第四話 心の弱さは誰でも
顔を洗って現実を受け入れたことで、まずは安全確保することにした。
住む場所と水の確保。この二つを得ないと真っ先に死んでしまう。
周りを警戒しながら森に近づく。木を伐採して……いや。
「別に家の作り方知っているわけじゃないし」
木を使った家は断念しよう。文系って家も建てられないのか。
さっきの平原まで戻って、水の確保。……ああ、これもさっき確認したのに。火がないと飲むことができない。
僕って、詰んでない?
「………………いや、いやいやいや。まだある。さっきの力がある」
なんだっけ、あの力確か思えばいいんだったか。
手をかざして、『家』と強く念じてみる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ…………!」
……何も起こらない。どういうことだ? さっきは『死ね』と思っただけで緑が死んだというのに、家は立たない?
うーん、と頭を悩ませる事数分。とある仮説がたった。
もしかしたら、抽象的なものじゃだめ、っていうことなのかもしれない。さっきはあの変な声がなにかしら作用してくれた。けど、今回は僕が家を作ろうとしている。しかも、『殺す』という明確な意志じゃなくて、『家』という、ぼやけた、というか字を意識しすぎていた感じがする。
とりあえず、実験してみるか。
土に意識を向けて手をかざす。今度は土を隆起させようと念じると、ポコ、ポコ、と子供の頃に作る小さな山みたいなのができた。
「やっぱり、そういうことなんだ……」
なら、と川に背を向けて手をかざし目を閉じる。そして、頭の中で一つの家を構築していく。
僕が一人、安全で過ごすための第一歩。その家はでかいより小さめの方が良い。だから、
「テントみたいな、あんな家でいいや」
まずは外枠だけ。そう望んだ。
瞬間、土がうねるように吸い上げて、一瞬にして僕が想像した家が出来上がった。
それと同時に何かが身体から抜き取られる感覚。わずかにふらついたけど、全然倒れるようなものではない。
「……異世界だから、魔力がなくなったとか、なのかな?」
まあ、そこまで抜き取られていないから、この魔法はこんだけ! っていう感じに決められているとは思うけど。
それに、この世界に魔法があるのかもわからないし。とりあえず今はとりあえず“力”とでもしておこう。
「それより、次は物理的な要塞、だよな」
こんなところに家をたてると、いつ魔物が襲ってくるかわからない。だから、僕は想像し、願う。十メートルの壁を家の周りに。
「ッ――! ぅあ……あ…………」
ガクン、ガクンと魔力が吸い取られる感覚のせいで、一気に身体が崩れ落ちた。
「か――はっ――」
みっともなく地面にひれ伏して、全身がしびれて痙攣する。口を閉じることもできなくて、息が辛うじて出来る程度。今日何回目の痴態だよ……!
みっともなく、でも視線は一点を捉えていた。それこそ、僕の痴態を塗り替えるのに等しい大量の土が、盛り上がり、形を整えながらどんどんと形成されていく。それこそ、山が一つできたんじゃないかと思えるほど。
すでになにかを抜かれる感覚は収まっている。けど、痙攣はまだ弱まって入るけど収まってはいない。視界の端ではまだ土は蠢いているような音も、やがて収まった。
…………十分間。その場で痺れたまま動けなかった。
◆
ようやく痺れが収まって立ち上がり見渡す。
「かなり……よく出来てるなぁ…………」
呆然と呟きながら壁に近づいて軽く叩いてみると、硬質な音が返ってきた。
見張り番ができるような横幅にもしてあるから登ってみると、かなり爽快な景色が広がっていた。
森の向こうはさすがに見ることが出来なかったけど、草原のどこに化け物がいるのかとか、水はどこまで続いているのかとかも、うっすらと見える。
でも、近くに人里はどこにも見られなかった。さっき地上からみたときよりも城はかなり遠くに見えた。歩いて行くと三時間……いや、下手したら六時間はかかりそう。……距離感はわからないけど、とにかく遠いな。
ゆっくりと降りて、最後に家を確認する。家は小さめ……にしたつもりだった。けど、間取は普通の一軒家ほどもある。一階建てだけど。それでもでかい。
キッチン、リビング、お風呂にトイレ。自分の部屋に書斎っぽいところ。
安全とともに快適空間も手に入れた!
っていう感じにテロップが流れそうだ。
「……キッチンは料理。お風呂は体を洗う。どっちにしろ水と食料が必要だ」
お風呂は最悪汗とかを流すだけでもいい。でも、食料がないというのは死活問題。まず食材から手に入れないと。
でも、どこで?
もう一回高台に登って見渡す。さっきと変わらない。化け物が跋扈している平原と、遠くに一応みえる森。そこに行けばなにかはありそうだけど。でも、そこに何がいるのかわからない。
「食べられる実とか、お肉があればいいんだけどなぁ」
でも、毒が入ってたら一巻の終わりだ。……なんてサバイバル性を求められる異世界なんだ。
…………でも、行くしかない、か。
その前にいくつか確認しておかないと。これこそ、本腰を入れて。
予め一つだけ作っておいた外へ繋がる門から外へ出ると、水辺にでる。
僕が試したいのは、化け物を撃退した時に使った“力”だ。この力は、これから僕が生き残るのに絶対必要になってくる。
この力が使えることは、すでに家と壁を作れたことで証明済み。だから、今度はこの力が生存するために使えるかを試そう。
そう、例えば――火を無から生み出したりとか。
そう想像した瞬間。
ライターのような火が手のひらからポッと溢れでた。
「う、わぁ!」
びっくりしてブンブンと手を振った。けどそれに追従するかのように全く離れない!
「あつ! あつい! あつつつつつ…………くない?」
全くもって熱くなかった。不思議に思って手をむけてみ――
ブオンッ! と火が放たれたっ!?
「あっぶなっ!!」
顔を辛うじて横に倒したことでなんとか直撃は避けられた……けど! 火の玉が顔をかすった時はさすがに肝が冷えたわっ!
「僕が知ってる異世界って、こんな恐怖に晒されるものじゃない……」
もっとこう、異世界に棲んでいる魔物を、痛快に蹴散らしたり、魔法を簡単に扱って世界の英雄になったりとか……そういう恐怖じゃなくて、常に勝てる自身に溢れているものだと思うのに。
あたりを見渡すと、虫の走性のように化け物が数匹わらわらと集まってきた。コロちゃん型と……コロちゃんの頭が一個多いやつが二匹。うわ、グロ……。
今すぐ壁の中に逃げ出したい。
反射的に身体の向きが一八〇度回れ右をする。あとは走って戻るだけ。けど、僕のもう一つの理性が興味心を働きかけてきた。
曰く、その力を使ってみろ、と。
「…………いや。でも失敗したら死ぬじゃん」
でも、この力を使えれば僕もこのいつ死にかけるかわからない世界でもやっていけるかもしれない。
「やって見る価値は、あるか」
でも。
死にかけるのは嫌だから壁の上からやろ――
「グルゥゥゥ……」
「もうこんな近くに!?」
鳴き声があまりにも近くて、思わず振り返る。……もう、五メートルも距離が残されてなかった。
「――やるしかない」
足がガクガクと震える。掲げようとしている手も震えすぎてコロちゃんに狙いが定まらない。
「さ、定まれよ……!」
必死に魔物にむける。が、その前にコロちゃんが襲ってきた。
「もえつきろおおおおおおおおおおおお!!」
――――業炎。
その言葉がふさわしい。
手から放出された巨大な炎は、渦を描きながらコロちゃんを巻き込んだ。ジュッ! という音が五回短く響いて、それっきり魔物の声は何も聞こえなくなった。
十秒間。ずっと放出されていたけど、徐々に収束していった。
最後に一本の筋になり、消えた瞬間、疲れが一気に押し寄せる。でも、さっきの痙攣程でもないし、まったくその場から動けない、というわけでもない。
もう少し、力の制御を覚えたのほうがいいかも。
「……とりあえず、水でも飲もう」
少し先の景色をみて、目を逸らしたわけじゃない。
…………別に、僕の目の前がところどころ燃えていたり、焦げ付いていたから目を逸らしたわけじゃ…………ない。
◆
火が放てた。土で家と壁を造れた。
だったら、一つの仮定が僕の中で生まれる。
家と壁のちょうど中間。手を当てながら目を瞑り、熟考する。
火と土。この二つの事象を起こせるなら、水も起こせるかもしれない。そうすればお風呂が作れる。それに、自分で作れるのだったら蒸留させずに水を飲むことも可能になる。
「まずは、十センチ程掘る」
グッと、力を押し出すように手に力を込めると、縦に手のひらサイズの深さの穴ができた。
よし。
次は水だ。
イメージとしてはこの穴いっぱいの水。力を制御できるようにもしておかないと。
神経を研ぎ澄ませて、集中する。
水、水、水。
「……水でいっぱいにしろ」
手のひらから数ミリ離れたところで、水球が生まれる。ソフトボールより少しでかいか? それが生成されると同時に、チャポンと音をたてながら穴に落ちた。
――成功だ。
「よしっ!」
ガッツポーズを決めて一人で喜ぶ。……寂しいな。
もう一度穴を見る。……あ。
「無い? ……ああ、土だから染みだしたのか」
生み出した水が跡形もなく無くなっていた。けど、たしかにそこには濡れた形跡があるし。次は水が染み出さないよう改良するとして。
とにかく、水も無から生み出すことできるとわかった。
正直、この力は怖いけど。生活をするためには必要だ。だから、僕はこの世界にいる間、この力に頼らないと。
「…………せめて、人と会いたいなぁ」
心に余裕が生まれてきたから、色々考えられていく。
遠くに白がある、ということは誰か人か、それに近い知的生命体が棲んでいるのは確実。だから、もっと生活が安定してきたらそっちに向かうべきだ。
その安定させるためにはまず、この力の解析を進めていこう。とりあえず、土と火と水は使えるのは確実だ。他にもなにか使える可能性は高い。
その力を使って、今度は冷静に、最小限の力でコロちゃんと緑を……殺す。
殺す、というのはこの世界では必然となる。向こうが殺しにくるんだ。だから僕も相手を殺さなくてはいけない。
そして、すべての基盤をしっかり固めたら元の世界に――――
『元の世界に、帰りたいのか?』
心から聞いたことのない声が聞こえる。さっき、緑を殺した時と、同じ。
『元の世界は、良かったか?』
元の世界は、良かった? 不採用通知の山があって、大学も卒業したのに就職できなくて。戻ったら僕はニートになっていて。家で邪魔者扱いになっているはずだ。このまま、異世界で――――――――
「や、よい………………!」
弥生。僕の心の支えになっていた弥生。元の世界では、弥生が待っている。
『その弥生に、見下されても、か?』」
ニートと。愚兄と。さらに、今は行方不明も加わった家族の、恥。
そう罵られると。僕の中で響く声はそう囁く。
『そんなこと言われるよりは、まだこの世界にいたほうがよかろう?』
「……ッ!」
たしかに…………僕は、消えたほうが良いかもしれない。向こうの世界から消えて、この世界で、力が使えるこの世界で、骨を埋める。それも、良いかもしれない。
『この世界は残酷だ。だが、力を持つものにとってまさに楽園。『俺ら』は今、まさに入り口をくぐったわけだ』
同じ残酷な世界。だったら、僕はこの世界で――
――お兄ちゃんは、私とずっと、一緒にいてくれる?
脳裏によぎる小さいころした約束と、弥生の泣きそうな顔。
その二つは僕の存在する理由の大半で、それでいて弥生に尽くす理由で。
「やよ、い……!」
合っていなかった焦点を合わせると、力強く立ち上がる。
「弥生」
もう一度呟く。
自分の信念。生きがい。約束。
呪いのように僕にしがみついてくるけど、それは呪いじゃない。
僕は、誓ったじゃないか。
「僕は、弥生と一緒にいる! いつも、弥生が恋をして、家から出て行く時まで! だから僕は、弥生の元に帰るんだ!!」
むちゃくちゃに叫ぶ。叫んで、決心を揺らがせないようにする。そうしないと、僕はこの世界に居続けてしまうだろう。
『――そうか』
心から響く声。その声は、それっきり僕から響くことはなかった。
と、同時に噴き出してくる汗。その汗の量は尋常ではなくて、秋のように涼しい気温なのに、額から頬、そして地面へとぽたぽた落ちていく。
「はぁ……はぁ……!」
スゥッと息を吸い込んで、息を整える。
「……なんだったんだ、あの声は」
僕の声であって、僕の声じゃない。
怖い。
僕なのか、僕の声じゃないのかわからないけど、怖い。
恐怖から身を守れるのは、ない。ただ、メンタルを強くする方法以外にない。
とにかく水を手のひらから出して飲むと、そのまま家に戻る。
そして、ベッドに入りこんだ。
朦朧として、沈みこもうとする意識の中。
元の世界に戻るという信念と。
弥生の約束を守る執念の二つが。
僕の脆い心を支えるかのようにグルグルと回り続けた。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:どんなにすごい力を手に入れても、メンタルが急に強くなることはない。