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【ロブロウ】

まずウサギの賢者一行が馬車の天幕から見た景色は、美しい渓谷と河川でした。

カッカッカッ

カラカラカラ

軽快な(ひづめ)と馬車の車輪の音がする中、リリィは"ウサギのぬいぐるみ"を抱えて、天幕の入り口を捲り、入り込む風に髪を靡かせながら、外の景色に感激していた。

「わぁ、いつの間にこんな場所に来てたんだ!」

リリィが驚きの声を上げると、その上から天幕の入り口を捲りあげて、小さな同僚と同じ様に金髪の髪を風に靡かせ、アルスも顔を出した。

「これは確かに、凄いね―――とても、綺麗だ」

空色の瞳に、美しい渓谷を写し、感動の声を上げると、手綱を握るグランドールが愉快そうに笑った。

「なっ、ルイ。黙っていた方が良かったじゃろう?。

アルスもリリィも、『ぬいぐるみ』も驚く所が見れたわい」

このグランドールの言葉に「ウサギのぬいぐるみ」の耳が、ピピッと動いたがグランドールは素知らぬ顔である。

馬車の操縦をグランドールと交代してから、アルスもリリィも天幕の外の景色を一度も見ていなかった。

農業研修の一行の馬車が進む道は、王都周辺の街道程整備されてはいないが、平らな、なだらかな道。

ただ何時から始まったのか分からないが、ロブロウまで続く広い街道の両端、進行方向の右側は岩肌鮮やかな絶壁、左側は美しい渓流。

渓流沿いには、杭が狭い感覚でしっかり根深く刺さっておいる。

杭と杭の間は太くしっかりした縄で上・中・下・と三カ所も結ばれている。

「オレは、絶壁と渓流の間に、丁度いい感じに、この道がどうやって出来たかが不思議だなあ」

ルイが言うのも最もで、絶壁と渓流の間に奇跡的に違いない程、都合の良い道がある。

「そこは農業研修のついでにでも、調べればいい。おっ、子供が渓流の浅瀬で遊んでいるぞ」

グランドールがそう言うと、一斉に皆が左側の渓流の方を見ると、かなり遠くではあるが数人の子ども達が浅瀬で遊ぶ姿が見える。

子ども達も馬車に気がついたらしく、気がついた子どもが気がつかない子どもに呼びかけ、あっと言う間に全員が馬車の方を見つめていた。

「リリィ、あの子ども達に手を振ってごらん」

ぬいぐるみに扮したまま、ウサギの賢者に言われて少し驚いたリリィだったが、素直に興味津々な子ども達に手を振ると、向こうもふり返してきた。

「わあ!」

リリィは喜びの声を上げて、ぬいぐるみを抱えたまま、激しく手をふり返す。

「手の振り合い、終わりなく続きそうだな。―――あれ?あれは大人?」

ルイが気がつき、浅瀬ではなく更に奥に陸地を腕を真っ直ぐにして指差す。

ロブロウの子ども達とリリィは手を振るのは止め、ルイの指差した"奥"に振り返る形になる。

するとロブロウの子ども達は、その大人の姿を確認すると同時に一斉に渓流の浅瀬から逃げ出した。

「ふうむ、どうやら渓流では子どもだけでは遊んじゃイカン決まりみたいだのぅ」

グランドールがのんびりと、馬車を操縦しながら言うのに賛同したのはアルスだった。

「確かに浅瀬と言えども、水は侮れませんからね。大人が最低1人でも監視にいないと…。あ、子ども達、やっぱり叱られてる」

しかし子ども達はこなれた物なのか、蜘蛛の子が散るように、てんでにバラバラに逃げて行く。

だが叱っている大人も心得ているのだろう、一番の主犯格(?)であろう少年だけを狙って追いかけ、後ろから襟首見事に掴んで捕まえていた。

「はは、叱られてら」

ルイが楽しそうに、その風景を渓流越しに眺めながら言った。

「あの人は―――女性ですね」

アルスが目を細めて子どもの襟首を捕まえている人物を見つめるが、距離があって顔までははっきりわからない。

女性とわかったのは、遠目から見てもわかる印象的な胸の膨らみがあったから。

「―――あれは、まさか」

グランドールが思わずといった感じで、子どもを捕まえた"女性"を見て声を上げてから「しまった」という表情をし、頑丈な口を閉じた。

「リリィ~♪、ちょっ―――と、ワシに女性が見えるように、抱っこして貰えるかな~」

ウサギの賢者の軽快な声に、反するようにグランドールが仏頂面になったのに、横に座るルイが目を丸くする。

グランドールの仏頂面に気がつかないリリィは、素直にぬいぐるみに扮するウサギの賢者を、高めに抱えなおした。

「おお~、あの立派な形は」

口元だけ動かして喋るウサギの賢者だが、声はすこぶる上機嫌である。

「グランドール、彼女がここにいる事知っていたんじゃないの?」

声だけなのだが、「ニヤニヤ」としている感じが十分伝わる物言いで、賢者が旧友に語りかける。

一方の旧友グランドールは仏頂面を崩さず、仕方がないと言った感じで口を開いた。

「こんな遠目では、はっきりアイツかどうかもわからん。

もうすぐロブロウの関所に着くぞ、さっさとぬいぐるみの扮していないと、国法で裁かれても知らんぞ」

グランドールの珍しい、ぶっきらぼうで早口な言葉に、意味がわからない若人3人は互いに見つめって、激しく瞬いていた。

「アルス、関所がもうすぐだから許可証を馬車の中から取り出しておいてくれ」

「わっ、わかりました」

グランドールは、顔は仏頂面だが既にいつもの穏やかな喋り方に戻り、アルスに通行許可証を取るように言ったが、言われた方が逆にたどたどしくなってしまっていた。

「ワシの荷物入れの横に、書類だけを入れている皮で造られた封筒がある。

その中に、一番手前の方で4人分あるから、よろしく頼むぞ」

馬車の天幕の中に消えたアルスに言い忘れていた、と言った感じでやはり穏やかな声で呼びかけた。

(オッサン、顔にも声にももう出さないけれど、動揺してんなぁ)

2年前にグランドールに拾われてから、寝食を共にしているルイにはそれが分かった。

(何にしても、あの胸がデッカい女はオッサンの何だったんだろうな)

渓流の向こうにいただけの女性だが、どうやらグランドールとウサギの賢者には見覚えがある感じたルイは、珍しく考え込んでいた。

「グランドール様、これで合っていますか?」

アルスが再び天幕から姿を現し、四枚の用紙をグランドールの視界に入れ、且つ馬車の操縦の邪魔にならないように差し出した。

「ああ、これだな。馬車の操縦はワシがしておくから、3人とももう一度自分の許可証を確認しておきなさい。ぬいぐるみは、"ぬいぐるみ"らしくな」

最後に一言だけ、ウサギの賢者にやりかえして、グランドールはようやく仏頂面をやめた。

「ええっと、自分は賢者の護衛騎士で、研修の一貫で大農家グランドール様のロブロウでの農業交流及び、調査に追従。実際の所、殆ど偽ったりしている部分はないんですよね」

アルスは許可証に載っている自分の"設定"に目を通して、改めて感想を述べた。

「私も『ワガママな妹が強引についてきた』な筈なんですけど、"設定"に書いてある『人攫いが多発の為に連れてきた』と言う理由でも宿場町の女将さんが言うには、間違っていないみたいですし。ある意味『ワガママな演技』が少なくてもいいかもしれない」

リリィも自分の"設定"を眺めて、自分の役割を復習している。

「オレは…。そのまんまだから、見なくてもいいか」

ルイに至っては、"設定"が記載されている許可証を、読む気すらない。

「少しぐらい目を通さんか、馬鹿モン」

グランドールが前方を向いたまま、器用に拳骨をルイにあてようとしたが、"やんちゃ坊主"は身軽く避ける。

「オッサン、拳骨も鋭さが抜けてるぜ。

オレ、回りくどい事が苦手だから聞くけどさ、あの川の向こうにいた胸がデッカイ女、誰なんだ?」

「――――」

グランドールは何も言わずに、前方だけを見ている。

馬車は歩みを止める事なく進んでいたので、先程の場所からは大分遠のいていた。

ルイの質問に、リリィは心配そうに眉根をよせて、ぬいぐるみに扮するウサギの賢者をギュッと抱きしめる。

グランドールとルイは、"仲の良い親子"さながらにやっている所ばかり見ていたので、緊張した空気に周りも動けずにいる。

それに気がついているグランドールは、脱力するように、大きく一息吐いた。

緊張していた空気が緩み、それから褐色の大男は横にいるルイの頭に今度は(こぶし)ではなく、手のひらを広げてポンポンと置いて、逞しい口を開いた。

「ワシの昔の知り合いに確かに見間違うぐらい似てはいるが、あの川の向こうにいた女性が、ワシの知り合いと確信を持てたわけじゃないからのぅ。

だからはっきり言わなかった。もし、それでもルイが知りたいなら話そう」

頭に大きなグランドールの手を乗せられたまま、少年は(ほう)けたように止まっていた。

「オレは、出来れば知っておきたい」

ルイの声が少しだけ、幼い響きをはらみながら、素直な気持ちをグランドールに伝えた。

「そうか、分かった。じゃあ、話そう。ついでにアルスとリリィも興味があるなら、聞いておくといい」

声の調子をガラリと陽気な感じに変えて、グランドールは馬車の手綱を握り直した。

「もし間違っていないなら、あの渓流の向こう岸にいた女性が先代の『銃の兄弟』、エリファス・ザヘトという傭兵だ」

「え!じゃあシュトさんとアトさんの師匠さんですか?」

リリィがあげた驚きの声に、グランドールは、

「良く似た、そっくりさんじゃなければのぅ」

と、苦笑する。

「何だ、別に隠す事でもねーじゃん」

ルイが拍子抜けした感じで言ってから、先程の女性を思い出した。

「じゃあ、なんで黙ってたんだ?。胸がデカいの女がオッサン好みなのと、そんな女が友達なくらいな話じゃねーか」

「―――ブフッ」

ぬいぐるみのハズの物体が思わず吹き出して、アルスだけが何かを察したように

「―――ああ」

と小さく声を漏らした。

「グランドールさまは、胸が大きい女の人がお好きなんですか?」

リリィが、可愛らしい声で尋ねる。

少女の名誉の為に記述するならば、同世代で集団生活をしていないリリィには、"胸が大きい"が"動物なら犬が好き"ぐらいな感覚でしか捉えていない。

だがこの"胸が大きな女の人が好き"という言葉は、英雄で好漢と呼ばれるグランドールには強烈な一撃だった。

同性や、そういったジョークが分かる方面から「胸が大きい女性が好き」と言われたなら、グランドールもそんなに心乱れる事もない。

しかし"純真無垢"な少女に、そんな言葉を言わせてしまった事に、良心が大いに呵責(かしゃく)される。

「は、ははは、は。ウサギ、スマン」

ガックリと大きな肩を下げてうなだれるグランドールに、流石の"お茶目な旧友"も同情する。

「リリィ、その話題はもうやめようかね」

と話題を、止める声をかける。

「え?はい、わかりました」

リリィは素直に言うことを聞いて、「可愛い」と見受けられる仕草で首を傾げたのも、グランドールにダメージを与えていた。

「ええっと、じゃあ、あの方が先代の『銃の兄弟』のエリファスさんなら、シュトさんとアトさんをロブロウの領主様に紹介したのは、エリファスさんって事ですね」

アルスもグランドールの落ち込む現状にいたたまれなくなったのか、話題を変える。

「シュトさんとアトさんも『初仕事』って言っていたから、それを見に来たのかな?」

ルイはグランドールが落ち込む理由はわかっていないが、感覚で状況を読み取って、アルスの話にのった。

そうこうしている内に、関所が見えてくる。

「わあ、岩壁に字が彫られてますよ!。

『ようこそ、ロブロウへ』、すごーい、どうやって彫ったんだろ」

リリィが岩壁に彫られた文字やら、観光案内の地図を眺めて俄かに興奮している。

関所は岩壁を見事に堀抜き、『巨大な岩のトンネルに観音開きの巨大な扉』という造りで、それもまた農業研修の一行を驚かせた。

扉は開いており、両端にはこの国の兵士の甲冑を纏った門番が立っている。

扉の真上には領主の花押である、アプリコット(梅)の花を基調とした旗が岩肌に画かれていた。

「リリィのさっきの言葉じゃねーけど、本当にどうやって堀ったんだろうな」

ルイも目を丸くして、馬車から関所の巨大な門を見上げていた。

「精霊術を少々と、人間の力業といったところかな?。

しかし、扉と梅の模様は出来て新しいようだ、とは言っても2・3年はたっているだろうが」

グランドールが、徐々に迫りつつある関所を眺めて言う。

「オッサン、どうしてそんな事が分かるんだよ」

ルイが質問した時には殆ど関所に着いていた為、グランドールは、後でな、と小さく言った。

関所の方の門番兵士達も、既に農業研修の一行に気がついており1人は関所の中に入り、1人は開かれた門の中央に立ち敬礼をして待っていた。

馬車を入り口の手前で停め、一行は下車し、敬礼をした兵士に向かってグランドールが「口上」を述べた。

「任務ご苦労。セリサンセウム国ダガー・サンフラワー国王陛下より、この領地への農業研修をの命を賜り参った、グランドール・マクガフィンだ。

他三名、我が弟子ルイ・クローバー、及び賢者の護衛騎士ではあるが、研修の為に同行したアルス・トラッド」

それからグランドールは、小さく咳をして更に付け加える。

「そして護衛騎士の妹のリリィ・トラッドだ。

つい最近、人攫いの一味を捕らえたのはご承知と思うが、如何せん2人きりの兄妹なので無理を言って同行させた」

グランドールがそう言うと、前から打ち合わせていた通りに同行者の3人は深々と頭を下げる。

門番の兵士はアルス、ルイ、リリィにも丁寧に敬礼してから、グランドールに向き直り、

「マクガフィン様、話しは承っています。

領主様も人攫いの件には大変心を痛めておりましたので、研修中、同行者殿の家族を快く受け入れると仰せでした」

門番は若く、爽やかなキビキビとした声で応対する。

「それでは手続きを中でしてください。それと、申し訳ありません。

領主様が、迎えの使者をこちらに寄越しているはずなのですが、まだ到着していません。少しお待ちいただけますか?」

「ああ、こちらも考えていたより、かなり早く到着してしまったので全くかまわない。じゃあ、3人とも関所に入ろうか」

グランドールの声と共に、一同は中に入る。

関所内は名産品や簡単な領地の歴史が大きな紙に記され、額縁入り壁に掛けられている。

そんな中で、リリィを驚かせたのは精巧に造られた『立体地図』だった。

ロブロウの領地が1000の1スケールで、粘土や木の細工で丁寧に作成されている。

「わあ~、これって手造りなんですか?!」

リリィが思わず声を上げて駆け寄り、立体地図を覗き込むように眺める。

「リリィってこういうの見たことないのか?」

ルイがそう言いながら、後ろからゆっくり近づいてその横に立つ。

「うん、ないわ」

リリィは興味深々で立体地図の隅々を眺め続けている。

「ルイは、こういった立体地図を見た事があるの?」

ふとリリィが横にいるルイに顔を向け、尋ねる。

ルイは立体地図を眺めながら、

「オッサンと一緒に仕事で回る色んな領地の関所に行けば、大抵造られて置いてあるからな。ここのは渓谷や川の流れの細工が細かくて、綺麗だな」

と、過去に見覚えがある他の領地の立体地図を思い出して、見比べていた。

ルイの話を真面目に聞きながら、リリィは再び立体地図へと目を向ける。

「そうなんだ。あっ、これが今いる関所ね。でもこういうの造るのって、どうやってるんだろ?。

大きさとか高さとか、渓谷の造りだって適当に造っているわけじゃないよね?」

「そりゃ、測量してからだろうよ」

ルイが事も無げに言うが、「測量」という言葉がわからないリリィはポカンとしている。

「ルイ、リリィはまだ測量の言葉の意味を習っていないんじゃないか?。

確か、11才の終わりか12才の始めぐらいに習う内容だから」

グランドールも立体地図を見る為に、リリィとルイの側にやって来た。

それから少女が抱えているウサギのぬいぐるみを見ると、グランドールの言葉を肯定するように小さく一瞬だけ瞬きをした。

それを見て、少しだけ考え、少女にも分かり易いように説明する。

「測量というのは、地表上のある部分の位置・形・高さ・面積などを測ることだな。

それを記録して、縮小化した大きさの尺度を合わせて、こういったの立体模型をパーツ事に造って合わせて立体地図の完成だ」

「そういった作業をしてでの、お仕事もあるんですね、凄い!」

少女は感動しているが、グランドールにすれば「地図」に関して言えば、戦時中の苦い思い出もある。

――地図を眺めては、次は何処を攻め、何処の守りを堅くするか――

(口ばかり動かして、下らん戦術につきあわされて、やたら部下を失わされた時もあったのぅ)

形ばかりの学問を納めた貴族の"軍略家擬き"の策に翻弄されて、"生き残れたのはグランドールの運と力の強さだな"と、人の姿のウサギの賢者に言われた事もあった。

旧友が少し冷めた目をしているのに気がついたのは、抱えられているウサギの賢者だけで、

「帰ったら、勉強しなくちゃいけないなぁ」

「リリィは生真面目だな」

と、リリィとルイはのんびり立体地図を楽しんでいた。

「農作物が主な産業みたいですね」

グランドール様、受付の方が質問があるそうです」

「ああ、わかった」

アルスが受付のカウンターからやってきて伝えると、グランドールはあっさりと地図の思い出に区切りをつけて、受付に向かう。

アルスはグランドールと入れ替わるようにして、立体地図の場所に来た。

「風車や水車もあるんだね」

物造りが趣味なアルスには、立体地図でもそういった方面に興味が惹かれる。

この領地では代表的な観光となるのだろう、その渓流を利用して、人工的に水を引いた先に水車がポツポツとある。

風車は山の麓や、自然の造りで風が通りやすい場所に点在していた。

「ロブロウの立体地図のミニチュアは、凄く精巧だなぁ。風や水を流したなら、本当に動きだしそうだ」

アルスは軽く興奮して、立体地図の地表まで視線を落とし、地平線や水平線に合わせて風車や水車の作りを眺めている。そんなアルスを始めて見るルイは驚いていた。

「アルスさんて、こういうの好きなの?」

気持ち、少しだけ小声にしながらルイがリリィに尋ねる。

「うん、何かを造ったりするのかがとか趣味みたい」

「あれ、この建物?」

リリィがルイに答えた直後に、アルスが小さく驚いた声を上げた。

そんな声を上げたアルスを2人が見ると、空色の視線の先にミニチュアで造られた、古くて白い屋敷が見えた。

「『旧領主邸』って案内には書いてるっすね。

手前にあるミニチュアの館が、今の領主の館か。関所から結構離れてるみたいだなぁ」

ルイが喋っているが、アルスは耳に入らない様子で、ミニチュアの屋敷を凝視している。

「お兄…ちゃん?」

リリィは、旧領主邸にアルスが、魂を奪われたように凝視している理由がわからず、怪訝の表情を浮かべた。

その怪訝からくる不安は、ぬいぐるみに扮する、ウサギの賢者をギュッと抱きしめる事であらわれている。

「――――じだ」

「え?」

ポツリと言うアルスに、リリィだけが声を出すが、ルイも受付からグランドールの視線も向けられていた。 

「夢の中の回廊と、同じだ――――」

アルスの"夢"と言う言葉で、リリィも驚き、アルスが凝視している、ミニチュアの旧領主邸を見つめる。

「夢って何の話だ?」

ルイがリリィに尋ねる。少女は少しだけ辺りを見回して、少年の耳許で

「さっき馬車の中でね―――」

と掻い摘んで、夢の話を伝える。

ウサギの賢者もテレパシーを使ってグランドールに伝えようとしたが、この関所には防止の為の風の精霊石が、備えられている事に気がついた。

(テレパシー使ったらワシの正体がバレなくても、怪しまれるなぁ)

グランドールもテレパシーを使えない事に気がついたらしい。

(後で詳しく頼むぞ)

と、口だけウサギの賢者に見えるように動かした。

「へぇ~、そうなんだ」

リリィから掻い摘んだ内容だが、夢の話を耳にしたルイもアルスが見つめている旧領主邸を見つめた。

「どこらへん見て、夢と同じだと思ったんすか?」

ルイもミニチュアをジッと見つめながら、アルスに尋ねる。

それでアルスは漸くミニチュアから、目を離した。

「あのミニチュアの旧領主邸が目に入った時、"夢と場所だ"って普通に感じたんだ」

"立体地図には触れないように"と案内があるし、旧領主邸のミニチュアは手を伸ばしても届く位置にはない。

アルスは器用に、立体地図に触れないように腕を伸ばして、旧領主のある一部を指差した。

「あ、これって女の子が泣いていた場所?」

アルスの指差した場所を、視線で辿って着いた場所は、確かに屋敷と屋敷を繋ぐ回廊があるのが、リリィにはわかった。

「うん、この回廊だと思う」

「―――すみません!遅れました!」

アルスの返事した直後に、関所の入り口の反対側、つまり"ロブロウ"からの関所の入り口が開いた。

「エリファスさん、遅刻だよ。陛下の使いの方がもう来ている」

関所の兵士が笑いかけながら、関所に入ってきた女性に語りかける。

女性の特徴でいうならば、"胸が大きい"の一言につきた。

「すみません、許可なし川遊びしていた子ども達を見つけて、叱りとばしていたら、ギリギリに―――じゃなくて、遅刻ですね。本当にすみませんでした」

優しく暖かみのある声で、謝りつつも、親しげに関所の兵士と話している"エリファス"は、農業研修一行を見た瞬間に固まった。

一行というよりは、明らかにただ1人、グランドールを見つめていた。

瞳を大きく見開いて、ほんの一瞬だけれど健康そうな肌の頬を、朱色に染める。

「グランドール」

ぽつりとそう呟いた後、エリファスは正気付いたように、親しみやすい笑顔をつくって佇まいを直し、丁寧なお辞儀をした。

「ようこそ、ロブロウへ。領主アプリコット・ビネガーより、案内役を仰せつかっています、エリファス・ザヘトです」

リリィの腕の中のウサギが数度、密かにまばたきをしてロブロウからの案内人を見つめていた。


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