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【なれない事はするもんじゃない】 



責任を取る覚悟はしていても、苦手な物は苦手である、特に不貞不貞しいウサギの姿をした賢者なんてのは。






「リリィ、これで終わりかな?」


そう尋ねるのは、鎮守の森の、"魔法屋敷"の書斎と図書室を兼任する部屋の大きな机で、カリカリカリと羽ペンを動かしている、セリサンセウムという国で最高峰とされている"賢者"。     

しかし、賢者といっても姿は、フサフサな薄茶な毛色が特徴的な、丸い眼鏡をかけて緑のコートを着た大きなウサギである。


賢者の秘書の役割をしているのは、この国の国教の巫女で、11才の強気な瞳ながら十分美少女の表現がぴったりのリリィ。

巫女は同僚とはいっても、年上の17才である、新人兵士のアルスが作ってくれた台車を押しながら賢者の側にやって来た。


「はい、アルセンさまから承った「今日の分」の書類はそれだけです。

お疲れ様でした。休憩しますか?お茶を持ってきましたよ」

賢者は″今日の分″の書類と聞いて、鼻をヒクヒクと動かしてウサギの顔ながら仏頂面となる。


「うーん、こんなに書類に目通しやサインがいるなんて思わなかった」

リリィが紅茶を丁寧に淹れながら、賢者に最近仲良くなった女性騎士のリコから教えて貰った事を話す。


「何でも「法改正」レベルの事になりそうなんで、慎重に慎重を重ねているそうです。国民的には大賛成の改正だから、法務の方はもっと大変だそうですよ。はい、どうぞ」

リリィはウサギの賢者の机の上に紅茶を置いた。


半月ほど前、この国の王族護衛騎士で法王を護衛を任務とするデンドロビウム・ファレノシプス。

騎士呼称"ディンファレ"という女性騎士が「人攫い」の一味を一網打尽にした。

この人攫いの一味は主に城下外の子どもをターゲットにしていたのと、有能な騎士の手筈で殆どが未遂で防いでいた。


その為、被害者の方も国に届けを出さず、なかなか「国」が動かず放置されている状態だった。

人攫いが、″ある人物″をターゲットにした事で、業を煮やした騎士は無茶なやり方で、ウサギの賢者や国の軍機関で主力ポストにいる人物を巻き込んだ「事件」を起こした。

結果、法王ロッツ、ウサギの賢者、有力者の名前を利用して法改変要望書を作成し、国に出したものは可決されようとしている。


「しかし面倒くさいなぁ~」

ウサギの賢者はそう言ってから、秘書が淹れてくれた紅茶を有り難く啜った。


「そんな面倒くさい事を、後輩で親友だからってアルセンさまに押し付けていたのは、賢者さまですよ」

リリィが澄まして注意する。


「うう~ん、可愛い後輩に育ってほしくて書類を整理するという、ワシが大好きな作業をアルセンにさせてあげてたんだけど」

賢者がウサギの顔ながらも極めて真顔で、紅茶のカップを再び啜りながら言った。


「またそんな調子の良いこと仰って。そのうちアルセンさまに細剣で貫かれますよ」

そう言いながらリリィは、ウサギの賢者が記した書類を手際良く整頓して纏めた。


「ケンカかぁ、アルセンとケンカなんて何時ぶりかなぁ。

若い頃は、しょっちゅうしていたような気がする、何気にアルセンは短気だしぃ」

ウサギの賢者にとって、「アルセンの細剣で貫かれる=昔のケンカ」に繋がったようで、思いだしては楽しそうに丸眼鏡の乗せた鼻をピクピクとさせている。


「昔のケンカした事を楽しそうに話せるなんて、羨ましいです」

リリィは呆れながらも、本音を述べた。


「若人が何を言っているんだか。ワシがアルセンと出逢ったのは、確かアルセンがまだ美少年の13か14の頃だから、リリィだってこれから親友に出逢うかもしれないだろう?」

賢者の"美少年"という表現には全く驚かないが、考えていたよりは遅い"出逢い"には大層驚いた。


「え?!そうなんですか!。私は、賢者さまとアルセンさまは、凄いちっちゃい頃からの「お付き合い」かと思っていました」

11才のリリィの「お付き合い」と言う言葉に、ウサギの賢者は苦笑いしながら答える。


「いやいやいや、リリィ。一応アルセンは、王室とも繋がりがある、"大貴族"だからね。

色々と世界が騒がしい時期でもなけりゃ、父上が国の宰相まで務めた、公爵の子息と軍学校で、出逢う事もなかっただろう」

ウサギの賢者の"親友"であるアルセン・パドリックのご母堂は現国王ダガー・サンフラワーの従姉にあたる。


アルセン自身、本来なら貴族としての外交職でやっていけるし、その美しい"外面"は大いに国の役に立てることだろうと思えた。

しかし、どういうわけだか十数年前に"幕を閉じた"、セリサンセウムの侵略大戦後に引続いた"大災害"鎮静後も、アルセンは「軍隊」に籍を置き続け、今や中枢の一部を担っている。

ちなみにウサギの賢者は「軍隊」が大嫌いであった。


「確かに今は、貴族と普通に逢うことなんて出来ませんもんね。私も優しい貴族"さん"がお祭りで、民にお酒を振る舞って楽しむのを見たことがあるくらいです」

リリィが思い出したように、そう言った。


「『貴族は貴族で息が詰まる』と出逢った頃のアルセンはよく言ってたよ。

貴族である事で、衣食住の心配はないだろうが、向かない人にはとても気苦労の多い『仕事』なんだろうなぁ、と我慢強いアルセンが溜め息つくのを見て感じたなぁ。社交界の華やかな生活も、毎日続いたなら大変だろうしね」


「『仕事で楽なもの何かない』って本当なんですね」

ウサギの賢者の言葉に感じ入ったように、リリィは頷く。


それから気を取り直すように、書類をトントンと机の上で整えて、大判の封筒に詰める。


「では、この書類はもうすぐいらっしゃる、リコさんとライさんに渡しますね」

ニコニコしながら賢者の秘書は、封をする。


「おや、あのお二人さんがくるのかい?」

意外という感じで、ウサギの賢者はギョロリと円らな瞳を動かした。

一方のリリィは楽しみでしょうがないと言った感じで、書類の入った封筒を胸に抱いてニコニコしている。


「はい。何でも護衛する方が、この法案吟味する役職なんだそうです。で、護衛する方が吟味する為に、王宮で連日瓶詰めのように籠もっていらっしゃるので、今は暇なんだそうですよ」


そんなリリィを見て

(う~ん、やはり女の子は女の子同士でお喋りするのが楽しいんだね~)

とウサギの賢者は改めて感じいっていた。


「アルスくんが今、リハビリがてらに、庭でお茶が出来るようにって、簡単な机や椅子も増やして作ってくれているんです」

ウサギの賢者のたった1人の「護衛隊」で新人兵士でもある、アルス・トラッドは1ヶ月ほど前に

「訓練指導」において上半身に強烈な打撲を受けた。

一週間はベッドで安静にして漸く痛みは引いたが、ウサギの賢者からは一応まだ安静にするようにという事で、この屋敷で主な仕事だったの「買い出しの荷物持ち」も休むようにと指示されている。

が、生来と言うか性分というかアルスと言う人間は、どうも周りが働いているのに自分が休むということが苦手らしい。


余りに退屈そうに居室のベッドで横たわっていたので、「簡単な大工仕事ぐらいなら」と条件付きで、ウサギの賢者は、アルスの体を動かす事をとうとう許可したのだった。

そして一番最初に作ったのが、配属されて一番最初に作ると約束していた、リリィの為の台車だった。


「おや?机や椅子まで作れる材木までうちにあったかねぇ」

今度は髭をヒクヒクしながら珍しく不思議そうに言うと、リリィが気まずい顔をして、それから一気に、小さな頭を賢者に下げる。


「ごめんなさい、賢者さま。実は物置の納屋の中にあった、少し壊れていた昔の机と椅子をアルスくんと見付けて、それを少し修理すればとても素敵そうだったから、頼んで修理して貰っています!」

おでこと膝小僧が付きそうな勢いで、頭を下げるリリィにウサギの賢者は少々、呆気にとられた。

それから軽く苦笑いをして、リリィに頭をあげるように言い聞かせる。


「うん、まあ頭をあげなさい、リリィ」

秘書の少女は頭をあげながらも、まだ少し気まずそうだった。

賢者はまだ「気まずそう」なリリィの顔に、穏やかに声をかける。


「異国には『親しき仲にも礼儀あり』という言葉があってね。意味は何となくわかるよね?」

ウサギの賢者が優しい声で、リリィに問いかけた。


「仲良しでも、礼儀を忘れちゃいけないって事でしょうか?」

素直に答えた事に、ウサギの賢者は、満足そうにウンウンと頷いた。


「その通りだね。物置にあるのを使うのは、本当に全く構わないけれど、やっぱり一言尋ねて欲しかったかな。もしかしたら、ワシがリリィに隠して物置に魔法の失敗作いれてるかもしれんしね」

ウサギの賢者は少し茶目っ気を込めた言い方をして、そのまま"話が聞ける事が出来る"少女に、言葉を選び、続ける。


「でもねぇ、親しいのに礼儀正しすぎても「水くさい」なんて感じる人もいる。

かと言って図々しくなるのもいけない。一緒に「暮らす」人間に対する「礼儀」が一番難しいのかもしれない」

「はい、気を付けます。私、賢者さまやアルスくんとずっと一緒にいたいですから」

リリィの言葉に、ウサギの賢者は、本当に嬉しそうに笑って―――"よっ"、と声をだして椅子から飛び降りた。


「さて慣れない書類も一段落ついた事だし。《大工のアルスくん》の腕前を拝見しにいこうか、リリィ?」

「はい、賢者さま!」

そう言ってポテポテとリリィと一緒に歩いて、短い腕で書斎の引き戸をスルリと開いた。


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