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【銃の兄弟-前のシュト・後のアト-】

突然の話となりますが、このファンタジーの世界にも『銃』という武器は存在するのです。

酒場に入ったのは開店当初という事もあり、客はとても少なかった。

しかし、日も暮れて個室のフロアを出た店内が大層な喧騒に包まれている事に、リリィはまず驚く。

(うわっ、子どもなんて私とルイ以外、1人もいないんじゃないかしら)

そう感じながらも、御手洗いを目指すべく視線を天井の方に向けると、場所を示す看板がぶら下がっているのに気がつき、その方向へと歩き出した。


「―――おやあ、珍しい!女の子がいるぞ!!」

「―――へえっ、可愛いなぁ。うちの坊主も女の子だったら…」

「―――お嬢ちゃん、迷子かい!」

次々といい具合に出来上がった仕事帰りであろう、「オジサマ」達が、"可愛らしい少女"に声をかけていく。


「えっと、その―――」

(やっぱりアルスくんに、ついて来て貰った方が良かったのかな?)

リリィがそんな風に考え「オジサマ」達の答えに言い澱でいる内に、ガッハッハッハと大きな笑い声をあげられて、少女は更に驚いてしまって固まる。


「――――お客様~、いくらお嬢さんが可愛いからってからかわないでくださいね~」


そこにやって来たのは両手にジョッキを抱えた店員のシノで、リリィにと目があうと、パチリとウィンクをしてみせてくれる。


「さあさあ、タンと呑んで仕事の疲れを癒やしてくださいね~」


そう言うと、オジサマ達の卓の上にドカッと酒の入ったジョッキを下ろす。

オジサマ達は、待ってました♪と声を上げて酒に手を伸ばした。

シノはそれからリリィの肩に両手をおいてクルリと回して、幼い子どもが遊ぶようにして小さな背中を押しながら、喧騒の中でも穏やかな場所に移動させた。


「"リリィちゃん"、大丈夫でしたか?」

自己紹介されてはいないが、何度も名前を呼ばれているから覚えてしまったらしい店員は、リリィの体全体を眺めて、心配そうに尋ねてくれた。


「大丈夫です、御手洗いをかりようと思ったんですけれど、ちょっと迷ってしまって」

照れながらも、同性の「女」の店員さんでもあるので、正直に話した。


「そうでしたか。うちのトイレは清潔さには自信がありますから、どうぞ使ってください。

ただ少し奥にあってわかりづらいのと、男女兼用なのが難点です。

初めての方は気がつきにくいかもしれませんし、案内しますね」

シノに案内して貰って、リリィは何とか無事に御手洗いにたどり着けた。 

御手洗いの入り口をノックして、誰も使用していないのを確認した。


「中からも鍵がかけられますから、安心してくださいね。

じゃあ、私は仕事に戻ります。何かあったら、遠慮なく言ってくださいね」

店員はそう言って、仕事に戻って行った。

リリィは手早く御手洗いに入り、鍵をかけて用を済ます。


(まだ、大丈夫)

手を洗っていると、扉をノックする音がする。


「すいません、今出ます!」

リリィが"ガチャリ"と音をたてて扉を開いた先には、アルスと同年代ぐらいの少年が立っていた。


「女の子、トイレ?」


柔らかそうな赤髪の柔和でどちらかと言えば、「可愛らしい」と言った雰囲気の――ルイよりは年上、アルスよりは年下に見える――少年は、ゆっくりとした口調で不思議そうに言うと、瞬きをした。

服装も酒場に似つかわしくないというわけではないが、どことなく品が良い。

少年はそれから、物凄く困ったような表情をして御手洗いの入り口と、リリィを見比べた。


「アト、男。女の子の御手洗い使ってはダメ」


そんな事をリリィを見ながら言う。

それから少年は、まるで幼子が泣きそうな表情をして再び


「アト、男。女の御手洗い使ってはダメ」

と繰り返した。

リリィは何故だか、とても小さな子どもが教えられた事を、ひたむきに守ろうという健気さをこの「アト」と名乗る少年から感じてしまう。


「あっ、あのこれは『みんなの御手洗い』ですから、男の人も使ってもいいんですよ!」

とリリィは気がついたら説明をしていた。


「みんなの御手洗い?」

アトと名乗る少年は困った顔は止めたが、「みんな」という言葉が上手く「消化」出来ていないようだとリリィは感じた。


「ええっと。酒場の御手洗いは1つだから、みんな一緒につかうんです」

「みんな?。男、女一緒に使ってもいい?」


アトは「一緒」はわかるみたいだが、「男女が一緒」というのが受け入れにくいらしい。

そしてリリィは、このアトと名乗る少年にはコミュニケーションと、知的な事に関して何かがあると判った。


(ど、どうしよう)

目の前のいるアトは、明らかに「リリィ」がいた事で御手洗いに入る事をためらっている。


「おおい!、アト何やってんだ!。小便に何そんなに時間かかって……ん?。女の子お!?」


挿絵(By みてみん)


かなりのオーバーリアクションで結構な"荒っぽい"声が浴びせられ、リリィとアトは声の発信源の方を向く。

声の主の人物は、顔立ちと髪の色こそアトと似ているが、雰囲気は全く別物だった。

長めの前髪を無造作に下げていて、シャツは着ているが前は大きくはだけて、逞しめの素肌が見えている。

年はリリィの見た感じでは、アルスに近いと思えた。

そして何より目を引いたのは、腰のベルトに挟まれている「筒状の鉄の塊」だった。

よく言えばワイルド、悪く言ったら粗野な感じな青年は、リリィとアトを見比べて少し考えている様子で、ゆっくりと口を開いた。


「何だ、女の子がいたから"(こだわ)って"たのか。

アト、『ここは男も女も使っても、いい手洗いだ』。中を見せた方が早いか。お嬢ちゃん、ちょいとごめんな」


そう言うと、御手洗いの扉に手をかける。

扉を開くと、奥には普通の手洗いがある。


「ほら『御手洗いは1つ』だ。『鍵をかけて』すれば、『大丈夫』だから、さっさとしてこい」

粗野な外観とぶっきらぼうな口調ながらも、アトに噛んで含めるようにゆっくり説明する。

アトは開かれた扉から御手洗いを眺め、説明を確認するように言葉をオウム返しのように繰り返す。


「『御手洗い1つ、鍵をかけて大丈夫』、わかった。

"シュト兄"、アトわかった。御手洗い行く」

そう言ってアトはトイレに入って鍵をかけた。


「やれやれ、わるかったな、お嬢ちゃん。

と、いうよりおチビちゃんか?。うちのアト相手に戸惑っただろう」


挿絵(By みてみん)




アトから「シュト」と呼ばれた人物は、粗野な言葉だが殊勝な態度を十分感じ取れる声で、リリィに謝罪する。


「い、いえ。何だか私がトイレにいた事でアトさん?」


名前を確認するように、リリィはシュトを見ると、ニッと笑って頷く。

リリィもつられて、思わず微笑み返しながら言葉を続ける。


「アトさんがトイレに入るのに困っているように感じたので、申し訳ありませんでした」

そう言って頭をペコリと下げる。


「別に手洗いは、酒場のもんだから頭を下げる必要はねえよ。まあ確かに酒場に女の子がいるのは、俺も予想外だったかな」


そんな話をしていると、水の流れる音がして再びドアが開いて、アトが出てきた。


「シュト兄、御手洗い終わった。アト、御手洗い出来たよ」


まるで幼子が御手洗いが出来た事を誉めて欲しいと言わんばかりに、アトはニコニコしながらシュトに向かって報告していた。


「うんうん、アトよく出来た。それと、お嬢ちゃんに『ありがとう』って言っておきな」

シュトがアトの頭をポンポンと叩きながら、誉めてやる。

アトはニコニコとして、リリィに振り返り、頭を下げ、シュトに言われた言葉をオウム返しにして言う。

「『お嬢ちゃん、ありがとう』」


「あっ、あのありがとうって言われる程の事でも…。あと私は『リリィ』です、お嬢ちゃんは止めてください」


「あっはははっ。そいつは悪かったな、リリィ。俺はシュトでコイツは弟のアトだ。で、もうリリィには分かるだろうがアトにはちょいと色々あってな」

快活に笑い、シュトはアトの頭を撫でた。


「あっ、はい何となくわかりま」

「リリ?この女の子、リリ?」

リリィが喋っている途中から、アトは会話に割り込んでシュトに尋ねる。

シュトは苦笑しながらアトの頭を再び撫でた。


「リリィだ、アト。まっ、こういった感じでアトは年は16で体は至って健康なんだが、オツムは漸く5才を過ぎたくらいな感じでな。

たまにこうやって、予想外な事に出逢うと落ち着かなくなるんだ」


「リリじゃない?リィ?」

シュトの説明の間もアトは「リリィ」と発音し難いらしく、首を捻りながら何回も発音していた。


「『リリ』でいいですよ、アトさん。私は『リリ』と呼んでください」

リリィは自分を指差しながら、シュトに習いゆっくりとアトに向かって言った。


「リリ、ありがと、さよなら!」

アトはリリィにバイバイと手を振り、それを慌ててシュトは止める。

「こら、アト!。リリィ悪いな、別に悪気があるわけじゃないんだ。

ただ初めてとか慣れないもんと長い時間一緒にいるのが、アトには難しいらしくてな」

「はい、大丈夫ですから、気にしないでください。バイバイ、アトさん」

アトは意志の疎通が出来たのが嬉しいらしい、口をあけてニッコリと笑いバイバイとするリリィの手をタッチして、シュトの手をグイグイ引いて酒場の席へと戻ろうする。


「じゃあな、リリィ。また会う事があったら、よろしくな」

シュトが苦笑しながら、アトに引っ張られて酒場の奥へと消えた。

その消えた2人と入れ替わるように、先程リリィを御手洗いを案内した店員のシノと、「ウサギのぬいぐるみ」を抱えたアルスがやって来た。


「アル…お兄ちゃん、どうしたの?!」

アルスがウサギの賢者まで抱えてやって来ているものだから、リリィは驚く。

そのアルスと言えば、リリィがどこも変化がない様子に安心したのか、安堵し、ため息をついている。

「どうしたのって、リリィが帰りが遅いから心配してきたんだよ」

そう言うと、ウサギのぬいぐるみの耳もピクリと動いた。

喋る事は出来ないが、賢者も心配していたのがリリィにはわかったので、慌てた。

「お客様、その、気分が悪いこととか、体の調子が悪いことはありませんか?」

シノが遠慮がちに、リリィに尋ねてくる。

もしかしたら、アルスが自分と同性であるシノに「事情」を話しているのかもしれない、そう考えたリリィは正直に話す事にした。

「体の方は何ともありません。たださっきお兄ちゃん達も擦れ違った、2人のお兄さん達とちょっとお話が盛り上がってしまって遅くなっていただけです。本当にそれだけなんです、心配かけてごめんなさい」

リリィは深く頭を下げ、アルスとシノは思わず顔を見合わせて苦笑し、とりあえずグランドールとルイがいる個室へと戻る事にした。

個室に戻る途中、リリィはあの兄弟の姿を賑わう酒場の中探してみたけれど、見つける事はできなかった。

「リリィ、遅かったな!。手洗い、混んでいたのか?」

個室に入った途端に、ルイなりに心配そうな顔をしてリリィに話しかけてくる。

「ううん、ただちょっと立ち話してたの。心配かけたなら、ごめんね、ルイ」

リリィはそう言いながら、腰を下ろす。

「ワシとしては立ち話の相手が気になるねぇ。ちょいとガラの悪そうな"お兄さん"だったし」

個室と入るなり、ぬいぐるみのフリを止めたウサギの賢者が、フワフワのながらに眉間に沢山の皺を寄せて、リリィに対して苦言――どうやらシュトに対して言っているらしい。

これには珍しく、リリィが反論する。

「確かにシュトさんの方は荒っぽい感じに見えたかもしれませんけど、とっても弟の思いの方ですよ!」

ルイが目を丸くして、現場に行って事情を知っていそうなアルスを見た。

「誰っすか?シュトって?」

アルスはうーんと少し思い出すように、眉をひそめた。

「自分も擦れ違っただけでよくは知らないんだけど、リリィが立ち話していた男の兄弟の、お兄さんの人」

それからアルスは珍しい"物"を見た事を、思い出す。

「そう言えば、あのお兄さんの方の人、珍しい武器持ってましたね。

訓練の座学で資料でしか見た事ありませんが、確か腰のベルトにさしてあったのは『銃』でしたよね?」

恐らくウサギの賢者ならば、『銃』という武器を知っているだろうと思い、アルスは言葉と視線を向けた。

賢者は、円らの目を細め少しだけ難しい顔をしながらも、首を縦に振った。

その会話に、酒のおかげで結構赤くなっているグランドールが反応する。

「んん?『銃』を持っている人にあっただと?」

グランドールは呑んでいた酒の酔いが一気に醒めた様子で、ウサギの賢者の顔を見た。

そんな声を出したグランドールを、ウサギの賢者は、細めた瞳を器用に横目にしてチラリと見た。

「グランドール、巷じゃ御伽噺のように語られている『銃の兄弟』という傭兵をお前さんは、よーく、知っているよね?」

グランドールは銃という言葉を聞いてから、酒を呑む手を止めていた。

「―――代替わりしたというのは、風の便りで耳にしたが。

代替わりする前の方なら知っとるが、今の『銃の兄弟』は知らんよ。

なる程、『銃の兄弟』なら銃を持っていても何ら不思議はないか」

銃に関しての知識は皆無に近く、戦争や紛争がない時代となって『傭兵』の仕事はすっかり廃れているので、若い世代のアルスとリリィは、そういった話には置いてきぼりにされている状態となる。

ルイは少しは気に止めているが、"食事を止める程ではない"と自己完結し、リリィが戻ってきた安心から、引き続きモリモリと食べ始める。

「『銃』と言う武器は、大変に危ないものなんだ。

その武器は、指先に力を入れるだけで、非力な子どもでさえ大人を殺せる」

ウサギの賢者が淡々と語るのを、アルスとリリィは信じられないと言った感じで、ルイは思わず喉に肉を詰まらせながら聞いていた。

「こりゃ、みっともない食べ方をするんじゃない!」

そう言ってグランドールが少年の背中をバンッと大きな平手打ちして、ルイは周りにゴクリッと聞こえる程の音を出し、肉を飲み込む事が出来た。

「何だよその危ない武器は!?。あっ、オッサンありがとうな!」

銃という武器に驚きながらも、ルイは命の恩人であるグランドールへの礼も忘れない。

「そう、物騒だから『銃』が造られた時、うちの昔の国王様――とはいっても、国王になる前なんだけどね。

銃の存在をひた隠した。それこそ極一部の人しか知られないようにね」

そこまで言ってウサギの賢者は、酒のジョッキを卓に置いてフワフワの両手で顔をグルグルとマッサージする。

それから躊躇いながら、小さな口を開く。

「ただ国王様はこうも考えた。

『魔法があるこの世界では、銃があったとしても驚異的な殺傷力の魔法と「誤解」させる事も出来る』とね」

そこからは、グランドールが引き継ぐように口を開いた。

「今の国王様の前の国王様、内乱で落ち着かないセリサンセウム国を平定に導いた、"グロリオーサ"陛下には、幼馴染みの親友がいたと聞いている」

酒による赤みも抜けてしまって、グランドールの声からは酔いは感じられない。

「その親友は武芸にも知勇にも優れていたが、魔術だけは使えなかった。

国が内乱で落ち着かない時代で、平定の為に魔術が使えないのに奔走してくれる親友の為に『銃』を2丁だけ、極秘に造らせて、与えた。

その親友はその2丁の銃を両脇の、ホルスターという銃専用の物入れに携え、颯爽と活躍したらしい」

リリィはシュトが腰のベルトにさしていた、筒状の鉄の塊を思い出していた。

(あれが『銃』だったのかな。変わった形の飾りかと思ってた)

少女の思惑を察したかどうかわからないが、グランドールは話を進める。

「だが国を平定する内乱の最中、ある事件が起きて、銃を与えていた親友―――その頃は『銃の兄弟』という渾名もついていた。

事件の詳細は解らないが、大層"悲しい"出来事だったらしい。

それに責任を取るように銃の兄弟は、決起軍リーダーのグロリオーサ陛下に銃を返そうとした」

――銃という武器のお陰で、魔法が使えなくとも大切な民を助ける手伝いが出来ました。


――銃という武器は魔法が使えない者には、ありがたいものです。

――でも、この武器は力が強すぎて、平和な世界には要らない物です。

――だからどうぞ、この銃を再びなかった物として元の姿へ還してあげてください。

「これも詳細は知らないが、お伽噺のように伝えられている話では、そういう風になっている。だが、リーダーであった当時の国王陛下は―――親友はこの進言は聞き入れなかった」

グランドールが再び酒を口につける。


『人間はどんな力でも、その力が大きくなれば「傲慢」の元となる。

その力を牽制する為の力も必要で、その力の担い手が一番傲慢から遠い者で、何より優しいものであるべきだと思う。

だから私は、お前に銃の担い手となって欲しい』


「そう言って、その時代の国王陛下はこの国で銃を扱う権限をその親友に一任した―――という話だ。

生産の為の知識と技術も、銃の全てをだ。銃の事は存在のみが軍学校記載されたぐらい。ワシはその話を先代の「銃の兄弟」からまあ、簡単に聞いたのさ」

大男は空になったジョッキを静かに置く。

「オッサンの知ってる先代の『銃の兄弟』と、『昔の国王様の親友』は同じ奴なのか?」

顎に胡桃のような皺を寄せ、ルイなりに一生懸命話を整理して、グランドールに質問した。

珍しく頭を使っている弟子の顔が面白くて、グランドールは思わず吹き出しながら答える。

「いいや。まあ簡単に言ってしまえば、『昔の国王の親友の跡目をついだのが、ワシが知っている銃の兄弟』って訳だな」

リリィも、一生懸命幼い頭の中で話を纏めようとして声をだした。

「ええっと『銃の兄弟』さんもグランドール様が仰ってたように、代替わりしたと言うことでしたら、私があった『銃の兄弟』のアトさんとシュトさんは昔の国王様の親友の孫弟子さんみたいな…?。あれ、何かこんがらがっちゃった?」

混乱して頭を抑えているリリィを見て、アルスは食事に使ったナイフを片付けながら、笑って宥める。

「『銃が2丁』やら『兄弟』って所で、話がこんがらがってるみたいだね」

ウサギの賢者はフウム、とゆっくり息を吐いた。

「アルス君、その食事に使っていないナイフを貸してくれるかな。

ちょいと、判りやすいように、情報を整理しようかね」

アルスにそう言って、ウサギの賢者は短い腕を伸ばした。

「はい、どうぞ」

アルスはナイフを纏める為に置かれている、籐で編まれた籠を上司に渡した。

賢者は、最初に一本のナイフを取り出して卓に置く。

「まず『昔の国王陛下の親友』が銃を2丁賜った。

その2丁は同じ制作者から造られた物だから、『兄弟』とも言われるようになる――」

卓の端に置かれている楊枝を2本取り出し、ナイフの側に置く。

どうやらナイフが人、楊枝が銃という見立てらしい。

「あっそうか、2丁の銃が『兄弟』って表現されてるから、私、『銃を持ってる人が兄弟で2人いる』って勘違いしているところがありました」

リリィが眉毛を「八」の字にして自分の勘違いを認めて、述べていた。

ウサギの賢者はウンウンと頷いて、ナイフと楊枝を見つめながら続ける。

「リリィはさっき『銃を持った2人兄弟』に出会っていたから、先入観が入っていても仕方ないかもね。さて、ルイ君もいいかな?」

ルイはナイフと楊枝をジッと凝視している。

「うん…、じゃなかった『はい』。

えっと『最初は1人の人が銃を2丁』持っていたってことなんすよね?」

ナイフと楊枝を指差しながら、ウサギの賢者に確認するようにルイは言う。

「そうそう、で、グランドールの知り合いの『銃の兄弟と名乗る1人の傭兵さん』に2丁の銃は受け継がれる訳だ」

ウサギの賢者は新たなナイフを取り出して、ナイフと楊枝が置かれているいる少し離した横に置く。そして2本の楊枝を、そのナイフの横に移した。

「『銃の兄弟』という呼び名は、銃をの存在を公にした親友さんと、受け継いだ傭兵さんが活躍し始めた、ここら辺から定着を始めたと思われるね」

そこでアルスが小さく挙手をした。

「ところで『銃』と言うものは、今の所何丁この国にはあるんですか?」

アルスの質問で、リリィもルイも「銃の兄弟」の知人であり、答えを知っている筈のグランドールの方へ視線を向ける。

当のグランドールは、子ども達の視線を受け止めて、それを当たり前のようにウサギの賢者へと受け流した。

これにウサギの賢者は、逆三角形の鼻をヒクヒクさせる。

「確か、ワシが知っている限りでは4丁のハズだ」

そして、自然に答えた。

「何でオッサンじゃなくて、ウサギの旦那がわかるんだ?」

ルイの質問には、リリィも不思議そうに首を縦に振った。

「本当、どうしてグランドールさまじゃなくて、賢者さまなんですか?」

リリィも思わずといった感じで声を出した。

「単に今はワシとワシの師匠に当たる賢者だった方が『銃』を作る事を許されているだけの事だからさ。だから、銃の製造数も把握しているんだよ」

「はあ?」

「へ?」

ウサギの賢者がしれっと答えると、ルイとリリィが再び大きな疑問符込みの声を出して、目を丸くしている。

アルスは事情を把握出来ている様子で、

「なるほど」

と納得した声を出していた。

「アルスは、理屈が分かったみたいだな」

グランドールはニヤリとして、まだわかっていないと思われる子ども達に目を向けた。

「リリィ、ルイ君。簡単な例え話をするならね、この国では何か商売を始めるにしても資格をとるにしても、『許可証』がいるのは知っているかな?」

アルスがリリィとルイにゆっくり語る。

「この前やっと帯剣の許可とったからオレは分かるけど―――」

ルイがチラッとリリィを見る。

「知ってるわよ!私だって賢者さまから、社会の勉強は教えて貰ってるんだから!。

許可証は実技試験と学科試験を通らないと、貰えないって事だよね、お兄ちゃん」

リリィがアルスを自然と兄と呼ぶことにも、大分違和感がなくなり、アルスは頷いた。

「そう。で、自分の考えだけれども間違っていたら遠慮なく言ってください」

そう言って、ウサギの賢者とグランドールを見比べる。

「アルス君の『推理』を楽しませて貰うよ~」

ウサギの賢者は再び上機嫌になり、アルスの話を酒の『(さかな)』のように楽しんでいるみたいだった。グランドールは無言で笑顔で頷いた。

「推理なんて大袈裟なものじゃありませんが…。

確か『昔の国王陛下から、親友さんは2丁の銃を下賜された』んですよね?。

だったら、親友さんに銃の全てを陛下から託される前に、『銃の製造構成を知った上で、銃を造った人』がいた事になる」

リリィとルイはそこまで聞いて

「あっ!」

「そっか!」

と声を上げた。

「それから、親友さんは銃の整備や手入れぐらいの知識はあったとしても、『銃を部品から全てを作り出す技術』をあったとは自分には思えないんだ。

これは銃の事を軍学校の教科書で、銃の勉強をその、独自にした時の感想だけどね」

銃の構造が教本に逐一載っていたわけではないが、休日大工が趣味であるアルスには、生半可な知識とありきたりの工具では作成出来ない物だと分かった。

それにしても思い返せば、武器教本を造った人物のあざとさをアルスには感じ得ない。

銃を教本の武器と整備品の境目に、簡単に全体の図と構造説明文だけが書かれているだけで、深く読み込まないと武器とも理解出来なかったと思える。

「あの教本だけで良く銃が武器だって気づいただけでも凄いのに、構造の難しさにまで気がつくなんて、アルスは勤勉じゃのう。普通は、あのキツい基本教練で手一杯だろう」

グランドールが心底感心して、アルスに向かって親指を立ててまたニヤリと笑う。

「自分は魔法が全く出来ないんで、こういった方面でカバーしないと、卒業も出来なかったかもしれませんから。それなりに、必死でした」

アルスは苦笑しているが、若干照れているのは皆わかっていた。

「えっと、話を伸ばしてしまって申し訳ありません。

銃を造るには、やっぱり『賢者レベル』の知識や技術が必要なんですね。

製造許可証も、ウサギの賢者殿とその師匠に当たる方しか持っていない。

そして今の所、この国には4丁だけ銃があるということですよね」

アルスは話を割り込んだ事を詫びて、改めてウサギの賢者が並べたナイフと2本の楊枝を眺める。

「うん、まあアルス君が言いたい事は分かったつもりだから、それを踏まえて話を続けようか」

そう言ってウサギの賢者は今度は2本のナイフと、2本の楊枝を取り出した。

「グランドールの知人の傭兵さんが2丁の銃を引き継ぎ『銃の兄弟』となった。

その頃も『銃』という武器は、構造や威力は『凄い魔法』みたいと誤認のまま、といった感じかな」

そしてカチャリと音を立てて2本のナイフを、「銃の兄弟」と見立てているナイフの側に置いた。

「で、今日リリィが遭遇した兄弟だが―――。お兄さんの方がが持っていたのは、紛れもなく『グロリオーサ陛下から下賜された』内の1丁だね」

そう言って、『銃の兄弟』のナイフにおかれている楊枝の2本内から1本を、新たに置いた2本のナイフの方に移した。

「ウサギ、そりゃ間違えないのか?」

グランドールが、ほんの少しだけ眉を顰めながら尋ねる。

「イヤだなぁ、グランドール。これは嘘言っても、誰も得も損もしないからワシは嘘言わないよ~」

"誰もが傷つかず、得をするならウソをつく"

そう公言しているウサギの賢者は、旧友に断言した。

「アルス君がワシを抱えて、リリィを迎えにお手洗いに行ってくれただろう。

ちょうど抱えられていたのが腰の位置だったから、シュトという青年とすれ違う時に腰の前にあった銃をバッチリと確認出来たし、驚いたよ」

置かれた楊枝を、ウサギの賢者は短くて堅い爪でつつきながら独り言のように言った。

「でも賢者さま、銃は2丁あるはずなんですよね?。

1つをシュトさんが持っているなら、もう1つはどこにあるんでしょうか?」

リリィがナイフの間な挟まれた楊枝を指差した後、ウサギの賢者が握ったままとなっている"もう1つの銃"を指差した。

「それなんだけどね、リリィ。ワシはこうだと思うんだ」

そう言って、握っていた2本目の楊枝を2本目ナイフの横に置いた。

「それってアトさんが、銃を持っているって事ですか!?」

リリィが俄かには信じられないといった様子で、賢者を見つめる。

あの邪気が無さ過ぎる、幼い童子のようなアトに直に接して、会話もしたリリィには、彼がそんな危ない武器である"銃"を所持しているとは思えなかった。

「それにお兄さんのシュトさんが、そんな危ない武器をアトさんに持たせているなんて、私には考えられません」

「リリィ。シュトさんが銃を持っていてもおかしくなくて、アトさんが銃が持っていたらおかしいって思っている理由を教えて貰えるかな?」

アルスが落ち着いた声でリリィに尋ねた。

そこでリリィは初めて、自分以外はシュトとアトの兄弟の事情について知らない事を思い出した。

「それはですね――」

理由を口にしようとした時、お手洗いを済ませて兄のシュトに誉めて貰おうと一生懸命報告する、アトの無邪気な顔が不意にリリィの頭に浮かんだ。

(私は賢者さま達を信用しているけれど、こう言った誰かが聞いてるかもしれない場所で、アトさんの事を喋ってしまってもいいのかな?)

「リリィ、どうしたんだ?」

ルイは急に喋るのを止めてしまったリリィを心配している。

そんなルイを見て、リリィは改めて喋るべきかどうか考える。

(この中の誰だってアトさんの事情を話しても、きっと偏見なんて持たないだろうけれど…、やっぱり――)

リリィはこの場で「アトの事情」を喋るのは控える事を決めた。

「私はアトさんが、そんな物騒な武器を持っていないと思う理由は、また落ち着いた時に皆さんに必ず話します。

だから、それでも良かったら賢者さま。アトさんが銃を持っていると考える理由を教えてください」

リリィの言葉を聞いたウサギの賢者は、小さな逆三角形の鼻をヒクヒクっとさせて、誰にも表情が読めなかった。

次にウサギの賢者は、シュトとアトになぞらえて置かれていた2本のナイフの横に、それぞれ銃の代わりに置かれていた2本の楊枝の内の1本をフワフワの手に取った。

「詳しくはわからないけれど、リリィは銃を凄く危ない武器と考えていて、弟思いのシュト君がアト君にはそう言った危ない物を持たせないと考えている。

そんな感じに捉えていると、ワシは考えてもいいのかな?」

つまみ上げた楊枝を、短い指でクルクルと回転させながら賢者はリリィに尋ねた。

「はい、そうです」

アトの「障がい」の事もあるけれど、まずシュトが弟思いの兄というのを御手洗いの前でリリィが鮮烈に感じ取れた。

「ワシはね、シュト君というお兄さんが、アト君が『大切』だからこそ、自分とペアである『銃の兄弟』の片割れである銃を弟に装備させている。

そう思う所もあるんだよ」

ウサギの賢者がそう言うと、グランドールも同調するように頷いた。

「ワシの知人だった『銃の兄弟』もな、2丁の銃をいつもペアで持つ事を常にしていたよ。まるで決められた約束事のように、な」

「グランドールの言うみたいな事が、あの2丁の銃には多分あるんだとワシは思うんだ。シュトさんとすれ違った時、腰の後ろには銃はなかった」

ウサギの賢者に言われて、リリィもシュトの後ろ姿を思い出したが、確かに銃などなかった。

「でも、アトさんは銃を身につけている感じはしませんでしたよ」

シュトの粗野な着こなしとは違って、アトの服装はしっかりとしていたと、2人の兄弟を思い出してリリィは言う。

ウサギの賢者は敢えて否定せずにウンウンと頷く。

「シュト君の銃の装備の仕方はそりゃワイルドで、銃が如何にもああいった形で身に付けるといった先入観がつくかもしれないかもしれないね」

武器の安置場所である部屋の隅をウサギの賢者が見ると、他の皆もつられて見た。

グランドールの大剣、アルスの軍で扱われている剣、ルイの小型の曲刀2本が順序良く安置されている。

「『剣』という武器の扱い方はこの国ではもう随分当たり前で、持ち歩く時は鞘に納めて大体皆腰に帯剣する。

まあワシみたいなナイフや、ちょっと変わり種の武器はそれ専用の仕舞い方をで持ち歩くよね」

ウサギの賢者は4本の剣達を見上げる形で、眺めながら言う。

「アトさんと言う方の持つ銃は、シュトさんの持っていた銃とはまた違う形という事ですか?。それとも銃の携帯の仕方は、他に正式な物があるという事でしょうか?」

アルスも安置されている剣や刀を眺めながら、尋ねた。

「なんだか、アルスはアルセンの訓練生時代みたいじゃな。その質問にはワシが答えようかの」

アルスの質問には、グランドールは懐かしそうに笑う。

「ちなみにアルスが言った事は、どちらも"大正解"だ。

『銃の兄弟』の2丁のうち、1つの銃は小ぶりなもので、革の"ホルスター"に入ってる。ホルスターは銃の鞘みたいなもんだな、それとセットだった。

ホルスターの仕様は、上着の内側に隠すように身に着けるものだから、パッと視ただけは銃を装備しているとは思わないだろう」

そうして、グランドールの説明が一通り簡単に終わる。

「何だかその銃は武器っていうより、御守りみたいだな」

ルイが何気なしにそういうと、ウサギの賢者もグランドールもふっと口元を緩めた。

「そうだな、王様は本当は『御守り』として、自分のと共に戦場を駆け回る親友に、銃を渡したのかもしれない」

グランドールが再び懐かしむように言って、頷いた。

「御守りみたいな『武器』なら。それならシュトさんが、アトさんにその銃を持たせているという、ウサギの賢者さまの話、私も判ります」

リリィのその言葉に、ウサギの賢者は「フフフ」と笑いを洩らし、フワフワの指で、銃に見立てていた楊枝をパチリと半分に折った。

「確かにアト君が持つ銃の見かけは小ぶりで、ホルスターは美しい形のものかもれないが、銃は銃だからね。

いざと言う時は充分な威力で、人を殺める力だって持っているだろうね」

そう言って、半分に折った楊枝を2本目のナイフの楊枝が置かれていた位置に再び戻した。

「そしてワシが、この旅にでる前に仕入れた情報がある。

『ロブロウの領主が用心棒代わりに、傭兵の銃の兄弟を雇った』ってね」

ウサギの賢者の言葉に、農業研修であるはずの一行は絶句したのだった。


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