【みんなで朝食を】
偶然と言うべきか、何か縁があったのかリリィは朝の市場で『彼』に呼び止められたのでした。
時間は遡り、ウサギの賢者が使い魔である金色のカエルをリコ達に飛ばす前。
早朝の旅先の宿場で、ウサギの賢者は多少の息苦しさから目を覚ました。
「リリィの寝相は"母親"似か」
円らな目を開けてみれば、リリィからギュウギュウに抱き締められている。
(夜、寝入る時には単に枕を並べているだけだったはずなのだけどな)
「――賢者殿――大丈夫ですか?」
どうやらアルスも目が覚めたらしく、リリィの目を覚まさないように小声で隣のベッドから、締め上げられている上司に語りかけてくる。
「正直、少し苦しいかな?」
スウスウというリリィの健やかな寝息をモフモフのおでこで受け止めながら、ウサギの賢者は呟く。
そんなこんなで、賢者と護衛の少年は、すっかり目が覚めてしまって静かに起き上がり、ベッドの横にある時計を見る。
「いつもより、随分と起きる時間としては早いですね」
跪いて、ゆっくりリリィとウサギの賢者が寝ているベッドに来た。
「リリィは初旅で疲れたから、まだぐっすり寝てますね」
幼い妹を眺めるような感じで、アルスは穏やかな笑みを浮かべる。
「出来れば起こしたくないけどね~」
ウサギの賢者そう言うと、宿場の寝室に静寂が戻った様に思われていたが、
ガー、ゴォー、グオオッー
と言った盛大な「鼾」が2名分、隣のグランドールとルイの部屋からしている。
ウサギの賢者とアルスは、漸く、その音に気がついた。
「そう言えば、2人とも鼾が凄いとか言ってましたね。でも、案外部屋を隔てて注意して聴いていないなら、壮大な鼾も気がつかないもんですね」
アルスが隣室の鼾の音と変わらない大きさの声で、目から鱗が落ちたと言った風に呟いた。
「必要な音を選り分ける能力が人間にはあるからねぇ。ん?ぐえっ!」
ウサギの賢者が急に呻いたのは、勿論、寝ているリリィが"ギュウっ"と力を入れて抱きしめたからである。
抱きしめたというよりは、締め上げ、落としにかかったと表現した方が状況はあっているかもしれない。
ちなみにアルスは素早く静かに後退し、自分のベッドに腰をかけて、リリィの寝顔を見つめていたのがバレないようにと、(上司の身の安全より)一応を気をつけていた。
「んんん、モフモフ?」
寝ぼけたリリィがそう言って、自分が抱きしめているウサギの賢者をうっすら瞳をあけ、確認した。
「リリィ、おはよ。賢者殿が苦しそうだから、離してあげた方がいいかもしれないよ」
苦しそうな上司に、アルスは助け舟を出す。
「あれ?。アルスくん?。どうして?ここ、どこだっけ?」
まだ半分夢の国の住人であった少女は、暫く激しくまばたきを繰り返していた。
しかし、ウサギの賢者が耳をピクッと動かしてそれがリリィの顔に触れると、パッチリと彼女のトレードマークである大きな強気の瞳を見開いた。
「わあああっ、賢者さま、申し訳ありません!」
ベッドの掛け布団をガバリと跳ね上げて、リリィは起き上がった。
一方のウサギの賢者は、ベッドにうつ伏せで倒れている様な姿になっている。
「けっ、賢者さま?!」
リリィが急いでぬいぐるみのような賢者を抱き上げると、円らな瞳は丁度"×"印になって、長い曲がった耳の頭の周りに星が回っているようだった。
「目が回ってるみたいだね」
アルスがベッドに腰掛けたまま冷静に言った。
「ど、どうしよう~。賢者さまぁ~!」
半分泣きべそをかいた状態なったリリィがそんな声をあげた時に、ウサギの賢者はムクリと起きた。
「ちょっと謝罪の声がワシの耳元では大きすぎた、かな」
そう言って賢者専用の小さい丸メガネを親友が仕立ててくれた緑のコートから、とり出し、小さな鼻の上に乗せてリリィを見上げる。
次いで、2人分の足音が聞こえてきて――――
「おおい!!どうした!!」
「リリィ!何かあったか!」
ガチリャと扉を開く音と共に、武器まで手にしたグランドールとルイが寝起きの姿(上半身裸で下だけ下着、着用)で入って来た。
「グランドール様、ルイ君、おはようございます」
そんな2人にアルスが普通に挨拶をして、何とも言えない空気が一番奥の寝室は満たされていた。
それから、上半身裸のグランドールとルイにリリィが赤面し、悲鳴を上げ、慌てて扉が再びしめられた。
そして小一時間ほど過ぎ―――
アルスとリリィはぬいぐるみに扮したウサギの賢者を連れて、宿場街の朝市に来ていた。
「グランドール様とルイ君、軽くショック受けていたみたいだったね」
市の喧騒の中でアルスが、気持ちが落ち着いたであろうリリィに語りかけた。
「だってあんな格好の男の人、初めてみたんだもん」
小さな同僚はバツの悪そうな顔をして、アルスの服の裾をギュッと掴んで並んで歩いていた。
ウサギの賢者はぬいぐるみに扮してリリィに抱えられているので、耳をピクリと動かす程度だったが
(気にすることはないよ~)
と言っているようにアルスには感じる事が出来ます。
「お、『お兄ちゃん』だって寝る時はシャツに寝間着のズボンを着てるのに、何でグランドールさまもルイもあんな格好で」
リリィがまだモゴモゴと言っているので、アルスは彼女の頭をポンポンと軽く叩くようにして撫でた。
「そうだね、もし自分が11才の男の子で14才と妙齢の女性が上半身裸な姿を偶然でも目撃したら、男でも悲鳴あげるくらいショックだろうと思うもの。だからリリィが悲鳴をあげたのは仕方ない事だよ」
爽快な朝の市場で、何て慰め方をしているんだろう、とアルスは心の中で苦笑していたならリリィが歩みを止め、小さな唇をキュッと結んで、新人兵士を見上げます。
アルスも足を止めて、リリィと向かい合って、ゆっくり両肩に手を置き、諭すように言葉をかけました。
「『どっちも悪くない事で気まずい事が起こってしまったなら、まず謝ろう』。
そういうふうに、自分は育てて貰った神父様に教えていただいたよ」
「謝ったらもう、気まずくなくなるかな?」
狭い世間しか知らないリリィにとって、ルイもグランドールも『大切な人』。
そんな人達に、わざとでないにしても悲鳴をあげてしまった、非礼とショックを与えてしまった事に、リリィは罪悪感を抱いていました。
ただリリィ自身も初めて男性のああいった姿(上半身裸)を見て、動揺してしまって、恥ずかしいやら変な怒りが胸の中でくすぶり、平静を保てそうになかったのでウサギの賢者が「気分転換に朝市へと行こうか」とアルスをお供に、宿屋から連れ出しているのでした。
「大丈夫だよ、グランドール様もルイ君もショックを受けたのは『リリィに悪い事をした』、って感じたからだよ。
きっと謝らなくても、リリィが元気に普通に戻ってくれば、それでもう大丈夫」
それでもリリィはまだマゴマゴしていた。
(何か、いいきっかけになりそうな事がないかな)
アルスが少しだけ困って、ぬいぐるみに扮するウサギの賢者を見てみると、長い耳がある方向に不自然に曲がりました。
曲がった耳の方を見てみれば、朝市の中から肉の焼ける芳ばしい香りが漂ってきています。
(なるほど)
「リリィ、お土産を買って帰ろう。朝食のオマケに、ルイ君の好きな肉の串焼きでも買っていったら喜ぶし、きっとさっきの事なんてすぐに忘れちゃうよ」
肉好きのルイが確かに喜びそうな提案に、リリィは明るい顔をあげました。
「そっか、そうだよね!、そうする!。なら、お兄ちゃん、早く行こう!」
パッとリリィはアルスの手首を掴んで、走り出す。
「わあっ、ちょっと、待ってよリリィ!」
アルスはリリィに手を掴まれて引っ張られる形で、朝市の中をすり抜けて行って肉が売られている屋台に向かいました。
2人と1匹が人混みをすり抜けて辿り着いた肉の屋台には、結構な列が出来ている。列に並んでいるのは、やはり逞しい男性が多かった。
「朝から、みんなよく肉を食べれるわね~。あ、それともこれが男の人の普通なの?」
リリィが列の後ろに並びながら、アルスに尋ねる。
「どうだろう、胃が丈夫な人なら男の人でも女の人でも朝からお肉は大丈夫だと自分はおもうけれど」
アルスは考えながら、答えてそれから、リリィと話す時は言葉を考えて選ぼうとも決めました。
リリィはアルスが考えていた以上に、言い方が悪くなるが"世間知らず"。
それも「鎮守の森」で隠居したような生活をしていたウサギの賢者との生活を考えれば、仕方ないと言えば仕方ない事かもしれません。
どんな影響も素直に吸収し過ぎる「子ども」に下手な先入観を与えてはいけないという、「恐怖」を少しだけアルスは感じた。
「結構並んでるね。あっ、でも進むのも早いや」
リリィはアルスの決意も露知らず、肉の屋台の行列に並ぶのも楽しんでいます。
「え~と、肉の味付けで塩とタレで味が2種類あるみたいだけど、どうする?」
少女の背の高さでは見えないが、アルスからは屋台のメニューが見えてメニューと味付けの他に、肉の種類も読み上げてリリィに教えました。
「お兄ちゃん、お金の余裕があるなら、味付けは2種類とも買わない?」
リリィがそう言うと、ぬいぐるみに扮するウサギの賢者の耳もピクピクと動く。
どうやら"リリィに賛成"と言う意味らしい。
「じゃあ、そうしようか」
アルスが笑って胸元から財布を取り出した時、
「リリ!、おはようございます、リリ」
と真横から急に声がして、驚いたアルスは危うく財布を落としそうになりました。
「ぬわっと!」
アルスは何とか財布を落とさずに、空中キャッチした。
「リリ、おはようごさいます!」
財布を手にしたまま、リリィに挨拶を繰り返す、自分とそんなに年も背の高さも変わらない人物を、アルスは思わずマジマジと見詰めてしまう。
リリィを"リリ"と呼ぶ人物は、あどけないけれど真剣な表情で、幼い同僚だけを見て挨拶を続けていた。
「ア、アトさん。おはようございます」
リリィがびっくりしながら挨拶を返すと、"アト"と呼ばれた人は、はちきれんばかりの笑顔で両手をパチパチしながら喜びました。
「リリ、おはようございます」
アトは一頻り喜んだ後、再び挨拶を始めだしたので、リリィとアルスは目を丸くする。
「えっ、おはようございます?」
とりあえず、リリィが再び挨拶を返すとニコニコとアトはまた微笑んだ。
肉の屋台に並んだ人達も数名、不思議そうに少女と少年のやりとりを興味深いように眺め始めた時、
「おおい!アト!、どこだぁ!!」
リリィには聞き覚えがある声が、朝の市場中から響きました。
「あ!シュトさん!こっちですよ!」
リリィは大声を出して、ぬいぐるみに扮するウサギの賢者を抱えていない方の手を大きく振った。
「ん!?」
シュトは自分の名前を呼ばれ、驚きながらも、声を出したリリィを発見し、そしてすぐ側にいる自分の弟も見つけて、急いで駆け寄りました。
「リリ、おはようございます」
アトはそれでもお構いなしに、リリィにまた挨拶を繰り返していた。
「アト、『おはようございます』はおしまいだ」
アトに駆け寄ったシュトがそう語りかけると、アトは見る間に悲しそうな顔になり
「おはようございます、おしまい」
と言ってリリィに挨拶する事を止めた。
「チビちゃん…じゃなくて、リリィ。本当に悪かったな、と助かった。リリィがアトを止めてなきゃ、もっと探し回る所だった」
シュトが苦笑いしながら、リリィに頭を下げてからアルスを見る。
「ええっと、リリィのお兄さん?」
アルスとリリィの顔の造りは似ているとは言えないが、雰囲気は似た2人なのでシュトは疑問形になりながらも兄と妹の関係であるか尋ねた。
「あ、はい。私のお兄ちゃんで、アルスって名前です」
リリィは立て板に水の要領でスラスラと答えて、シュトに"兄"を紹介した。
「昨日御手洗いの近くで、一度シュトさんと、アトさんに、お兄ちゃんは会ってるよ」
リリィにそう言われると驚いた顔をして、シュトはマジマジとアルスの顔を見た。
「"すみません"、覚えてない」
そう言って、シュトが頭を下げると今度はアルスが驚く。
「いえ、自分も本当にすれ違っただけですし。リリィが言わなかったら、シュトさんに、アトさんだなんて分からなかったですし」
アルスの言葉には"嘘"がある。
本当は出逢った瞬間にアトの腰の前のベルトに無造作にある、銃の存在ですぐに彼が誰だけ把握は出来ていた。
だが今のところどちらかと言えば、ワイルドな外見なのに奇妙に礼儀正しいシュトの方が、アルスにとって「銃」より、余程印象的だった。
「アトお肉食べたいです」
不意にアトが肉の屋台の看板を眺めながら言うと、シュトも看板を見る。
「あ~、旨そうだな。よし、じゃあアト並ぶぞ『順番』な」
アトがシュトに噛んで含めるように言うと、アトはコクコクと頷きます。
「順番守らないといけません、アト、並びます。リリ、バイバイ!」
そう言って、アトが肉の屋台の列の後ろに行こうとしてシュトの服の裾をひっぱる。シュトが、じゃあな、といった具合で手を上げて去ろうとするのを
「あっ、ちょっと待ってください!」
とリリィが呼び止めた。
「良かったら、一緒にまとめてお肉買いませんか?。私達の番、すぐですから」
リリィが提案すると、シュトは目を丸くして驚いている。
「いいのか?。あ、でもリリィ達の後ろにいる人達にも悪いから、やっぱ並ぶよ」
リリィ達の後ろにも、僅かだが列が出来ていた。
するとリリィのすぐ後ろの人達、姿からしたらこの人達も宿場町を利用した旅人なのだろう、
「いいよ、まとめて買っちまいなよ。2人分増えても、そんなに変わらないだろ」
と声をかけてくれた。
「え、あっ、いいんすか?」
シュトが、並ぼうとするアトに腕を引っ張られながら、後ろの人達に尋ねる。
リリィのすぐ後に並ぶ人達が代表みたいになって、後ろの人達に呼びかける。
「悪そうな格好しているくせに、大層な弟思いなアニキに少しぐらい時間を譲ってやってもいいよな!」
そう大きな声で呼びかけると、後ろからは快く了解した事を意味する、好意的な笑い声や片手を上げる仕草が見る事ができた。
「いいよな!」
アトが言葉尻だけを聞き取る事が出来たのか、そこだけをピョンピョンと跳ねながらオウム返しをする。
その仕草は、幼い子どもが大人の模倣を楽しんでいる様子そのものだったので、周りも和んではくれたが、アトが16才という姿の不思議な感じは否めなかった。
「あ、ありがとうございます!」
シュトが丁寧に順番を譲ってくれた面々に頭を下げた時、リリィ達の順番になっていた。
「じゃあ、自分達が泊まっている宿屋に先に行っててください。
肉が焼けるのに、少し時間がかかるかもしれないんで、宿屋の場所は――」
アルスがシュトに宿屋の場所を説明する間に、リリィが肉を注文しアトは興味深そうに、注文する少女を見ていた。
「リリ、アトはウィンナーをちょうだい、ください」
「はい、じゃあウィンナーも3本追加で」
肉が焼けるのを見ながらアトが言うと、リリィが落ち着いて笑って受け答えた。
シュトが申し訳なさそうに、腰の後ろに備え付けられている皮のカバンから金を出して、アルスに渡す。
「剥き出しのままの金でスンマセン。んじゃ、俺は先にアトを連れて宿屋に行っときます。アト、『ありがとうございます』」
「ありがとう、ございます」
アトはシュトのオウム返しのそのままだが、アルスとリリィ、順番を融通してくれた人達に頭を丁寧にさげて礼を述べた。
「リリ、ばいばい」
そしてアトは手を振りながら、シュトに手を引かれながら先に行ってしまった。
大量に注文したので、肉が焼きあがるのに少し時間がかかるので、アルスとリリィは注文を済ませると屋台の脇に移動します。
先にシュトとアト達に順番を譲ってくれた旅人達の方が、少量なので焼き上がり、屋台から離れて行った。
離れて行く時に、何故だかシュトとアトに順番を譲った事での不思議な連帯感が出来ていて、自然と視線があって互いに微笑み、会釈をしたり、手をふったり、
「また会えたならいいな」
とそんな言葉を残してくれる人もいた。
再び「旅立つ」人を眺めながら
「お兄ちゃん。旅って楽しくて嬉しくて、別れが淋しい時があるのね」
リリィは素直に感じたままに言葉を口にする。
少しだけ、瞳を潤ませていたけれど、アルスは気がつかないふりをして、そうだね、と短く返事をした。
やがてアルス達が頼んだ肉が焼きあがり、大量なので屋台の方が大皿を貸してくれる。
"宿場街を旅立つ前に返却すればいい"、と快く貸してくれて兄妹は、深々と肉の屋台の店主に頭を下げた。
大皿を抱えながら宿屋に帰る頃に漸く、いつも起床時間となっていてアルスもリリィも自分達が考えていた以上に早起きをしていた事に気がついた。
宿屋に入ると厨房の方から、旨そうなスープの匂いが漂ってくる。
受付カウンターには小さな洒落たイーゼルが置かれていて、朝食の案内が立て掛けられていた。
アルスはそれを読んでから、自分の抱えている大皿を見て苦笑する。
「一応宿屋からは簡単なパンとスープが出るらしいけれど、きっとルイ君には足りないから、肉を買ってきて良かったね」
それから2人と1匹は自分達の部屋へと戻る。
両手が塞がっているアルスに代わってリリィが扉をノックすると、中から鍵の開く音がしてキチンと着衣を身に付けたルイが顔を出した。
「あっ、おかえり」
「ただいま、ルイ。お肉沢山買ってきたよ、朝ごはんに一緒に食べよう」
まだ"好きな女の子"に悲鳴をあげられた事にショックを引きずって、小さな声なルイと対象的に、リリィは大きく明るい声で、彼を喜ばせる報告をする。
呆気に取られているルイを後目に、リリィがしっかり扉を閉めて鍵をかけると、うさぎの賢者はぬいぐるみに扮するのを止めて、少女の腕から飛び降りた。
「グランドールとルイ君に報告がある、今日の朝食は『銃の兄弟』とご一緒する事になった」
「あれ?というか、シュトさんとアトさんというご兄弟が、こちらに来ませんでしたか?」
アルスが芳ばしい匂いが漂う大皿を部屋の中央にある卓に、丁寧に置いた。
その言葉にグランドールとルイは顔を見合わせてから、互いに首を横に振る。
「確かに先に行って貰ったんだけどな。何かあったんですかね?」
アルスが帯剣を外しながら、心配そうにウサギの賢者に尋ね安置場所に置く。
ウサギの賢者は、鼻をヒクヒクとさせて後ろに手を組んで立っていた。
「アトの坊やがもしかしたら、何かに夢中になって寄り道しとかもしれんね。
あの兄弟は約束を違える事は、ないだろうよ。
リリィ、食事の準備をしながらあの兄弟の事を、軽くグランドールとルイ君に話しておきなさい」
ウサギの賢者に指示を受けて、リリィは朝食の支度をしながらグランドールとルイに『銃の兄弟』であるシュトとアトの説明を始めた。
昨晩は詳しくは話せなかったが、今日はアトと接触したアルスやウサギの賢者がいたので、リリィは淀みなく説明する気持ちになれる。
ルイはリリィから渡された客室の備え付けとして置かれている食器を、ならべながら大層不思議そうな顔をして、へぇ、とたまに相槌をいれながら説明を聞いている。
グランドールは終始無言だが、リリィの説明をしっかりと聞いている様子でした。
「16才なのに、理解力とか5才くらいって言われても、オレにはいまいちピンとこないなぁ」
リリィの説明を一通り聞いたルイは、俄には信じられないと言った説明の感想を述べた。
「うーん、確かにアトさんに直に会わないと分かり難いかも」
リリィも自分で説明しながら、信じづらいと言うのは感じていた様でした。
「会って話してみれば、それこそすぐリリィの説明は間違ってなかったと納得は出きるんだろうけれどね~」
ウサギの賢者は部屋の隅にあるソファーに、"ぴょん"とジャンプして飛び乗った。ソファーなら、急な来客で部屋を開けられても、少女が大事にしている"ウサギのぬいぐるみ"が置かれていてもそんなに不自然ではない。
「あ!、そう言えば賢者さま。朝ご飯はどうやって召し上がりますか?」
すっかり忘れていたと言った感じでリリィが尋ねる。
「今日の朝食は情報集めに持ってこいだからね、ワシはこのソファーから全体を眺めておこう。リリィ、パンと余った肉でサンドイッチでも作っておいてくれたら馬車で食べよう。で、グランドールとアルス君とルイ君は会話が膨らむように頼むよ」
ウサギの賢者のこの言葉に、3人の剣士は顔を見合わせる。
会話を膨らませるよりは、10人の夜盗やっつける方が、3人には簡単に思えました。
その時パタリとウサギの賢者が力が抜けたように、ソファーにもたれかかった次の瞬間には、入り口のドアがノックされる音が部屋に響きます。
「マクガフィン様、簡単な朝食とお客様をお連れしました」
宿屋の女将の大らかな声がドアの外から聞こえて、ルイが扉を開くと朝食をのせた台車を押す女将の後ろに、グランドールとルイには初対面の『銃の兄弟』であるシュトとアトの姿がありました。
「おお、女将ごくろうさん。悪いがスープとパンを2人分追加して貰ってかまわんか?」
グランドールがそう言うと、女将さんはにっこりと笑って台車からパンとスープの入った鍋を抱えて、食卓の上に置く。
「ええ、ちょうど運ぶ前にお客様に呼び鈴を鳴らして貰えたんで、もう追加で持ってきてますよ」
女将さんがそう答えると、アトが小走りにウサギの賢者がぬいぐるみに扮するソファーに向かった。
「ソファー、アト座りたい」
アトが目を輝かせながら振り返り、シュトにソファーに座る「許可」を求める。
「アト。ダメだって、帰ってご飯だ。あ、女将さん、どうも案内ありがとうございます。あと皆さんお邪魔してすみませんでした。一緒に買ってもらった肉をいただいたら、すぐに引き上げますから。あと、これ良かったら」
シュトがアトを諫め、皆に礼を言って食卓に瓶に入った飲み物を置いた。
「ええ!帰んのかよ?」
こう言ったのはルイだが、気持ちとしてはシュトとアトを除いて、同じだった。
まず女将さんが、手際よく皿にスープをお玉で注ぎながらシュトを引き留めた。
「"御客様"折角だから、食べていってくださいな。これでも、スープには自信があるんですよ」
シュトはそれでもまだ躊躇っている。
「シュト兄、アトお腹すいた」
アトはまだソファーを名残惜しそうに眺めながらも、幼い子どもと同じ様に正直に自分の要求を述べる。
「シュトとか言ったか?。グランドールと言う名前は、お前さん達兄弟の師匠さんから聞いてないかい」
シュトが目を大きく見開いた。
その反応を確認したグランドールは、次にアトを見つめ、食卓にある椅子の1つを引いて座椅子の部分をポンポンと叩くと、アトは明るい表情をして、椅子に行儀よく座った。
アトが椅子に座ったのを見たシュトは、諦めたように肩を落として
「では、お邪魔します」
と再び頭を深く垂れる。アルスは共に配膳を手伝いながら、ルイに囁く。
(グランドール様、アトさんみたいなタイプの接し方に何だか慣れているし、詳しいみたいだね)
(オレもそう思うっす)
アルスの言葉に、ルイは激しく首を縦に振り、賛同した。
シュトもアトへの接し方が巧い事や、その人物が『師匠』からかつての"友"だった聞いた『大農家グランドール』と分かって、先ほどよりは緊張が取れた表情になっている。
「じゃあ、グランドールさんは『コイツ』の意味が分かるんですよね?」
シュトは腰のベルトから銃口を上に向けて、『銃』を抜いた。
宿屋の女将を除き、場が緊張する。
「ああ、物騒な代物だ。そうだな、あのウサギのぬいぐるみの横にでも安置したらどうかのぅ」
グランドールが、ウサギの賢者がぬいぐるみに扮して座るソファーを目視して、シュトはそれを受けてニヤリと笑った。
「"コイツ"にとって、初めての安置場所が柔らかい上等なソファーの上とはありがたい事です」
シュトは、銃を器用に回転させ、掴みソファーの側に歩みよる。
「銃を安置するにしても、こんな可愛いぬいぐるみの側に置く日がくるとは思いもしませんでした」
そう言ってシュトが銃を丁寧にソファーの上に置いてから、ウサギのぬいぐるみの頭を軽く撫でて振り返ると、若い3人が凝視していたので、驚く。
(そんなに銃が珍しかったのか?)
と内心驚いていた、シュトが若い3人からの凝視の真相を気がつくのは、暫く後のことである―――。
「シュト兄、アトも『銃』置きたい。アトも置いていい?」
シュトが銃を置くのを見ていたアトがそう言うと、シュトが頷いて
「ああ、いいよ。ご飯で汚すといけないから、上着も一緒に脱いどけ」
と言って、椅子に座っているアトの側に近づきました。
「ごはんです、上着脱ぎます」
アトは口に次にする動作を口に出して、確認するように上着のボタンを外し始めた。普通の人よりかなりゆっくりで、漸くボタンを外せたアトが上着を脱いだ時。
アトの胸元に美しい装飾が施された皮細工のホルスターに収まった、小ぶりの銀の美しい銃が姿を表す。
「こっちの『銃』はやっぱり弟に持たせているのか?」
グランドールが一生懸命自分でホルスターを外そうとするアトを眺めながら、シュトに尋ねる。
「ええ、これは『お守り』みたいな物ですから」
アトはホルスターを外すのが難しそうで、うー、うー、と言いながら手間取っている。そんな様子にリリィが見かねて、シュトに声をかけた。
「あの、お手伝いなさらないんですか?」
「『身辺自立』が出来ないと、アトの為にならないから。ああ、でも、食事が冷めたら失礼か」
シュトがそう言って、アトを少しだけ手伝う。
リリィは「しんぺんじりつ」と言う言葉の意味が分からなくて、アルスを見た。
アルスは言葉の意味から考えてリリィに教えようと、考えをまとめているとグランドールが先に口を開く。
「『身辺自立』というのは、簡単に言えば自分の事は自分で出来るようになることだ。ワシ達、健康体でどこも不自由がない『健常者』には当たり前の事かもしれんが、アトや病気をして体を患って、中々体の自由が効かないもんには大変な事だからの。何時、1人になるかわからない人生だから、出来るだけ自分の事は自分で出来なければ他の人に迷惑がかかるしのう」
グランドールの説明にアルスとリリィとルイは感服した様子で、聴き終えても暫く言葉が出ない。
アトが何とかホルスターを外し終えて、笑顔でシュトに渡す。
ホルスターを受け取り、アトの頭を撫でてそれをソファーに運びながらシュトが付け加えるように言葉を添える。
「身辺自立が上手くできていないと、理解力や判断力が低いと見積もられて、犯罪に利用する『健常者』もいますしね」
その時のシュトがしていた苦味きった顔を見る事が出来たのは、ソファーに座っていたウサギの賢者だけだった。
「―――さあさあ、良かったらスープが冷めない内に食べてやってくださいな」
宿屋の女将さんが、気持ちを切り換える明るい声を出してくれる。
「アトおなか空いた!いただきます!いただきます!」
そんなアトの声でソファーの位置から振り返ったシュトの顔からは、苦い表情は消えて、今度は苦笑を浮かべていた。
「アト、みんな一緒にいただきますしてからな。それに準備が終わってないだろ」
シュトは慣れた仕草で、腰に付けているカバンから、大きな布巾を取り出してアトに渡すと、アトは自分でそれを首に巻いた。
「ワシらも席につくか。皆適当に座るといい」
グランドールが声を出して、それぞれ適当に席につく。
「"お兄さん"、弟さんのスープは普通に出しても大丈夫かしら」
女将さんが最後のスープ皿を手にしながら、おっとり尋ねる。
シュトはハッとした顔になり、一度女将さんに頭を下げて注文した。
「出来れば葉野菜、緑色の物を除いてくれたらありがたいです」
「はい、承りました」
女将さんはニコニコしながらスープ皿に、器用に葉野菜を除いた物を注ぎ、アトの目の前に置く。
「スープ、ありがと!」
「はい、どういたしまして。では、私は他のお客さまにも朝食を出しますので、失礼します」
アトのお礼を聞くと、女将さんは優しい笑みを浮かべて、部屋を台車を押して出ていった。
「いただきます!…いただきます?」
アトが元気よく食事の挨拶を始めるが、いただきますを繰り返すだけでしきりに周りの反応を伺っている。
どう対応して良いか分からないグランドールの一行は、椅子に腰掛けて互いに目配せをしていた。
シュトがアトの隣に座り、自分も食事の前に手を合わせて挨拶をする。
「いただきます、『はい、どうぞ』」
『はい、どうぞ』、の部分だけをアトに向かってシュトがいうと、ようやくアトは匙を手に取ってスープを飲み始めた。
「それじゃ、ワシらも頂こう。―――いただきます」
グランドールがそう言って、アルス達も漸く食事を始めた。
自然とアトが食べる様子が気になってしまい、リリィはアトの方を見てしまう。
でも、それをチョイチョイと隣に座るアルスが指先で小さく彼女の肩を突ついて、振り向いたリリィに小さく首を横に振って見せた。
「アルスさん、いいんすよ。その年ぐらいなら、気になっても仕方ない年頃だ。ほら、アト、気をつけないとスープ零すぞ」
アトの世話を焼きつつ、器用に自分の食事をこなしながら、シュトがアルスとリリィに向かって言う。
「リリィの観察は率直すぎて、イヤミがなくて良い。
別にアトも悪いことしてるわけじゃないし。むしろ、微塵にも興味をもたれないのも珍しいけれど」
と、これは買ってきた肉を無心に食べている、ルイに向かって笑いながらシュトは言っていた。
「ふっ?ふぁんかひった?」
口をモグモグとしつつ、新たな肉をパンに挟みながらルイがアルスやシュトの方に顔を上げた。恐らく『へ?なんか言った?』と言ったルイの頭をグランドールが軽くパシリと叩く。
「口に食べ物を含んだまま、喋らない!」
リスのようにしていた口に含んでいた中身を、ゴクリと飲み込んで、ルイはへへっと笑う。
「シュト兄、ウィンナーちょうだい!」
ルイが肉を挟むのを見て、アトが思い出したように言ってシュトにねだった。
「スープを呑んでから。『スープおしまいの後』、ウィンナーな」
「スープおしまい、おしまい!。ウィンナー、ちょうだい!ください!」
アトがまだ3割ぐらい残っているスープ皿を自分から遠ざけながら、言ってウィンナーをねだる。
「ダメ。『スープを全部たべてください』」
どうしてもシュトの外見からは似つかわしくない、丁寧で優しい言い方を聞く度にリリィは手が止まってしまう。それにもシュトが気がついて、苦笑した。
「1人の時はこんな感じじゃあない。何時真似をするか分からないから、アトの前じゃ"悪い"言葉は使えないんだ」
「弟さん、思いなんですね」
そんな事を言うのが意外と言う感じで、シュトがアルスとリリィの『兄妹』を見つめた。
「そちらさんも俺からすれば、十分妹思いの『兄さん』じゃないか。
オレはアトがこういった感じだから、トイレまで探しにいったけれど、リリィぐらいしっかりしている妹だったら、オレは放っておくぜ?」
シュトの言葉には、過保護な事に自覚があるアルスは前から考えていた、体の良い言い訳をサラリと述べる。
「リリィは女の子で、一度酔っ払いに絡まれたことがあるので、心配で」
「ああ、なるほど。確かに、リリィは可愛いからなあ」
リリィが俄に顔を赤くして、照れながら食事を食べる。
『兄2人組』が笑いながらそんな事を言っている内に、アトはスープ皿を持ち上げて中身を何とか飲み干していました。




