呼びかけた。

「ロックさん、アルス―――さんやお嬢様の前でなんですけれど、良かったらどうして連絡について不具合があったか教えて欲しいんですけれど」

『………』

通信機からは無言ではあるが、ロックの動揺する息遣いが伝わってきた。 

「ロックさん、自分達も出来れば知っておきたいです。

あと、これは何ていったら良いかわかりませんが、自分達はこういった事で、決してロブロウという領地やビネガー家を嫌だなんて考えませんから」

『――――。アルス様。申し訳ありません。私が、至らぬばかりに』

老執事の声が酷く悔しそうに響いたのを、座敷牢にいる4人は確かに感じた。

『結果は、有耶無耶になりました。互いに、報告したの言い合いや、そんな連絡を受けていないの繰り返しで、埒があきませんでした』

そして悔しさを滲ませた声で、ロックは報告を伝える。

「えっと、まずロックさんは自分達が出たのを見送った後はどうしたんですか?。

ロックさんは伝えるように指示しているような様子を、自分は出掛ける際にみた記憶はあるんですよ。だからロックさんが指示を出した所から辿ると」

アルスがかける言葉の途中で、ロックが割って入る。

『言葉を挟むのは不躾な事を承知で、申し上げます。

アルス様、私を信じてくださいまして、誠にありがとうございます。

しかし、私はビネガー家の「執事」なのです。

ビネガー家の召使いを統治し、お客様に絶対なる接客を差し上げるのが仕事になります』

(自分の下手な慰めは、ロックの執事としての矜持(きょうじ)を汚しかねない)

そう感じたアルスは、言葉をあっさりと引っ込める。

『アルス様とリリィお嬢様を危険な事態を招きそうになった事、重ねてお詫び申し上げます』

「ロックさんが指示出したのってさ、メイドなわけ?」

そして謝るロックに、何気ない様子で言葉を挟んみ割りこんだのはルイだった。

言い方もそうだが、声の質からしてあっけらかんとしたルイの喋りは、どこか濁った空間に、風穴を通す様な響きがある。

「はっ、はい」

アルスは気がつかない内に、個人特定になりそうな言葉をさけていたが、ルイはズバリと尋ねたので、ロックは思わず返事をしてしまう。 

「領主様に手を出そうとしたオレが言うのもなんだけどさ、何かあんまりじゃね?。

確かに仕事で最終的にロックさんの責任かもしんないけどさ、しなくてもいい始末までロックさんがしようとしなくてもいいんじゃない?。

つか、ロックさんに謝られるよりは有耶無耶にした奴らの連帯責任でもいいから、ケジメ取らせたらどうっすか?」

「私も、悪くないロックさんに謝られても嫌な気持ちになるだけです!」

ルイの言葉に、リリィも同調する。

「ルイ君は明け透けに言い過ぎ。お嬢ちゃんは落ち着きなって。

とりあえず、ロックさんが責任を取らせられる事態は起きてはないんだからさ」

シュトが通信機にルイが飄々と、リリィが興奮気味に喋るの注意する。

アルスも躍起になるリリィに苦笑しながらも、同じくロックにだけ責任を負わせたくない気持ちなので、口は挟まないでおいた。

ただ、ルイの言う"ケジメ"やら、先程から頻発する"責任"という言葉で、ある事をにアルスは気がついた。

そして気がついた"事"が当たっていた場合の不安が急速に広がって、口を挟むまいと決めたばかりだが、声を出す。

「シュトさん、ロックさんにちょっと尋ねても良いですか?」

ロックにも聞こえるように、アルスは張りのある声で通信機に呼びかけた。

『アルス様ですか?。私が答えられる事でしたら、どうぞ何なりと』

ロックはアルスの声の変調に気がついたらしく、返答の言葉には驚きの気持ちが含まれていた。

リリィの声に怯えの気持ちが少しだけ混じる。

多少緊迫したアルスの声に、リリィやルイ、シュトまでも目配せをして

(どうしたんだろう?)

と言う気持ちを、体現していた。

シュトは、どうぞとビネガー家召使い専用の通信機をアルスに手渡した。

アルスは少し緊張している為か、瞳を閉じて小さく息を吐く。

それから意を決したように、瞳を開いて通信機に向かって質問を投げかけた。

「もしも、もしもですが王都からの来賓が本当にロブロウ側の過失で、事故にあい、命を落としたなら、最終的に責任をとるのはロックさんではありませんよね?」

『そっ、それは』

ロックの狼狽した様子が、通信機を通した声だけでも充分分かる。

「おっ、お兄ちゃんそれ、どういう意味?」

「アルス、そんなストレートにお嬢ちゃんに聞かせても大丈夫なのか?」

アルスの話を聞いて、シュトは大体の所を察したらしい。

ほんの少しだが、リリィを怯えさせたアルスを同じ「兄」の立場からしたら、妹への配慮を欠いたのが腹立たしかったのか「さん」付けを忘れている。

普通なら、ロックはこの事を通信機越しにでもシュトを諫めるだろうが、アルスが述べた「憶測」に大分ショックを受けているらしく、無言になっていた。

一方ルイは鉄格子に両手で捕み、アルスの憶測を彼なりに懸命に考えている。

そして口を開いた。

「え?でもさぁ、アルスさんの話だと、その、例えが悪いんだけど、『死ぬ』のは『来賓であるグランドールのオッサン』じゃ、ないんだよな?」

(ルイ君は周りが思っているより、冷静で賢い)

ロブロウへの農業研修に出る前に感じていたことを、ウサギの賢者はぬいぐるみのふりをしながら、思い出していた。

「その話で、『死ぬ』事になるのは大農家グランドール・マクガフィンの『秘書の少年と、理由があって同伴した妹』であるわけっすよね?」

"死"という言葉に動揺もせず、ルイは今も懸命に考えながら、手掴みしている鉄格子に額をこすりつけて、アルスの考えを確認するように再び尋ねる。

「ルイ君まで」

シュトはルイまでリリィに対して、遠慮と配慮の発言を発言を始めたので呆れた声を出してしまっていた。


「シュトさん、大丈夫っすよ。リリィもあんまし気にすんなよ。

今、リリィは死んでるわけでも怪我をしたわけでもないんだから」

「ルイ。うん、そうだよね」

ルイの乱暴な理論だが、それでリリィは気持ちを切り変える事が出来た。

シュトは年下の少年の逞しさに、心の中で舌を巻く。

(俺って、もしかして過保護なのかな?)

シュトが頭をボリボリと掻きながらそんな事を考え、リリィが大丈夫とわかったので、遠慮していた事をアルスに尋ね事にする。

「ルイ君も言っていたけれど、俺が連絡が取れなかった事で"死ぬか怪我する客"はマクガフィン様じゃないんだよな?。

こう言っちゃなんだけど、来賓の連れをそんな事にしてしまっても、王都からロブロウを罰するにしても中途半端な感じにしかならないと思うんだけどな」

シュトの言葉にアルスが頷いた。

「もしかしたら、それが狙いだったのかもしれません」

「狙いって、"中途半端"が狙いなんすか?」

アルスが言った言葉に、ルイが驚く。

ルイ自身は、"来賓の連れを狙った犯人"が、

もしもロブロウという領地を陥れようとしているなら、未だに残る貴族優位な社会通念の世界では、"一般人である来賓の連れ"

を害したとしても、領地を支配する貴族に下される罰も、たかがしれていると考えたから、その考え方を引っ込めたばかりだったのだ。

「じゃあシュトさんへの連絡の邪魔をした人は、"中途半端な罰"をロックさんに…違う、ロックさんじゃないのか。

"アプリコットさん"にきせたかったって事っすか」

ルイの言葉にアルスとシュトは頷いた。 

『中途半端な罰か。それでも来賓の連れである、一般人2人の命。

貴族様を中途半端に罰したいが為に、人の命を何だと考えているんだって、ことだのぅ』

通信機から、ロック以外の声が割り込んでくる。

「あっ、オッサン!」

ルイの言うとおり、声はグランドールのものだった。

『ルイ、リリィの愛情弁当は届いたか?』

「うまかった!」

ルイが即答すると、グランドールの豪快な笑い声が通信機を通じて返ってきた。

「グランドール様、どうしてロックさんの所に?」

アルスがグランドールに質問するのと同時に、ヨイショという声と、ロックのスミマセンという声が通信機から漏れ聞こえる。

『何で執事さんの所に来たかと言えば、それこそ偶然だな。

アルスは知っているだろう、昼間に資料を借りた件だ。

おまえ達がルイの所に行ったんで、ワシは資料を眺めていたら、領主殿に尋ねたい事が出来てな。

それでまず執事さんを訪ようとしたら、執事さんが屋敷の通路で通信機を握りしめて(うずくま)っていたのでな』

ロックが蹲っていたと聞いて、シュトの表情が曇る。

「マクガフィン様、ロックさんは大丈夫ですか?」

『ああ、今はワシが背負ってる。こりゃ体力的なもんと言うよりは、心労的なもので体の加減が悪くなった様子だな。

お前達、ビネガー家の従順な老執事にはキツい話をポンポンしていたんじゃないのかのぅ?』

「「すっ、スミマセン!」」


言葉が最初に躓くのも同じタイミングで、アルスとシュトは通信機に向かって謝罪する。

『ワシも話を途中から聞いてはいたが、あまり憶測で傷つく人がいるかもしれん内容を話すもんじゃないぞ』

「でもさぁ、オッサン。リリィとアルスさん、連絡ミスで殺されかけたかも知れないんだぜ?」

グランドールの説教が終了した後、ルイが軽い調子で告げる。

『どういう事だ?』

グランドールの冷たい声が通信機から響く。

そしてその声は座敷牢にいる子ども達に向けられたのではなく、通信機の向こう側にいる、グランドールが介抱しているロックに向けられていた。

『マクガフィン様、詳細は私の部屋で』

ロックは息をするのも辛そうな声で応える。

『わかった。アルスにリリィ、そちら側からも詳しく話を聞きたいから、ルイの夜食が終わったなら早く戻るように』

有無を言わさない言葉の圧力が通信機越しにも、座敷牢にいる4人に伝わった。

「わかりました」

『グランドール、ロックさんも?!。どうしたの!』

アルスが返事をすると同時に、エリファスの声が通信機から聞こえる。

『通信機は切る。出来るだけ早く戻りなさい』

ブツッと音がして、グランドールによって一方的に通信は切れた。

「これは、もう急いで戻らないといけないね」

アルスがシュトに、ありがとうと言って通信機を返す。

「ああ、じゃあ梯子の上まで送っていくよ」

シュトが通信機を胸元にしまい、ルイの方を見る。

「オレは大丈夫。だからシュトさんは、リリィとアルスさんをしっかり送って行ってよ」

ルイは親指をたててグッドサインを出して、大丈夫さをアピールする。

実際、リリィに会えた事と、夜食を食べれたのはルイの気力を充分に補充出来たらしい。

「自分も、ルイ君がいない間はリリィの側に極力居れるようにするから、安心して」

アルスがルイにそう語りかけると、安心した様子で頷いた。

本能と直感(インスピレーション)で生きてきた少年には、アルスが自分より強いのが解るから、大事な少女を心置きなく託せた。


ルイは鉄格子の間から出していたグッドサインをパッと手を開き、アルスはそこにパンッと小気味良い音をたててタッチした。

リリィはそんな風に出来る、アルスとルイが正直羨ましいく感じる。

力強い男の子達がいると、力が弱い女の子はどうしても"守られる"立場にされてしまう。

(守られてばっかりで、"困る"なんて凄く贅沢でワガママな事なんだろうな)

リリィはウサギのぬいぐるみに手を伸ばして、寂しさを誤魔化す為に力をいれて抱きしめる。

(リコさんや、ライさんや、ディンファレさんに会いたいな)

リリィが知っている中で、"強い女の子"達が少女の頭を()ぎった。

そして、豪華な座敷牢に元気に微笑む少年を残して、アルスとリリィは引き上げた。



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